双星方舟〜ラズハ・シップ〜   作:青瑠璃

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遠視の猟師

 

「驚いたな。ドクターとここで会うとは思わなかった」

 私たちはリーベリの男……トターのセーフハウスとなる小屋に招かれていた。

「大したものはないが、ここの清流は雪解け水から取っているから、美味いはずだ」

 とトターは水の入ったカップをマホガニーとツルギに渡した。あまり好き嫌いをする子どもではないけれど、それより警戒が先立つのか、匂いとかを嗅いでから水を口にする。

 分かりやすい反応をしたのはマホガニーだった。

「んまい! なんかちょっと甘い!」

 マホガニーの耳はピンッと立ち、尻尾が大きく揺れた。続いてツルギも、

「美味しい……」

 と感想を漏らした。

 トターは顔を綻ばせ、一緒に水を飲んだ。ここに来る途中に、トターにも項にトイフェルのマークがないことは確認済みだ。トターは長く伸び過ぎた髪を後ろで纏めていたから、確認しやすかったのだ。

「ここに来たのは、君に会いに来たからなんだよ」

 私は早速本題に入った。途端に目付きが険しくなる。彼が傭兵時代に身につけた仕草なんだと思った。

「ロドスを、奪還しようと思っているんだ」

 と言った私の言葉を、重々しく受け止めるようにトターは俯いた。

「ロドスの話は聞いた。正直、驚いたよ……あの手練れたちが多くいた会社がって」

「天災並みの何かが起きたらしいんだ」私は聞いたままの話をトターにもした。「それに、ケルシーが大半のオペレーターたちを冷却保存したらしい。そのあとのことは、見ての通りだ」

「それで?」

「ロドスを占拠しているトイフェルは、人道を踏み外したような研究をしてコピー人間を増殖させ、廃棄をしている。その一部を、今は私たち……ラズハが保護しているんだ」

「ラズハ……」

 私はマホガニーとツルギを見やった。二人は大人しく座って私の言葉を待っているみたいだった。

「ロドスにいた人間も、その研究に利用するために狙われるかもしれない」

 私が言い切ると、トターはそうか、と呟いて姿勢を正した。トターが投げた視線の先には質素な本棚があり、そこに一冊の本が置いてあった。

「イースチナさんから借りたままの本があるんだ」トターの声は落ち着いていた。「ロドスが壊滅したと聞いた時、真っ先に思い浮かんだのがその本だった」

 イースチナか。イースチナは、私の秘書として執務室にいることが多かった。本を読んでいる姿、独り言を呟いている声、何もかもをはっきりと思い出してきて、私は慌てて目頭を抑えた。

「返せなくなった本をいつまでも保管しているのは良くないと思っていたが……今も持っていて良かった」トターが体の向きを変える。「ドクター、大丈夫か? 息が乱れている」

「ああ、いや、大丈夫……」

 と私は言ったが、耳のいいトターを騙せるとは思えなかった。とんっと、トターのごつごつした手が私の背中に触れた。

「俺はロドスから離れている期間だったから状況は見ていないが……色々話は聞いていた。俺は様々な戦場を見てきたが、あれは、どんな堅固な要塞でも陥落されていただろう。……こんな言葉が、慰めになるとは思えないが」

「ありがとう、トター……」

 私はトターの手を取った。いつもこの手に助けられていたことを、私は改めて感じ取る。

「トターお兄さん、一緒にロドスに来てくれる?」

 喋れなくなった私の代わりに話すように、マホガニーがここで初めて口を開いた。続いてツルギが、トターの手に自分の手を重ねる。

「本、返しに行こ。あたしも頑張る」

 トターは二人にそう言われ、驚いたように目を見開いてから、静かに笑みを浮かべた。

「参ったな。子どもに言われると、断れないじゃないか」

 そう言いながらも満更でもなさそうなトターに、私は少しずつ落ち着きを取り戻していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、雪だ!」

 トターを連れてラズハに向かっていると、マホガニーが空を見上げながらそう言った。

「雪……」

 ツルギも手を差し出して雪を掴もうとする。

「ここは時々、雪が降ることもあるんだ。雪を見たくて、この辺りに引っ越したのも理由の一つだ」

 とトターは言いながら私たちは一緒に雪を眺める。

 あんな暗い雲から降ってくる雪が、こんなにも真っ白なのが不思議だ。

「おーい! これから大雪になるらしい! 早く帰ってこい!」

 そこに、ラズハの甲板から顔を出して声を掛けてきた人物がいた。普段は黒髪に黒い耳なのに、寒くなると白い冬毛に生え変わるスノーグラウスだ。

「あの子は……?」

 トターがスノーグラウスを目で指しながら私に訊いてきた。スノーグラウスはかなりエアースカーペに似ているが、白い耳になると別人に見えるだろう。

「スノーグラウスだよ。あとで紹介するね、トター」

「ああ、分かった」トターはそう答えて、来た道を振り返った。「しばらく、この雪景色とはお別れだな」

「……また帰ってこられるように、今度はちゃんと指揮するよ」

「ドクターのことは信じているさ」

 さ、行こう。トターが前へ進む。

 私は、冷たい空気を大きく吸い込んで、改めて決心した。

 必ず、ロドスを奪還して皆無事に連れて帰ろう。それが、私が生き残った理由なのだと信じて。

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