一日一日が長くなる数日間だった。
皆、それぞれが出来ることをしていた。
イウニとセネトの術攻撃は、ロゴスに見てもらったところ、どういうことかマホガニーとツルギと接触することで発動するというのが分かっていた。今まで見たことのない術師に、私たちは彼ら二人を「伝導術師」と呼ぶこととした。
そして、問題のホーンバーンを従えていたコピー人間は、みるみる内に戦闘の動きが出来るようになり、行動予備隊程度の実力を身につけていった。なので彼らのことをホーン戦隊と呼ぶこととした。ホーンバーンは、五人しかいないスノーグ戦隊と同じくらい強くなるからなと言っていたが、どうなることか私には分からない。
私はというと、ありとあらゆる戦闘に備えて沢山の作戦パターンを考えては書き出し、クシャクシャにしては資料と睨み合う日々が続いていた。
レオンハルトとイネスは無事だろうか。
そればかり考えて夜も眠れないでいると、間もなくケルシーに怒られてしまった。私が倒れたらロドスはどうなるのか、と。
一日が千年に感じるとはこのことなのだろう。
「はぁ〜……」
誰もいない執務室で一人大きなため息を吐いていると、ようやくあの声が聞こえてきた。
「ただいま、ドクター!」
扉をノックしないで執務室に来る、あの男である。
「レオンハルト」
そこには、傷一つないレオンハルトが立っていて私は名前だけ呼ぶと、横から別の誰かもやって来た。
「コイツの護衛は骨が折れるが、任務は完了だ」
スノーグラウス? 違う。エアースカーペだ。
「エアースカーペ……? どうしてここに……」
「俺がここにいたら変なのか?」
六年前と変わらない姿に私は彼を穴が空く程見つめてしまった。
「エアースカーペ……」
私が手を差し伸ばそうとすると、エアースカーペはまるで砂のように形が崩れてギョッとした。これは夢だ、と気づいた時には私は真っ暗な闇の中に立っていて、独りぼっちであることが非常に恐ろしく感じた。
「誰か! 誰かいないのか!」
呼んでも空しく響く声に、私はますます不安に襲われた。このまま一人になってしまうのでは。誰か……誰か助けて……誰か!
「おい……おい、起きろ、ドクター」
「エアース……?」
目が覚めると、黒い垂れた長い耳が見えた。
私の声に気づいた長い耳の持ち主が、一瞬空色の目を見開いたが、そっと頬を撫でながら微笑んで、
「俺はスノーグラウスだ」
と落ち着いた声で答えてくれた。
「ああ、ごめん……」
私は瞼をこすり頭を上げる。
どうやら私は執務室で眠りこけてしまったらしい。
スノーグラウスはあんなに冷たいアーツを使うのに、手はいつも温かかった。手がスベスベしていて、もちもちしている。
「ドクター、俺の手がそんなに気に入ったのか?」
「ご、ごめんっ」
私、疲れてるのかな。スノーグラウスの手をなぜか揉んでいたらしい。
私は慌てて手を引っ込めたが、スノーグラウスは不機嫌になるどころか優しく笑って、母さんを思い出すなって言った。
「母さんはよく、頭を撫でてくれたり手を繋いでくれたり、肩に担いだりもしてくれた」
そうやって思い出を語るスノーグラウスは、いつも優しい顔をしている。
「再会したら、また頭を撫でて貰おう」
と言いながら私が代わりにスノーグラウスの頭を撫でると、その黒い耳がパタパタと動いた。
「撫でて貰えるだろうか? 俺、もう十四だ」
「撫でて貰えるさ」
フリントにはよく頭撫でられていたからなぁと思いながら、私はスノーグラウスの片手にある紙に気づいた。
「そういえば、私に何か用があったのかい?」
「ああ、そうだった」スノーグラウスは私に丸めた書類を渡してきた。「ブルーグラスからの返事だ。交渉の場所も記されている」
「……ありがとう」
いよいよか。
私はスノーグラウスから手紙を受け取り、内容に目を通した。そこには、交渉を受けるという事柄とその交渉場所が書かれていた。
私はチラリとスノーグラウスを見やる。スノーグラウスはまだ完治はしておらず、今もR-0c改に乗ったままだった。私を起こした時は立っていたと思うが、長く歩行するのは難しいようだ。
「なぁ、ドクター」
その時、スノーグラウスが唐突に言葉を掛けてきた。私は彼の空色の目を見る。
「なんだい? グラウス」
今ここには私とスノーグラウスしかいない。私がそう呼ぶと、明らかに嬉しそうに耳が揺れるからスノーグラウスはとても素直だ。
「その、俺と父さんは、そんなに似ているのか?」
スノーグラウスは、こんなことを今ここで聞いてもいいだろうか? と少し自信なさげに聞いてきた。そういうところ、彼も子どもなんだなぁと思う。子どもが親の話を聞きたいと思うのは、当然のことであって。
私はそんなスノーグラウスに、満面の笑みを返して頷いた。
「似てるよ。いつか二人に並んで歩いて欲しいくらいだよ」
私は、そんな小さな夢を口にするのだ。