雷が落ちた。それも特大の。
勿論、これは比喩であり、実際にそんな特大雷が落ちてきたわけじゃない。今日も空は晴天だ、青々と輝いている。ついでに俺の顔も血が足りず青々だ。
さて、少し逸れたが、では俺が何を持ってそう比喩したのか……たぶん、多くの人々はもう分かっている事だろう。『雷が落ちる』なんて表現する時なんて限られてるだろう?───そう、つまり怒られたわけよ。誰にかっつうと、夜天に。
まあ、それもしょうがねーわな。
主である俺と短い間とは言え顔を合わせず、さらにその間、自分の与り知らぬ所で主が喧嘩をし怪我をした。
心配したことだろう。優しい夜天は殊更。
なのに、バイトから帰って来てみれば、当の俺は何食わぬ顔で帰って来ていて、さらにロリーズと威勢よく喧嘩している始末。それも怪我しているのにも関わらずにだ。さらにさらに、自分と同じ、主を守らなければならない立場のはずのロリーズは、俺が怪我しているのもお構いなしにヴィータは腕十字固め、理は頭にガジガジと齧り付き。
いつもだったら、この程度の喧嘩くらい呆れるか笑って仲裁に入る夜天なんだが、今回は俺への心配や苛立ち、怪我など様々な要因が絡んだんだろうな。
俺、初めて夜天に本気で怒られちゃいました。
いんやぁ~、まいったね。これがロリーズとかだったら「何様じゃ、ボケ。晒すぞ」とでも言って反論するんだが、相手が夜天じゃあんま強く出れねぇ。しかも、それが俺を心配していた為の怒りで、さらに普段は菩薩のような夜天が怒るなんて、よほど心配だったのだろう。
これじゃあ、言い返せねーわ。
まあ、でも、夜天が思いっきし怒りを露わにした分、他の騎士たちからのお咎めの言葉が少なくなったのは僥倖だった。夜天のあまりの形相にあのシグナムさえもびびってたし。そして、そんな形相を向けられた俺とロリーズはガクブル状態。ちびりそうだった。
ホント、普段怒らないような奴を怒らせると怖いね。それが女だと特に。
以後は夜天だけは怒らせないようにしよう。
────────しかしこの時、俺はまだ夜天の事をキチンと理解していなかったのだ。この程度が彼女の怒り、マジギレなのだと誤解していたのだった。
「それで、ハヤちゃんは私達の心配を他所に、その子、テスタロッサちゃんの母親と楽しくキャッキャウフフしてたんですか」
「まあな。正確には喧嘩だけどよ?」
「同じ事です!!」
「いや、違ぇよ」
シャマルに俺とガキの怪我の治療をしてもらう傍ら、皆に俺が居ない間の、その経緯を話したんだが、それぞれの反応は辛辣なものだった。特にシャマルっこは唾を飛ばす勢いでガーっと吠えた。てか、実際唾飛んでるし!ばっちぃな、おい。
「そのうえ、その母親の病を私に治せって………なにそれ、当て付けですか!?この鬼畜ハヤちゃん!」
「意味分かんねー事ぶっこいてんじゃねーよ」
「ふんだ!どちらにしろ、私は気が乗りませんもん!ぷいっ!」
ンだぁ?シャマルの奴、いつになく頑固だな?まあ、こいつがどれだけゴネようと無視して連れて行くがよ。
しかし、そんな俺の思いとは裏腹にまたも別のところから異を唱える声が上がった。
「主隼、私もそれには賛同致しかねます」
「シグナム?」
それもシグナムだけではなかった。見れば他の騎士たち全員が渋い顔をしている。
どういう事だ?こいつら、そんなに非情なやつらだったっけ?
「………そのババア、このままじゃもしかしたらおッ死ぬかも知んねーんだぞ?」
俺がそう言った時のフェイトの悲しそうな顔、世の絶望を一身に受けたような顔を見ても、しかし、シグナムたちは何の感慨も浮かばないようで、無情な一言を放った。
「敵に情けは無用です」
「敵?」
「シグナムの言う通りだよ。敵を助けて何の意味があんだよ?それに魔法関係には関わりたくねーんだろうが。だったら、ほっとくに越した事はねぇ。寧ろ、その金髪と犬も口封じでここで潰しとくべきだ」
スチャッとアイゼンをフェイトに向けるヴィータ。その瞳に冗談の色は無く、俺の命令一つでマジでここでヤるだろう。
対して、いつの間にか軽く命の危機に晒されたフェイトとアルフだが、アルフの方は牙を剥き出しにして警戒の様子を見せたが、フェイトのほうは意気消沈の様子。まあ、「母を救わない」と言われたようなモンだからな。それもしょうがないか。
だが、その「母を救わない」という意見はあくまで騎士どもの意見。俺の意見じゃねぇ。だから、そこまで気落ちすることもねーわけだけど、フェイトは俺たちの上下関係を知らないから、まあ当然の反応か。多数決での採決なら大差だからな。
取り合えず、俺は血気盛んなロリに拳骨を落とした。
「イだっ!?テメッ、何すんだ!」
「アホんだら、デバイスしまえや。それとガンつけんな。見ろ、フェイトがあまりの恐ろしさで小便ぶち撒けちまったじゃんか。おいヴィータ、お前のオムツ分けてやれ」
「し、してないよ!?」
「持ってねーよ!?」
「冗談だよ。おら、お前もあんま心配すんなや。大丈夫、ババアは必ず治してやっから」
俺はフェイトの頭をポンポン叩き、口角を上げて強気の笑みを見せて安心を促す。その効果かは知らんが、一転してフェイトの表情に笑みが戻った。一方でそれを見ていた騎士共の視線は何故かさらに禍々しいモンになったが。
「主………!!」
「うっせぇ!黙れ!死ね!そして聞け!いいか、ババアを治すってのはもうすでに決定事項だ。お前らの意見なんて関係ねぇんだよ。俺がそうしたいと思ったその時が全ての決定であり、つまりは実行されなければならない事なんだよ!俺の意思がなによりも最・優・先ッッ!!歯向かうな、文句垂れんな、さもなきゃヤっちまうぞゴラァ!」
「相変わらずの自己中心的思考ですね。素敵過ぎて涙が出ます」
なんて理は言うが、その顔には『面白い』とでも言いたげな笑みを浮かべている。
ただ、そんな反応を見せたのは理だけで、他のやつらは相変わらずの渋面。
「人の命が掛かっているのは分かりますが、しかし……」
「主隼を害した者を救済するのは……」
「……あまり気が進みません」
「むぅ……」
ハァ…………自分で言うのもアレだが、結局、こいつらは俺中心なんだな。個々で善し悪しの意見は持ってるものの、それが全部俺を基点にしている。いや、どちらかと言うと、俺が基点になればその善し悪しの境界が無くなるといったほうが正しいか?
俺を傷つけた者は死んでいい、むしろ殺す。その行為が悪い事と分かっていても、俺を害する者はそれ以上の悪。
極論すればこうか。…………ヤンデレ?
そんな中、先ほどの拳骨が効いたのか、意外にもヴィータが冷静な意見を見せた。
「おい、隼。仮にその金髪の親の病を治したとして、お前は何か得するのか?そんな怪我を負った事をさっ引いても御釣りが来るくらいの得がよ?」
得?おいおい、そりゃ今更だろ?
「ヴィータ、お前、俺を誰だと思ってやがる?俺が何の利益もなく人助けをするとでも?慈善事業大好き君に見えんのか?あんま馬鹿な事ぬかすと、その節穴な目ェ抉って目玉焼きにすんぞ?」
「……く、くくく、あははは!そりゃそうだよな!愚問だった」
愉快愉快とでも言いたげに笑うヴィータ。
それに続くように理が言った。
「そう、結局このような問答など最初から無用なのです。いくら私達が気に食わないと言っても、それによって主に益が齎されるのなら、私達は己が最大力を持ってそれを叶えるだけなのですから」
その言葉を聞いた他の者達は一つため息を吐くと、『困ったものです』と言った感じで疲れたように小さく笑みを浮かべた。
たぶん、こいつら全員最初から分かってはいたはずだ。どう意見しようとも、結局最後は首を縦に振ることになるだろう事を。ただ、分かってはいても今回はそう簡単に折れる事は出来なかったのだろう。なにせ、相手が主である俺に大怪我させたという要素があったのだから。
(そうだな……まっ、今回だけはちゃんと礼の一つでもしとくか)
自分の身勝手さや我が侭を悔いるなんて事ぁしねーけど、たまにゃあ礼の言葉でも言っといた方がいいだろう。愛想尽かされちゃ堪んねぇかんな。特に夜天、シグナム、シャマルからはよ?
(っと、その前にもう一つ)
俺はフェイトの方を向きコツンと彼女の頭を叩き、顎をしゃくって合図した。しかし、フェイトはいきなりな事で目を瞬かせ、ただ疑問顔を見せるのみ。
「なにボサっとしてやがる。テメェの事なんだから、最後くらいケジメつけろや」
「え、あ、ケジメ?」
「ここにいる全員に頭下げて『お願いします』ってよ?確かにババアを治すのは決定事項だけどよ、それでも改めてちゃんと頼むのが礼儀ってモンだぜ?」
「あっ………」
そして、それが叶ったら『ありがとうございます』と、これ当然だ。
ガキのうちからこうやって礼節を重んじる奴にならねーとよ?
「礼儀知らずの主がよく言いますね。その、死んでも治らないであろう厚顔無恥さ加減、まさに脱帽です。いやはや、呆れ通り越して感服至極」
「コイツがカッコイイこと言っても中身がないよな。寧ろ、恥ずい。たぶん、1億回生まれ変わってもコイツの言葉は和紙並みにペラペラだろうなぁ」
「よし、お前ら表に出ろ?帽子被れないような頭にした上でロードローラーで和紙並みにペラペラにしてやっからよォォォオオオ!!!」
本日2度目の家族喧嘩に突入。
この分だと1日の平均喧嘩回数が近いうちにもう1~2回は増えるだろうな。
「守護騎士……」
「ブルーメ・リッターねぇ……」
転移が出来る広い場所へと移動しているその道中、こうまでフェイトと関わりを持ってしまっては色々とバレる事もある訳で、だったらもういっそこっちからぶち撒けようと思い、俺は自分の事を洗いざらい吐いた。俺が夜天の写本の主というモンだという事、守護騎士の正体などなど。
「そうそう。まったくはた迷惑な話だと思わね?俺ァ平凡平和な日々を満喫してたのにコレだ。魔導師?主?クソ食らえって感じなんだけどよ、もう腹ァ括っちまった。男ならやってやれって感じでここまで惰性で来ちまったわけよ」
飛ぶのもダリぃ俺は獣姿のザフィーラの背中に寝っ転んだ状態で飛行中。ホントはアルフの背中を所望なんだが、それはカス騎士どもが邪魔しやがったお陰でおじゃん。
結果、悲しい事に野郎の背中だ。まあ、寝心地は相変わらず最高だがよ。
「悩みも尽きねーの。今だってこのボケども、家で待ってろっつったのにこうやって着いてくる始末だろ?馬鹿なの?死ぬの?殺すぞ?って話だ。特にそこのロリーズなんて最悪も最悪、極悪でも足りねぇ程のイカレちゃんだ。あ~あ、マジ死ね」
本当はシャマルだけを連れてくつもりだったが、他の騎士どもも俺の事が心配なようでババアのとこまで一緒に行く事になった。待ってろっつっても聞きやしねぇ。バイトも店長に言って手際よくシフト変えやがったし。
「しかも、こいつらは人間じゃねーんだぜ?魔法生命体ってやつ。不死じゃねぇみてーだけどよ、不老なんだとさ。は?ナニソレ?ちょー羨ましいんですけど!?老いないって、万人の願いの上位にくる欲望だろ?それをコイツらはデフォで持ってんだと。詐欺だろ、詐欺!うらめしや!!」
「……主、私達の説明からただの愚痴になってます」
「愚痴にもなんだろ。まあ、悪い事ばっかしじゃねーけどな。特に夜天とシグナムとシャマル(のお胸様とお尻様)に会えたのは俺の人生の中でも最高にハッピーな事だ」
あのメロンと桃は最高の眼福だ。あれが毎日拝めるだけで全て帳消しに出来る!
「私も……私も主が貴方で本当に良かったと思っています」
「勿体無き御言葉」
「えへへ~」
俺の言葉をスレートに解釈したのだろう、感動を露わにする夜天とシグナムとシャマル。そんな単純な所もGOOD!
ただ、一方で名前を挙げなかった他の騎士共は膨れっ面だ。同じ騎士としての対抗意識だったり、嫉妬だったりだろう。あのザフィーラでさえ不機嫌そうに唸り声をあげた。可愛い奴だ。………女だったら特に、だがよ。
「それにしてもフェイトの言う通り、隼ってやっぱり凄い魔導師だったんだねぇ。この前そっちの女とちょっとだけやり合ったけど、とんでもなかったよ。そんな奴を従えるなんてさ」
アルフがシグナムのほうを見ながら言ったその言葉で、ああそう言えばと思い出した。
以前シグナムがジュエルシードを持って帰った時、その際戦闘になった事があったが、その時の相手がアルフだったのだろう。
俺は当然だと言わんばかりに頷こうとしたが、その前にシグナムが答えた。
「それは少し違うぞ、アルフ。主は魔導師として素晴らしいだけではない。否、むしろ主の魔導師の素質など私達にとっては些細な事なのだ」
誇らしげに言うシグナムに夜天が続く。
「そうだ。私たちは主の人間性に惹かれたのだ。その強い心に」
さらにロリーズにシャマル、ザフィーラが続く。
「ぶれず、曲がらず、我を通す。自分を最上位としつつ、しかし私達を非人間だからといって奴隷のように見下さない。いい年なのに子供のように我が侭で、自分勝手でクサレ外道な面に辟易する時も多々ありますが、それも合わせて好意に値します。」
「馬鹿でムカつくけど………その在り方はあたしは嫌いじゃねぇ。死ねばいいのに、と思う事はしょっちゅうだけどよ。まあ、一度でいいから『生まれてきてゴメンなさい』って言っては欲しいな」
「ハヤちゃんはハヤちゃんだから良いのであって、それ以外の、例えば綺麗なハヤちゃんはハヤちゃんじゃありません。汚いハヤちゃんが私は大好きです!」
「四の五の言うつもりは無いが…………ただ一つ。後にも先にも俺が守護する者は主ただ一人。それ以外は死んでも御免だ」
………なんだかな~。コイツら、俺を過大評価しすぎじゃね?俺、そこまで凄い奴か?たぶん、百人中百人が『腐った奴』と太鼓判押すぞ?てか、シャマルも結構言うようになったなぁ。そしてロリーズはやっぱり殺す!
「慕われてるね、隼」
「愛されてるね~」
フェイトとアルフが微笑ましそうに言う。俺はそれに不敵に鼻で笑って答えた。『そうだろう?まっ、当然だけどな』ってな感じで。
ただ、胸中では『出来ればその愛で童貞を捨てたい!』と叫んでんだけどよ。
「だから─────」
ポツリと、どこからか小さな声が聞こえた。
「大切な主に怪我を負わせた者を、私は決して許さない………」
海鳴公園の中の人気のない場所で転移した俺たち。
瞬きすれば、次の瞬間には違う光景が広がっているこの感じは何度体験しても慣れねぇ。青々とした木々の中にいたのに、一転してどんよりとした空間に佇んでいれば尚更。眼前には相変わらずのお城。
「でっけー。壊してー」
「我が家とは大違いですね。忌々しい」
ロリーズは奇しくも俺と同じような感想を持ったようだ。片や夜天やシグナムたちは何の感慨も浮かばないようで、特に大きな反応は無い。
「それで、テスタロッサちゃん。お母さんはどこです?」
「あ、こっちです!」
フェイトはシャマルの手を引っ張ると足早に家の中に入っていく。俺たちは置いてけぼり。
まったく、ホントお母さん大好きっこだな。
やれやれと思いながらも、その姿はやはり微笑ましい。親を想わない子はいないって事だな。あ、俺は例外な。
さて、残る俺たちもすぐさまフェイトたちの後を追い、程なく大きな扉の前で合流した。そこはあのババアとガチンコした部屋へと繋がる扉。それが今は開いており、その前で先に行っていたシャマルとフェイトが佇んでいた。
「どうしたよ、こんなトコで立ち止まって?ババアの寝てる部屋はもうちょい先────」
俺の言葉は、開いている扉の先の部屋を見て止まった。なぜなら、別の部屋で寝ているはずのババアがその部屋にいたからだ。
ババアは机に向かい何かの作業をしているようだが、その顔は遠目に見ても良いものじゃない。
「母さん!」
フェイトが大きな声をあげてババアを心配するが、ババアはそんなフェイトを一瞥するだけで、次いで俺の方へと視線を寄こした。
「私に敵わないから今度は味方でも連れてきたの?」
「テメェ、そこで何してやがる……」
あの血を吐いていた時の苦しみ一色の顔、寝ている時の悶絶していた様………とてもじゃない、起き上がれる状態じゃなかったはずだ。少なくとも、数時間で何か作業を出来るようになれるとは思えん。
「私に寝ている暇はないのよ。それにあなたと喧嘩している暇もね。邪魔だから、そこに居る奴ら共々消えなさい。さもなくば、今度こそ本当に殺すわよ?」
苦しそうに汗を垂らしながらも凄みのある笑みを浮かべて此方を威嚇するババア。
腹立たしい物言いだが、それ以上に同情を誘う姿だ。気丈に振舞ってはいるが、なんら張りぼてと変わりない。
やっぱり、こんな状態のババアをぶちのめしても面白くなさそうだ。
「落ち着けクソババア。お前、なんかの病気なんだろ?このシャマルって奴、治療魔法が使えっからよ、それでお前を治してやんよ。有り難く思えや」
そう言うとババアは少し驚きの表情を見せたが、次の瞬間には愉快そうに笑みを浮かべた。
「どういうつもりかは知らないけど、余計なお世話よ。そんな気持ち悪い事言ってる暇があるなら早々に出て行きなさい」
「お前な、そんな強情張ってる場合じゃなくね?素人目に見ても、血ぃ吐いてるお前は相当ヤバかったぞ?………あんまフェイト心配させんなよ」
実際、人に死なれちゃあ嫌だかんな。俺もらしくなく、説得に必死になる。
しかし、俺がフェイトの名を出した瞬間、ババアの笑みが歪んだ。
「ふふ……アハハハ!そんな人形が何を心配すると言うの!?いえ、それ以前に人形風情に心配されたくもないわ!………腹立たしい、本当にあなたもフェイトも腹立たしいわ」
ババアは歪んだ笑みを携えたまま立ち上がり、杖を出すとこちらに突きつけた。
「か、母さん……」
「『母さん』、ね……何も知らない、哀れな人形。役立たずの失敗作」
「え……」
「ふん、コレが最後よ。……フェイト、あなたはさっさとジュエルシードを持ってきなさい。一つ残らず全て!隼、あなたは無言で消えなさい。そして二度とここに来るな!」
ガツンとババアが杖を床に叩き付けた。その音を聞き、身を震わすフェイト。また、シグナムやロリーズはそんなババアの態度に怒りを、シャマルとザフィーラはフェイトに同情の視線を向けた。
勿論、俺も………
「テメェ、人が下手に出てりゃいい気になりゃあがってよォ………ぶち殺すぞコラァッ!!」
そうだよ、考えが甘かった。俺が甘々だった!丁寧に説得なんて、本当に俺らしくねー。もう、ババアの意思なぞ知った事か!死なねぇ程度にボコボコにして、身動き取れなくしたあと治してやる!
「その意見には賛同ですね。あの女を見ていると……虫唾が奔る」
「ああ、そうだな、潰すに限る」
「人を、命を、我が子をモノ扱い……許せんな」
ロリーズとシグナムもかなり頭にキたのか、各々がデバイスと殺気を出して一歩前に出る。
こうなったらもう俺個人の喧嘩は後回しだ。取り敢えずババアを黙らす。口も肉体的にも黙らして、治療して、そのあと喧嘩のやり直しだ。そん時改めて殺す。
俺も3人に倣ってデバイスを顕現させ、ババアに向かって一歩足を進めた。ババアもまた忌々しそうに臨戦態勢に入り、そして───
「限界です」
───ズンッ、と床が揺れ、ひび割れた。
俺は何事かと思い、揺れと同時に聞こえた声の発生源に目を向け、そして頬が引きつった。
視線の先には夜天がいた。が、いつのも彼女じゃない。顔は伏せられ目元が見えず、風も吹いてないのに綺麗な銀色の髪が揺れている。彼女の周囲の空気が陽炎のように揺らめいているのは気のせいか。そして床のひび割れは夜天の足元を起点に、まるでクモの巣のように広がっているという事に気づく。
「まったく救いがない」
夜天は優しい。それが俺と他の騎士たちの周知の事実だった。
俺を見て淡い笑みを浮かる夜天。ロリータとの喧嘩を困ったような笑みを浮かべて仲裁する夜天。
確かに怒る時は怒るし、今日も今まで見ないほどの怒りを見たが、それでも『夜天は優しい』という事に変わりなかった。
「主に怪我を負わせただけでも万死に値するというのに、さらには主の心優しき恩情をも吐き捨てるようなその言動、その愚かしさ、贖うには跪いて頭を垂れてもまるで足りない」
そういって面を上げた夜天にいつもある『優しさ』という要素は皆無だった。
黒い板金を打ち付けたかのような冷たい瞳と抑揚のない口調。出会った頃の理、いやそれ以上の『無』。
「最低でも死をもって償って貰いたいが、我が優しき主はあなたの死を望んではいない」
一歩、二歩とプレシアの方に進みながらどこからか出したフィンガーレスグローブを手に嵌める夜天。その姿を見て彼女が今から何をするのか、何をしたいのか察した俺はそっと道を開けた。あの戦闘狂のシグナムや理までもが身体を震わせて後ろへと下がる。しょうがないことだ。だって今の夜天、超怖ぇし。
「だから死ぬな。私は殺す気で行くが、死ぬ事は許さない」
普段なら言わないような、まるで俺のような暴論をかざしながら夜天が構えを見せた。両手両脚を大きく広げた、それはまるで熊のような構えだった。
「心の臟、止めてくれる!」
殺意の波動に目覚めたオーガ……もとい、良妻賢母な夜天、本当のマジギレの時。