後日談を語らう場という事なので、この度は不肖主隼が一の忠臣『烈火の将』!『烈火の将』!こと私シグナムが夜天の騎士を代表してこの場を貰い受ける。
さて、では早速………………む?うむむ?………………ところで後日談とはいつの日以降の話をすれば良いのだろうか?
出足を挫くようで悪いが、知っての通り今回のテスタロッサ家の一件は主ただ一人の功績であり、独壇場だった。我ら騎士の介入する余地など殆どなかった。だとすれば、この件の後日談として話せる話が出来る者は主隼とテスタロッサ家族のみ。
では、我ら騎士は?私から見た後日談とは一体どこから始まるのだろうか?
夜天の書が生まれた時?夜天の写本が生まれた時?主隼が写本を手に取った時?主隼が魔導師として覚醒した時?
どれも合ってる様で、いや、と首を横に振る。
私の語るべき後日談が始まったのは、きっと主隼と出会って一週間後のその日から今日までだろう。
つまり─────あの森の中で主隼から「傍に居ていい」というお許しの言葉を頂戴した日から一週間が、私の『当日談』あるいは『本編』と言えるべき時間。
だから、この場で後日談なんて語っても今更という感がある。私の後日談の全ては、現在進行形で主隼の事だけを想う日々が続いているだけなのだから。
故に、私がこの場で語るべきなのは『後日談』ではなく『本編』────主隼と出会ってからの一週間を語るべきなのかもしれない。
何故私が主隼の剣となる事を誓い、義務感やプログラムではなく、私という一個人の感情で主隼を慕うようになったのか……。
そう。私も含めた騎士たち全員が、何も最初から主隼を心の底から慕っていたわけではないのだ。むしろ、その………嫌悪感を、抱いていた。特に私は。
ああっ、勿論今はそんな訳がないし、主隼に対してそんな感情を抱いていた過去の自分を切り刻んでやりたいとすら思うわけで…………しかし事実、私は主隼が最初好きではなかった。一目惚れならぬ、一目嫌いだったのだ。
ただ、弁解という言い訳をさせて貰えるなら、私は主隼が嫌いだったのではなく、『主』という存在が嫌いだったのだ。
知っての通り、我ら騎士は夜天の騎士・ヴォルケンリッターのコピー体だ。体も思考も、日常の動作から戦闘技術までほぼ同一。無論、心……オリジナルの記憶までも、断片的ではあるが我らは記録として持っている。
だから、我らがコピーされるまでの間にオリジナルがどんな主に仕えていたかも若干ながら把握しており、どんな扱いを受けていたのかも、まるで我が身のように思い出せた。
一番多かったのは、道具、だ。
人の形をし、個々に感情と呼べるべき心があるのにも関わらず、主となった魔導師どもは我ら(オリジナル)を道具扱い。肉体がどれだけ傷つこうとも、精神がどれだけ疲弊しようとも、それがどうしたと言わんばかり………と言うか、実際に何も言わなかった。道具に掛ける言葉はないという事だ。
それでも、我らは何一つ文句言わず主の為にただ馬車馬のように仕えた。そうプログラムされていたからだ。幸い、だから、道具扱いされる事に憤りはあったものの苦とは感じなかった。
それくらいなら我慢出来た。
我慢出来なかったのは奴隷扱い。
みなまで言う必要はないと思う。私も、オリジナルの記憶とはいえ言いたくもない。
人間として在る事も、道具として戦う事もさせず、ただ生きて奴隷のように働かせ、騎士としての誇り、尊厳を嘲笑う主。
男の主からは卑しい視線を。女の主からは妬みの視線を。
いくらオリジナルの記憶とは言え、我らは心底失望した。純粋に騎士として扱ってくれない魔導師に、人間に絶望していたのだ。
だから我らの初めての主、鈴木隼という人間を見た時も、私は彼に何も思うところはなかった。どういう人間だろうと構わないし、そもそも人間には期待していなかった。………いや、それは嘘だな。失望だけはしていたか。
しかし、だからこそ、ただ私は私で在り続けるだけだった。誇り高き『騎士』としての私で…………。
「オッケー、オーライ、了解、了承、ばっちこい。夜天の主だっけか?それに就職してやんよ」
そう言ってタバコをプカプカと吸う目の前の初めての主に対しても、私の心の中は冷め切っていた。
官制人格に抱えられた時のあのだらしない顔や、私たちに向ける下心を隠しきれて居ない瞳…………。
時代や世界が変わろうとも、人間は変わらないという事か。オリジナルから受け継いだ記録は、どうやら今日この日から自分で体感し記憶していくのだな。
漠然とそんな事を思いながら、私は改めて人間に失望感を感じていた。
(我らは、この主からどういう扱いを受けることになるのだろうか)
道具か、はたまた奴隷か。
「………よし、隼と呼べ─────で、お前達の名前は?」
「え?」
「え?じゃねーよ。名前だよ名~前。なによ、人に名乗らせておいて自分らは無視ですか?え、もしかして早速軽く喧嘩売ってる?」
「い、いえ、そのような事は………」
「だったら自己紹介くらいしてくれよ。あんたとあんたとあんたは特に!!!」
ビシ、ビシ、ビシ、と私・シャマル・官制人格の順に指差してくる主。その顔はニヤけており、オリジナルの記憶にある男の主と似ているのだが………なんというか、清清しい。それに歴々の主は我らの固有名詞になんてまるで興味を示していなかったのに。
私はオリジナルの記憶にある歴代の主と目の前の主の違いに少し戸惑いながらも、名乗れる事への若干の嬉しさを感じながら答える。
「申し遅れました。私はブルーメリッターの将シグナムです」
頭を垂れて言う私に、他の騎士たちが続く。
「湖の騎士シャマルです」
「鉄槌の騎士ヴィータだ………です」
「守護獣ザフィーラ」
そこで我らの言葉は終わった。人数5人に対して名乗りは4人。
「ん?」と訝しんでいる主の視線の先には銀髪の先が地面に付いている官制人格が一人。
「……………ん?おい、あんたの名前は?」
「申し訳ありません。私も主の騎士として名乗りたくはありますが、生憎と私にはその名がないのです」
「んあ?どゆ事?」
自分で名乗った手前いまさらながら居心地が悪いが、そもそも我らには名前はない。このシグナムという名もオリジナルの固有名詞であり、厳密には私の名前というわけではない。そして、官制人格にはオリジナルにも名前がなく、弁便乗の名乗りも出来ない。
と、その旨を主に伝えると。
「は~ん、そういう事ね。まっ、いいんじゃね?その名前で。で、あんたも名無しって訳にはいかねぇから、そうだなぁ…………『夜天』って名前はどうよ?シンプル・イズ・ベストってね」
あっけらかんと、どうでもいいと言うような感じの主に私は慌てて反論した。
別に名前なんて正直どうでも良かった。どんな名前だろうと私は騎士として在るだけだ。しかし、それでも私は反論した。この主の適当な態度が、私の騎士としての在り方すら適当に決め付けているようでならなかったからだ。
「しかし、やはり同じ名を名乗るのは憚られます。ですので、宜しければ名前を頂ければ………」
オリジナルの記憶を見て、ああは思っていたが、反面できっと心のどこかでは初めての主という事で少なからず期待していたのだろう。期待したかったのだろう。だから、ちゃんと騎士として認めてもらい、名を頂戴したかったのだ。
けど、そんな私の思いも次の主の言葉で一蹴された。
「ああ?別にいいだろ。どうせオリジナルと会う事なんてないだろうし。気にせんで名乗れ名乗れ」
この言葉で私は理解し、確信を持った。この主もまた、我らを騎士として扱うつもりがないのだと。
私達の名前はおろか存在自体がどうでもいいような、いちいち我等の事で頭を悩ますなんて面倒臭いというような雰囲気がこの男からヒシヒシと伝わってくる。
主隼は一度だけ疲れたような溜息を小さく吐くと、短くなった煙草を踏み消し、また新たな煙草を口に咥えながら言った。
「さってと。いつまでもこんなトコいてもしゃあねーし、帰るか。ンじゃ、そこの犬耳マッチョマン………ザベーラだったか?」
「……ザフィーラです。なんでしょう」
「俺んちまで俺を背負って飛んでけ。歩いて帰るの面倒臭ぇし、チャリはおしゃかになっちまったし、仮に歩くとしてもお前等と一緒に歩きたくねーし。てか、絶対ヤダ」
この主の発言に私は胸中で失望の溜息をついた。
夜天の主になり、傍に居ても良いと仰ってくれた時は僅かばかりの嬉しさが込み上げたが、やはりそれは早計だったのだろう。現に今『我等と共に歩きたくない』と仰られた主の顔は本当に嫌そうだったのだから。
結局、この主もいい道具が手に入ったくらいの気持ちしか持っていないのだろうな。
(なんなんだよ、あの服は?ぴったりフィットで体の線バッチリまる分りって誘ってんのかコノヤロウ!ええ、勿論全力で誘われますよ?けど、そんな格好の奴と一緒に歩くのは無理無理、企画モノAVの撮影風景かっつうの。…………まあ、その格好が良いか悪いか聞かれたら、全力を持って「絶頂だ!」と答えるけど。ん?答えになってねーか。でも、しょうがなくね?こんなん見せられたら…………しょうがなくね?特にシグナムって人の見事なメロンっぷりをフィット感抜群のタイツ越しに見せられたら………しょうがなくね?ああ、本当にしょうがないほどのメロンだビューティフォー)
主が何か小声でブツブツ言っているが、生憎と聞き取れる声量ではなかった。まあ大方、我等に文句の一つでも言いたいのだろう。先ほどから妙な視線を体に感じるし。
どうであれ、私は騎士として己の忠義を全うするだけだ。主が我等をどう思い、我等をどう扱おうとも。
──────夜。
あの森での邂逅から凡そ6時間経った現在、主隼の自宅にて、主合わせた我等騎士5人は一つのテーブルを囲う形で座っている。
お世辞にも大きいとは言えないテーブルの上にはパックの白飯とお惣菜とお箸とお茶、それを一セットとして計5セットが置かれている。付け加えて、1セットづつ我ら騎士の前に置かれている。されに付け加えて、主の前には魚の刺身と変な匂いが漂う透明のお湯が入ったコップが一つ。その湯の中には梅干も入っている。
主隼は刺身を一つ取り、それを口の中へと運んだ。後にコップを口元に持って行き、中の液体をクイッと飲み干した。
「~~~~ッはあ」
何とも気持ち良さそうな息を吐きながら、主の顔には満足そうな笑みが浮かんだ。続けてもう一度刺身に箸を伸ばし…………
「いや、あんまジロジロ見てんなよ。てか、食えば?」
この時刻とテーブルの状態を見れば今更言うまでもないが、つまり今は夕飯の時間。当然、目の前に置いてある料理(出来合いのものだが)はそれぞれ我らの物なのだろう。主もそのつもりで用意してくれたのだと思う。
けれど、
「あの、よろしいのですか?」
「はあ?何がよ」
「その……我らが共に夕食を頂いても」
オリジナルの歴代主たちは食事なんてまともに与えて下さらなかった。料理ではなく食材が出てくる事が日常だった。いや、そもそも騎士として主の食事の席に共に着くのはどうなのだろう。
そんな戸惑いと懸念が私……いや、我ら騎士全員の胸中に浮かぶ中、またもこの主はあっけらかんといった調子で答えた。
「頂くもなにも、目の前のメシが見えねーのか?それ、お前らのだから」
「いえ、それは分かっているのですが………」
「だったら馬鹿な事言ってねえでさっさと食えや。それと残すなよ、勿体無いから。あ、それとも手を合わせて『いただきます』ってやつしたいとか?ちっ、面倒くさいけど最初くらいはそれらしい事してやるか」
いい終わり、主はやれやれといった感じで手を合わせ、私たちも同じように手を合わせるの見て『いただきます』をした。
(分からない)
まだ主と接して間もないが、それでも分かった事はある。
高慢な物言いと私を見る男性特有の厭らしい目は、オリジナルの過去に出てくる我らを道具扱いする腐った人間のそれと同種のもの。いや、あるいはそれ以上か。
粗野で、荒々しく、無神経で攻撃的───この数時間の主の言動には男の醜さを多分に感じさせる。
やはり、この男もそうなのだと思った。所詮は人間として、我らを下等に見ていると。
……………でも、なんなのだろう。この主からはそれだけじゃなく、時折垣間見える居心地の良さは?
(…………分からない)
この主が一体何を考えているのか。一切の思考が読めない。
その一つの証拠に『夜天の写本の主になる』と宣言して下さった時から現在までの凡そ6時間の間、主は我らの事について一言も詮索してこなかった。むしろ、私から魔法の説明や我らの存在理由、夜天の写本の機能その他モロモロ簡単に説明したのに対し、主からの返答は、
『ふ~ん』『あっそ』『あ、わり、聞いてなかった』『てか、もういい。うっせぇ』『それよりさ、皆彼氏とかっていんの?あ、犬とガキは答えんでいいから』
などなど、本当に心の底からどうでもいい風だった(一部、意図の不明な返答もあった)。
このような主の態度、オリジナルの過去には一切ない。過去の主は我らの事を事細かく詮索し、根掘り葉掘りある事ない事聞き出され、我らや本の機能について興味深々だった。
いや、それ以前に主とか魔導師とか関係なく、そも人間とは欲深い生き物だ。だから普通は我らのような存在に対し、こんなどうでもいいという態度は取ってこないはずだ。
(考えなしの馬鹿な主………という訳でも、だからといってないようだ)
家に着いてからいろいろ取り決めたのがその証明だ。本当に考え無しなら、これからの生活に対して資金繰りに頭を悩まし、解決策を出すなんて事出来ないはずだ。この主はメリット・デメリットをきちんと計算した上で我らを迎え入れている。
つまりメリットの方が大きいから迎え入れたという事なのだろうが、ではそのメリットとは?
「ん?どうしたよシグナム?箸が進んでねーぞ。まさかダイエットか?駄目だぜ、ちゃんと食わなきゃ。特にお前はすんばらすぃ体形してんだから。ちゃんと食ってその体形維持しろよ?ついでにロリータ、お前もいっぱい食ってシグナム以上の特盛り目指せ。………あ、でもお前ら人間じゃなくプログラムなんだっけ?てことは成長の望みなし?あ~あ、残念だったなエターナル・プログラム・ロリータ。これが生物とプログラムの差かぁ。まあ、どんまい」
「ッ………!」
ヴィータが今の主の言葉を聞いて飛びかかりたい衝動を必死に抑えているのが手に取るように分かった。そして、それは私たちも気持ちは同じだった。
今の主の発言は我ら騎士を見下したそれだ。……………人間ではなく、ただのプログラム風情だと。
こんな主に少しでも居心地の良さを感じた自分が恥ずかしい。やはりだ。やはり所詮この男もそうなのだ。例外なく、人間とはこうなのだ。
「おいおい、そんな怖い顔すんなよ。てか、なんで怒るんだよ、本当の事だろう?意味分かんね。俺は人間でお前らはプログラム。そこには超えられないデッカイ壁があるってね。はい、コレ正論。………あれ?酒切れた。シャマル、ちょっと酒持ってきて」
………我らはこんな主に仕えなければならないのかッ!
怒りが胸の中で渦巻くのを自覚した。そして、そんな怒りを抱いたのは私だけじゃないのは皆の顔を見れば瞭然だった。
───────しかし、そこから急転直下の如く我らの想いは変わっていく。
一晩経った翌日──────────1日目。
「主隼はそう悪い御人ではない。……いや、そうとも言い切れんところもあるが、しかし悪人ではない」
まず最初に主に心開いたのはザフィーラだった。
「い、いきなり何を。いや、それよりも一体どういう事だ」
「なに。主の性格からしてお前が一番主を真っ直ぐに誤解してそうだからな。擁護の一つくらいしておかんと、主に剣を向けられたら適わん」
「誤解だと?何を言って…………まさか、あの男から何かされたのか!?」
主という事を盾に脅され、ザフィーラはそう言わされてるのではないかと思った。でなければ、たった一晩でこいつの意見が変わるとは思えん。
昨晩、いきなり主はザフィーラに向かって『ザッフィー、今晩から俺の枕になってプリーズ。もちろん拒否権はなし!』なんて事を吐いておかしいとは思ったが、やはり御しやすいと思ったのか、同じ男性体であるザフィーラから懐柔しにかかったか!
「昨晩、寝所で無理やり洗脳でもされたか!同胞として、事と次第によっては例え主でも…………!」
「はぁ………落ち着けシグナム。俺は何もされていないし、これは俺の正直な意見だ。────主は悪い御方ではない。少なくともオリジナルの記憶にある主たちと我らの主は違う。まぁ、難はあるがな」
昨日までの態度を見ていればとても信じられない言葉だが、しかしザフィーラは嘘を吐く様なやつではない。だとしたら私はザフィーラの言う通り主を誤解しているのだろうが、あの主の態度のどこに誤解を持つところがある?
「お前も追々気づくだろう。俺からも昨晩我らが主をどう思っているか、人間をどのような存在と見ているか、主へ言っておいたしな。まあ、主からは『なんだそりゃ?馬鹿か。面倒臭ぇ、知るか』と言われたんだがな。…………ふっ、主らしい」
「主らしい?」
「ああ。なんと言えばいいか、あれほど裏表のない正直な人間がいることに驚いた」
そう言ってザフィーラは外へと出て行った。
主と朝の散歩に行くという事だった。
────────────2日目。
昼過ぎ、主に言われて近くのコンビニでタバコを買いに行かされた私。それに対して勿論文句の一つでも上げたくなるが、これも主に仕える騎士の役目と思って無理やり自分を納得させた。
昨日ザフィーラに言われた言葉が気にかかり、当初ほどの怒りはなくなってはいるが、やはりどこか釈然としない。
「ただいま戻り─────」
「「死に晒せええええええええええ!!!」
な、なんだ!?
家の扉を開けた瞬間重なって聞こえた二つの怒声。私は慌てて中へと入ると部屋の中には困った顔で佇んでいるシャマルと夜天、そして呆れながらもどこか微笑ましそうなザフィーラの姿。
そんな彼らの視線の先にあるのは主とヴィータが殴り合っている光景だった。
「な!?ヴィータのやつ、何をしているんだ!」
我らは騎士。主に仕え、その身を時には主の剣に、時には主の盾となる存在。例え主がどれほど愚者でもそれが騎士の在り方というものだ。確かにヴィータは我ら騎士の中で精神が一番未熟だが、それでも忠義心だけは一人前のものをもっている。たとえ主から理不尽な暴言を吐かれても、それで怒りに任せて牙を向けるなんて考えられない。
「ンのクソ主がァ!!」
「ぐぼぇ!?」
そんな考えは、しかしヴィータの右ストレートが主の顔面を殴り飛ばした光景を見て吹き飛んだ。
「シャマル、夜天、ザフィーラ、なぜヴィータを止めん!」
「ええと、それは………」
「こ、この状況が主の希望だから、なのだが………」
は?夜天のやつ、何を言っている。主に歯向かい、あまつさえ殴り飛ばしてくる騎士と殴り合うのが主の望みだと?
在り得ないし、考えられない。そんな訳がない。自分の道具と思っている者に歯向かわれているこの状態が許せる人間なんているわけがない。
ええい、もういい!私が止める!
「ヴィータ、主の騎士たるお前が何をして─────」
「すっこんでろやシグナム!!!」
「え、あ、主?なにを………」
「人の喧嘩に口出すなっつってんだぐぼぁあっ!?」
「余所見ぶっこいてんなよ!」
「は、ははははは。最初って事で人が優しく大人の対応してりゃつけ上がりやがって………この俺に喧嘩売った事後悔させてやんよおおおおおお!!!」
そしてまた殴り合いを再会させる二人。そんな目の疑う光景を呆然と見守ることしか出来ない我ら。
この状況をどう取ればいいのか分からない。主と騎士の関係とはこのようなハチャメチャで無礼講な形なわけがない。我らが主から八つ当たりのように無為に殴られるなら兎も角、殴り合うなんてあっていい状況じゃない。ここは主が何と言おうとヴィータを止めるべきだ。それが将たる私の責任のはずだ。
……………けど。
「よくも俺のPCぶっ壊してくれやがったなあ!ここ最近じゃあ一番びっくりするぐらいの怒髪事件だぞコラァ!!」
「あ、あああんな画像持ってるお前が悪い!この変態主!」
「勝手に起動してイジッたテメェが悪いだろ!あげくハンマーでスクラップにするとかありえねーだろ!」
「うっさい死ね!!」
私の中のオリジナルの記憶にはこんな感情を表に出すようなヴィータの姿はない。
仏頂面で粛々と主の命に従い、気に入らない事があってもこのように感情を爆発させない。その姿相応の子供らしい性格なはずなのに、いつも子供らしからぬ達観したような、ある意味で騎士らしい騎士だった。
それが今、この主の前では在るがままの姿で振舞えている事に驚きを隠せない。そんな本来の姿、私たちに対しても滅多に見せたことがないのに。
(……それほど信頼しているという事なのか?本当の自分で接してもこの主なら許容してくれると?)
分からない。ヴィータの心中も主の心中も。
主、鈴木隼………この男は、一体何なんだ。
「いや~、久々に素手喧嘩したぜ。最近丸くなっちまってたからなぁ、いい刺激になった。おいガキ、お前ムカつくけど俺と正面からタメ張るなんて中々根性あんじゃねえか。気に入ったぜ」
「はっ、お前も全然主らしくねーけど……まあ嫌いじゃねえ。それとさ、そのぅ、PCぶっ壊して悪かったな」
「あん?んん、まあ気にすんな。どうせダチから貰った古いやつだし。それにガキは多少ヤンチャな方が俺ぁ好きだかんな。その点だけ見ればヴィータ、俺はお前が超好きだぜ?」
「あ、あたしだって嫌いじゃねえし……ちょっと見直したっつうか……ん、まあ、その、あれだ……好き、かもな」
────────────3日目
この日もまた一人、主隼を認めた騎士がいた。
「お、おおおお!なんじゃこりゃ!?超美味ぇじゃん!え、これ昨日の残りもので作ったの?マジか………」
「どんどん食べて下さいね。まだまだありますから。あ、それとハヤちゃんのパジャマの裾がほつれてたので縫っておきましたから。あと洗濯洗剤が切れてたので買ってきますね」
「………美味い飯に裁縫に細かな気配り。シャマルって実は騎士じゃなくて嫁?それも嫁姑戦争とは無縁のタイプ」
「ヤダもう、ハヤちゃんたらっ。褒めても何も出ませんよ?はい、手作りプリンです♪」
────────────4日目。
「お、おお!夜天夜天、浮いた!ちょびっとだけど浮いたぞ!」
「おめでとうございます。練習を始めてまだ2日なのにこの成果は素晴らしいです」
「まっ、俺が本気出せば出来ない事はねえからな………ってえのは、今回ばかりは通用しねーか。なんせ夜天が居ないとこればっかりはどうしようもないかんなぁ。お前が一番教えるの丁寧そうだし。でも悪ぃな、家事と平行して魔法の訓練してもらっちまってよ」
「主の御心のままに。それが私たちなのですから」
「………ハァ、"また"それか。ザフィーラといいシャマルといい、何でお前らは………。いいか、そうじゃない、お前は────────」
────────────5日目。
「き、気安く頭撫でるな!」
「あぶしっ!?」
「ハヤちゃん!?こら、ヴィータちゃん!いくら何でもアイゼンはやりすぎよ!」
「ふん!いいんだよ、これくらい…………わ、分かった!分かったからクラールヴィント振り回すな!」
────────────6日目。
「主、そこはもっと丁寧に。そう、その感じです」
「…………ザフィーラ、何をしている」
「ん、夜天か。なに、俺も手が空いてたからお前の変わりに主に魔法を教え……………わ、分かった!教師役はお前だけの役目だ、取って悪かった!もう俺は引っ込む!だからお前もその振り上げた拳を引っ込めろ!ま、待てっ、振り下ろ─────」
こんな感じで日々は過ぎ。
主と共にすごして早6日。しかし、私だけまだ6日前に取り残されてる気分だった。
分からない。
………分からないんだ、主が。
確かにオリジナルの記憶にある歴代の主よりはマシな人間だ。特に我らを道具や奴隷のように扱うわけでもなく、主風を無為に吹かせて威張り散らすわけでもなく。出来た人間かと言われたら素直に頷けない所だが、それは人間全般に言える事。出来た人間なんて早々いるはずがないのだから。
鈴木隼…………出来た人間でもなく、外道な人間でもなく、さりとて平凡とカテゴライズする事も正直躊躇われる人間。
それが私の主に対する心象で、そんな主が私は分からないし信頼出来ない。主隼に騎士として忠誠を誓う事は出来るが、心から喜んで剣を預けられるかと問われれば即答しかねる。
(………だが他の者たちは)
夜天、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ………あいつらは皆主を信頼している。最初の心象は今の私と同じだったろうけど、今は完全に心預けられるようになっている。心から忠誠を誓い、信頼し、己が主として鈴木隼を認めている。
いや、少し違う。忠誠とか信頼とか、そんな堅苦しいものじゃない。それも含まれるだろうけど、もっと単純な言葉で表せる。
(仲良くなってる)
どうして?オリジナルの記憶があってなお、どうしてそんな関係になれたのだ?どうして心許せたのだ?どうしてそんな顔が出来るのだ?
同じ騎士なのに皆が遠く感じる。
「どうしたのシグナム?さっきから全然箸が進んでないけど」
「え?あ、いや」
シャマルの声でふと我に返った。そして今が夕食の場だという事を思い出し、一度頭を振ると食事を再開した。が、それもすぐ終わり、半分も残すと私は一人席を立った。
「すみません主、少し散歩してきます」
「………了~解」
何か言いたそうな顔をしていた主だったが私はそれを見ないフリして、でもそれが失礼だと気づき、だからといってどうする事も出来ず、結局早足で無言のまま家を出た。
空を仰ぎ見れば満天の星が輝き、ブルーメの名を冠する騎士としてこの夜天の下を歩くのはとても気分がいい。このもやもやとした気持ちまで晴れるようだ。
「夜に女性の一人歩きは感心しねーな。まあお前なら心配無用だろうけど」
そんな声が後ろから聞こえたのは家から大分離れた小さな公園の前だった。振り返るとそこには"にへら~"と締まりのない顔で笑う男が一人。
目下のもやもやの原因、鈴木隼。
我が主。
「主、どうして……」
「な~に、俺も散歩したい気分だったんだ」
ポケットからタバコを取り出し、シュボっという音と共に火をつけた。タバコから漂う独特の香りはこの6日間で唯一慣れない臭い。
「嘘。別に散歩とかしたくなかったし。ホントはシグナムをストーカーして楽しんでた」
「…………」
「む、無言で返されると流石にキツイな。冗談だよ。ちょっと話がしたかっただけだ。お誂えに公園のベンチがほらすぐ傍だ。まあ狙ってここで声掛けたんだけどな」
本当に主のお考えが分からない。人を小馬鹿にしたような飄々とした態度は何か企んでいるのか、それとも考え無しなのか。
ともあれ、私は主に促されるままに公園に入りベンチへ座った。その隣30cm離れた場所に主もドカッと足を組んで座った。
「「……………」」
主は話があると言っていたけれど、座ってから1分、この場は沈黙が続いていた。本当は主からの御言葉を待つべきなのだろうが、この沈黙に気まずさを感じた私の口から言葉が洩れた。
「あの、何か私に不手際があったのでしょうか?」
「あん?なんでよ?」
「……いえ、わざわざ私を追いかけてまでお話をするくらいですから」
主から「話がある」と言って来た場合、十中八九お叱りの言葉が待ち受けている。それがオリジナルの記憶であり、私自身もそう思った。この6日で一番主の為に積極的に行動していないのは間違いなく私なのだから。
だが予想に反して主からの言葉は暖かいものだった。
「不手際なんてこれっぽっちもねーよ。むしろよくやってる。いや、マジで」
………主が褒めてくれた?騎士の役割なんて何もまっとうしていない私に?
「な、なぜ……」
「ん?」
「なぜそのような言葉を………。私は何もしていません。将である立場、率先して主の役に立たなければならないのに、何も出来ていない…………家事全般はシャマルが、魔法訓練は夜天が、守護と夜のお供はザフィーラが、安らぎはヴィータがおもに担っているのに、私は何もしていません!私に出来る事は純粋な騎士として主の為に剣を振るうのみ。けれど、それもこの平和な世界と主の意向には無用のもの。…………分からないのです」
そう、分からないんだ。主のお考えも、そんな主を信頼出来る仲間たちの心中も、そして何よりも私自身が一体どうしたらいいのかが。
膝の上に乗せた拳が震える。やるせない気持ちで一杯になる。
「いろいろと突っ込みどころはあるが、まあ前半分は聞き流して…………ハァ、それにしても"また"なのか。いい加減面倒臭ぇ」
主は一度大きな溜息をついた後、ピンと指を弾いてタバコを投げ捨てた。そしてまたすぐに新しいタバコに火をつけ、煙と共に言葉を吐き出した。
「『騎士として』『主の為』『主の心に従って』、テメエの意見を言う時は決まってこんな言葉で始まるよな、お前らって」
「そ、それは当然です。我らは主の騎士で────」
「ほらまた。それ、正直うぜぇっての。何が騎士だ、何が主の為だ、馬鹿らしい。下らん。そんなモン、犬に食わせるのも可哀想なしろもんだぜ」
忌々しそうに吐き捨てる主隼。その姿を見て私は改めて落胆した。分かっていた事だが、やはりこの主も我らを『騎士』として扱ってくれない、認識してくれない。それどころか嫌ってさえいる。
ならば私はいよいよ持ってどうしたらいいか分からなくなる。騎士という存在を主は欠片も必要としていないなら、私の価値はどこに見出せばいいんだ………。
「ああ、そんな顔すんなって。美人の悲しむ顔ってのは核兵器より効くっての。何を落ち込んでんのか知らねーが、俺が言いたいのはそんなモンに振り回されんなって事だ」
「振り回される?」
「そ。騎士だの主だの意味ねーんだよ。そんなのただの『言葉』だ。言葉遊びは俺も好きだが、言葉に遊ばれちゃあお終いだ。………なあ、お前は一体なんだ?」
私は騎士だ。主に忠義を尽くす烈火の将シグナム、それが私。………私のはずだ。
そんな私の思いをこの主はバッサリと否定する。理不尽なまでに、自分勝手に。
「騎士か?違うね。──主の心に従い、主の為に尽くす者?違うね。──シグナム?それもちょっと違うね。そんなモン、全部後付けの言葉だ」
「で、では一体私は何なのです!!」
全てを否定された気分になった私は、ただを捏ねるように声を大にした。
端的に言って頭にキていたのだ。主になってまだ6日の新米に存在を否定された事に、失望していた人間に好き勝手理不尽な事を言われている事に。そして何よりも今の自分の情けない有様に。
そんな私を見て主はやれやれと言いながら、腕を伸ばして私の頭をコツンと小突いた。
「テメェはテメェだ」
────────────。
「騎士とか忠義の士とか人間とかプログラムとか関係ない。んな親や周りの人間や常識がつけたもんなんてどうでもいいんだよ。自分なんだよ。生まれた瞬間からテメェはテメェでしかねえんだよ。胸を張れ!騎士としてじゃなく、テメェがハナから持ってるテメェだけの心で胸を張れ、それで事を成せ!その上で騎士としての生き方を貫くなら、それでいいさ。前提に"自分"があるならな」
「…………」
「だから俺はお前らを騎士とは見ねぇ。『お前はお前』としか見れねぇ。そして俺は俺だ。お前達の主である以前に『俺』なんだよ」
私は今どのような顔をしているだろう。怒っているのか、泣いているのか、複雑な顔をしているのか………どのような顔にしろ、きっと私は今自分でもしらないような顔をしていると思う。そして、そんな顔を主に見られるのはどこか恥ずかしく思い、顔を俯けた。
拳の震えはいつの間にか止まっていた。
「………よく、分かりませんよ」
ポツリと呟いた、恥ずかし紛れの嘘。
「あ、やっぱり?俺も途中から何言ってんのかよく分かんなかったんだよな。気分でぶっちゃけてた。まあそれでいいんじゃね?いちいち考えて喋んのは無理。その場のテンション任せだ。まっ、要は『テメェはテメェだ、と胸張って生きろ』ってこった。うん、それだけ覚えとけ」
そういう主隼だが、もちろん私は全てを覚えておく事を心に決めた。確かに意味が分からない部分もあったけれど、心に響いたのは間違いないのだから。
「お、いつの間にかもうこんな時間か。ほら、そろそろ帰るぞ」
ポンと私の背を叩きながら立ち上がる主隼。
漂ってくるタバコ独特の香りにもう何の抵抗も感じなかった。
「主」
「あん?」
「私は主の騎士です。主だけに尽くす烈火の将です。………けれども、私は私です。私の心が決めた、私の生き方で、私は私を貫きます」
「……へっ、そうかい」
ああ、そうか。
ようやくザフィーラの言っていた事が分かった。なるほど、確かにこの方は正直者だ。良くも悪くもただただ自分に正直だ。
(……ああ、この主は馬鹿で愚者な人間だ。もう少し賢い生き方も出来ろうに)
だが。ああ、だが。いや、だからこそ。
この男は、道をまっすぐ進む。賢い者なら遠回りするような道でも、臆病者は避けて通るような道でも、ただ真っ直ぐに。知ったことかと己の心のままに、道のままに。
『正直者は馬鹿を見る』……そんな言葉があるが、きっとそれは賢い者や凡人の恨み言だ。なぜならば、"馬鹿"にしか正直者にはなれないのだから。
「お~い、シグナム、何ボサっとしてんだ!帰るっつってんだろ?置いてくぞボケ~~」
「──はい!ただいま!」
足取りは、軽い。
(今日が鈴木シグナムの誕生日だ!)
この日から私は私になった。他の誰でもなく他の何でもない、一人の私として。そして、主と同じ道を歩むのだ。馬鹿正直に。まっすぐに。
あまりギャグくないシグナム編終了。
そしてリメイク前なら次からAs編開始だったのですが、勝手ながらもう少し後日談を続けます。As編、王様をお待ちの方、申し訳ありませんがもう少々お待ちください。