この夢の、目の前の扉を初めて見たのは、さていつだっただろうか。
そう思うほど俺は今日までこの扉を目にし、またそれを開けてきた。最初は分けが分からなかった。寝れば何故数日おきにこの夢を見るのか。そしてその中にいる幼女はなんなのか。
疑問はつきなかったが、正直どうでもよくはあった。なにせ夢なのだから。……なんて素直に信じていたのはぶっちゃけ最初のうちだけだったが、それでもだ。
これが夢のような、もっと違う何かでも関係ない。思うところも確かにあるにはあったが、俺に大きな被害があるわけでなし。利益があるわけでもなし。
俺には関係ない。だから問題ない。夢みたいな、このおかしな現象も突然始まった時と同じようにいつか突然終わるだけ。ならその時までせいぜい楽しんどこう。
そんな軽い気持ちだった。それで良かった。────そう思っていたのがつい先ほどまでで、今じゃ「どうでもいいし」なんて無関心気取れないような状況になってしまったのだから笑えない。
どうでも良くなく、むしろ今後の俺の生命線がこの夢……正確に言うと中にいるガキ如何によるというんだからマジで笑えない。
今から行うのは交渉。相手は中にいるガキ。目的は、そのガキの身柄。それ次第の結果如何で俺の命はDEADorALIVE。
とは言うものの、俺はそこまで心配はしていない。なにせガキの性格はこの数ヶ月で知り尽くしたし、ガキが立たされている状況もフランから聞いた。さらにそれを解決させる手段もフランから受け取った。……癪な事だが、あのアルハザードのホモ野郎も一枚噛んでるというのだからまず心配はない。
下準備は完璧。
さて。
それじゃあ開けますか。今までのように。いつもと変わらず。
おそらく中のガキもいつも通り笑顔で迎えてくれるだろう。あるいはまた何かしら再現している途中かもしれない。そう言えばあいつ、いつだったかスキーがしたいとか言ってたからもしかしたらゲレンデでも作ってるかも?
そう思いながら俺は扉を開けると。
「あっ!隼!遅いです!何でずっと来てくれなかったんですか!!!」
ぷくぅと頬を膨らませている幼女にして最強魔導師───紫天の盟主がそこにいるのだった。
09
時は少し遡り。
俺が病院からの帰り道にフランと会い、そこで戦力アップの方法があると聞かされたのがおおよそ30分前。
現在、俺はフランとともにベッドの上にいた。……あ、もちろん八神家の宛がわれてる俺の部屋よ?ホテルじゃないからな?壊れかけたフランに引きずられて行きそうになったけど、行くわけねーからな?
「紫天の盟主?」
「うむ、我ら……というのは少し語弊があるが、それを束ねる者の事だ。そやつと交渉し、協力を得る」
それがフランの言う強力無比な魔導師の事らしい。
紫天の盟主ねえ。なんか聞き覚えのあるような?
「闇でも夜でもなく、暁へと変わりゆく紫色の天を織り成す者。コアである永遠結晶エグザミアにて未知の魔力を無限に生み出す無限連環機構を持つデタラメな存在よ」
なんか凄そうな単語をつらつらと出してくるフランであるが、もちろん俺はちんぷんかんぷん。無限とかデタラメとか言ってるから相当凄いんだろうけど、それってどんくらい?
「小難しい事はいいからよ、ぶっちゃけその盟主って奴ぁどれくらい強いわけ?」
率直に聞いてみる。もしこれでフランとかシグナム程度ならちょっと肩透かしだが……。
「ふむ、そうさな。聞いた所によれば、数%の力で我クラス並みの魔導師をダース単位で容易く捻り潰せるらしいぞ」
「それ、べらぼーに強ぇじゃん!?」
フランがどのくらいの強さかは正直な所知らないが、仮に理やライトレベルだと過程しても、それを容易くって……え?それってマジでうちのシグナムや夜天レベルじゃん!
マジか、流石にそれは予想以上だ。適当に宝くじ買ったら1等当たってたレベルの奇跡だろこれ。
「そんなやべえ奴がうちや管理局以外にいたとは……。で、そいつ今どこいんの?やっぱ隠れ住んでる的な?」
強者が煩わしい世を捨て、ひっそりと隠居する。漫画やラノベの設定にありがちだが、なるほど、実際にそんなのが有り得るとなるとちょっとかっけーな。
「まぁ実際には引き篭っておるようなものらしいが。いや、場所が場所だけに引き篭もっておるというよりも封じられておると言った方が正確か」
「ふ~ん。で、それ、どこよ?」
「闇の書の最奥だ」
………は?
「闇の書って、はやてが持ってるあの闇の書?」
「そうだ」
なぜにそんなとこに?もしかして写本にはいない、闇の書限定の騎士?いや、でも封じられてるって言ってるし。
そんな俺の胸中の疑問を察したのか、フランが続けて説明を始めた。
「簡単に言えばその紫天の盟主も闇の書のプログラムの一つだ。が、ヴォルケンリッターのような正規のプログラムではなく、もともと書を支配しようと後付けされた独立稼動プログラム。しかし結局支配は出来ず、さりとて破壊されず、闇の書の防衛プログラムによって奥底に幽閉されておる状況だ」
だからお前の説明は小難しいんだって。それのどこが簡単だよ。
「ええっと、つまりその盟主ってのはウイルスみたいなもんで、闇の書を乗っ取ろうとしたけど返り討ちにあった。でも闇の書も完全に駆除出来ないほど強いから、せめてもう何もさせないように閉じ込めてる?」
「ふむ、相違いない」
なるほど。自分で説明してみたけど、自分でもよく分からん。いや、分かるんだけど何かふわっとしてる。……うん、まあ場所は分かったし、強いってのも分かった。だから、なるほど、と言っておこう。
あ、でも一つしっかり分かった事がある。
「それ、やべー奴じゃん?いや、強さどうこうじゃなく、性質的に」
書を支配しようとしただとか、封印されてるとか。それ、完璧悪者サイドの奴じゃん。
「うむ、まあ傍から聞けばそうよな。それゆえ紫天の盟主ではなく、今ではこう呼ばれておる。曰く───沈むことない黒き太陽、影落とす月……砕け得ぬ闇……アンブレイカブル・ダーク───とな」
うわ~、めっさ物騒な言葉の羅列頂きましたー。なんか巨悪なラスボス臭をぷんぷん感じちゃうな~。
てか、そんな奴の手を借りて大丈夫なのかよ?
「あのよ、確かに強いみたいなのは分かったけどさ、流石にそんな厄介そうな奴手元におくのは勘弁なんだけど。どう考えても敵増やすだけだろ。獅子身中のなんちゃら的な」
「そうよな、あれ程の怪物を御せる者などそうはおらん。主以外では、普通は会話も出来ぬまま微塵に破壊されるであろう」
ほらー、やっぱりー。なんだよ、結局肩透かし…………ん?主、以外?今、こいつそう言ったよな?主はつまり俺だよな?え、てことは俺例外?
そんな疑問を目で訴えたところ、フランは自慢げに言う。
「そう、数多ある管理内・外世界において、現状かの者を制御出来る唯一の存在。それが主よ」
まるで我が事のように誇らしげに答えたフラン。方や俺は、それに対してどうにも複雑な気持ちだ。
持ち上げられるのは嬉しい。尊敬されるのも嬉しい。けど、その根拠にまるで見当がつかないから気持ち悪い。俺に対して常にある種盲目的愛(変態的言動)を出すフランだから尚更。
「腑に落ちぬと言った顔だな。按ずるな、確かに我は主に対して絶対の信頼を置いておるし、どのような事態に陥ろうとも主なら打開出来ると思うておるが、今回は確固たる根拠がある」
すっと手を胸の前に持っていき、人差し指を立てる。
「まず一つ。主が本来有り得ぬ二人目の夜天の魔導書の主だからだ。いや、そちらには理と力の断章が夜天として組み込まれておる分、出力は格段に写本の方が上だろう。おそらくその出力ならば紫天を抑えるのも可能」
理と力の断章?………ああ、理とライトの事か。
そういやあいつらは後付けで写本に入ったんだっけ。つう事は闇の書には断章はねーんだ。いや、でもさっきフランの奴「我らを束ねるのが紫天の盟主」みたいな事言ってたよな?だったら闇の書にも理やライトみたいな断章のガキもいるんじゃ?
……わからん。
わからんので、取り合えず分かる事だけつっこんどこう。
「お前の言う通りなら、その盟主を抑えるだけの出力は写本にあるみたいだけど、肝心の抑え方を俺は知らねえよ?」
力はあっても技術はない。
うん、まさしく俺らしい事だがこの場合はそれで大丈夫なんだろうか?いつも通り力技でねじ伏せりゃいいわけ?
「慌てるでない。主は早漏よな。しかし大丈夫。我は早漏な主も大好きだ。それに主ならば回復力にモノ言わせて回数で勝負すれば────」
「脱線するな?ちょっとは抑えようか?」
今、結構シリアス。真面目な話中。
盟主とやらの抑え方よりこいつの抑え方を知る方が先決じゃね?
「ふむ、しょうがない。この続きはまた今度、実践でだな。では二つめ」
ぴっと人差し指に続き中指を立てる。
「主の察する通り、今回ばかりは力任せでは少々通らぬ。力と技があってこそ。力は主の持つ夜天の写本、そして技は我の持つこの書だ」
そう言って立てていた二つの指に続き、今度は五指を開いて手のひらを上に向ける。するとその上に光が収束し、ほどなくそれは一つの本となった。
「名を紫天の書という。これには無限連環機構を制御出来るシステムが組み込まれておる。紫天の書と主の写本、この2冊を持ってV3は完成する」
手渡されてまじまじと見やる。見た目や重量感は俺の持ってる写本とほとんど同じ。違うのは、その色合い。
綺麗な紫色だ。
「でも、これ使い方は?」
「心配無用。魔導書のマスターという時点で効力は発揮される。主は思うだけで良い」
「ん?この書のマスターはお前だろ?」
「何を言う。我のモノは魂から純潔、すべてに至るまで主のモノだ。ゆえにその書の所有者権限は主にもある」
重いような有り難いような。
まあ取り合えず、この紫天の書と写本を持って盟主に会えばオールオッケーなわけね。……あれ?
「じゃあよ、別に交渉しなくても制御出来るなら無理やり従えさせばよくね?」
なんか物騒なやつっぽいし。だったらもう交渉なんて蹴って、この2冊ちらつかせながら言う事聞かすのが手っ取り早いだろ。
そんな俺の考えに、しかしフランは渋々といった感じで首を横に振った。
「それが出来るならば我もそうしたい。が、その書はそこまでの効力はない。あくまで力を制御出来るのであって人格は制御出来ん。盟主は己が力を忌避しておるらしいからな。無理やり連れ出した所でクソの役にも立たぬであろう。まあ連れ出したあと故意に暴走させるのも手だが、そうすれば敵はおろか味方まで破壊尽くすだけよ」
うわ~、そりゃまた厄介な。
つまり俺は力はあっても喧嘩したくない奴を説得しなきゃならねーわけ?それ、結構ハードル高ぇぞ?
「……あー、だったらお前の言う通り暴走させりゃいいんじゃね?敵のど真ん中に放置した後、俺らは即退散して、全殺し終わったらまた制御すりゃいいだろ」
人道に反してるのは重々承知してるが、こちとら自分の命掛かってますから。
「うむ、主がそれで良いなら良い。むしろ我は喜ばしい程に賛成だ」
そんな事を言うフランの顔は、しかし嬉々としてではなくどこか草臥れた様子。
「しかし断言する。主は、その案を絶対に取らぬと」
「あん?お前、俺の事分かってんだろ?多少人道に背こうが俺ぁ自分良ければ全て良しな奴よ?」
「ああ、そうよな。分かっておる。主の事を分からないでか。確かにその通りであろう。………ただし、相手が『愛らしい子供』だったならば?」
…………んん?
「え?盟主ってもしかしてガキ?」
「然り。それも癪な事に、主のロリコン庇護欲を掻き立てるような女児よ。主の身近な者に例えるならばあの金髪、フェイト・テスタロッサに似ておる」
「おう、誰がロリコンだって?お?」
ともあれ。
あー、それは、なんつうか……無理、だわな。いや、ロリコンじゃないけれどさ。
そりゃある程度なら問題ねーだろうよ。現に可愛いフェイトだって今まで弄りまくってきたし、喧嘩になったら普通に拳振るってきた。ガキだろうと容赦しない時は容赦しないのが俺だ。
けれど、流石に今回の件はそんな『ある程度』の一線を超えてる。人道をガン無視して許されるのは、相手がクソ野郎か理かヴィータだけだ。
「交渉、するっきゃねーか」
「であろう」
結局そうなるか。あー、こりゃホントに厄介だ。
相手はめっちゃ強ぇ力を持ってはいるが、それを使いたくなくて引きこもってるガキ。それを俺の話術で外へと連れ出し、喧嘩させる。
ハードル高ぇー。
「そもそも引きこもってるガキってなぁ、往々にして意固地なもんだろ?まず話を聞いてくれっかどうかが問題だし、下手すりゃヤられて追いだされんじゃね?」
そりゃ喧嘩になったら勝つのは俺だが、今回は勝てばいいって問題じゃない。相手を納得させ、協力を仰がなければならない。
今まで力技だけで人生乗り切ってきた俺に、これは中々に難しい。
「ぶっちゃけさ、成功率ってどんくらいありそうなわけ?」
確かにその盟主って奴を味方にすれば俺の未来は明るくなるだろうよ。が、その成功率が1%とかだったら時間の無駄にも思える。それ次第じゃここは潔く諦め、次の案を考えたほうがいい。分の悪い賭けは嫌いじゃないが、自分の命が掛かってる場面じゃ鉄板の目が一番だ。
果たして、フランからの回答は……。
「成功率?何を言うておる。そんなもの、100%に決まっておろう」
はい?100%?
「何を呆ける。先ほど言うたであろう。世界広しと言えど、紫天の盟主を制御し得る存在は主ただ一人とな」
「いや、そりゃ俺の写本とお前の書が揃ってるから力の制御は出来るんだろうけど、そっから交渉しなきゃならんわけで……」
「勘違いするでない。我の言う制御は盟主の力のみに非ず。その人格もぞ」
言ってフランは再度指を立てた。それは3本目の指。
「確固たる根拠の3つ目───今なお、主がここにおる。奴に破壊されずここにおる。それはおろか幾度となく邂逅を繰り返し、親しくなったという奇跡がある。それを持ってすれば今更交渉など、どう転んでも成功の二字以外はなかろう」
何故か忌々しそうなフランの言葉に、俺は驚きを隠せない。
「……もしかして、俺、その盟主って奴にもう会ってんの?」
「ハァ」
そうとしか捉えられないフランの言葉。そしてそれを肯定するようにため息をつかれる。
「やはり気づいておらなんだか。まあ、だとは思うておったが。……主を攫う前、主に害成す事ないよう闇の書に少々細工でもしようと中に入ってみれば、奴が幽閉されておる空間が開いておるではないか。しかも奴め、どういうわけか嬉しそうに、何か心待ちにしてる様子。訳が分からず、危険という事もあってその空間はすぐさま閉じたが、その後主が書の中に現れたのを見て合点がいったわ」
まさか、という考えが頭を過ぎった。同時に、とあるガキの姿が浮かんでくる。ゆるいウエーブの金髪以上にゆるい顔をしたガキが。
「……な、なあ、もしかしてその盟主って奴の外見さ、お前くらいの背格好で金髪ロングで背中に赤い羽根みたいの生えてて胸が絶望極まりない感じ、だったり?」
「まさしく、だったり」
「Oh……」
やっぱりまさかあのガキだった。数ヶ月前から寝たら見るようになった夢、その住人のガキ。
そう言えばこいつに拉致られる直前くらいからあの夢を見なくなっていたがそういう事か。
「マジかよ……あいつが紫天の盟主ってやつだったんか」
「驚きたいのはこちらぞ。正直その事実を知った時、流石の我も肝と膣が冷えた。下手をすれば魂ごと消滅させられていたぞ」
「あー、そういや初めて会ったときはいきなりぶっ飛ばされたっけ……」
「なに!?あ、主よ、体に異常はないのか!?魂は磨り減っておらぬか!?」
急に素で心配してくるフランにどこかこそばゆい気持ちになりながら首肯する。
「大丈夫だって。この通り、至って健康」
「確かに見た目は問題なさそうだが……ええい、主、服脱げ!我が隅から隅まで診察する!特に下半身!もちろん、我も服を脱ぎ捨てる!」
「意味が分からん、黙れ」
こそばゆい気持ちが吹っ飛んだぜありがとよ。
とりあえず俺は暴走しだすフランに割りと本気で拳骨を見舞う。すると暴走した興奮状態から落ち着いた恍惚状態へ移行。良い、良い痛みぞ、と頬を赤くして呟きだした。
よし、平常運転に戻ったか。
「それにしても、何で俺は闇の書の中に入り込めたわけ?あのガキと初めて会ったのは何ヶ月も前だから、まだお前やはやてと接点なかったはずだけど……」
「はぁ、はぁ………あ、ああ、おそらくそれは我が闇の書に差し込まれた影響だ。もともと我は写本の断章。それを創造主が闇の書に追加したせいで、闇の書と写本の間に僅かながらラインが出来たのであろう」
創造主……って、あのクソ変態野郎か!!────ああっ、そうか、あいつだ!紫天の盟主って言葉、どっかで聞いたことあると思ったらあいつが言ってやがったんだ!確か救えとか何とかって!
「……あのクソ野郎の手のひらの上ってわけかよ。ちっ、忌々しい!」
「であろうな。こうなると分かっておったから我に紫天の盟主についての知識も授けたのであろう。同時におそらくそちらの写本の方にも細工が施してあろうな。でなければ流石の主でも初見の際に盟主に破壊されておるだろうし」
あんのモーホー野郎が!あー、クソ、マジで次会ったらボコボコにしてやる。
俺は人に使われんのが一番嫌いなんだよ。
「それに忌々しいのはこちらも同じよ!あの引きこもり娘!よもや我が主と出会う前から数ヶ月にも渡り蜜月を味わっていたとは!それに連れ出せば泥棒猫候補になるのは目に見えておる!だから出来れば主には言いたくなかったのに!」
ああ、それで何か渋い感じだったのか。お前も厄介な性格だな。今回は助かったが。
(あのガキが紫天の盟主ねえ……)
猛るフランを横目に考える。
あの夢、というかあの空間にいるあのガキは何しかしらの人為的な現象だろうとは思っていたんだ。もしかしたら闇の書に関わりあるかも、とも思っていた。あんな不思議現象をただの偶然ですませるほど俺は目出度くないし、夢で済ませるほどロリコンでもないからな。
(まさかこんなにガッツリ俺の今後に関わる事だとも思ってはいなかったけど)
そうと分かってたならもうちっと優しくしてやったんだけどな。最初の頃とかマジ喧嘩ばっかだったし。まー、ここ最近は普通に仲が良いといっていいレベルだろうから、結果オーライか。フランの言うとおり、交渉は思ってたより簡単に行きそうだ。100%かどうかはさておき、見知らぬ奴に交渉持ちかけるより遥かにマシだ。
(あのガキの全部を知ってるわけじゃねーが、それでもこれまでに分かる事もいろいろあったしな)
と、そこではたと気づく。
分かる事もいろいろあったが、分からない事がある。というか聞いてなかった事が。
「おい、フラン。その紫天の盟主の『名前』ってなんつうの?」
どうせ夢でしか会わないと思っていたし、ずっと『ガキ』で通してたから気にもしなかったが。
「ん?ああ、奴の名は────」
フランの口から紡がれた名は、中々どうして、似合っているように感じた。
「隼?どうしたんです、ぼーっとして?」
「あ?いや、なんでもねーよ」
時間は戻り、今現在。
そんなこんなでフランからコイツの事を聞き、紫天の書を託された俺はあの後軽く段取りの打ち合わせをしてすぐに寝て(同衾しようとしたフランを蹴り出した後)、久しぶりにこの空間を訪れている。
俺の目の前にはまだまだ幼さ残る顔を嬉しそうにさせ、るんるんと擬音が聞こえてくるような感じで歩いているガキが一人。
最強だとか盟主だとか、そんな大層なモンにはまるで見えない。
どこにでもいる……いや、中々いない可愛いガキにしか見えない。
「それよりも、いったいどこ行く訳?」
「別にどこにも行きませんよ?目的地なんてない、ただのお散歩です」
ここを訪れて少しの後、ガキが「お散歩しましょう」なんて言い出した。俺としてはさっさと本題に入りたかったが、ここでガキからの願いを断ったらのちのちの交渉に響くかと考え、結局こうやってガキの言うお散歩に付き合ってやってるわけだが……。
「マジでただの散歩?てか、こんな何にもない真っ暗なとこ延々と歩いた所で楽しくもクソもないだろ」
相も変わらずこの場所は薄暗くて、俺の別荘(時の庭園)のように景観もクソもあったもんじゃない。いや、最近じゃあそこも姐さんが文字通り庭園らしくいろいろ植えてるから、まだあっちのほうがマシ。こんなとこ散歩しても面白くもクソもなくてすぐ飽きるだろうに。
そんな俺の考えは、しかしガキの笑顔と共に一蹴された。
「楽しいです。それに何もなくもないですし、真っ暗でもないですよ」
「どこがよ?」
とてとてとガキが俺に近づいて来たかと思うと、そのまま俺の袖口を握り、見上げながら満足そうな顔ではにかみながら言う。
「隼がいます。それだけで、ここはとっても明るいです」
「……へっ、そうかい」
ガシガシと頭を乱暴に撫でてやりながら考える。
久しぶりにここに来てこいつに会った時はかなり不機嫌そうだったが、今じゃこの通りの機嫌の良さ。そして、どうやら俺は自分でも思っている以上にこのガキから好かれているらしい。
これなら交渉も楽に進むんじゃね?この流れに乗るべきじゃね?
その思いと同時に俺は口火を切る。
「砕け得ぬ闇とかいう真っ黒全開な渾名もってる奴にそんな事言われるたぁ、さすがは俺。だったら今度から俺は太陽の子という渾名でいくか。隼ブラックRXとでも呼んでくれ」
「え………」
冗談交じりでそう切り出し結果は、どうやら悪い方向に転がったらしい。
さきほどまで喜色満面だったガキは一転、呆然とした様子で少し後ずさる。袖口からはいつも間にか手が離されていた。
「な、なんで、隼が、その名を……」
ガキの表情は変わる。呆然から悲しみや恐れといった負の方向に。それを見て俺は胸中で舌打ち。
だから苦手なんだよ、交渉なんて。俺の口は悪口でしか弁は回らないんだよ。相手の機微や心情を慮った行動するなんて無理なんだよ。
もうちっとスマートに本題に入りたかったんだけど、もういいや。出たとこ勝負でやってやれ。
「他にも知ってるぜ?えっと確かなんちゃらの太陽、かんちゃらの月───アンビリーバボー・ダーク!………ん?何か違ーな」
一人首を傾げるが、ガキには伝わったようでその顔はさらに負の感情が色濃くなった。
「な、なんで……」
「ああ、そういやお互い自己紹介とかしてなかったな。どうせ短い時間の夢の中だけだと思ってたしよ」
そこで俺は初めてこいつの前で写本を出す。
「改めて。俺は鈴木隼。闇の書の原型である夜天の書、そのコピーの夜天の写本の主だ。以後、よろしく」
握手でもしようと手を差し出したフランクさんな俺に対し、ガキは一層強張った顔付きになり僅かに距離をとった。
「夜天の写本、隼が主……ど、どういう事ですか!?」
どうもこうもない……こともない。というかありすぎて何から説明すりゃいいか分からん。
よって、ここはいつも通り、迷ったら真っ直ぐ右ストレートだ。
「いろいろ訳あってよぉ、まあ要はお前をここから連れ出しに来たんだよ。ちっと力借りたくてよ。だから、おら、いつまでもヒッキーしてねーで外出ようぜ」
そう言ってガキに近づこうとした瞬間、ガキは威嚇するように例の赤い翼を背に出した。
「こ、来ないでください!」
俺から大きく距離を取るガキ。その威勢の良さや威嚇行為はかなりの拒絶の意を孕んではいるが、その悲しみに暮れた顔が全てを台無しにしている。
「なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんで……」
まるで壊れたラジオのように顔を伏せ呟き出すガキ。
流石の俺も心配になり、どうしたと手を伸ばそうとした時、ガキは不意に顔を上げた。
「ああ、そうなんですね」
それはまるで初めて理と喋った時感じた無機質な冷たさがある声音。その瞳に湛えられているのはどす黒い闇の色。
「短い夢の終わりです」
「っ!?」
落胆や諦めとともに、ガキから魔力の渦のようなものが発生した。それはまるで爆発で、俺は踏ん張りも効かずあっけなく吹っ飛ばされる。
「~~っ、痛ってぇなあ。一体突然なんなんだよ」
したたか打ち付けた体を起こしてガキを見て、そしてそこで漸く現状を理解した。
それは変貌。───雰囲気が、空気が、全てが闇へ。
「……結局、隼も──キミも私に望んでいたんだね。他の魔導師と同じ、無為なる破壊を」
そこにいたのはいつものガキではなく────禍々しい赤色の魔力を纏った怪物───アンビリーバボー……アンタッチャブル……アントニオ……なんちゃら・ダークだった。
珍しくシリアス気味の終わりです(続くとはいってない)
リフレクション見てきました。いろいろ感想はありますが、ただ一言───レヴィ可愛い。
取りあえず当作品のユーリやマテリアルズは、ネタバレ防止の為しばらくはGoDやイノセント準拠でいきます。