フリーターと写本の仲間たちのリリックな日々   作:スピーク

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高級ソファ特有の弾力性に身を沈めながら、ふぅ、と、ため息と共に肺に入れたタバコの煙を吐き出す。少しだけ身を乗り出し、右手の人差し指と中指に挟んでいるタバコを目の前のテーブルの上にある灰皿へと持っていき、その縁でかるく叩いて灰を落とす。そしてまたソファに身を沈めて、今度はタバコを持っている手とは逆の手で、先ほど入れてもらったコーヒーを一口。

まるで紳士のリラックスタイムだ。

 

「おい」

 

しかし、そんな優雅な一時を無粋な表情と共に邪魔する者が1名。

牙を剥き、目を吊り上げて俺を睨んでいる。

 

「なんだ、ロッテ?今、俺は優雅なジェントルタイム中なのだよ。邪魔をしないでくれないかな?」

「このエセ紳士が何言ってんだ!」

 

やれやれ、一体何をそんなに憤っているのやら。ボクにはわけが分からないよ。

 

「順を追って説明しな!今、この状況を!」

「さっき説明したろ?」

「もっと詳しく、より鮮明に!」

 

ンだっつうの。訳分かんねえ猫だな。

 

「ちょっとジイさん、娘の躾くらいちゃんとやってくれよ。てか、すっげえガン付けられてんですけど?ロッテと……マックだっけ?いや、モスだったか?ハンバーガーを注文したくなる名前だな」

「私はア・リ・アよ!」

「ああ、そうだったな。ちなみに『マック』っていう?それとも『マクド』っていう?」

「知らないわよ!」

「あ、スマイル一つお願い」

「意味分からない!」

 

ふーふーと息を荒くする猫姉妹。

リーゼロッテとリーゼアリア。

そして。

 

「鈴木君、私からも頼む。もう一度説明してくれんかね。まずは、そうだね……何故、私たちは聖王教会にいるのだろうか?」

 

姉妹の保護者、ギル・グレアムがため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とは言われても。

別段、難しい話じゃあない。文字にして見れば数行で済むような、言葉にすれば数分も掛らないような、その程度の経緯だ。

 

街でたまたま教会所属のアレな人……もといカリムを助け、それが切っ掛けで仲良くなった。

飯を食い、そこでハイさよならは寂しい。そこで聞くと、何でも出不精だった為あまり外で遊んだ事もないという事だったので、それじゃあと遊び回った。

昼から遊び、夕方になった時、『あ、そういや人と会うんだった』というのを思い出した。

これりゃイカン、すぐに行かなきゃ。

『もう行ってしまわれるんですか?』寂しそうな顔でカリムに言われた。

行きたくなくなった。

でも行かなきゃいけない。

『う~ん、じゃあさ、人と会った後でまた遊ばね?』と、俺が妥協案。

『それでは、隼さんの会う方もご一緒に教会に来ませんか?昼のお礼も兼ねて、夕飯をご馳走します』と、アレから言われた。

魅力的だが、一応闇の書に関する大事な話だから、果たして教会なんかでしていいのか。もっと人目を気にした方がいいんじゃないか。

3秒程悩む俺。

結論……まっ、いっか。

今に至る。

 

「…………もういい、もう分かった。あんたの奇天烈な行動に説明なんて必要ない事が分かった」

「この人は……本当に、この人は……」

 

何で皆して頭抱え込むかな?なによ、俺が悪いわけ?そりゃ確かに待たせちまったのは悪ィけどよ、そこまで怒ることなくね?むしろお前らが怒ってる事に対して俺が怒るぞ。この俺を待たせてやってるんだから、喜び期待に胸膨らませて仰々しく待ってるのが礼儀だろ。

 

と、俺がまたしても自分勝手に逆切れ思考を展開させた時、室内に紳士らしくない笑い声が木霊した。

 

「ははははははっ!」

「「と、父様?」」

 

いきなり笑い出っしゃって……このジイさん大丈夫か?

 

「ロッテに聞いた通り、いや以上に、中々破天荒な男のようだね」

「いやいや、そりゃあなた誤解してるよ。俺、こう見えても腰抜かすくらい超紳士ですよ?破天荒の間逆な存在ですよ?」

「「………へぇ~」」

 

よし、そこの猫姉妹、ちょっとぶっ飛ばしてやるからそこ動くな。

 

つうか、そもそもこの猫姉妹も誤解してるだろ。

ロッテとは話すようになってまだ1日も経ってねえし、アリアに到ってはさっき会ったばっか。大方、ロッテの奴が昨日から見てきた俺の事をジイさんとアリアに話したんだろうが、誤った情報を流したら、そりゃ誤った人間像で認識されるだろうよ。

 

「いいか、猫姉妹。お前たちは人間じゃねえから、人間である俺の事を正確に理解出来ないんだろう。だから、人間である俺から教えてやる。そもそも、人を理解するのに時間というのは必要不可欠。一見して理解なんて出来るモンじゃ─────」

「守銭奴、女好き、お酒好き、子供好き、ギャンブル好き、愛煙家、粗暴、DQN、似非紳士、自分勝手、考えなし、変態、馬鹿、ええと他には…………」

「マジごめん。それ以上言わないで」

 

へこむ。そんな真顔で言われたら普通にへこむ。マジでブレイクハート。

 

「他の人間なんて知らないけど、隼の事だったら理解出来るって。あれだけ濃い一晩だったしね」

 

いや、まあ昨晩のアレは確かに稀に見るどんちゃん騒ぎだったけどよぉ。

 

「けっ、猫のくせに生意気な」

「けっ、人間のくせに生意気な」

 

ぷっ、とお互い吹き出す。

あ~あ、ムカツクな。可愛いけど。クソ、これで彼氏持ちでなければ!

 

「驚いた。ロッテがそこまで懐くなんて、クロノ君以来じゃないか?」

「本当。私も驚いたわ」

「と、父様、アリア、私は別に懐いてるわけじゃ……」

 

苦笑いで否定するロッテを驚きの顔で見つめるアリア、そして温かい目で見つめるジイさん。

 

「あのう、いいっすかね?そろそろ次に行ってもらって」

 

こんな家族の団欒を見たいがために異世界に来たわけじゃねえ。俺は、闇の書の対処について話を聞きに来たんだよ。………遊びまわっていた男の言葉とは思えない、というツッコミは受け付けないから。

 

「ふむ、そうだね。ここを何時までも間借りさせて貰うのも悪い」

 

ちなみにここは教会内にあるカリムの私室。我が物顔で使わせて貰ってます。で、この部屋の持ち主である当人は別室にて絶賛説教中。

してる方じゃなく、されてる方ね。

教会を抜け出した事を教育係りにめっちゃ怒られてんの。

 

「改めて。私はギル・グレアムだ」

 

そう言って手を差し出してくるジイさんに俺は握手した。

 

一言で言うとこのジイさん、カッコイイ。渋い。……あ、二言だ。

なんていうか、うん、紳士って感じ。俺もこういう年の取り方をしたいもんだ。まぁ時間の問題だろうけど。

 

「回りくどい言い方はすまい。君には真っ直ぐ言ったほうがいいだろうからね。だから、単刀直入に言わせて貰う────」

 

短く息を吸い、先ほどのロッテを孫を見るような表情をしていたのとは一転、そこにいたのは『管理局歴戦の勇』その人だった。

 

「私の邪魔をしないで頂きたい」

「知るか」

 

…………………………………。

 

「そ、即答だね。どういう事かも分からないだろうに」

「邪魔をするなと言われたら邪魔をしたくなる!」

 

ジイさんはポカンと呆れた後、少し表情を柔らかくして続けた。

 

「鈴木君、君は夜天の書の主らしいね」

「まっ、正確には写本だけどよ」

 

片手に写本を顕現させる。

 

「ふむ、最初ロッテから報告を受けた時は俄かには信じられなかったが、なるほど。そして、君がはやて君を助ける為に動いているというのも知っているよ。さらにその術があるという事も」

 

どうやらあちらさんは、ロッテから聞いて全てを知ってるようだ。こりゃ話が早くて助かるわ。助かるが、だがだからこそ怪訝だ。

 

「それを踏まえた上で、何を邪魔するなって言うんだ?」

 

それが不可解。

こういうジイさんならはやての命を助ける為に心打たれてるはずだ。はやてを助ける術も用意してるんだから、それこそここは『君に任せるよ!好きにやりたまえ!』とか言っちゃうとこじゃないの?

 

「全てをだよ。君にはこれ以上勝手に動いてほしくないのだ」

「ンだと?」

 

いきなりの非協力的発言にムカつくよりもまず疑問に思う。

 

俺に動くなと言う事は、邪魔するなと言う事は、ジイさんには持ち前のモノがあるんだろう。それも、俺の考えてるのより良いはやて救命の術が。

だが、一体それは何だ?夜天の写本の断章であるフランでも出せた案はたった2つ。それも何かを犠牲にさせてやっと実るようなモノしか出せなかった。そのフランをさしおいて、果たしてただの管理局員に良い案が出せるものなのか?

 

「俺が動かないとして、じゃあだったらあんたはどう動くんだ?どんな案があんだ?どうやってはやてを助けるんだ?」

 

詰問するように捲くし立てる俺に、ジイさんは無言。が、傍らにいるロッテが俺の言葉に反応した。

 

「は、隼、それは……違うんだ」

「あん?」

「父様の……私たちの考えてる事は、そうじゃないんだよ」

 

意味が分からん。何がそうじゃないってんだよ。

いや、まあいいさ。そうじゃないとか意味とか、今は置いておこう。

ただ注目すべきはロッテの顔。

悲しみに暮れた顔。

 

つまり、ジイさんの案は、悲しみに満ちた案。

 

「闇の書を、その主諸共封印する」

 

ポツリとジイさんが呟いた。

重々しく、粛々と。

 

「闇の書を完成させ、主を乗っ取らさせ、そこで封印する。転生出来ないよう主の体ごと氷付けにし、時限の狭間か氷結世界に。半永久に」

 

最初、ジイさんの言った事がうまく理解出来なかった。それを察してか、ジイさんは至極簡単に一言に纏めた。

 

「八神はやて君には、世界の為の犠牲になってもらう」

 

その言葉を聞いた瞬間に、俺に中の怒りのボルテージはアッサリと臨界点を突破した。

相手が年上だろうと局員のお偉いさんだろうと関係ない。

 

「舐めた事ぬかしてんじゃねーぞ!!」

 

俺とジイさんの間にあるテーブルを蹴り上げる。天井近くまで上がったそれは、ジイさんの背後で重々しい音を立てながら床にぶつかる。パラパラと灰皿の中に溜まっていた灰が舞う。

それでも、ジイさんの表情は揺るがない。

 

歴戦の勇士の表情。情を捨て、自分の中のモノだけに従う徹底した兵士のそれ。

 

「クソふざけやがってよぉ、ああ!?」

 

対して俺は、やっぱりどこにでもいる不良のそれだ。ドスの効いた声を荒げ、睨みつけ、威嚇する。

素人のそんな稚拙な威圧が目の前の爺さんに効いてるとは思えない。ガキの癇癪レベルだろう。

だが、それでいい。

俺は、感情に左右されるから俺なんだ。感情の侭に生きるから俺だ。

 

だから怒る。純粋にキレる。

 

「は、隼、落ち着いて!」

 

今にも目の前のジイさんを殴り飛ばそうとしている俺に、ロッテが抱きついて止めに掛る。アリアもジイさんの傍でいつでも迎撃出来るよう構えているのが見えた。

 

「ジジイ、てめぇ本気で言ってんのか!」

「ああ、本気だよ。闇の書による破壊の連鎖をここで終わらせる為、それが最善だ」

「はやてを……殺すってえのか!!」

「……そうだな、綺麗事やオブラートに包むのはやめよう。私は、はやて君を殺す」

「っ!!!」

 

殴りたい。その枯れ果てた横っ面を全力でぶん殴りたい。

 

「じゃあ、俺が殺してやる。あんたがはやてを殺す前に、ここで俺がお前を殺してやる」

 

いつも何かとすぐ『殺す』というワードを吐く俺。無論、いつもはその気なんてない。マジで殺すなんて思うわけがない。

が、今は別だ。

俺は、心の底から、本気でこのジイさんを殺す。はやての為に。何よりも俺の為に。

 

「隼、お願いだから落ち着いてよ!ア、アリアも手伝って!」

「え、ええ!」

 

今度は二人係りで取り押さえられる俺。それでも、俺は二人を押しのけてでも進もうとする。

目の前のジジイを殴り殺す為に。

 

「君は真っ直ぐだな」

 

目の前に怒り心頭の人間がいるというのに、ジジイは怯えるどころか何故か笑みを浮かべてくる。

それがさらに俺の癪に障る。

 

「真っ直ぐな怒気、真っ直ぐな殺気、真っ直ぐな優しさ───なんとも純粋な感情だ。正直者とは聞いていたが、それは何も口頭のものだけではないようだね」

「うるせえよ!今すぐその口塞いでやる!」

 

いつもならロッテ・アリアの美女二人に抱き留められたら即昇天もの。その場から動けるわけがないが、今は何よりもまず怒りが大きく頭の内を占めている。

 

止まらない、止められない、止まるつもりなんてない!

 

「私にも、そのような感情がある。曲げられない思いが」

 

ああ!?知るかよ、殺す!

 

「友の敵討ちだよ」

 

その言葉で、自分でも止まらないだろうと思っていた足が止まった。

 

「その友人には妻子もおり、将来も有望な優秀な管理局員だった。だが11年前の闇の書事件の時、彼は同胞を護るため一人戦艦に残り、そして闇の書と共に自爆した」

「「…………」」

 

ジイさんは先ほどまでの非情な顔とは打って変わり、それは悲哀に満ちていた。聞いているロッテとアリアも同じような顔だ。

 

「勿論、いち局員として平和を思う気持ちもある。先ほど世界の為と言ったが、それも事実。……だが、やはり根本は敵討ちなのだよ。ちっぽけな、けれど譲れない思いだ」

「…………その思いの為に、はやてを殺すのか?そんなちっぽけな思いの為に、過去から引きずって持ってきた思いの為に、これから先の将来がある小さな一人のガキを」

 

ジイさんはそこで俺から目を逸らし、苦々しい顔になった。

 

「……両親がいなく、体を悪くしているあの子を見て、心は痛んだよ。だが、そういう子だからこそ、という思いもあった。縁者のない天涯孤独な子だからこそ、悲しむ人も少ないだろうと。偽善と分かってはいたがせめて永遠の眠りに着く前までは幸せに過ごして欲しく、両親の友人を語り援助もしている。が、思えばこれも自分への免罪符か」

「つまり、免罪符を用意しているくらい覚悟をキめていたっつう事かよ」

「その通りだ。罪人、悪魔、人非人……どんな謗りを受けても構わない。友の仇と、闇の書による負の連鎖を止められるのなら。……そう、覚悟は出来ているのだよ」

「…………ちっ!」

 

俺は少し後退してソファに腰を降ろした。それに伴い、俺に抱きついていたロッテとアリアもソファに座る形となる。

いや、ロッテは正面から抱きついていたので、今は俺の膝の上にいるというトンデモ状況だが。

 

「…………ハァ、たくよぉ」

 

俺は昂ぶった気を落ち着かせる為、懐から出したタバコに火をつける。立ち上る煙に膝の上に座っていたロッテが嫌そうな顔をし、俺の隣に場所を移した。ただ、また俺が暴れださないように腕を掴んでいる。

 

「心配しなくても、もう暴れねえよ」

「信用出来るとでも?」

 

その言葉はロッテとは逆の位置に座るアリアから発せられた。見れば彼女も俺の膝に手を置いて押さえつけている。

ちょっとハーレム気味になって、さらに俺の気は落ち着いた。いや、ある意味興奮してきたけど。

 

「確認。闇の書の対処、こっちの案じゃ駄目なわけ?それだったら封印じゃなく、完璧に排除出来るし、誰も悲しまないぜ?」

 

俺以外は。

 

「……確実性に欠けるのだ。確かに君の案は2つとも八神はやての命を助けつつ書の封印も出来る。だが『八神はやてが管制プログラムを奪取』というのがまず大前提」

「はやてなら大丈夫だろ」

「信用、信頼で賭けるには、些か代償が大きい」

 

ちっ、頑固ジジイが。同情で訴えても効きそうにないしな。

 

「OK、もう分かった。俺も、あんたも結局止まらないってわけね。あ~あ、クソ、ダチ公の敵討ちとか卑怯だろ」

「卑怯?」

「そういうの、嫌いじゃねえんだよ。過去に縛られてるっつうのはどうかと思うが、それがダチ絡みとなるとなぁ。ジイさんのダチを大切に思う気持ち、俺ァ嫌いじゃねえ。だったらちっとばかし折れるのも吝かじゃねえ」

 

時と場合によるが、今までダチが窮地に陥ってたら俺は助けてきた。ダチってのは俺の中では金や女とはまた別の『特別』だからな。

おかげで殺したいと思う気持ちが吹っ飛んじまった。けど、折れるのはそれだけ。それ以上は譲らん。

 

が、今度は自分の番とばかりにジジイが俺を絆しに掛った。

 

「鈴木君、何故君はそこまではやて君に肩入れする?確かに彼女には幸せな未来を送って欲しいと思う。あの年の少女に全てを負わすのは間違っているのは私も承知の上だ。きっと私は地獄に落ちるだろう。むしろ、事を為した後に君に殺されても構わない。だが、闇の書とはそれ程危険なのだ。あれは破壊を振り撒く。単純に考えて見てくれないか?はやて君一人の命、闇の書がこれから奪う命、どちらを取るべきか」

 

まるっきり悪役が勧誘してくるような台詞だが、そのような悲愴な顔で言われたら笑うことも出来ない。

 

「ぷぷ、馬鹿らしい」

 

あ、笑っちゃった。

 

「はやての命の方が大事に決まってんだろ。てか、俺はあいつを助けるっつったからな。見知らぬ他人の命の為に自分曲げられるかよ」

「見知らぬ他人の命より自分の意思優先か……君は他人の命をどうとも思わないのかね?」

 

そこまでは言わねえよ。確かにはやて命と億の命、どっち取るっつうんなら億を取るさ。

けどよ、今回は状況が状況だ。

はやてを助けられる案が2つあり、億も救えるから、こうやって強気に言うんだ。

 

「この世で一番大事なのは自分の命、次に大事なのは失わせたくない者の命。他人なんか知った事か。ついでに言うと、死んじまったダチを思う気持ちは素晴らしいが、死んだダチと生きてる大切な人、どっちを取るかっつったら後者だろ普通」

 

死んだ奴とは楽しめない。楽しかった思い出を元に一人遊びが精精だ。

だけど生きてる奴は違う。

 

「ジイさん、あんたは心優しい一人のガキと見知らぬ多くの他人、死んだ者と生きてる者、過去にしか生きていない者と将来を生きていける者、どっちが大切だ?」

「私は……」

 

まっ、即答は出来ないわな。てか、もう答えは決まってんだろうよ。なにせ十分に覚悟見せて貰ったからな。

 

「そんなに死人と他人が大事ならよ、ドナー登録して自殺しろや。そんであの世で亡き友人と楽しみな」

 

そこで俺は話は終わりとばかりに立ち上がる。

もうこのジイさんに用はない。

このジイさんの案は使えねえし、ジイさん自体も止まらないだろう。なら、あとは徹底的に俺が俺を通すだけ。

 

「好きなようにかかってきな。てめえの"覚悟"なぞ、俺の"覚悟"で叩き潰してやんよ」

 

まあ、こっちの案も俺自身決め兼ねてんだけどね。だって、一つは大団円にならんし、一つは俺だけに被害くるし。

第3の案が欲しくてジイさん訪ねて来たのに、結局はそれも無駄足だったしよぉ。

 

「ああ、そうだ。若者から老いぼれに一つの助言だ」

 

部屋を出るその一歩手前で振り向いてジイさんに言った。

 

「あんま難しい事ばっか考えてっとよ、眉根に皺寄せたまま死んじまうぜ。あんたも最期くらい、笑って死にてぇだろ?だったら、今を楽しめよ。全力で」

「………………」

 

そして俺は部屋を出た。颯爽と格好良く。背中で語る、みたいな?

 

(ハァ、しかしどうしたもんかね。これで代替案のアテもなくなっちまったし。ん~……まっ、なるようになるか)

 

さて、じゃあ帰って…………………あ。

 

「失礼しま~す」

「「「は?」」」

 

出て行った早々、部屋に舞い戻った俺だった。

 

「いや、悪い。俺、晩飯ここで食うって約束してたんだわ。だからもう少しお邪魔するぜ~。あ、ちなみにあんたらも食って帰るって先方には言ってあっから」

「「「……………」」」

「じゃ、もう少しお話するか。勿論、もう暗い話は抜きにして、そうだな………ところでお義父さん、異種族結婚についてどう思います?娘さん二人を託せる男像についても一言ご意見の程を伺いたい」

「「「……………」」」

「あ、そう言えばアリアとはそんなに話してなかったな。俺、鈴木隼。以後、出来れば末永くよろしく~」

「「「……………」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽しい楽しい夕食を終え、俺は日も暮れた地球へと戻ってきた。

本当に夕食は楽しい一時だった。

カリムとその教育係りも含めて6人での飯。うち男は俺と枯れたジイさんの二人。もうウハウハですよ。

教会だからか、お酒は出なかったが終始テンションは高かった。おかげで教育係りの人とも仲良くなれたし(カリムを連れ回した事でちょっと説教されたが)、アリアともいい感じになれた。ジイさんとも夜の書関連を抜きにすれば話も明るく弾んだ。

 

闇の書対策についての収穫はなかったが、他の収穫が有り余るほどあったので±ゼロだ。

 

「あんたって、本当に凄いよね」

 

八神家へと続く夜道を共に歩いているロッテが言う。

 

「何がよ?」

「父様やアリアとも仲良くなってさ。普通、あんな話し合いの後じゃ剣呑な空気になるってのに、そんなモノ物ともしないでさ」

 

ちなみにロッテだが、俺が無理やり連れてきた形だ。なにせ、俺一人じゃ地球まで帰れないし。

 

「空気が読めないっていうか、考えないっていうか………」

「あれはあれ、それはそれってやつだよ」

「普通はそうやって割り切れないもんだと思うけど」

 

まあ、そうだろうな。俺も別にそう割り切ってるって訳じゃねえ。でもなあ……。

 

確かにジイさんの案は気に入らねえが、それも結局俺がぶっ潰すから無問題。だとすれば残るのは『ダチ思いでロッテとアリアのお父さん、そしてもしかしたら未来のお義父さん』という、これだけだ。

ギル・グレアムという人物には、俺の気に入る要素しかない。

 

「隼ってホント凄いやつ」

「うははっ、そんな褒めるなよ」

「ホント、凄い変な奴」

「よし、買おうか、その喧嘩」

 

俺はロッテの猫耳と尻尾を引っ張りながら、ロッテは俺のケツを蹴ったり腕を噛み付いてきたりし、各々じゃれ合い(?)ながら帰路へ着いた。

 

一見すればまるで彼氏彼女だ。てか、もうここで告白していいんじゃね?てくらいだ。クリスマスも近いし、彼氏がいたとしても駄目元で行っとくべきじゃね?

 

 

 

 

 

─────そう、思っていた。そんな浮ついた事を思っていた。

 

 

 

 

 

この時、俺は幸せだった。

 

そう。

 

幸せ……だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

それを見たのは八神家に着いた時だった。

 

いや、正確には八神家が"あった"場所に着いた時だった。

 

「ひどく小ざっぱりしてるぅぅぅぅぅううううう!?!?」

 

ない。

家が、ない。

魔法世界に行くまでは確かにあった家が、どこにもない。

 

ザ・更地。

 

「へ?え?は?」

 

さしものロッテも驚きを隠せていない。

 

「は、隼、何したの!?」

「俺じゃねえよ!俺がどうやったら家なくせるんだよ!?」

「じゃあ何でないの!?」

「知るかあああああ!」

 

マジでどういう事だよ!?確かに住所はここだ。間違えるわけがない。

そ、そうだ、近所のおばちゃんに聞けば──────。

 

「え?」

 

そこで起こったのは第2の異変。

 

倒れた。

ロッテが。

糸の切れたような人形のように。パタン、とうつ伏せに。

 

「ロ、ロッテ、なにしてんだよ?家がなくなった事に比べたら、猫が倒れるなんて何も面白くねえぞ?」

 

うつ伏せから仰向けに状態を正す。

綺麗に白目剥いていた。見本のような気絶。

 

てか、マジで気絶してやがる。面白半分におふざけで倒れたという線が完全に消えた。流石にロッテでも白目で涎を垂らすというビジュアルの犠牲を払ってまでふざけないだろう。

 

「じ、じゃあ何で気絶したのかなあ………」

 

俺の言葉に力がない。薄々、その理由に気がついているからだ。

 

家の消失、ロッテの気絶……一見関連性のない二つだが、それでも俺は思う。

 

この二つを作り出したのは同じ要因だと。

 

要因というより、人物。あるいは人物たち。

 

俺がいなかったたった半日で家一軒を消失させる事が出来る者。

何の気配もなく、前触れもなく、ロッテを瞬く間に気絶させる事が出来る者。

 

嗚呼、ちくしょう。

 

(は、あはははははは…………)

 

まさか

とうとう

やっぱり

当然

ついに

満を持して

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんは、ハヤブサ」

 

 

 

 

 

 

 

 

───来た。

 

「良い夜ですね、我が主。私の名前もこのような夜に因んで付けて下さったのでしょうか」

 

ハハ、いずれは来ると思っていたさ。うん。

 

「しかし冷える夜です。主隼、私の炎で暖まれるが良いでしょう」

 

いつまでも逃げられ続けるなんて思っちゃなかったよ。マジで。

 

「ハヤちゃん、うちに暖かい手料理用意してますからね。あ、大丈夫、痛みは感じませんから」

 

それでもこの物語の最後までなら逃げ切れるのではと期待してた。

 

「体動かして温まるってのもいいんじゃね?あたしが相手してやんよ」

 

でもユーリがいたし、なんとかなると期待してた。

 

「では、俺もそれに便乗しよう。この所フラストレーションが溜まりっ放しだったからな、運動してそれを解消したい気分だ」

 

期待は、つまり望み。望みが叶うなんて世知辛い世の中じゃあり得ないんだよな。身に沁みて分かってたはずなんだけどな。

 

「ああ、その目障りなメス猫は私が寝かしつけました。察知されないように、かつ殺さないよう狙撃銃での特殊な弾を使った長距離射撃。我ながら見事でしたね。花丸をください。主の血で」

 

嗚呼───

 

「「「「「「「さて」」」」」」」

 

俺は

 

「好き勝手やり、オリジナルの騎士といちゃつき、メス猫をかどわかし、アリシアやフェイトを泣かせた罪」

 

今日

 

「情状酌量の余地なし、執行猶予なし、実刑で………」

 

この夜を最後に

 

「死刑」

 

死にます。

 

 




主人公、帰宅準備完了です。……あ、もちろんこれが最終話ではありませんので汗

次回は主人公不在の半日間のはやてsideです。

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