フリーターと写本の仲間たちのリリックな日々   作:スピーク

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さて、昨晩までの俺に何があったのか。真実の地獄は何がどうだったのか、それはもう今はすっぱりと忘れよう。そもそも、俺は過去には拘らない男なんだ。そんなモンよりも今を大切にしなきゃよ?………けっして過去からの逃避ではないので、そこは誤解しないように。

 

という訳で、現在だ。

 

今は昼過ぎの鈴木家居間。この場にいるのはアリシアとフェイトとライトと理以外の鈴木家、テスタロッサ家の面々+フラン+ユーリ。アリシアたちは学校に行っちまった。今日で今年最後の登校とか言ってたから終業式なのだろう。……という事は俺はあの部屋で……いや、忘れよう。

ともかく。

現在時刻は12時を少し回った所なので、だったらそろそろ帰ってくるはずだ。

 

「てか、ヴィータは何で学校行ってないわけ?お前も行きゃいいのに」

「嫌だよ、面倒臭ぇ。ンなとこ行ってるより、局でドンパチやってる方がまだ気楽だっての」

 

そういうヴィータだが、俺的には学校に行かせてやりたいな。ガキ=学校なんだから、局なんて行ってるよりも学校に行ってダチでも作って………って、そうだ。

 

「お前ら、何で管理局に入局してんだよ?マジ、いい迷惑なんだけど」

「いい迷惑なのはこっちの台詞よ。私だって、局になんて入る気サラサラなかったんだから」

 

プレシアが不満顔で文句を言い、次いで夜天も。

 

「主に無断で入局してしまったのは心苦しいですし、魔導による厄介事を好いていなかったのも知っていたので尚更だったのですが、流石にこちらとしてもこのまま何も出来ないのは我慢ならず。ではと、局を利用させて頂いています」

 

利用って、さらっと腹黒い事を。

まあ、こいつらが礼儀よく何かに従うとは思えないしな。アルフやクアットロの奴から聞いてた通り、いい様に利用してんだろうよ。

 

「じゃあ、今はどうなってんのよ?俺とお前らの関係ももうバレたんだろ?それで色々詰問されたって、なのはの奴が行ってたぞ?」

「いつ高町なのはと話したのか気になるところではありますが、まあ今は置いておきましょう。確かに詰問もされましたし、多少なりの罰もありました。ですが、我々の実力を考えれば逮捕、手放す事は出来なかったのでしょう。今は謹慎処分扱いとなっています。勿論、その間に悪さをしないよう、この家と隣のテスタロッサ家は監視されていますが」

 

シグナムが簡単に現状の報告をしてくれたが、ちょっと待とうか?

 

「監視ってダメじゃん!?俺がここにいるってバレてんじゃん!?え、もしかして俺、逮捕されちゃう流れ?」

 

待て待て!それは洒落にならんぞ。ここに来て逮捕って、俺にゃあまだやる事があんだよ。はやての奴を助けてやらにゃならんし、そもそも前科持ちになんてなりたかねえ!

 

「大丈夫ですよ、ハヤちゃん。確かに監視魔法が両家に働いていますが、そこから局に送られている映像はダミーですから。お馬鹿な局員はまんまと引っかかってくれてますよ」

 

焦っている俺に、シャマルが優しい笑みでその不安を消してくれた。けど、それでいいのか現役管理局員シャマル?お前ら、マジで黒すぎるよ。

 

「あー、そう。まあ、ンならいいや。どうせ後々局にはナシつけにゃならんし、だったら今は出来るだけ蚊帳の外にいてもらおう。で、だ、次に質問」

 

俺はポテチをぼりぼりと貪り、脚を組んで我が物顔でうちのソファを独占しているフランを見やる。ついでにその隣にはユーリが眠たそうに船を漕いでいた。

 

「テメエらは何でここいんだよ?」

「何故とは、これまた異な事を。当然、我は主の騎士であり王であるからの」

「ふみゅ……はやぶさとはずっと一緒です~」

「答えになってねーよ。てか、はやてと他のやつ等は?」

 

家なき子になった八神家+ロッテ。あいつらは今どこにいるんだろうか?まさか管理局だろうか?それだったらちと厄介だ。はやてを助けるのに局はぶっちゃけ邪魔だからな。あいつらの管理下ではやての救命を命じられてさせられるなんてムカつくし。

 

「心配しないでいいわよ。はやてちゃんって子とその騎士たちは隣の私の家に居てもらってるから。さっきも様子見てきたけど大人しいものだったわ。あとその紫天の盟主……ユーリちゃんは一応あなたの守護者で害もないようだからここにいて貰ってるわ」

「守護者じゃないですー。私はーはやぶさのー……むにゃ」

 

プレシアの言葉に何か反論しようとしたユーリだが、言い終えず眠ってしまった。まあこの時間、飯食った後はお昼寝してるしな。……しかしなんだろう、すごく命拾いした感があるんだけど気のせい?

 

「え、そうなの?ふ~ん、でもさ、あいつらよく逃げ出さねえな。シグナムかヴィータ……ああ、これはオリジナルの方な、その二人辺りはイの一番で蒐集に向かいそうだけど」

「ああ、実際何度か出ようとしたわね。でも、無駄。私の家はそう易々と破られるような作りはしていないから。外からも内側からもね」

 

おいおい、いったいどんな魔改造施したんだよ?てか、何時の間に?

 

「軽い軟禁状態ってところか。まあすぐ傍にいるなら何でもいいや。……いや、やっぱ良かねーよ。はやての家だよ、お前ら何しやがった?」

 

そう言えばと思い出したあの晩の光景。

八神家があった場所が数時間後には更地となるというドッキリ。アレ、お前らの誰かがやったんだろ?

 

「ああ、あの貧相な家ね。私が虚数空間へと吹き飛ばしたわ。シグナムたちは自分のオリジナルでストレス発散したようだけれど、私は都合のいい相手がいなかったから。あのようなあばら家なら、一つや二つ消えても問題ないでしょう。大丈夫、次の家が建てやすいよう均しておいてあげたから」

 

いや、あるよ。大ありだよ。あばら家だろうと思い出いっぱい詰まってんだろ。非情すぎだろ。そもそもはやて達はこれからどこに住みゃあいいんだよ。お前、面倒見てあげんの?俺は知らんからな。てか、今、夜天たちはオリジナルでストレス発散したっつったか?なに、あいつら喧嘩したの?オリVSコピーというお約束カードがいつの間にか実現してたの?観戦したかった。

 

なんかもう勝手し過ぎだろ?………俺が言うなって?うるせえよ、知った事か。

 

「それとさ、もう一人いただろ?リニスと同じ、猫素体の使い魔が。あいつは?」

「ああ、あれだったら局に突き出したよ。今回の件に結構深く噛んでるみたいだったから、きちんと尋問するように言っておいた」

 

アルフが『ざまあ見ろ』とでもいう様に愉快に話す。

お前はそこまでロッテが嫌いか?同じ使い魔同士、仲良くしろよな。

 

あ~あ、それにしてもこれでどうやらグレアム爺さんの企みは局に明るみになるな。ざ~んねん。俺のせいじゃないから恨むなよ、爺さんにリーゼたち。

 

「で、話は戻すけどフラン、お前は何でここにいるんだ?てか、夜天たちも何でコイツをいさせてるんだよ。知ってるかもしんねえけど、コイツが俺を拉致った張本人だからな?」

「ええ、承知しています。ですが、それについては理がもう話をつけたようです。今では断章の1基として、ユーリ共々鈴木家で迎え入れました」

 

と気楽に言う夜天だが、鈴木家の家長である俺を無視して勝手に迎え入れないでくんない?まあガキの一人や二人、増えたところでもうホント今更だけどな。

てか、驚きだな。理がナシつけたって、フランと話し合ったって事?すっげえ相性悪そうな二人だったけど、朝食の場面を見る限りではやっぱ元々仲は良かったのか?

 

そんな事を漠然と思っていると、横目にチラッとフランの震えている姿が入った。

 

「よ、よさぬか、理……ホント、ゴキブリ無理だから……銃創に指突っ込まないで……苦悩の梨はやめよおおおおお!!!」

 

なんかすっげえデッカいトラウマ出来ちまってる見てえなんだけど?話し合ってないよね。これ調教とか拷問とか、そっち系のアレだよね。

こいつをここまでヘコませるたぁ、ちっとだけ理の事を尊敬すんぜ。

 

「ハァ、まあフランはそもそも俺の持ってる写本の断章だから、まあいいけどよ。あれ?でも、今は正本の方に断章挟んでんじゃねーの?そこんとこどうなってんだよ、フラン」

「ガタガタブルブル……う?う、うむ、それはもう抜き取り、写本の方に正式に組み込んだ。主も、夢に正本の管制人格が出てくる事はなくなったろう?」

 

ん?……ああ、そういや八神家に行く前は何度か見た事があるな。けど、だいたい管制人格が出た後はユーリのいる場所に半強制で移ってたんで忘れてたわ。

 

「あれ、もしかしてお前のせい?」

「不可抗力だ。写本の断章である我が正本に挟まれていた事で、正本の方に何かしらの影響が出たらしい、どうにも魔力の流れが混線してしまってな。写本の主であるそなたにも多少の影響が出てしまっていたのだ」

 

それがなくなったのは、フランが在るべき場所に戻ったから、か。個人的にはこの変態王はずっと正本のほうにいて欲しかったが……いや、まあこいつがどっちにいようとも変態であることには変わりないか。

 

「まっ、いいや。おっけー、状況は大体把握した。何はともあれ、俺のやる事ぁ変わらないってわけだ」

 

それは勿論はやての救命。

こいつらと喧嘩する事になっちまったり、管理局が出張って来たり、第3勢力的なグレアムのおっさんも出現したりといろいろあったが、どうにかこうにか丸く収まった。……丸くはないかもだけど、まあ収まった。……けっして収まりが良いわけじゃないけど、押し込める事は出来た。

 

鈴木家とテスタロッサ家と八神家。

 

どうにかこうにか押し込めた。

 

ならば後はこのメンツで最後まで突っ走ればいいだけだ。……というかもう徒歩でも余裕だろ。むしろ俺は歩かなくて良くね?こいつらに担いでもらってゴール手前で降ろして貰えば良くね?

 

「あの、我が主。大変恐縮なのですが、我々にも事の次第を説明をして頂ければと。主の言う『やる事』とは一体なんなのでしょう?」

 

不意に夜天が申し訳なさそうにこちらを伺いながら言った。見ればフランを除く他の面々も同じようだ。

 

「あ?そりゃはやての命を救ってやるって事だけど……あれ?説明してなかったけ?」

 

と言って気づいたが、説明する間もなく地獄めぐりをしていた事を思い出した。

 

「聞いてねーよ。てかはやてって正本の主だろ?なに、あいつ死にそうなわけ?」

 

疑問と驚きを混ぜた調子でヴィータが聞いてきたので、俺は頷きながら続ける。

 

「まあな。闇の書の呪いみたいなもんなんだとさ。それで俺もいろいろあって向こうにいたわけだけど、まあその辺りはフランから聞いてくれや。こいつの方が詳しい」

 

面倒臭い説明はフランに丸投げし、俺は煙草を吸うべくベランダに向かい、そこで物思いに耽る。

 

(半年前の一件ぶりの面倒事の片付けの目処がようやっと立ったな。いや、まあまだまだ難所はあんだけどよ)

 

その一番の難所が、オリジナルの管制人格をどうするか、だ。

生かすのか、殺すのか。

己が犠牲を払って管制人格を助けるのか、それともいつも通り自己保身一択で管制人格を見殺しにするのか。……一応、グレアムのおっさんの案もあるがあんなもん却下だ。

 

とすると今んとこ1:9の割合で断然後者だが……。

 

(問題は……その1割の選択肢)

 

それを選択する気は今のところまずないが、それでも1割残ってる。それはいい。俺の中にもまだ僅かながら真っ当な良心があるという事だ。

選択する気はほぼないが、もしかしたら選択するかもしれないもの。

それは一見、1:9。けれど見方を変えれば5:5。あるいは9:1。

 

可能性が僅かでもあるものと比べた時、確率なんて当てにならない時がある。自分の感情を含める選択肢の場合尚更。特に気分屋の俺なら、土壇場で選択肢を鞍替えするなんて事やっちまうだろうし。

 

(けどその1割を問答無用でゼロにしちまう奴らがいる)

 

言わずもがな、ウチの奴ら。

もし今挙がっている案があいつらに知られたら、選択肢はなくなる。きっと問答無用で管制人格を殺す。俺の犠牲を黙って見ているあいつらじゃない。

 

(まぁフランや八神家のやつらには事前にその辺りは誰にも言うなっつっといたから、今もウチの奴らは知らないはずだが)

 

選択するのは俺。それがどう転ぶにせよ、選択肢もそれを決める権利も俺のモンだ。他の奴らに選択肢潰されてたまるかっつうの。

まあそれでも全部あいつらにゲロって選択肢無くすっつう選択もあるが……それはそれでやっぱ勿体無ぇよな。夜天、二人欲しいもんな~。

 

(だめだ、1割取った時のメリットがでかくて、やっぱまだ完全には腹決めらんねえわ。ギリギリまで粘ろ)

 

つうか考えるのメンドイ。いつも通り出たトコでいいわな。

 

(取り合えずいろいろ疲れたし、もう一眠りするかね)

 

そう考えていた時、玄関の扉が開く音が聞こえ、ついで何人かのドタドタと廊下を走る音。

程なく姿を見せたのは。

 

「ただいまー!」

「ただいま」

「満を持してボクただいま!!」

「ただいま戻りました」

 

アリシア、フェイト、ライト、理の小学生組みが帰宅したようだ。

タバコを消しベランダから出ると、件の4人のうち2人が皆への挨拶もそこそこに早速俺へと向かってくる。こりゃ一眠り出来そうにねーなぁと俺はため息とともに苦笑い。

 

「ただいま!はやぶさ!」

「おう、おかえりアリシア」

「主!ボクにもおかえり頂戴!!あとナデナデを所望する!!」

「はいはい、ライトもおかえりおかえり」

 

二人の頭を乱暴に撫でてやる。

 

「「にへへ~」」

 

その何とも嬉しそうなニヤケ面に俺も自然と口が笑みの形になるのを自覚する。ああ、八神家では味わえなかった癒しが漸く来た感じだ。

 

「ンだよ、二人とも、何かいい事あったのか?ああ、冬休みが嬉しいとか?」

 

そういや終業式だった事を思い出し言ってみるが、二人からは否定の笑顔。

 

「私がただいまって言ったら、隼がおかえりって言ってくれるのが嬉しいの!」

「そうそう!冬休みの嬉しさがご飯一杯分の価値だとしたら、主がいる事にはご飯三杯分の価値がある!もちろん大盛り!そしてナデナデはおかず一品分!」

 

アリシア、お前ホント可愛いな。マジ癒しだわ。対するライトも……うん、まあどうだろう、結構僅差な価値っぽいが嬉しいぞ?アホさに癒されるわ。

 

「騒々しいですよ、アリシア、ライト。ヘタレ穀潰し主がのうのうと生き恥晒しながら家でニートしてる程度ではしゃぎすぎです」

 

二人に続いてトコトコと無表情でやってきたのは、今日も毒が冴え渡っている理。こいつの毒舌も久しぶりに聞いたが……まあ、うん、今は気分が良いので見逃すが、いずれきっちり殺す。

 

そして最後の天使……もとい一人であるフェイトは。

 

「あれ?フェイトー?そんなとこで突っ立って何してんの?ほらほら、主にただいま言わなきゃ駄目だぞー」

 

ライトの言うとおり、フェイトは俺らから距離をとって近寄ってこない。扉の近くでもじもじしてる。しかし視線をこっちに寄越して………あ、目が合ったけど逸らされた。

え、なに、オコなの?

 

「俺、何かした?」

 

心当たりはあり過ぎるくらいにあるが、しかしフェイトはそうそう怒る子じゃない。そもそも会話自体、こっちに帰ってきてからほとんどしてない。何分、地獄めぐりしてたもんで。今朝飯食って学校行くまでにちょろっと程度?

 

「ちっ!」

「いや、唐突にマジ舌打ちとかどうしたよ理」

 

いつもの無表情はどこに行ったやら、今にも反吐を吐きそうな顔をしている理。

 

「いえ、あれを素でやれるフェイトに対して苛立ちが隠しきれず。天然とは恐ろしいものです。私なら一発であざといヒロインだと罵られるでしょうね」

 

ごめん、マジで意味が分からん。

まあとりあえずフェイトは怒ってはないようだ。ただ近寄ってくる気配もない。というか今にもどっか隠れそう。

というわけで、俺は腕に抱きついたアリシアと背中をよじ登ろうとしているライトを引っぺがし、フェイトの元へ。

 

当然というのも可笑しいが、フェイトは慌てた様子で踵を返して逃げようとしたが、それよりも速く俺が捕まえてソファへと連行。ドスンと腰を下ろし、膝の上にフェイトを乗せ、さらに逃げないようにお腹に両腕を回して完全ホールド。

 

「さて、どこぞのメタルなスライムの如く逃げようとすんのは何故かなぁ、はぐれフェイト?」

「あぅぁ……」

 

本気で逃げる気はないんだろうけど、それでももじもじと身じろぎをして腕の中から脱出を図ろうとする。そんな彼女の表情は恥ずかしさと気まずさを湛えているのが見て取れたのだが、それに俺は少々首を傾げる。

 

「お前、何恥ずかしがってんの?」

 

気まずいのは分かる。逃げようとして捕まったのだから当然だろう。ただ恥ずかしいのは分からん。

まぁ一般的に考えれば膝の上に乗せられて腕を回されているこの状態が恥ずかしいと見て取れるが、それはまず有り得ない。なにせ俺は今まで何度もフェイトを膝の上に乗せて来たのだ。確かに最初の頃は照れて恥ずかしがっていたが、1ヶ月もしないうちに慣れたのかそれもなくなった。

 

とすると、このフェイトの様子は一体?

 

「どうしたよ?黙ってちゃ分かんねーだろ?」

「うぅ……」

 

こちらの言葉には応えず、それでもまだこの状態が居心地が悪いのか身じろぎして俺から離れようとするフェイト。

その反応に俺はやれやれと思いつつ、そろそろ実力行使に出るべきかと考えは始めた時、不意に頭の中に声が聞こえた。

 

『隼が急に帰ってきて、嬉しい反面どう接していいのか分からないんですよ』

 

声の主の方を見ると、今まで様子を見守っていたのであろうリニスが微笑んでいた。さらに念話は続く。

 

『というか嬉しすぎて訳分からなくなっちゃってるんだと思います。私見ですけど、隼がいなくなって一番落ち込んでたのはその子ですから』

 

それを聞いて俺は少しだけ驚く。確かに落ち込んでいるだろうとは思っていた。ただフェイトは気に食わんがその辺りは年不相応に自制出来るガキだ。

 

『フェイトが?アリシアなら分かるけど……』

『確かにアリシアもすっごく悲しんでましたよ?でも、言い方は変ですがフェイトもそれは負けてません。なにせ、こんなに長い間隼と会えなかったのは初めてだったんですから』

 

ああ。と気づく。

そう言えば、よくよく考えればフェイトとは初めて会った日から攫われる日まで、この半年間、ほぼ毎日顔を合わせていた。ジェイルやダチんトコに泊まりに行く時はあったが、それもせいぜい1泊かそこらで長期間じゃない。いや、思い出せばその1泊程度の間でも電話やメールがあったりしたし、帰ってきた時はとても嬉しそうだった。そして俺がいない時どんな事があったとか、どんな事をしたとか話してくれた。

 

それを鬱陶しいと俺は感じていた。いちいち報告いらんがなと思っていた。真面目な奴だなと思っていた。

 

けど、そうか。フェイトはガキだ。ガキらしくないガキという面もあるが、それでもやっぱりガキはガキ。

 

『共有したいんでしょうね、隼との時間を。でも今回は開いた時間が長すぎた。言いたい事が一杯あって、思ってた事も一杯あって、感じてた事も一杯あって、とにかく一杯一杯構ってほしい。でもいざ隼を目の前にするとその全部がごっちゃになっちゃったんだと思います』

 

アリシアやライトならそんな状態だろうと思ったことややりたい事を好き勝手に実行するんだろう。けどフェイトは順序立てようとする。

そのプロセスが何ともガキらしくなく、しかし結局纏まらずにどうしていいか分からないまま固まっちまうのがガキらしい。というかフェイトらしい。

 

俺はリニスに向けていた顔をフェイトに戻すとバチッと目が合った。急に静かになった俺をどうしたのかと訝しんだのか、こちらを覗っていたようだ。けど目が合った瞬間にまたブンと音がしそうなほど顔ごと逸らした。

 

『あとは単純に気恥ずかしいんですよ。「隼と久しぶりに会う」なんて初体験ですからね』

 

なんだそりゃ?と思わなくもないが、揺れた髪の間から覗いた耳は少し赤くなっていた気がする。

 

(……ハァ。ったく)

 

伸ばしていた背筋を緩めてソファに身体を預ける。そうすると必然、抱き込んでいたフェイトもそのまま傾き、一層身体を俺に預ける形となる。

少し驚きながらもまだ身体を離そうと試みるフェイトだが、俺はさらに腕に力を込めながらも呟く。

 

「おかえり」

「っ」

 

少し息を呑む音が聞こえると同時に身じろぎも止んだ。しかし、身体は硬いままだ。そして返事もない。

 

「お・か・え・り」

「…………た、ただいま」

 

少し強めの俺の言葉に、ようやくフェイトは反応を示した。これを機とばかりに言葉を俺は紡ぐ。

 

「学校はどうよ?」

「え、ええっと……」

「学校だよ、学校。例えばダチとかよ、出来たかっつってんの」

 

俺の問いに少しの間のあと、おずおずと口を開き出した。

 

「……と、友達、いっぱい出来たよ。なのはとかすずかとかアリサとか、他にもいっぱい」

「そうか、流石だな。前も言ったけどダチは大事にしとけよ?いざって時は頼りンなるからな」

「うん」

「あ、だからって勉強を疎かにすんなよ。将来、俺にみたいになりたくなきゃな。俺ももっかい小学生からやり直したいぜ。というか今から通うか?お前と同じクラスに転入したりして」

「あはは、それは楽しそう」

「管理局はどうよ?あ、てか管理局で思い出したけど、半年前、お前に怪我負わせたクソガキ、取り合えず一発かましといたといたからよ。いや、今考えりゃ一発じゃ足りねえか?」

「あ、クロノが敵にやられたって言って怪我して戻って来た時あったけど、やっぱり隼だったんだ。え、えっとね、それはもう大丈夫だよ。クロノも謝ってくれたし、それにあの時は管理局と敵対してたんだから私も悪くて……」

「あ?知るか。管理局やお前の良い悪いじゃねえ。俺が、お前に怪我させたクソガキをムカついてんだよ。ちっ、思い出したらまた腹立ってきた。やっぱもう2~3発ぶち込んどくんだった」

「もうっ、駄目だよ隼」

 

気づくと、いつの間にかフェイトは動かなくなっていた。加えて力を抜いたのか、体に掛かる重さも幾分増した気がする。

腕の力を緩めても、もう逃げようとする気配はない。

 

(ハァ、やっと調子戻ったみてえだな。ったく、世話の焼けるガキだ)

 

いや、ガキだから世話を焼いてやるのは当然か。

 

「まっ、変わらず楽しくやってたみたいで何よりだよ。ガキはそうやって無邪気に───」

「違う!」

「おうっ?!」

 

今まで聞いたことがないような強い口調で、こちらの言葉を遮ぎりながら振り向いたフェイトに俺びっくり。というか、俺の言葉を否定した事自体が超びっくり。しかも、その目に湛えているのは……哀しみ?痛み?

 

え、なに、何か地雷踏んだ?何が『違う』なんだ?

 

「ええっと、急にどうしたよフェイト?なんでそんな──」

「……確かに」

 

俺から背中を離し、横向きに座り直すフェイト。手がそっと俺の胸に添えられた。

 

「確かにね、学校に行けた。なのはたちと友達にもなれた。一緒に遊べた。……それは、うん、嬉しかった。嬉しかったんだ。テレビとか本で知ってたけど、それを私自身が体験出来るなんて思ってなかったから。家に帰って母さんやリニスやアルフに言ったら、笑ってくれた。夜天たちも喜んでくれた。管理局の人たちもね、過去の事とか全部許してくれて、笑って迎えてくれて、優しい人たちばかりだった。良いか悪いかって聞かれたら、良い毎日だったよ。────でもね」

 

胸に添えられた手に力が入ったのが分かった。

 

「楽しく、なかった」

 

 

よー分からん。嬉しい事もあって、周りの奴らも優しくて、いい毎日だったんじゃねーの?

 

「あーっと、それを楽しいっつうんじゃねーの?いい毎日だったんなら、そん中に楽しい出来事だってあっただろう?」

「うん、そうかもしれない。楽しいもあったんだと思う」

 

でも、とフェイトは続ける。

 

「あんまりね、そう感じなかった。前みたいに……隼がいた時みたいな、暖かい楽しさはなかったんだ。……だから『幸せ』じゃなかった」

 

しあわせ……幸せ?なぜここにきて幸せ?

 

「前、隼言ってたよね。『母さんや私をずっと幸せにしてやる』って」

 

……ああ、言ったな。っぽい事言ったな。庭園で酒食らってた時。うん、素面の時改めて言われるとめっちゃ恥ずいわ。

 

「それでね、私、ずっと思ってたんだ。隼が幸せにしてやるって言ってくれたけど、じゃあ一体何が、どうなったら、どういう事が『幸せ』なんだろうって。私の『幸せ』って何かなって」

 

ええっと……え、何それ哲学?いや、マジでごめんけど、俺の酔い任せの言葉一つにそんな考えてたのコイツ?え、しかもずっと?いや、そりゃ別に口から出任せってわけじゃねえけどさ。多分にその場のノリも入ってたわけで。

 

「でもね、気づいたんだ。もう"そう"だったんだって。隼と会ってからずっとそうだったんだって。でも、そうじゃなくなって、やっと気づけた」

 

俺を見てくるフェイトの瞳には先ほどまであった哀しみも痛みもなかった。その代わりに、どこか暖かな温もりを湛えていた。

 

「嬉しいも面白いも楽しいも全部が合わさったものが『幸せ』で、それを運んでくれるのが隼だったんだって。隼が───私の『幸せ』なんだって」

 

まるで大切なものを慈しむような言葉に、不覚にもこの俺が呑まれた。ガキの瞳に一瞬意識を持っていかれた。

 

「だから、今はもう幸せ。楽しくて、嬉しくて、暖かくて、満たされてて……うん、また幸せになれた」

 

さて。

俺は今、どんな顔をしているだろう。フランの奴から初めて想いを打ち明けられたときもそうだったが、どうやら俺は純粋でストレートな想いには弱いようだ。正直なのには定評のある俺だし、耐性もあるはずだが、こういう邪念のない正直さにはどういう反応していいか分からん。

てか率直に言って恥ずかしい。多分、変な顔になってるわコレ。

 

そんな俺の内心や顔色で察したのか、フェイトの頬も朱が差し始めた。面映い、という状態を如実に表した顔だ。

 

「あの、それでね、えっと……おこがましいかもしれないけど」

 

それでもまだ言い足りないのか、恥じらいの表情のままフェイトは続く言葉を淀むことなく言う。

 

「隼もね、幸せにしてあげたいなって。私だけじゃなく、隼と一緒に幸せになれたらいいなぁって」

 

言い終えて満足したのか、はたまた恥ずかしさの限界に達したのか……いや、たぶん後者だ。その証拠にフェイトは俺の腕取り、顔を隠すように持っていった。髪の間から見えた耳、いや首まで真っ赤っかだ。「あぅ、なんだか恥ずかしいこと言っちゃった?……言っちゃったかも」と自問自答の呟きが聞こえる。

 

(ああ……)

 

と思う。

 

フェイト。このガキ。マジで可愛いなぁ。

 

いつぞやプレシアに「フェイトってマジ天使だよな」って言ったら「天使?あの複数の顔面からたくさん羽生やした神様万歳の気色悪いアレ?……あなた、美的感覚大丈夫?」などと、可愛い女の子に使う褒め言葉をバッサリ一刀両断する返答が来た事がある。加えて「フェイトが天使程度なわけないでしょう。妥協するにしても『女神』くらいは言って欲しいわね」だそうだ。

 

あの時はプレシアの親バカ加減に苦笑したもんだが、あながち間違いではなかったのかもしれないと今のフェイトを見て納得。

 

「うぅ……は、隼、あまりこっち見ないでっ……」

 

うん、なるほど。こりゃ女神だ。ああ、天界って存外近くにあるんだなぁと思った。

 

(まぁ、しかしだ……そろそろ不味いな、うん)

 

女神がいるなら悪魔や魔王や魔神だっているわけで。

天界があるなら魔界もあるわけで。

さらにウチはどっちかと言うと魔界寄りなわけで。

 

「おい、理よ、命乞いさせるような道具をいくつか見繕ってくれぬか?あの泥棒猫はここで断罪したほうが良かろう」

「駄目ですよ、フラン。フェイトに手を出すのはリスクが高いです。プレシアやリニスやアルフが黙っていません。よってここは主にしましょう。ほら、そこの柱。ホウ烙用に特別に設えたモノです。火はお任せください」

 

さて、フェイトの可愛さで癒しも補充出来たし、俺が熱した柱とハグする羽目になる前にさっさと次に進みましょうかね。というか進もう。この甘ったるいのか酸っぱいのか辛いのかよく分からん空気には俺もいろいろ限界だ。というか自分で言うのもアレだが、俺が身を置く空気じゃない気がする。

 

俺はぷるぷると震えているフェイトを膝から降ろし、殺気立っている理とフランを宥め、複雑な表情をしている夜天たちや微笑ましそうにしているテスタロッサ家をスルーし、何かを誤魔化すように声を張り上げる。

 

「よーし、最終決戦に向かって気張ってこー」

 

まだまだやる事は多い。

 

 




最近フェイト書いてなかったので、癒しがてら今回ピックアップしてみたらただのヒロインになってしまった汗

次回は最終決戦……の前の作戦会議。

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