俺は平成のアインシュタイン 作:がんばります
「仁志くん、紹介するよ。彼女が灰原哀ちゃん。ちょっと事情があって、わしが引き取ってな」
阿笠博士が明るい調子で言った。
「……そうですか」
そう答えながらも、綾瀬仁志は目の前の少女をじっと見つめていた。
小柄で痩せ型、透き通るような白い肌に、妙に整った顔立ち。
年齢の割に落ち着いた物腰――そして、その目。
あまりにも“大人”だった。
(……博士が引き取った子ども、ね)
どこか釈然としない気持ちを胸にしまいながら、仁志は軽く会釈した。
「綾瀬仁志。高校三年。阿笠博士の知り合いで、天才科学者です!」
「……灰原哀。小学一年生。博士にはお世話になってるわ」
彼女は一歩も引かず、静かに、でも確かにその名を名乗った。
無表情の奥に、何かを押し殺すような、冷たいものがあった。
仁志はその声に、懐かしい何かが重なるのを感じた。
(……まさか、な)
阿笠博士が微笑んで、空気を和らげようと口を開く。
「哀くんはな、ちょっと複雑な事情があってな。今はワシのところで、ひとまず落ち着いてる。まあ、仁志くんなら心配はないと思って紹介したんじゃ」
「……へえ」
仁志はカップを手に取りながら、ちらと哀を見た。
「その割に、妙に落ち着いてるよな。小一の割には大人びてるし」
「……環境のせいよ。子どもらしく育ててもらえる環境じゃなかったから」
言葉には棘があるが不思議と悪い印象はなかった。
それもまた、仁志には“あの記憶”を思い起こさせた。
(似てる――宮野志保に)
だが、そんなことはあるはずがない。
志保は高校生のはずだ。こんな年齢のはずが――
(……いや、けど……)
理屈が邪魔をする。だが本能が警鐘を鳴らしていた。
哀はそんな仁志の視線に、少しだけ目を伏せた。
「……じっと見られるの、苦手なの」
「ああ、悪い」
気づけば、仁志の声は妙に低くなっていた。
「ただ……なんていうか、お前を見てると、昔会った誰かを思い出すんだよな。不思議な感じだ」
「……そう」
その言葉に、哀の指先がわずかに揺れた。
けれど、彼女はそれ以上、何も言わなかった。
ーーーーーー
綾瀬仁志が阿笠邸を後にし、扉が閉まる音が響いた。
沈黙が落ちる。
微かに残る紅茶の香りと、仁志が置いていった体温が、部屋の空気にまだ漂っていた。
灰原哀はソファに座ったまま、静かに溜め息をつく。
「……なんか、気づいてそうだったわね」
テレビの音もつけずに、コナンがぼそっと返す。
「うん。あの感じ……時間の問題だな。あいつ、勘は鋭いし、理屈も通せる」
「……あら、あなたほど、どこかの誰かさんにバレバレじゃないわよ」
哀は皮肉っぽく微笑んだ。
「バーロォ。……でも本当に、言わなくていいのか?」
哀は少しだけ視線を逸らす。
コナンは黙って昨日の会話を思い出した。
ーーーーーー
「なぁ、灰原。お前を探してる奴がいるんだ」
不意にかけられたコナンの声に、手が止まった。
「……誰?」
「綾瀬仁志って言うんだけど、知ってっか?」
その名前を聞いた瞬間、灰原の手が小さく震えた。
目を見開く。隠しきれない驚きが、表情ににじみ出ていた。
「……幼児化する前の、ちょっとした知り合いね」
無理やり抑えた声。
だが、コナンの目には、それが“ちょっと”どころではないことが見えていた。
「んで、どうする?」
コナンは続けた。
言葉を選びながら、それでもまっすぐに。
「実は仁志、俺の正体も知ってる。幼児化する前からの友達でさ、信頼してる相手なんだ」
その瞬間、哀の目に怒りが灯った。
「――なんて危険なことを……!」
椅子をきしませて立ち上がる。
「正体を知っているというだけで、彼は組織から狙われるかもしれないのよ? あなたは、それを分かってて話したの?」
「……分かってたさ。でも、あいつは“それでもいい”って言った。自分の意思で知ったんだ」
「“意思”で済むことじゃない。あの組織は、そういう理屈で動かない。証拠も理由も関係ない。ただ“関わった”というだけで、人は消されるの」
コナンは目を伏せ、静かに答えた。
「……お前が、あいつのことを大事に思ってるのは分かるったよ。でも――」
「もう、誰にも……奪われたくないのよ」
コナンの言葉を遮るように呟いた哀の言葉はとても痛みを伴っていた。
導入はここまで!
次回からは、通常回となります。