死ねない死にたがりとステュクスの娘 作:侵蝕トンネルと聖杯ダンジョン
「花を?」
「はい。生命の花園に咲く花たちを見て、私ももう一度育ててみたいと思ったのです」
アグライアから提供されたプライベートルトロで寛いでいたら、散歩から戻ってきたキャストリスがそんなことを言った。
キャストリスは体質のせいで、生命を育てるというのはとても難しい。
花は愛でようと触れた時点で枯れるし、その手で種を植えてもその種が芽吹くことは無い。
旅の最中、何度も悲しむキャストリスの顔を見た。
だから彼女の小さな願いの一つや二つくらい、叶えてやりたいと思う。
「よし、じゃあ僕も手伝う。僕がキャスの手になるよ」
「ありがとう、ゼフィ」
「早速今月のやりたいことリストが一つ埋まるワケだね」
「はい。……ゼフィ、何故その事を知っているのですか?その事は誰にも教えていないのに……」
「手帳がテーブルに置きっぱなしだったからチラッと」
「……ゼフィ」
「大丈夫大丈夫、そんなに見てないから。詩集とか小説とか、全然読んでないから」
「…………うぅ」
不幸な運命を歩む女の子の前にその境遇を唯一理解してくれる男が現れるなんて都合が良すぎないか?と思ったけど言わないでおく。言ったらしばらく口聞いてくれなそうだから。
ということで雲石市場に来たよ。
大抵の物はここに売ってるからね。勿論花屋もある。
「どんなのがいい?」
「こうして実際に見ると、悩みますね……」
「急がなくていい。どんな種類なら育てやすいか、店の人に聞いてみたらどう?」
「はい……あの、すみません──」
キャストリスは店員に話しかけに行った。キャストリスは普段からあまりオクヘイマの人達と関わろうとしていないから、この機に少しでも交流関係を広げられると良い。交流がないと、後に変な噂とか好き放題されるからね。
「──決めました。この子の種をください」
「はい、50テミスになりまーす」
「ありがとう、ございます」
「またのお越しをー!」
物思いにふけってたら買い終わったらしい。
「良いの見つかった?」
「はい。厚めの紙袋に包んでもらいました」
「それは良かった」
普段はしないようなスキップをしたりしちゃってる。
余程楽しみなんだろう。
「あー、お楽しみのところごめんなんだけど、植木鉢とか肥料とかは買った?」
「あ……買ってない……」
「ははっ、じゃあお店に戻ろうか」
「うぅ……」
お店に戻って、さっき買った花用の植木鉢と土、肥料を、恥ずかしさで隠れてしまったキャストリスの代わりに僕が購入したよ。
プライベートルトロに戻ってきたよ。早速作業に取り掛かろうか。
手順1
植木鉢に土を入れ、たっぷりと水を注ぐ。
「お水あげなら、私にも出来るでしょうか」
「大丈夫じゃない?僕はキャスから貰った水で死んだ事無いし」
「では、私はお水係に……」
「いいね、そうしよう」
手順2
十分に湿らせたら種を植える
「よろしくお願いします」
「任された」
紙袋から種を取り出し、それを植える。
帰り道で何の花か聞いてみたら『咲いてからのお楽しみです』と言われたから花の種類は知らない。
手順3
置く場所はルトロ内、陽の当たる場所へ。
「オクヘイマは黎明の機械とケファレのおかげで夜が来ないからいいな」
「エーグルはもう目を閉じてしまいましたからね……」
植木鉢は陽の当たる窓の内側に置くことにした。ここなら様子を見るのも手間が掛からないだろう。
「後は土が乾かないようこまめに水を与えながら咲くのを待つだけだね。水やりは重要な役目だ」
「頑張ります……」
「頑張りすぎると根腐れするらしいから程々にね」
「分かりました。程々に頑張ります」
「うん。大体一週間くらい、早いと三日くらいで芽吹くらしいよ」
「──楽しみですね」
「ああ、そうだね」
それから毎日、一つの刻が過ぎる度に植木鉢を見に行き、「まだでしょうか、まだでしょうか」と種が芽吹くのを待っていた。
過ぎること、一週間。種はまだ、芽吹いていない。
「……駄目だったんでしょうか」
「まだ出ないと決まったワケじゃない。もう少し待ってみよう」
「…………はい」
次の日、まだ芽は見えない。
その次の日、まだ。
そして、次の日。門の刻。
キャストリスの滅多に聞けない大きな声が聞こえ、何事かと思って目を覚ましたらオクヘイマの端に寝転がっていた僕。
どうやら死んでまた目覚めたらしい。目覚めの場所がオクヘイマで良かったよ。これならすぐに帰れる。
ルトロに戻ると、キャストリスがキラキラした目で植木鉢を見ていた。どうやら種が芽吹いたらしい。土から緑の双葉がいくつか芽生えている。
「ゼフィ……今朝はその、ごめんなさい。私、驚いてしまって、寝ているあなたを揺すってしまい……」
「大丈夫大丈夫、気にしてないよ。芽、出たね」
「はい……とても、嬉しいですね」
「そうだね」
その後も二人で新芽の世話を続け、無事に五輪の花が咲いた。
普段モノクロで写真を撮るキャストリスだが、この花はモノクロだけではなくカラー写真も撮っていた。
咲いた花は可愛らしく、キャストリスは数少ない友人たちを日替わりに何度も呼んで花を見せた。
友人を呼ぶのは構わないが、アグライアとアナクサゴラス先生を同じタイミングで呼ぶのはやめた方がいい。大変なことになったから。
そして、花はいつか枯れるもの。
当然、キャストリスが育てた花もその兆しが見え始める。
「──
「終わりがある。当たり前のことで、素晴らしいことだ。終わりがあるから、次へ向けて命を紡ぐ」
「……ですが……」
「キャスの気持ちも分かるよ。一輪、貰っていい?」
「はい……まだ元気な子をどうぞ……」
「ありがとう」
花を一輪、丁寧に切り取り、紙に包んだ。
「僕は少し出てくる、遅くとも明日には戻るから」
「はい……お気を付けて……」
分かってはいたけど、やっぱり元気なくしちゃったな。
まあでも、そのために色々調べたんだ。花をそのまま残す方法。
向かう場所は生命の花園。そこにいるトリノンの元。
「来たよ、トリノン」
「いらっしゃい。そのお花……もう来てしまったんですね」
「何事もいつかは終わりを迎える。キャスが育てた花たちは、たまたまそれが僕らより早かっただけだよ」
「……では、始めましょう」
「押し花のしおり、上手くできてくれよ……」
「練習では上手く作れていました。だから、同じように作ればきっと大丈夫」
「ああ」
ここ最近、トリノンと一緒に花を長く残す方法を調べていた。押し花にするのは早い段階で決めたんだけど、ただ押し花にするだけじゃなくて、キャストリスが普段使いできるものにできればと思って色々考えたんだ。
「キャスちゃんはいっぱい本を読みますから、きっと完成したしおりを喜んでくれますよ」
「だといいな……」
完成まで、時間がかかる。
僕がルトロに戻ったのは隠匿の刻が過ぎてからだった。
キャストリスはまだ休んでいなかった。
「ただいま。まだ起きてたんだ」
「おかえりなさい、なんだか寝付けなくて」
「でももう休む時間だよ。コレ、僕からキャスにプレゼント。開けたらもう休もう」
僕は紙で梱包したしおりをキャストリスに渡した。
中身を確認したキャストリスはしおりと僕を見返して、静かに笑った。
「ゼフィ……ありがとう。このしおり、大切に使いますね」
「押し花としおり、合わせるのに結構苦労したよ。トリノンにも色々力を貸してもらった」
「ふふ、では後でお礼を言いに行かなくてはいけませんね」
「明日、一緒に行こう」
「はい」
テーブルに置かれたままのキャストリスの手帳には、押し花のしおりが挟まれるようになった。
やりたいことリストを遡ると、『お花を育ててみたい』の欄には、チェックと花丸が付けられていた。
ゼフィテロス「あの頃と比べたら凄い花畑だね、ここは。……ん?今この花たちの世話をしているのはキャスだろ?」
キャストリス「この花たちは私が植えたものではなく妹が植えたもので…………ふふ、そうでしたね」