球詠 「野球って楽しいよね!」   作:てこの原理こそ最強

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夏の大会まで残り数週間となったところで新越野球部のメンバーは今日も放課後練習に明け暮れていたのだが、全員なんだか落ち着かない様子だった

 

それもそのはず。今日は大会のトーナメント抽選会。大会でどこと当たるかが決まる重要な日で、現在キャプテンの怜、そして付き添いに藤井先生と芳乃が一緒に抽選会場に向かった

 

残りのメンバーは練習はしながらも3人の戻りを待っていたのだが、戻ってきた怜は全員を集めていきなり頭を下げ出した

 

「本当に申し訳ない!」

 

「あはは...」

 

「キャプテンまさか...」

 

「強いところ引いちゃったんですか...?」

 

「えっ!」

 

「これがトーナメント表。私達はCブロックね」

 

芳乃から渡された紙に全員が釘付けとなり自分達の学校の名前を探した

 

「あった新越!1回戦は影森高校」

 

「聞いたことないわね」

 

「んでそこに勝ったら、梁幽館かよ!」

 

「えー!?」

 

「終わったわ...」

 

「強いの?」

 

「一昨年の優勝校だよ!」

 

「えっ!ナイスキャップ!」

 

梁幽館の名前を聞いて全員が絶望する中、埼玉県の強豪事情を知らない且つ強いところと当たりたい希だけはテンションが上がり怜に感謝するほどだった

 

「キャプテンは梁幽館に知り合いとかいないんですか?」

 

「ガールズ時代の知り合いはいるが、主力ではないだろうな...」

 

「そうですか。珠姫ちゃんは?」

 

「えっと、2番手ピッチャーの吉川 和美さんとはバッテリーを組んでたよ。2年前のガールズ優勝投手」

 

「なるほど~。春の大会ではエースの中田さんと吉川さんが交互に投げてたよね。梁幽館の初戦はあの宗陣高校だし必ず中田さんが投げるだろうから2回戦は吉川さんで来る可能性は高いね」

 

『おー!』

 

芳乃の先読みに全員は拍手した

 

「改めて思ったけど珠姫ってホントにすごいところでやってたんだなー。まぁ梁幽館云々よりも前に私らが1回戦を勝てなかったら意味ないんだけど」

 

「影森高校とはどういったチームなのでしょうか?」

 

「うーん。今のところ影森高校のデータがほぼないんだ~」

 

「そうなのですか」

 

「とりあえず2回戦で当たる梁幽館と宗陣のビデオでも見とこっか」

 

「見る見る!」

 

「みんなごめーん。掃除当番で遅れたー」

 

そこへ遅れていた茄子と葵がやってきた

 

「集まってどうしたの?あれ、先生達帰ってきてるじゃん。ってことは結果出たの?」

 

「見る?これなんだけど」

 

「ありがと詠深ちゃん」

 

「見たら目ん玉飛び出るぞ...」

 

「どれどれ~」

 

茄子と葵は詠深からトーナメント表を眺めた

 

「へー、2回戦で梁幽館ねー」

 

「なんだよ、驚かないのか?」

 

「全然?勝ち上がればいづれは当たる相手だろうし」

 

「それに葵達にとって梁幽館は絶対倒さなきゃいけないの...」

 

「ちょっと、顔が怖いわよ2人とも...」

 

梁幽館には2人にとって泥棒猫とでも言えるような存在の莉子がいるため2人は特に敵視していた

 

「これは気合が入るね葵...」

 

「そうだね茄子...」

 

「お2人とも。一体何がそんなにやる気を搔き立ててるのかわかりませんが、まずは初戦の影森高校戦ですよ」

 

「わかってますよ先生。そっちも全力で勝ちます」

 

「芳乃ちゃん、これお兄ちゃんに送っていい?」

 

「いいよ~。私も送る予定だったしね~」

 

「ありがと」

 

「じゃあ今日は練習をそこそにして研究も兼ねてビデオ見てみよっか」

 

『さんせーい!』

 

芳乃の提案に全員が賛成し練習を早めに切り上げ全員着替えたら視聴覚室に移動した

 

「まず宗陣の古川さん。速球とチェンジアップで三振を取っていくスタイル。梁幽館の中田さんも同じような投手だけど目を見張るのはその打撃力!」

 

「初回でスリーラン!?」

 

「エースで4番かー!かっこいいなー!」

 

「梁幽館は全員高いレベルの選手だけど、特に要注意なのがこの中田さんと6割打者の陽選手だよ」

 

「陽さんは確か苦手なコースとかなかったはずだから詠深ちゃんの制球にかかってるね」

 

「が、頑張るよ!」

 

「それから2番手ピッチャーの吉川さん」

 

「直球とキレのあるスライダーでバンバン空振りを取っていくスタイルだった。2年前は割とノーコンだったけどこのビデオ見る限りはすごく良くなってる」

 

ガールズ時代にバッテリーを組んでいた珠姫の説明を受けつつスクリーンでは吉川がスライダーを投げるところが映し出される

 

「ふ~ん」

 

「うわっ!すごいキレ!」

 

「横幅15cm、もっとあるかも」

 

「でもこれ...」

 

「はい。詠深さんのあの球に似ています...」

 

「ぜ、全然似てないよ!」

 

画面に映ったのはまるで詠深のあの球を連想させるようなキレのあるスライダーだった

 

「どうする?芳乃ちゃん。茄子が初回で80球ぐらい投げさせてめっちゃ疲れさせる?」

 

「そ、それができるならお願いしたいけど...」

 

「おいおい茄子。さすがにそれはー」

 

「不可能ではないよね~」

 

『えー...』

 

「葵の見立ては?」

 

「最初の5、6球は様子見も兼ねて6~8割くらいでくるかな。でも彼女の性格的にその内ムキになって力で押そうとしてくるでしょ。それを20球でもカットし続ければさすがに歩かせてくるだろうね~」

 

「そっか~。ごめんみんな。80球は実質無理っぽい」

 

(((相手が折れるまでやれるんだ...)))

 

「葵ちゃん」

 

「ん?」

 

「同じガールズにいた私ならまだしもなんで吉川さんがムキになる性格だってわかるの?」

 

「何回か試合見たことあるからね。いつだったか忘れたけどストレートは走ってるのに決め球のスライダーの制球が定まらなくてイライラしたあげく初回でフォアボール連発で交代させられた時あったじゃない?」

 

「え!あの試合見てたの!?」

 

「暇があればその辺でやってる大会とか見に行きなってお兄ちゃんに言われてたし。それでベンチに下がった吉川さんイライラの熱冷めないくて応援すらしてなかったもんね」

 

「あ、あはは...あの後監督にこっぴどく怒られてたよ」

 

「だろうね~。まぁ人間こんな短期間で性格が変わらないだろうしちょっと煽ったりすればすぐ頭に血が上るタイプっぽいからそうかな~って」

 

「まぁほとんどあってるかな」

 

『おー...』

 

「これが葵の怖いとこだよね~。ババ抜きとか1回も勝ったことないよ」

 

「それは茄子がすぐ顔に出てわかりやすいだけだけどね~。まぁ球筋とかも20球ぐらいあれば大体のデータは取れそうだし。気をつけるのは途中から出てくるかもしれない中田さんの方かな~」

 

「でも葵、中田さんの初球狙うでしょ?」

 

「もちのろーん」

 

「葵も無理とは言わないのね...」

 

「だって無名高の代打で出てきた無名な選手に初球ホームランなんて打たれたら心にどれだけのダメージ負うのか見てみたいじゃん?」

 

「気のせいかな...今すごく怖いこと聞いた気がしたわ...」

 

「2人は考えてることが私達とは根本的に違うんだな?」

 

「「そうかな?」」

 

『はぁ...』

 

茄子と葵の考え方のヤバさを改めて痛感したメンバーはみんなしてため息が出た

 

「と、とにかく!仮想吉川さんとしてみんなにはこれから毎日詠深ちゃんのあの球を相手にバッティング練習してもらうよー!」

 

「詠深ちゃんの!?やるやる!」

 

「確かにあの球に慣れていれば本番で委縮することはなさそうだな」

 

「はい!それと同時に詠深ちゃんと珠姫ちゃんには茄子ちゃんや希ちゃんを仮想陽選手、葵ちゃんを仮想中田選手として本番と同じ感じで対戦してもらうよ」

 

「それはありがたいかも。実践さながらに練習できる」

 

「ふふーん。珠姫に茄子達を抑えられるかな~?」

 

「詠深ちゃん次第かな」

 

「よーっし!やる気が出てきたぞー!」

 

「今からやろ!ね!すぐやろ!」

 

「今日はもう着替えちゃったからまた明日ね希ちゃん」

 

「そだね。それに明日から毎日らしいし」

 

「むぅ...」

 

希がかわいらしく頬をぷっくりさせるもダメなものはダメで今日はこれで解散となった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか2回戦で当たることになるとはね~」

 

「こればっかりは運だからな。仕方ないだろ」

 

抽選会が行われた夜、公園のベンチに蓮と莉子が座っていた

 

「とりあえずレギュラーおめでとう」

 

「うん、ありがと。蓮くんがいろいろアドバイスしてくれたおかげだよ」

 

「莉子が頑張ったからだよ」

 

「頑張れたのも蓮くんのおかげ」

 

「まぁあんだけのオーバーワーク見ちゃったらな」

 

莉子の1つ上の代、つまり去年の3年生が引退した後絶対にレギュラーの座を勝ち取ると意気込んでがむしゃらに練習をしていた莉子をオーバーワークがすぎると止めさせたのがたまたまその場を通りかかった蓮だった

 

「あの時蓮くんが止めてくれなかったら私どこか壊れちゃってたかもね」

 

「もしかしたらな。実際知り合いの整体師に診てもらったとき筋肉が張りすぎてたって言ってたし」

 

「あっぶなー!今考えてもマジでヤバい状態だったよね!」

 

「明らかにな」

 

蓮が見つけたころには故障手前で1、2週間は安静と整体師から言われるほどだったのを思い出し震える莉子

 

「あーあ。蓮くんが見てる高校が相手かー。強敵だねこりゃ」

 

「そういうのやめろって。そもそも対戦が決まった時に俺は試合終わるまで会うのは反対だったのに」

 

「だってー!蓮くんに会わないなんて耐えられなかったんだもん...」

 

「会わない方が調子崩すとか言うから」

 

「なにさー。蓮くんは私と会えなくて寂しくならないのー?」

 

「そりゃ寂しいさ」

 

「んふふ~。知ってる~」

 

「あ、こら」

 

莉子は蓮からの返事が既にわかっていたらしく、それでも嬉しくなって隣にいる蓮に抱き着いた

 

「私、蓮くんは好きだけど、負けたくない」

 

「あぁ」

 

「勝つために今必死に練習してる。ごめんだけど私が知ってる限りの茄子ちゃんと葵ちゃんの情報はみんなに話してる」

 

「そりゃそうだ。勝つために使えるものは全部使ってこそだ」

 

「うん。蓮くんならそう言うと思ってた。でも実際の試合結果のデータとかないからみんな半信半疑。そんな無名な1年がいるのかって」

 

「普通ならそうだろうな。ただウチの妹達は...」

 

「「普通じゃないから」」

 

蓮が次に何を言うのか100%理解した莉子はそれに被せた

 

「もう何回も聞いてるよ。このシスコン」

 

「それは誤解だっていっつも言ってるだろ」

 

「いーや誤解じゃないね。シスコンじゃなきゃ普通年ごろの男女が一緒の部屋で寝ないよ」

 

「家族だから別に変じゃないだろって」

 

「小学生とかならわかるけど蓮くんは大学生で2人も高校生なんだよ!?」

 

「声でか...しょうがないだろ、いつの間にか2人が忍び込んでくるんだから」

 

「家族に相談するべきだよそれは」

 

「相談したさ。でも娘に甘い2人は『兄妹なんだから別に普通でしょ~』で終わりなんだって」

 

「普通じゃない!」

 

茄子と葵の蓮への愛が強すぎるが故に莉子は蓮の部屋で2人っきりになったことすらなかった

 

「試合に勝ったらいっぱいちゅーして」

 

「わかったわかった」

 

「万が一私が負けちゃったら、慰めにいっぱいちゅーして」

 

「同じじゃんか」

 

「意味合いが違うの」

 

「そういうもんか」

 

「蓮くんはそういうのをもっと勉強しないとね」

 

「しょうがないだろ。今まで恋愛とかしたことなかったんだから」

 

「んふふ~。そうだよね~。蓮くんにとって初めての彼女が私だもんね~」

 

「そうだよ。こっ恥ずかしいからやめてくれそれ...」

 

「やーだよ。試合前の精神攻撃だー」

 

「俺に攻撃しても意味ないだろ」

 

「いいのー」

 

直接的に戦うわけではないものの全国を目指す敵同士の2人はこの後も甘い空間を作り出し続けた

 

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