「先生、大庭さん。相談したいことがあるんですけど練習終わりに少し時間いいですか?」
大会がもう目前に近づいてきた練習前、蓮と藤井先生は芳乃から相談があると言われ練習後に全員が帰った後の部室に残っていた
「すみませんお時間いただいちゃって」
「構いませんよ」
「俺も大丈夫だよ。それで相談って?」
「はい。打順の相談をしたくて」
「打順ですか。芳乃さんにしては珍しいですね」
「自信がないってわけではないんですが、この前大庭さんとお話してからお2人の意見も聞きたくなって」
「なるほど」
「わかりました」
今までの練習試合では打順に関して念のため2人にも聞いていた芳乃だったが特にテコ入れが必要ないほどだった
「では今の考えを聞かせてもらえますか?」
「はい!」
1-[一]希
2-[二]菫
3-[捕]珠姫
4-[中]怜
5-[遊]稜
6-[投]理沙
7-[右]白菊
8-[左]息吹
9-[三]詠深
芳乃はホワイトボードに打順を書いて2人に見せた
「1回戦の影森戦はこの打順で行こうと思います」
「葵さんはまだしも茄子さんも温存ですか」
「はい。2人の実力が梁幽館には知られてるって大庭さんに聞きましたがそれはあくまでも人伝の情報で、詳しいデータとか映像はそこまでないと思ってます」
「2人は今まで実戦成績なんてないし。映像なんてもってのほかだろうね」
「ただでさえ学校としてもデータなんてまったくないと思うのでその利点を最大限活かすため1回戦は2人を温存しようと思います」
「私はいいと思います。大庭さんはどうですか?」
「芳乃さんの言ってることも一理ありますね。ただ俺としては2人とも多少のデータを取られたところで支障はないと思ってます。それより2回戦で大役を担う武田さんの怪我のリスクを少しでも回避するためベンチに下げる方がいいんじゃないかなと思います」
「それも考えました。ただいきなり梁幽館戦のマウンドに立つよりも、野手としてでも本番の空気感を味わっておいた方がいいんじゃないかって」
「芳乃さんは武田さんにそれが必要だと感じたんだね?」
蓮の問いかけに芳乃は静かに頷いた
「ならそれで行こう」
「いいんですか?」
「もちろん。その案もいいって思ってたからね」
「ありがとうございます!」
「打順構成もこのままでいいかもしれませんね」
「はい。出塁率の高い中村さんを1番に据えても長打力のある岡田さんがいるのはいいですね」
「はい!元々キャプテンを4番に置いて打順を考えていました。この前までは希ちゃんに打点を付けさせてあげたくて4番をお願いしましたけど。ただ2回戦ではこういう打順を考えてまして」
芳乃はホワイトボードに書いた影森戦での打順を一旦消し、梁幽館戦を見越した打順を書いて見せた
1-[捕]珠姫
2-[二]菫
3-[中]怜
4-[一]希
5-[右]茄子
6-[三]理沙
7-[遊]稜
8-[左]息吹
9-[投]詠深
「これは今まで見ない打順ですね。何か理由があるのですか?」
「まず第一に梁幽館相手に長打を狙えるのかわかりません。なら確実にヒットを繋いで得点に結びつけるのがいいのかと思いました。珠姫ちゃんは吉川さんの性格や球を熟知しているので1番でも問題ないと思いました。それと9番にした詠深ちゃんと少しでも会話できるようにもした感じです」
「いい着眼点ですね。ベンチにいる間バッテリーは少しでも情報交換をするべきです」
「俺もそう思いますね」
「ありがとうございます!」
「ではこれまでの切込隊長である茄子さんを5番のクリーンナップに入れた理由をお教えいただけますか?」
「はい。最大の理由は相手バッテリーへのプレッシャーです」
「プレッシャー、ですか?」
「はい。4番の希ちゃんを敬遠で歩かせても次には必ずヒットを打てる茄子ちゃんがいると思わせます」
「なるほど」
「それともし希ちゃんで終わっちゃったとしても、次が茄子ちゃんから始まる。その安心感が希ちゃんへのプレッシャー軽減にも繋がると思ったので」
「確かに茄子さんの出塁率は驚異的です。中村さんがもし打てなかったとしても茄子さんが次にいるという事実は相当な安心感でしょう」
「その点に関しては同意です。ただ俺としては茄子が最大限力を発揮できるのは1番だと伝えておきます」
芳乃の考えに藤井先生は同意するも蓮は反対の意を示した
「茄子の武器はバッティングもありますがその足です。やはり前にランナーがいるよりもフリーな状態で塁に出る方が力を発揮できると思ってます」
「それもそうですね。梁幽館のキャッチャー次第となりますが茄子さんが出塁すれば実質スリーベースが確定なんですよね?」
「えぇ。それは保証します」
「うぅ...捨て難いですね...」
「ふふっ。芳乃さん、すごく楽しそうですね」
「ふぇっ!?」
「とてもいい笑顔でしたよ」
ホワイトボードを眺めながら楽しそうに笑顔になっている芳乃。それはもう新しいおもちゃをもらった子供のようだった
「まぁ2回戦を考える前にまずは初戦の影森戦です。それが終わってからでもいいでしょう」
「そうですね。もう少し考えてみます!」
「そうだ。俺が調べた限りの影森高校の情報を送っておくね。参考になればいいんだけど」
「ありがとうございます!助かります!」
「では今日はこれで解散としましょうか。もういい時間ですし」
「じゃあ芳乃さんは俺が送って行きますね」
「えっ!?いいですよ!家近いですし!」
「芳乃さん。家が近いといえ何があるかわかりません。それに最近は物騒なので送っていただきましょ。大庭さん、よろしくお願いします」
「はい」
「お、お願いします...」
「はい、お願いされました」
夜道を女の子1人で帰らせるわけにはいかないため蓮は芳乃を自宅まで送りこの日は解散となった
1回戦へ向けて芳乃と息吹が影森高校の視察に赴いた
「影森って全然データないんだっけ」
「うん。だからこれから実際に見に行くの〜」
「それは聞いたけどなんで私まで?」
「それにはちゃんと理由があるから安心して〜」
「何が安心なのかわからないわよ...」
息吹はなぜ自分まで視察に連れてこられたのかわからず困惑するが芳乃に手を引かれ影森高校にて偵察を行った
芳乃と息吹が影森高校の敵情視察に行った次の日の放課後、早速メンバー全員を集めて情報共有した
「影森の様子見て来たよ~」
「お、どうだった?」
「強そうでしたか?」
「う~ん。白菊ちゃんが言う梁幽館みたいな強者感は感じられなかったかな」
「そうですか」
「それとこれも見てほしいんだー!」
「これはー...?」
「大庭さんが集めてくれた影森高校の去年の公式戦の結果だよ」
芳乃がタブレットでみんなに見せたのは影森高校の去年の成績だった
「すげー。敗けが越してるけどどの試合もロースコアで終わってる」
「そこも注目なんだけど私が見てほしいのは試合終了時間の方なんだ~」
「試合時間?」
「どの試合もすごく早く終わってるわね」
「でもコールドで負けてるってわけでもない」
「そうなの!影森高校はすごくスピーディーな試合展開をするチームなのかも」
「スピーディー、ですか?」
これまでほとんどの試合を1時間以内に終わっているデータを見た全員が驚く中、スピーディーな試合とはどういうものなのかわかっていない白菊が尋ねる
「要因はいろいろあるんだけど例えば攻撃なら球種を見ないですぐ振ってきたり、守備なら三振なんかは狙わないでどんどんゴロを打たせてアウトにしていったりだね」
「なるほど、そうなのですね」
「練習風景見てても守備が上手いチームだなって思ったよ!」
「あら、それは負けられないわね」
「そうね」
守備型の学校と聞いて菫と理沙が静かに闘志を燃やした
「問題のピッチャーはどうだったんだ?」
「今から息吹ちゃんに再現してもらいます!息吹ちゃん!よろしくね!」
「え、えぇ...」
芳乃が息吹を偵察に連れて行った目的は相手投手の模倣のためだった
「いくわよ!」
「うん!」
息吹は影森高校の投手のフォームそっくりで珠姫に投球した
「アンダースロー!」
「これまた珍しい」
「球速はそこまで速いわけじゃないけど今まで見たことない独特なフォームだから息吹ちゃん相手に練習するよ~」
『はーい』
それから数日は息吹を相手にしながらバッティング練習に加えて息吹自身の投球練習、それと理沙の投球練習を中心に行った
しかしそれから数日は雨に見舞われグラウンドでの練習ができずじまい。室内でできる限りの練習を続けた
「みんな集まってくれー。ユニフォームを配るぞー」
「ユニフォーム!」
「キター!」
練習中に藤井先生が段ボールを持ってやってきたと思ったら怜が集合をかける。大会本番用のユニフォームの配布だと聞き全員テンションが一気に上がった
「呼ばれた人から取りに来てくれ。まず1番、詠深」
「はい!」
「2番珠姫」
「はい!」
「3番希」
「はい!」
(1番...高校初めての大会。みんなで1つでも勝ちたいな...)
「よっ!頼んだぜエース!」
「う、うん!」
「こら稜。変な絡み方しないの」
「大丈夫だよ菫ちゃん」
「10番葵」
「はーい」
「11番白菊」
「はい!ありがとうございます!」
「最後に12番、芳乃!」
「え...」
芳乃は自分が呼ばれるなんてまったく考えてなかったのか即座に返事が出なかった
「どうした?早く取りにこい」
「あ、はい!」
放心していた芳乃を再度呼んだ怜。それに駆け出した芳乃を藤井先生も含めてチーム全員が笑顔で見送った
「キャプテン...」
「芳乃には私達じゃできない芳乃自身の戦い方がある。頼むぞ!」
「~っ!はい!」
自分は選手ではなくマネージャー。ずっとそう思っていた芳乃は自分がユニフォームを着ることなんて想像していなかった。でも怜は、チームのみんなは同じ土俵に立たせてくれる。それに自分のことを大事な戦力として考えてくれてるみんながいる。そう想うだけで芳乃は自然と涙が溢れ出した
その後解散となったものの芳乃は興奮を抑えきれずもらった直後のユニフォームの袖に腕を通した
「あ、芳乃ちゃんユニフォーム着てる~」
「なんだか熱が冷めなくって!」
「わかる~」
芳乃の隣では制服に着替え終わった詠深がいるが芳乃と同じくユニフォームをもらったことへの興奮が止まないことへ同意した
「あれ?芳乃ちゃんユニフォーム着ちゃってどうしたの?」
「ちょっと興奮で舞い上がってるみたい。直に収まると思うから」
「そっか」
「ねぇ芳乃ちゃん、キャッチボールしない?」
「いいの!?やりたーい!」
「でももう最終下校時間だよ。これ以上いちゃったら先生に迷惑かかっちゃう」
「そっかー...」
「じゃあみんなウチの近くの公園行こうよ」
「行きたーい!珠ちゃんもそれならいいよね!」
「いいけど、帰るの遅くなっちゃうからちょっとだけね」
「やったー!」
「みんなありがと!」
茄子と葵からの提案で詠深と珠姫、芳乃と息吹の6人で商店街近くにある公園へ向かった
「あ、いたいた。お兄ちゃーん」
「みんなお疲れ様」
『おつかれさまです!』
公園に着くとそこには蓮がいた
「どうして大庭さんがここに?」
「商店街の近くとは言えこの時間だからね。店の手伝いも終わる時間だったし」
「2人に呼びつけられてね。まぁ危ないのは事実だから付き添わせてもらうよ」
「見て見てお兄ちゃん!今日ついにユニフォームもらったの!」
「藤井先生から聞いてるよ。いよいよ本番って感じだな」
「そうだ芳乃ちゃん。せっかくだからお兄ちゃんとキャッチボールする?」
「えぇぇ!!?」
葵からまさかの提案に芳乃は体をのけぞるほど驚いた
「そんな恐れ多いよ!」
「またまた~。こんな機会滅多にないよ~?」
「そうそう。別にいいよねお兄ちゃん?」
「俺は構わないがチームメイトとやった方がいいんじゃないか?」
「もーわかってないなーお兄ちゃんは」
「なにがだよ」
「野球してる子はみんなお兄ちゃんとキャッチボールしたいって思ってるよ。ね?珠姫ちゃん」
「私!?んー多分...全員かどうかはわからないけど」
「ぶっちゃけ私達のコーチってだけで自慢できるわよね...」
「さすがにそこまでは」
「「お兄ちゃんさ~」」
自分のことを全然わかっていない蓮に対して妹2人は呆れながらもみんなでキャッチボールをして楽しい時間を共有した