球詠 「野球って楽しいよね!」   作:てこの原理こそ最強

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「さてどうする?徹底的に高速な試合運びをしてくるチームに対して間を取りつつペースを崩していくか...」

 

「あえて被せていくかだね」

 

「こういうチームがいる試合では審判もそのペースに合わせる傾向があります。時間をかけていると相対的にダラダラしているように見えるかもしれませんね。こうしているうちにも、ほら」

 

珠姫にプロテクターをつけながら作戦を練っていると既にバッターボックスに入る準備ができている相手バッターと一緒にこっちを見ている主審の姿が目に入った

 

「被せていこう!」

 

「決まりだね」

 

作戦は決まった。変に時間はかけずに真っ向勝負。今日は先発した理沙が調子がいいため問題ないと珠姫が判断。その判断は間違っておらず3回表まで両チーム無得点の投手戦となり迎えた3回裏の攻撃

 

「頼むぞ白菊!」

 

「長打狙いーよ!」

 

「はい!理論は完璧です!」

 

「理論?」

 

怜と希から送り出された白菊は気合十分だった

 

(私が嗜んでいた剣道は間合いの攻防と呼ばれる競技。それを活かして間合いを見極めます)

 

白菊はいつになく気合が入っていた。今までやりたかった野球の初めての公式戦というのあるが、観覧席には白菊の母親と道場の関係者が応援に駆けつけてくれていた。そんな人達に自分の勇姿を見せたい、そう意気込んで打席に立った

 

「お願い致します!」

 

(希さんが言うにはマシンの球速を100%として相手投手の球速は80%ほど。となるとマシンの位置をあの辺りとすると...間合いはおよそ八間と見た!入ったら打ちます!)

 

白菊は相手投手ではなくマウンド場に練習で使っていたマシンを想定。そして自分の想像のマシンの球と相手投手が投げる球が一緒になるのを待った

 

(今!マシンと同じタイミングに!神仏笑覧!)

 

カーッン

 

「おー!」

 

「大きい!」

 

「行ったか!?」

 

白菊の打った球は大きな弧を描きレフトスタンドに飛び込んだ

 

「やった...やりました!」

 

「やったな白菊!」

 

「はい!」

 

ダイヤモンドを回る際三塁コーチャーをしていた稜から祝福を受けた白菊は悠々とホームに帰った

 

(芯に当たったのはまぐれですがタイミングは完璧でした!初めて自分で考えてホームランを打てた気がします!)

 

「ナイバッチ白菊!」

 

「新越公式戦初ホームランに初打点!」

 

「手洗い祝福です!あいたっ!誰かに蹴られました!」

 

怜の言うように新越谷新生野球部公式戦初ヒットが初ホームランとなり、加えて初打点を打ち立てたのはなんと白菊。初打点はともかく初ヒットを取られライバル心に火がついた希に蹴られたことを当人は知らない

 

白菊の大きな1発から打線が爆発。続く息吹が打ち損じながらもサードの頭を越えるヒットで出塁し詠深がバントで1アウト二塁のチャンス

 

カーン

 

「初球からいった!」

 

「長打コース!」

 

「希ちゃんナイバッチー!」

 

白菊に負けじと希がさっきの茄子からのアドバイスを受けて右中間を抜けるタイムリーツーベースを放ちさらに1点追加した

 

「菫ちゃん続けー!」

 

「打てー!」

 

(簡単に言ってくれるわね...!)

 

いい流れが来ているため自分も続きたいのはやまやまな菫だったが...

 

カンッ

 

パシッ

 

「アウト!」

 

全員が全員打てるわけもなく。菫は未だタイミングが合わずサードゴロに倒れてしまった

 

「なかなか捉えきれないわ...」

 

「ドンマイ菫ちゃん。バットには当たってるんだからあとちょっとだよ」

 

「珠ちゃんいっけー!」

 

「まだまだ追加点欲しいぞー!」

 

「悪かったわね!」

 

「はぁ!?別に菫に言ってねーだろ!」

 

稜が珠姫に向かって言ったことが今打てなかった菫の気に障ったのか2人でやんややんやしてうちに珠姫が追い込まれてしまった

 

カンッ

 

「ファール!」

 

カンッ

 

「ファール!」

 

追い込まれたとはいえ向かってくる球を見極めカットしていく珠姫

 

(しつこいな!こっちは早く帰りたいっての!)

 

既に10球ほど珠姫に費やしてしまっている影森高校投手は早く打ってくれと言わんばかりにイラついていた

 

カーン

 

「お!」

 

「大きい!」

 

パシッ

 

「アウト!」

 

外角の球を打ち返した珠姫の打球は左中間へ。しかしレフト側に切れてしまったためアウトとなってしまった

 

その後両投手バッターは出すものの失点なしの好投が続く

 

「影森って野球嫌いなのか?なんかお通夜みたいに静かだよな」

 

「自分達の思い通りな試合展開に運べるほどの戦略と戦術...こんなレベルの高いことしてるのに野球が嫌いなはずないよ。もしかしたら身内だけでやる野球が好きなのかも。私達には全く興味ないのかな」

 

打っても守っても喜びの声すら上げない影森高校に対し疑念を持った稜に対して自分の想像を話す芳乃。試合をしている中でも影森高校という学校の特色がわからずにいた

 

カンッ

 

6回表になるとこれまで好投を続けてきた理沙だったが先頭打者にライト前へヒットを打たれた

 

「いい当たりが増えてきましたね」

 

「はい」

 

「理沙先輩の球威が落ちてるね。あと疲れもあるみたい。体幹がブレて腕で投げる感じになっちゃってる」

 

コンッ

 

「1つ!」

 

パシッ

 

「アウト!」

 

「ふぅ...」

 

次のバッターはこれまで通りバント。進まれはしたがきっちりアウト1つ取った

 

「監督!」

 

「はい。タイム!」

 

芳乃はすかさず藤井先生にタイムを申請。そのまま伝令としてマウンドに向かった

 

「おつかれさまでした理沙先輩!」

 

「ピンチで回しちゃうことになって申し訳ないわね」

 

「いやいや、誰が見ても今まででベストピッチですよ」

 

「ありがと」

 

「あとは頼んだよ、息吹ちゃん」

 

「なんでこんな大事な場面で私!?詠深の方がいいんじゃない!?」

 

「あそこ見て」

 

息吹を含め全員が芳乃の目線の先を見るとビデオカメラを用意したどこかの学校の生徒がひたすらノートにメモを取っているところを目撃した

 

「梁幽館の偵察が来てるんだ。せっかくここまで隠し通せてるんだから詠深の球は最後まで見せたくないんだ。あ、もちろん投球フォームはコピーの方でお願いね」

 

「うぅぅ...」

 

勝ってるとはいえ点差はわずか2点。この重要な局面を任された息吹は理沙と交代でマウンドに上がりここにきて緊張が一気に込み上げてきた

 

(私が...)

 

「息吹ちゃんリラックスだよー」

 

「そうそう。葵達との特訓を思い出してー」

 

(茄子と葵との特訓...めちゃめちゃ打たれたわね...ふぅ)

 

ベンチから茄子と葵から声援をもらい練習で2人にバンバン打たれたことを思い出す息吹

 

(そうよ。あの2人に比べたら影森の打線なんか怖くない。それに今みんなが私のことを必要としてくれてる。いつまでも初心者じゃいられないわよね!)

 

そんなバケモノ2人と目の前の打者を見比べると自ずとリラックスすることができた

 

「プレイ!」

 

(やってやろうじゃないの!)

 

「ッ!?」

 

パシッ

 

「ストライク!」

 

「初めてストライクを見送った!」

 

影森の投手のコピーから放たれた気合の入った球に打者はバットを振ることすらしなかった。むしろ息吹の投球フォームに驚いて手が出なかったと言っても過言ではなかった

 

パシッ

 

「ストライク!」

 

パシッ

 

「ストライク!バッターアウト!」

 

制球になんの問題もない息吹はなんと3球空振り三振を取った

 

カンッ

 

パシッ

 

「アウト!」

 

「やったー!息吹ちゃん!」

 

続く打者も初球でセカンドゴロに抑えた息吹。ピンチな場面で得点を許さない最高の形でマウンドを降りた

 

「完璧リリーフだな息吹!」

 

「公式戦初登板のご感想は?」

 

「ま、まぁまぁかしら...」

 

「それはよかったよ!この後もよろしくね!」

 

「へー。息吹ちゃんいーなー」

 

「あはは...」

 

続く6回裏。ここで試合が大きく動き出す

 

(どういうつもり...あの投球フォームは影森のみんなのための!)

 

(ひっ!?)

 

マウンドに立った影森投手は自分の投球フォームをコピーされたことに怒り心頭。打席に立つ息吹をすごい形相で睨みつけた

 

(川口息吹...!絶対許さない!)

 

パシッ

 

「ボール」

 

カンッ

 

「ファール!」

 

カンッ

 

「ファール!」

 

(なんか球威上がってない...?)

 

カンッ

 

「ファール!」

 

カンッ

 

「ファール」

 

(あーもう!しつこい!)

 

今までとはまるで違い気迫たっぷりに投げ込んでくる球を息吹はなんとかカットして食らいつく

 

「ピッチャー雰囲気変わったね」

 

「だね」

 

「ようやく私達のことを見てくれるようになったみたい」

 

「あとは割れたひびを広げる作業だね」

 

「うん!」

 

これまで自分達の野球を貫いてきた影森高校。しかしそんな彼女達にもほつれが見えだし芳乃達はこれを好機と捉えた

 

(フォームのコピーといいホント人をイラつかせるのが上手いチームね!)

 

(私の力じゃ前に飛ばせない...でもできるだけ粘る!)

 

(そのチームの中でも川口息吹...あなたは別格!この球でさっさと!)

 

「セット解いた!」

 

(三振しなさい!)

 

(バカ!)

 

ドスッ

 

「痛っ!」

 

「息吹ちゃん!」

 

影森投手の闘争心剥き出しの変化球が息吹の臀部に当たってしまった

 

「痛ったた...」

 

「大丈夫息吹ちゃん!?」

 

「息吹ちゃん!」

 

「大丈夫よこのくらい。芳乃もそんな心配しないで」

 

「ちょっと触るね」

 

その痛みから蹲った息吹にネクストにいた読深やベンチからも芳乃が飛び出しそれを茄子と葵も追って駆け寄った。息吹自身は大丈夫といいつつ葵が足に軽く触れた

 

「これ痛い?」

 

「大丈夫よ」

 

「こっちは?」

 

「ジンジンはしてるけど押されても平気ね」

 

「大丈夫そうだね。念のため片足で立ってもらえる?」

 

「えぇ」

 

息吹は立ち上がって葵に言われる通りに右足だけで体を支えた

 

「どう?」

 

「大丈夫みたい。ジンジンしてたのも引いてきたし」

 

「オッケー。もしこの後違和感とか出てきたらすぐ知らせてね」

 

「わかったわ」

 

特に異常はなさそうな息吹は一塁へ走っていった

 

(私が相手を挑発するような采配をしたから息吹ちゃんが...)

 

「大丈夫だよ芳乃ちゃん」

 

「茄子ちゃん...」

 

「葵が診てくれて大丈夫だったし。今回のは不慮の事故だよ」

 

「そうそう。それにこれまでボール球すら少なかったピッチャーがデッドボールしたんだから芳乃ちゃんの作戦は成功してるんだよ。ここは息吹ちゃんを信じよ?」

 

「うん...」

 

「逆に芳乃ちゃんがそんな顔してると息吹ちゃんも不安がっちゃうよ」

 

「その通りですよ芳乃さん」

 

「先生...」

 

息吹が痛い想いをしてしまったのは自分のせいだと思い込む芳乃を茄子と戻ってきた葵が優しくフォローしながらベンチへ戻ると藤井先生も暗い顔をしている芳乃へ声をかけた

 

「参謀という立ち位置はツラいものです。しかし見たところ息吹さんはちゃんと動けています。確かに少し逆上しているようですがスライダーが曲がりすぎただけ。誰も悪くありません。今は見守りましょう」

 

「そうですね。わかりました!」

 

3人の励ましにより芳乃から暗い表情が消え次の読深にバントのサインを送った

 

(よかった。芳乃ちゃんも大丈夫そうだね)

 

(まったく。心配性なんだから)

 

ベンチからサインを送る芳乃がいつも通りに戻ったことに読深も一塁にいる息吹も安堵した

 

コンッ

 

「1つ」

 

パシッ

 

「アウト!」

 

読深がしっかりとバントを成功させ1アウト二塁のチャンスを迎えた

 

(ちゃんと走れてる。ホントに大丈夫なんだね)

 

「ね?大丈夫だったでしょ?」

 

「うん!ありがと葵ちゃん!」

 

「次は中村さんです。期待しましょう」

 

息吹がちゃんと走れてることに芳乃は安心し次の打順の希に視線を戻した

 

パシッ

 

「ボール」

 

(テンポがさっきと全然ちゃうやん。芳乃ちゃん、さっきのデッドボール自分のせいだと思って元気なさそうやったし、ここは絶対息吹ちゃんを返す!)

 

希も芳乃のことを心配しており今日一気合を入れた

 

(外野は前進守備。頭を越せば簡単やけどフォーム崩れるけん。ヒット1本で返すには...)

 

息吹を返す算段を考える希はベンチにいる茄子に目を向けると、茄子は希が言いたいことを理解したのかただ頷いた

 

(やね)

 

カーン

 

(完璧)

 

(さすが)

 

(落ちる!)

 

「回ってください!」

 

希はランナーの息吹や今サードコーチャーを務めている白菊が判断しやすい直球をレフトのファールになるギリギリに落とした。それを見た白菊は息吹をホームへ返す

 

『おー!』

 

「ナイバッチー希ちゃん!」

 

「さすがー!」

 

これで3点目。今までタイミングが合わなかったのが嘘のような希による追加点だった

 

「息吹ちゃん大丈夫?」

 

「大丈夫よ。ほら」

 

未だ心配が勝つ芳乃に対して息吹はズボンの裾を捲って大丈夫なことを示した

 

「よかったー」

 

「大袈裟なのよ芳乃は。ほら、次のサイン出さなくていいの?」

 

「そうだった!」

 

「さて、1アウトですがバントさせますか?」

 

「いいえ!序盤の機械みたいなピッチングならバントでよかったですけど今は畳み掛けましょう!」

 

(わかったわ)

 

(うん)

 

芳乃が出したサインに次の打順の菫、一塁にいる希が頷く

 

「焦り、自分が自分がっていう自責の念。そこを突くんだね芳乃ちゃん」

 

「もちろん!勝負だから!」

 

「芳乃ちゃんが敵じゃなくてよかったかも...」

 

(初球エンドラン!)

 

カンッ

 

「抜けた!」

 

「ライト前!」

 

エンドランの指示を受けた菫はきっちり仕事をやりきりノーアウト一、三塁となった

 

「菫ちゃんってホント空振り少ないよね」

 

「茄子ほどじゃないけど仕事人って感じだよね。中学の頃からそうなの?」

 

「まぁあいつはド派手にギャンブルってより地味に堅実にって感じだからな。中学からそれは変わっちゃいないよ」

 

「そっか。ギャンブル狙う稜ちゃんより打率いいよねー」

 

「うっさい!」

 

「2番としては最高の選手だよ!さぁ!流れはきたよ!」

 

得点圏にランナーがいるチャンスでクリーンナップ。次の珠姫には自然と追加点の期待が高まる

 

(スクイズ!?)

 

パシッ

 

「ボール」

 

珠姫がバントの構えに三塁の希が走る素振りを見せスクイズを思わせた結果相手投手は球を大きく外した。しかし実際は希は走らなかった

 

(これまでであれば迷わずストライクを投げたたはず。早く終わらせるためにアウトを優先して。それが影森というチームに強みであったはずなのに今は...)

 

パシッ

 

「ボールフォア」

 

相手投手は完全にリズムが狂い珠姫を歩かせてしまい満塁のピンチで4番の怜を迎えることとなった

 

「これで1アウト満塁!」

 

(勝負にこだわるほど自分達の野球から遠ざかる。気の毒だけどこれも勝負だから!)

 

「打てー!キャプテン!」

 

(任せてくれ!)

 

カーン

 

「ナイバッチー!」

 

「さすが打点マニア!」

 

(これが流れですか...崩れ始めた敵の精神状態に付け込み一気にビッグイニング。結果論ではなくあのエンドランが分岐点。それを実行する選手達もさることながら恐ろしい勝負感ですね...)

 

新越の黄金時代を過ごした藤井先生が心の中で試合の流れを汲み取った芳乃を恐怖すら感じるほど絶賛する

 

そしてその後打線が爆発。打者1巡の一挙6得点でコールド勝ちとなった

 

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