初戦を突破した新越野球部はすぐに試合の反省会と次の梁幽館戦へ向けたミーティングを行った
「みなさん、改めて初戦突破おめでとうございます」
『ありがとうございます!』
「試合後に大庭さんからも言われたと思いますがまずは個人的な反省点をそれぞれ言ってもらいます。そこから全員で改善点を見出しましょう」
『はい!』
「ではまず岡田さんからお願いできますか?」
「はい。私は...」
初戦の影森戦を終えた後蓮から言われたことがあった
『1回戦突破おめでとうございます。初戦をコールドで終えられたことは大変素晴らしく思います。しかしみなさん個人的に反省点も多い試合だったと思います。この場ではまず勝利の余韻に浸ってもらって構いませんが、明日にはそれぞれの反省点を話し合っていきましょう』
そのため今日は試合の疲れもあるだろうと放課後の時間は練習はなしとなり全員で初戦を振り返る時間にした
一方で梁幽館高校。こちらも初戦の宗陣高校を下し2回戦の新越高校戦へと駒を進め、次の2回戦に向けて練習に励んでいた
「次の相手は新越谷高校です。かつては強豪校でしたが今週まで活動を自粛。今は1年生ばかりの新チームでこの間の1回戦以外のデータはありません。が...」
「1年主体のチームだとナメてかからない方がいい。そうだったな白井?」
「うん。そんな気持ちで試合に臨んだら確実に足元掬われるよ」
「だそうだ。お前の意見を聞こう、高橋」
「はい。停部明けは主に県外の有力校と活発に試合をしていたみたいです。おそらく指導員に恵まれたのではないかと。油断できません」
「ふむ」
梁幽館の戦略担当マネージャーから新越のデータがほぼないことを伝えられ、そして莉子からは以前から言われてたように茄子と葵がいることを再確認させた
「みんな最初の難関を突破できたことでしばらく楽な相手となると気が緩んでいることだろう。だがそれは必ずしも悪いことではない。格下と思えるのはそれだけ日頃の研鑽を積んできたからこその風格を持っているからだ。だが野球をナメてはならない!何があるかわからん。いつも通り勝つぞ!」
『おー!』
「...」
「映像見ますか?ありがちな試合ですけど」
何はともあれマネージャーが撮ってきてくれた新越の初戦の映像をみんなで見ることにした
「岡田と大村。打線ではこの2人が要注意か。おい加藤」
「はい!」
「確かガールズ時代岡田と一緒だったな」
梁幽館高校主将の中田が怜とガールズ時代一緒のチームだった選手を呼び寄せる
「怜、懐かしいです。身体も大きくなって。自粛期間中も身体作り頑張ったんでしょうね。それに上手くなってます」
「エースは投げなかったんだ」
「初戦絶対勝ちたいだろうに投げなかったのか」
「温存したという方が正しいかもね。どんなピッチャーかわからないし」
「さすが珠姫のチームだな。ま、ウチも私を温存してたし五分だろ!」
「あんたはただの2番手よ」
「うっ...」
「あと新越の有力選手2人も温存したみたいね」
「白井さんの言っていた2人ですね。確かかの有名な大庭 蓮選手の妹さんとか」
「うん。悔しいけどポテンシャルは高校生を逸脱してる。私も実戦を見たわけじゃないから細かい技術とかはわからないけど」
「白井がこれだけ真剣に言うんだ、当然警戒はするべきだな。しかし実際の映像がないのはイメージしにくい。警戒はするが意識しすぎず自分達のプレーを心掛けるんだ」
『はい!』
莉子が以前から茄子と葵の脅威を伝えていたが試合映像などがまったくないためどのような選手なのか想像しずらかった。そのためか莉子が伝えたいほどの危険度を全員が同じく感じているかというとそうではなかった
戻って新越谷高校。反省会を終えた次の日、詠深達はいつも通り練習に勤しんでいた
「いきますよ」
カーッン
藤井先生がバッターボックスに入りノック練習が開始されたのだが、いきなりライトに入っていた茄子の頭上を越えるホームランが放たれた
「次!」
カーン
「うわっ!」
「ちょっ!」
鋭い打球が二遊間を割りセンター前に転がった
(こんなのプロの二遊間でも取れないだろ...)
(先頭打者ホームランにセンター前ヒット...これって!)
「ピンと来たのが1人だけですか...今日は帰れませんね」
「バント来るよ!」
「そっか!ノーアウト一塁!内野ゲッツー!」
(バントプレスの!)
(サイン!)
藤井先生の意図を理解した芳乃が声をあげると珠姫も瞬時に理解。指示を出した
「2つ!」
パシッ
パシッ
珠姫の指示通りファーストの希とサードの理沙がプレス。藤井先生がサード側に転がした球を5-6-4と送った
「よし。ゲッツーですよね?」
「いいでしょう。次!」
カーン
パシッ
左中間に飛んだ球をセンターの怜がランニングキャッチ
「抜くつもりで打ちましたがやりますね」
「これは春の大会、初戦の梁幽館の攻撃ですね」
「えぇ。ぶっつけ本番であたるよりも過去の試合を追体験し1つ上のプレーをしておくことで多少の自信につながるでしょう。次!2回表!」
(確かにこの短期間でできる最高の練習がこれなのかも!さすが先生!)
藤井先生は来週行われる梁幽館戦までのこの短い時間で何が一番効率的な練習になるかを考えたときにこれが思いついた。そしてそれは参謀である芳乃も納得できる内容であった
「梁幽館ノックだか知らないけど楽勝だぜ...」
「足、震えてるわよ」
「6試合分で結構チャンスも防げたな」
怜の言うように大会では点が入っているかチャンスになっていたところを幾度か防ぎそれは間違いなく自信に繋がっていた
「さ、水分補給を済ませたら散りなさい。関東大会の分も残っていますからね」
「ま、まじ...?」
「今日はやめておきましょう!」
「これ以上は先生が死んじゃう!」
選手同様気合に入っていた藤井先生も足がプルプルと震えバットで支えなければ立っているのもやっとの状態だった
「む、無念です...」
「じゃあここからは俺が代わりましょう」
『大庭さん!?』
「「お兄ちゃん!ぶへっ!」」
突然の蓮の登場にみな驚き、大喜びで抱き着こうとした茄子と葵は頭を掴まれ止められる
「大庭さん、どうしてこちらに。今日は...」
「この2人が両親に大会のことを話したのかこっちの手伝いはいいから練習を見てやれと追い出されまして」
「そうでしたか」
「実はさっきのノックから拝見してまして。なので続きは俺が引き受けますね」
「大変助かります。お願いします」
「はい。じゃあやろうかみんな」
『お願いします!』
「あ、そうそう。大会の追体験ってことだけど、もし大会中で取れてた球をエラーなんかしたらペナルティあるから頑張るように」
『え...』
急遽蓮がノックの続きをすることとなり、さっきまではなかったペナルティの話を聞いた全員気合を入れ直し練習に臨んだ
そして梁幽館戦当日。新越の面々は1回戦の影森戦を経験したからなのか程よい緊張感で会場入りした
「サード!」
カンッ
パシッ
「次セカンド!」
カンッ
パシッ
「ノックも上手いなー...」
「そりゃそうでしょ。それよりもこの歓声。さすが強豪校って感じね...」
「ですね。しかしみなさん落ち着いてらっしゃいますね」
「はい!」
一般的な1回戦敗けの高校であればこの歓声に呑まれることが多いが、新越の面々は自分達でも驚くほど落ち着いていた
「これも芳乃や大庭さんが私達と梁幽館の差を前もって教えてくれていたおかげかもしれません」
「ノックを見ても相当上手いことはわかります。ですが彼女達も私達と同じ高校生。たかだか今日の1試合で絶望を感じるなんてことはないって大庭さんが教えてくれました。そう思うだけで気負いしなくて済んでます」
「それはよかったです。みなさんにも今一度言っておきますが藤原さんの言う通り相手はプロでもなければメジャーリーガーでもない同じ女子高生です。練習通り自分達のプレーを心がけましょう」
『はい!』
梁幽館のシートノックが終わり新越の番。全員位置につき藤井先生のノックを受ける
カンッ
「あっ...」
カンッ
「ひゃっ」
『おいおい大丈夫かー?』
『相手1年が多いんだろ?無理もないって』
稜と菫が連続で捕球ミス。これを見た梁幽館側の応援席から野次が飛んだ
「あららー」
「ま、しょうがないんじゃない?」
「いつもの弱小校の反応と一緒じゃん」
「...」
(油断しているな...)
試合に入る前の精神統一を行っている中田と新越のノックを静かに見ている莉子以外明らかに油断が見て取れた
(相手の実力も未知数だというのに...特に投手の武田。小柄なチームにしては鍛え抜かれた体躯。1年生にはとても見えない。それに...)
中田が向ける視線の先には莉子から何度も説明された茄子と葵。油断している仲間とは裏腹に中田は警戒を怠らないでいた
(みんな作戦通りにできてる...でもちゃんと身体は動いてるよ!)
相手ベンチを見てしてやったりと心で思う芳乃。さっきの稜と菫のエラーだが、稜はもしかすると素が出てしまったかもしれないが菫は
(うんうん。完全に油断してくれてて結構結構)
それは観覧席から見ている蓮も既知なことで、なんだったら相手をさらに油断させる策として蓮が提案したことだった。試合前のノックとして決して褒められることではないが勝率を上げられるならなんでもする。それが強豪校に挑む心意気と藤井先生も大賛成だった
「さぁ!梁幽館をあっと言わせてやろう!」
これから新越は今大会早すぎる難所に立ち向かおうとしていた