球詠 「野球って楽しいよね!」   作:てこの原理こそ最強

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「そういえば詠深ちゃんて最大何球投げたことあるの?」

 

「んー。ダブルヘッダーもあったし、250球くらいかな」

 

『えー!?』

 

「はぁっ!?ちょっ、勘弁してよ...よく壊れなかったね肩」

 

「まぁ250球って言っても全力で投げたことはなかったし」

 

「いやいや、それでもでしょ...」

 

球数は少ないとはいえふと気になった珠姫が質問してみると、その衝撃的な応えにベンチ全員が驚愕した

 

「そんなことより!希ちゃんの応援でしょ!」

 

詠深が強制的に話を終わらせ全員の意識を打席に入る希に向けた

 

(希ちゃん!頑張って!)

 

(さぁ、やっちゃえ希ちゃん)

 

(うん)

 

6回表もマウンドには吉川が入った

 

(この回4番から。もし1人でも出してしまえば次の回にあの1番と対峙することになる)

 

小林はチラッと自陣ベンチに目をやりここまで劣勢が続いているにもかかわらず特に動きを見せない監督の栗田を見る

 

(いや、そんな先のことは考えない。向こうはエースが投げ抜いてるけどウチはまだ奈緒さんがいる。目の前のアウト1つに集中する)

 

もし吉川1人で最後まで投げ抜くとなれば先のことを考えてこの回と次の回は3人ずつできっちり抑えたいところ。でもそんな悠長なことを言ってられる相手ではないことは既に思い知らされていた。小林は考えをまとめ今バッターボックスに入った希に全集中する

 

(終盤でも強気でいく)

 

(そうこなくっちゃ!)

 

小林は先ほど珠姫が陽にやったように内角よりも内側へのストレートを要求

 

パシッ

 

「ボール」

 

(のけぞらせてからの外側にスライダー)

 

(オッケー)

 

パシッ

 

「ストライーク!」

 

(振ってこなかった?ここにきて様子見はない。なら狙いはストレート!)

 

小林は確信したように次もスライダーを選択。吉川はそれに何の不満もなく思いきり投げた

 

カーン

 

「なっ!」

 

「げっ!」

 

しかし希が待っていたのはストレートではなくスライダーの方だった

 

「おっ!」

 

「抜けるぞ!」

 

打球は右中間を割り希は二塁に到達した

 

「やったー!」

 

「ナイバッチー希!」

 

「いきなり追加点のチャンスだ!」

 

ベンチからの大賛辞に希はベース上で左手を高く振り上げ応えた

 

(狙われていたのはスライダーの方...なら最初に振らなかったのはフェイク...!)

 

小林はまんまと希にしてやられたと睨みつける

 

「大丈夫大丈夫!」

 

「和美...」

 

「まだ点取られたわけじゃない!この後抑えよう!」

 

「...。まったく、アンタが言うんじゃないわよ」

 

悪態をつきつつも小林は吉川に元気づけられマスクを被った

 

(岡田には初回で打たれて以降抑えられてる。制球さえミスらなければ抑えられるはず)

 

小林は気持ちを切り替えて怜に対して思考を巡らせた

 

(さすが希だな)

 

反対に怜は今しがたツーベースを放った希に感嘆しつつも自分自身でも闘志を燃やしていた

 

(ここまでの私の成績は初回にツーベースは打ったものの前の打席では打ち取られてしまった。今日大活躍の茄子はまだしも2本ヒットを打っている珠姫にすら劣っている。こんな成績で終われない!)

 

後輩達に感化され心をホットにしている怜だったが体はほどよくリラックスしていた

 

(ここで打ってこそ、キャプテンだろ!)

 

カーン

 

外角低めのストレートを狙った怜は見事右中間に打ち返した

 

「よっしゃーキャプテン!」

 

「打点マニア本領発揮!」

 

「ナイスキャプテン!」

 

「希ちゃんもナイバッチ!」

 

「ありがと芳乃ちゃん!」

 

希のツーベースからの怜のツーベース。たった2人で貴重な追加点を記録した

 

(2人連続でツーベース...さすがにこれはもう交代なのでは...)

 

ベンチの高橋が栗田監督を見るもまだ動かず。それに驚きながらマウンドに視線を戻し心配そうに吉川を見ると吉川と目があった

 

(私はまだ大丈夫!もう1人もランナー出さないから!)

 

高橋を含めたベンチメンバーが心配する中吉川は次の理沙に集中する

 

(希ちゃんも怜もすごい。私だって!)

 

(これ以上打たれてたまるか!)

 

カンッ

 

パシッ

 

「アウト!」

 

「よーっし!」

 

初球を狙った理沙だったが運悪く打球はサード正面でアウトとなってしまった

 

『7番、川口さんに代わりまして大村さん。代打大村さん、背番号11』

 

「よろしくお願い致します!」

 

会場アナウンスとともに息吹の代打でバッターボックスに入る白菊。その姿は初心者とは思えないほど貫禄があった

 

「打てー!白菊ちゃーん!」

 

「いつも通りにね!」

 

「打てるぞー!白菊ー!」

 

(みなさんの声と心臓の音が混ざり合って聞こえます。やはり緊張しているのでしょうか)

 

「プレイ!」

 

(しかしみなさんの活躍を見て気持ちが昂っていますね。落ち着いて見極めましょう。葵さんが言うには球威は相当落ちてるとのことですし、ベンチから見ていた限りではマシンとほぼ同等。打ってみせます!)

 

競技は違えど全国経験者の白菊。ここぞというときの集中力がとんでもなかった

 

(この子ホントに初心者...?岡田と遜色ないくらいのプレッシャーなんだけど...)

 

(1回戦でホームランを打ってた大村さん。初心者ってことだけどスイングは岡田さんにも匹敵する。まずは外に外して様子を見る)

 

(了解)

 

小林は代打で出てくる白菊の長打力を酷く警戒した

 

パシッ

 

「ボール」

 

(さすがにあからさますぎたか。次はスライダー)

 

パシッ

 

「ストライク!」

 

白菊は外いっぱいに入ったスライダーに手は出さなかった

 

(見逃した?なら狙いはストレート?いやでも、さっきの中村さんみたいな...)

 

白菊の狙いはストレートかと思った小林だったが先ほどの希のことがあるためこれもフェイクなのではと疑ってしまう

 

(とりあえず高めに釣り球。これで判断する)

 

(オッケー)

 

吉川はサイン通り高めにストレートを投げ込んだ

 

(きた!勇往邁進!)

 

カーッン

 

「ッ!?」

 

「ボール球だぞ!」

 

高めに外れる釣り球を打った白菊の球はレフトに高々と上がった

 

「大きい!」

 

「いけー!」

 

(入るな!)

 

打球はそのまま伸びていきレフトが打球を追ってバックする

 

パシッ

 

「アウト!」

 

入るかと思われた打球だったのだがあと一伸び足りずフェンス手前で落下しアウトとなった

 

「だー!惜しい!」

 

「あとボール何個分ってとこだったわね」

 

(ボール球をあそこまで持ってくって...)

 

(ゾーンで打たれてたら確実に入ってた...)

 

窮地に一生を得た吉川・小林バッテリー。初心者とわかっても油断は一切していなかったにもかかわらずボール球をフェンスギリギリにまで運ばれて一旦驚愕するしかなかった

 

「ボール球に手を出してしまいましたー!」

 

「えっ!あれわざとじゃないの!?」

 

「ストレートを狙ってはいましたが...」

 

ベンチに戻ってきた白菊は不完全燃焼気味だった

 

「でもボール球ってわかっててあそこまで飛ばすのは相当なことよ」

 

「そうですね。ちょっとライバル心燃えちゃうなー白菊ちゃん」

 

「そんな!葵さんと比べたら私などまだまだです!」

 

「まだまだ伸び代があるということですね。それでは今後に期待して武田さんの応援に戻りましょう」

 

はっとして全員がマウンドに目を戻すと既に詠深はバッターボックスに入りバットを構えていた

 

(吉川さんの球威とキレが落ちている今なら私でも打てるはず!)

 

カーン

 

「お!」

 

「入れー!」

 

詠深が打った球は先ほどの白菊と同じようにレフト方向に打ち上げる

 

パシッ

 

「アウト!」

 

しかし飛距離は白菊ほどではなくレフトフライに倒れた

 

「くっそー。もう少しだったのにー」

 

「白菊の方が惜しかったけどなー」

 

「あーん、言わないでよー」

 

「でもこの回1点取り返した。相手の攻撃はあと2回。しっかり守るぞ!」

 

『おー!』

 

怜の掛け声と共に詠深達は守備についた

 

「クソッ!1点取られた!」

 

「過ぎてしまったことを悔やんでも仕方がない。ただ私達の攻撃も残り2回のみ。ウチのチームは全員が打てる打者だということを信じているが、白井から始まるこの回で逆転もしくは同点、最低でも1点は取っておきたいところだ。頼んだぞ白井」

 

「わかった!」

 

中田から託された莉子はヘルメットを被り打席へ向かった

 

(ここまでウチを1点に抑える好投手。その上私に至っては完璧に抑えられちゃってる)

 

莉子は打席に立つ前に一瞬観客席で見ている蓮を見る

 

(敵同士ではあるけどこんな成績じゃせっかく個人練に付き合ってくれてた蓮くんにも顔向けできない...ここはなんとしてでも出る!)

 

「プレイ!」

 

(追い込まれる前に叩く!)

 

コンッ

 

(え!)

 

(セーフティ!?)

 

莉子はここでセーフティバントを選択。詠深のストレートをサード前に転がす

 

「1つ!」

 

「りゃー!」

 

パシッ

 

理沙が前に出て捕球し一塁へ送球。そして必死に走る莉子は決死のヘッドスライディング。一塁ベースに手が触れたのと希が捕球したタイミング的には同じなように見えたが塁審の判定は...

 

「セーフ!」

 

「おっしゃー!」

 

ここは脚力を生かした莉子に軍配。莉子は拳を振り上げ喜びを露わにした

 

「ナイス白井!」

 

「ナイスガッツ!」

 

(初球から博打に出るなんて...)

 

(しょうがない。次抑えよ)

 

(向こうはとにかく点が欲しいと思うからバントだと思うよ!)

 

(了解)

 

『3番、ショート、高代さん』

 

高代がバッターボックスに入ると芳乃の思惑通りバントの構えをした

 

(でもバスターがないわけじゃない。今まで通りコース厳しく行くよ!)

 

(うん!)

 

珠姫は内角低めへツーシームを要求。このままバントならアウト1つ、もしバスターでも打ち損じを狙いゲッツーにできれば御の字という考えだった

 

コンッ

 

しかし高代は構え通りバントだった

 

「1つ!」

 

パシッ

 

二塁に進まれたものの着実に1アウトを取った

 

『4番、ファースト、中田さん』

 

「勝負しろー!」

 

「そうだそうだ!」

 

「全部敬遠はありえないぞー!」

 

(...)

 

応援席からは変わらず中田との勝負を希望する声が。しかしそれとは関係なしに珠姫はベンチに目を向け芳乃との会話を思い出す

 

 

 

 

『珠姫ちゃん』

 

『ん?』

 

『詠深ちゃんの調子どう?』

 

『んー悪くはないと思うよ?何かあった?』

 

『うん。今日の詠深ちゃん、すごく調子がいい気がするんだ』

 

『まぁ確かに。強ストレートの制球はまだまだだけど走ってるし、変化球のキレも全然衰えない。チェンジアップもぶっつけ本番にしてはでき過ぎてるかもね』

 

『それだったら次の中田さんの打席、珠姫ちゃんの判断で勝負してもいいよ』

 

『え?』

 

珠姫は今まで慎重を期してきた芳乃から中田と勝負してもいいと聞かされ少し困惑した

 

『確かに中田さんはホームラン数も出塁率もとんでもない。でも、今の詠深ちゃんなら』

 

『...』

 

珠姫自身もタイミングによれば今の詠深を中田にぶつけてみたかった。そのため芳乃の提案に少し考え込む

 

『わかった。ただ第一に考えるのはチームが勝つことだから。それは詠深ちゃんもわかってると思うし』

 

『うん。それで大丈夫だよ』

 

 

 

 

 

(1アウトでランナー二塁。希ちゃんとキャプテンのおかげでまた2点差にはできたけどここで1発が出ればみんなの頑張りが無駄になっちゃう...)

 

珠姫は悩む。確かに中田と勝負してみたい。しかし今の状況でそれは正しいのかわからなかった。するとベンチにいた葵と目が合った

 

(勝負して大丈夫だよ)

 

(でも...)

 

(次の回で必ず1点は取るから。それに、珠姫ちゃんだってやりたいでしょ?)

 

葵は笑顔を見せながら静かに頷いた

 

(わかった。ありがと!)

 

珠姫はここで中田と勝負することを決断した

 

「外野バック!内野も深めね!」

 

「おー!」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

「見直したぞ新越バッテリー!」

 

珠姫の声かけに応援席は盛り上がった

 

「ついに!」

 

「勝負するのか!」

 

(どういうことですか...)

 

この決断に梁幽館ベンチも騒然。しかしその中で高橋だけ疑念を呈していた

 

(ランナーが得点圏にいる場面で勝負?今まで慎重につなげてきた試合を台無しにするつもりですか...それとも奈緒さんに対して勝機でもあるというのですか...)

 

いろんな可能性を考える高橋だったが何を想像しようと意味がないと悟り目の前の対峙を見守ることとした

 

(まずは勝負してくれることに感謝をしよう。だがその決断が間違いだということを思い知らせてやる)

 

(うわーすごい気迫)

 

バッターボックスでバットを構える中田のプレッシャーを感じ取る詠深

 

(まるで葵ちゃんと練習してた時みたいだ。これが全国レベルの威圧感か...)

 

一般的な投手であれば中田のプレッシャーの前に萎縮するはずなのだが、詠深は逆にワクワクしていた

 

(試してみたい!現時点での私達のピッチングがどれぐらい通用するのか!)

 

パシッ!

 

「ストライーク!」

 

(なんてスイング...)

 

カンッ

 

「ファール!」

 

(まだ下を叩いたか。いいスピンだ)

 

パシッ

 

「ボール」

 

2球続けて強ストレート。初球は空振りを取ったものの早くも2球目で合わせてきたのを見て1球体をのけぞらせる普通のストレートを放つ

 

(オーソドックスな配球。しかし普通なら打てないだろう。1球のけぞらせてからの、この変化球は!)

 

カーン

 

「ファール!」

 

「えっ...」

 

外角低めに投げたあの球をライトポール外側へ運ばれた

 

「ナイスカット奈緒!」

 

(カット!?カットってレベルじゃないでしょ...)

 

(あんな体勢からあれほど飛ばすなんて...)

 

「あれでカットって...どんな体してんのよ...」

 

「そう?普通じゃない?」

 

「そう思えるのは葵だけよ...」

 

今の打球がカットしただけなんて考えられないとベンチの芳乃と息吹でさえ驚いているところ葵だけ至って冷静だった

 

(どうする?)

 

(そもそもあまい球なんて投げられるわけがない。外中心で行くよ。コントロールミスらないようにね!)

 

(オッケー!)

 

カンッ

 

「ファール!」

 

カンッ

 

「ファール!」

 

その後中田は外に外れる球すらひたすらカットしていった

 

「明らかにボールな球もカットしてますね」

 

「カウントが悪くなれば歩かされるのがわかってるから。並のバッターならファールボールを意識するだろうけど、奈緒に求められているのは長打以外にないと本人は思ってる」

 

「えー...」

 

「ウチは4番経験者が多いけど、奈緒が選ばれたのはそういうところだね。まさに4番の中の4番。相手バッテリーもそれをわかって投げてる。いつかは勝負、決め球をゾーンに投げてくるはず。奈緒はそれを放り込む気だ。そしてそれができるバッターだ」

 

パシッ

 

「ボール」

 

(さすがに振らないか...)

 

低めのあの球には手を出さなかった中田。ここにきて既に8球は投げていた

 

(あわよくば三振をとりたかったけど。でもどの球もいいコースにきてる。使うならここかな...)

 

珠姫は何かを企み次のサインを出した

 

(わかったよ!)

 

カンッ

 

「ファール」

 

(またゾーンより外か。多く振らせて集中力を削ぐ作戦か?いや、このチームはそんなことはしない。いづれ勝負にくるはず。それを狙う!)

 

(やるよ!新兵器その3!)

 

(うん!)

 

珠姫のミットは内角高めに構えられた。そして次の配球のサインを受けた詠深は頷き、そのミットに向けて力強く投げ抜いた

 

(きた!これで!)

 

内角高めのストライクゾーンへきた球を見て中田は確信し笑みを浮かべバットを振った

 

(なっ!?)

 

当てる。そして当てた時には2点入り同点。そう確信してた中田の振り抜いたバットは、空を切った

 

パシッ!

 

「ストライーク!バッターアウト!」

 

「よーっし!」

 

「やった...やった!」

 

中田を空振り三振に取ってはしゃぐ詠深や珠姫とは裏腹に、中田は今起こったことが理解できず目を見開いて立ちすくんだ

 

(今のは、いったい...)

 

まだ現実が受け止められなかった中田だったが我に返りベンチへ下がっていった

 

「中田が...」

 

「空振り三振...?」

 

この事実に応援席も唖然としていた。それはベンチでも同様だった

 

「先輩が...」

 

「あんなきれいに三振だなんて...」

 

チームの絶対的4番がきれいに抑えられたことに動揺は大きく、続く5番の笠原も普通なら手を出さないあの球に手を出しあっさりアウトとなって得点は0に終わった

 

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