球詠 「野球って楽しいよね!」   作:てこの原理こそ最強

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これで完結となります。
ありがとうございました。


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「いよいよここまできたよ!」

 

3点追加という最高の形で7回の攻撃を終えた新越メンバーは守備につく前にベンチ前に集まった

 

「リードしているとはいえ最後まで何が起こるかわからない。最後の最後まで足元均して風向きチェックしていつも通りやろう!そしてこの最終回、みんなで守り抜くよ!」

 

『おう!』

 

同じ時間、梁幽館ベンチ前でも全員が集まっていた

 

「まずはここまで不甲斐ない姿を見せてしまって申し訳ない。謝罪は試合に勝ってからいくらでもしよう。点差はあるが私達なら逆転できる!この逆境、全員で乗り越えるぞ!」

 

『おう!』

 

新越ナインが守備につき、梁幽館最後の攻撃が始まる

 

「頼むぞ梁幽館!」

 

「逆転してくれー!」

 

中田の気合が応援席にも伝わったのか声出しのボルテージも上がったように感じられる

 

『代打で出たライトに入り、ライトを守っていた大庭さんはショートに入ります』

 

「詠深ちゃん、大丈夫?」

 

「え、何が?」

 

「なんだか深刻な顔してたから」

 

「あー。この回で終わりなのかなって思っただけ」

 

「まさか気が抜けたとか言わないよね?」

 

「それは大丈夫!気合は入ってるから!」

 

「ならいいんだけど。やめてよね、まだ試合は終わってないんだから」

 

「ごめんごめん」

 

マウンドに上がってじっと電光掲示板を見つめて動かなかった詠深を心配した珠姫が声をかけるが本人は大丈夫そうだった

 

「詠深ちゃん、手貸して」

 

「え?うん」

 

言われた通り詠深が手を前に差し出すと珠姫はその手を握った

 

「私ね、今すごく楽しんだ。ガールズの時では感じられなかった気持ち」

 

「そうなんだ」

 

「多分この気持ちは詠深ちゃんやみんなに出会えて、こうしてみんなで試合ができてるからだと思う」

 

「それは私もそう思うよ!」

 

「だよね。だからね、だからこそ勝ちたいんだ。みんなで」

 

「珠姫ちゃん...うん!勝とう!」

 

「だから、勝つためには一瞬でも腑抜けた顔しないでってこと」

 

「あたっ!」

 

珠姫は心配させた罰として詠深に軽くデコピンをくらわした

 

「さっ!3人で抑えるよ!」

 

「うん!」

 

そうして珠姫が戻り大田がバッターボックスに入り最後の回が始まった

 

「プレイ!」

 

(そもそもがおかしいんだって。こんな実力があって公式戦未勝利だなんてさ)

 

パシッ!

 

「ストライク!」

 

内角高めへ強ストレートが決まる

 

(それに許せないんだよね。これまで全力で投げさせてもらえなかったなんてさ)

 

パシッ

 

「ストライクツー!」

 

1球目の対角線、外角低めへあの球を投げると空振りを取った

 

(1人で黙々と努力してたのに味方に恵まれず苦しい思いをしてたなんて)

 

カンッ

 

パシッ

 

「アウト!」

 

内角低めへのチェンジアップを引っ掛けさせセカンドゴロ。これで早々と1アウトを取った

 

『7番、吉川さんに代わりまして佐藤さん、背番号12』

 

表の回でマウンドを降りた吉川に代わって左打席に立った佐藤。しかしここで打たねばとプレッシャーを感じているのか体が強張っていた

 

「プレイ!」

 

(代打戦法を取ってきた。でもその対策もちゃんとしてある!)

 

パシッ

 

「ストライク!」

 

外角低めに入るあの球に対して佐藤はきれいに空振った

 

(やっぱり。今までの人達みたいに慣れてない人で初見からあの球を打つのは難しい。なら今の落差のある変化球を見てからのストレートには対応できないはず!)

 

パシッ

 

「ストライクツー!」

 

今度は内角高めへ普通のストレート。珠姫の思惑通り手が出なかった

 

(なんだろこの感じ。珠ちゃんの気持ちを聞いたからかな?ここまで投げてるのに全然疲れを感じない。むしろ体が軽いくらいかも)

 

(3球目、あの球で抑えよう!)

 

(うん!)

 

タイミングが合っていない佐藤に対してあの球を選択。詠深は指示通りに投球した

 

パスッ

 

「ッ!?」

 

抑えにいった詠深のあの球。しかしそのキレがさらに増しており、それが珠姫の想像を超えていたのか後方に逸らしてしまった。その上バットを振っていた佐藤は振り逃げ、出塁を許してしまった

 

「「ッ!」」

 

「珠姫ちゃんがパスボール!?」

 

その光景にベンチでは珠姫のパスボールに芳乃が驚き、マウンドでは茄子と葵が目を見開いていた

 

「どうしたのよ芳乃」

 

「確か山崎さんのガールズ時代の成績はパスボール0。そんな彼女が下手なミスで後ろに逸らすわけがありません。ということは...」

 

「それだけ今の詠深ちゃんの球が珠姫ちゃんの想定より上ってことですね...」

 

「え...まだすごくなってるってわけ...?」

 

滅多にあるわけでもないが絶対にないわけでもない暴投やパスボール。しかし珠姫がそれをやったことに驚愕だった

 

(詠深ちゃんが...)

 

(また進化した...)

 

マウンドでは茄子と葵が同じことを考えて自然と口角が上がっていた

 

『代打のお知らせを致します。8番、小林さんに代わりまして鈴木さん、背番号14』

 

(完全に逸らした...この私が...?同世代のピッチャーの球なら誰のでも捕れるぐらい練習したのに...すごい!すごいよ詠深ちゃん!もう1回投げて!)

 

珠姫の頭にはもう次の打者が誰とかはなかった。すぐにでもあの球を受けたい。それしか頭になかった

 

(いくよ!珠ちゃん!)

 

(こい!)

 

先ほどと同じくあの球。落差もキレもやはり増していた

 

(止める!)

 

パスッ

 

「後ろ!」

 

パシッ

 

「アウト!」

 

捕球はできなくとも体で止めようとする珠姫。しかしまたも後ろに逸らしてしまうも体には当て最小限に留めて一塁送球。これで2アウト

 

(やっぱりあの球のキレが増した。試合中でも詠深ちゃんは進化してるんだ)

 

「ツーアウト!」

 

「あと1人よ!」

 

「詠深ちゃん気楽にね〜」

 

「打たせていいけんね!」

 

(ホントにすごいよ詠深ちゃん。それとありがと詠深ちゃん。詠深ちゃんと一緒にいれば私もまだ成長できるんだ!)

 

パシッ

 

「ストライク!」

 

(ストレートも勢いが増してる!?もっと!もっと試したい!)

 

カンッ

 

「ファール!」

 

(クッ!なんとかして次の陽に繋げたいのに!球威増してる!?)

 

(追い込んだ。西浦さんには初回であの球を完璧に当てられてる。でもさっきのキレなら抑えられる!最後はもちろん!)

 

(あの球、だよね!)

 

サインを交わさずとも考えることは同じな珠姫と詠深

 

(いくよ!)

 

(うん!)

 

新設されて初めての大会。2回戦にして最大の山場。そんな試合の最後の1球が、今投げられた

 

パスッ

 

パシッ

 

「アウトー!」

 

初回完璧に打った西浦だったがこの回キレが増したあの球を捉えることができなかった。しかし珠姫もまだ完全に捕球することができずワンバン。懸命に走るも今度は後ろには逸らさず体の前で止めた珠姫が一塁に送球しアウト。ゲームセットとなった

 

『おー!』

 

「やったー!」

 

「勝ったー!」

 

「やったぞみんな!」

 

「私達、勝ったんだ!」

 

詠深を中心にマウンドに集まった新越の面々。その喜びようはまるで決勝で勝ったようなものだった

 

そして梁幽館高校。終わってみれば得点はたった1点。そして失点は6点と近年見ないほどの大敗を喫した彼女達はほとんどの者が地面に伏し涙を流した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「栗田監督」

 

「あら、お久しぶりね」

 

試合終了後記者からのインタビューを終えた栗田監督を待っていたのは蓮だった

 

「噂は本当だったのね。あなたが無名校のコーチを引き受けたという話は」

 

「はい。本日はありがとうございました」

 

蓮は深々と頭を下げた

 

「今日はしてやられたわ。武田さんやあなたの妹さん達の実力もそうだけど、選手全員のメンタル面に技術面。全てがこちらの想定を遥かに超えていたわ」

 

「ありがとうございます」

 

「でも、次はこうはいかないわよ。次当たる時は我々が勝たせてもらいますからね」

 

「そうはいきません。勝たせてやれなければ私がコーチをしている意味がありませんから、次も彼女達新越が勝たせてもらいます」

 

「あらあら、生意気言うようになって」

 

「栗田監督の教えの賜物でしょうかね」

 

「ふふっ。ともかく、会えてよかったわ。次からの試合も頑張って」

 

「はい」

 

時間も限られているため挨拶を済ましその場を去ろうとした栗田監督は今一度足を止めた

 

「そうだ。時間があるならウチにも教えにきてくれてよくってよ?」

 

「そんなそんな。恐れ多いですよ」

 

「それはどういう意味かしら?」

 

「あ、あはは...」

 

「まったく。それでは失礼するわね」

 

失言してしまったかと思い焦った蓮だったがお咎めはなしだった

 

「ふぅ、相変わらず油断できないお方だ」

 

「蓮くん」

 

「莉子か」

 

「うん」

 

蓮は栗田監督が見えなくなるまで頭を下げて見送り頭を上げた瞬間後ろから駆け寄ってきた莉子に抱きつかれた

 

「今日はありがとな」

 

「こちらこそ...」

 

「大丈夫か?」

 

「すっごく悔しい...何もできなかった...」

 

「そうか」

 

「ちゃんと慰めて」

 

「帰ってからならいくらでも」

 

「わかった...」

 

莉子は手を離し蓮から離れた

 

「ごめん、足音がなくなるまで後ろ振り向かないで」

 

「わかった」

 

莉子はおそらく今ぐしゃぐしゃになっている顔を見られたくないと急いでチームの元へ戻り、蓮も莉子の言う通りちゃんと足音が聞こえなくなってから振り向き出口に向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2回戦で優勝候補筆頭の梁幽館高校に勝利した新越谷高校はその後も勝ち続け、新設1年目での史上初の県予選優勝を果たした

 

 

 

 

そしてその後の全国大会。名だたる強豪校に挑み初出場ながらベスト4まで駒を進めたのだった

 

その途中、2回戦では福岡県代表と当たることとなり希の元チームメイトも数多く在籍するチームだった。希は元チームメイトに今の自分を見てもらいたく気合が入り奮闘。茄子を超える4打数3安打という好成績を収め勝利に大きく貢献した

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに翌年、怜と理沙にとって最後の大会となった年は主戦力だったメンバー全員が残っているということに加え即戦力となる新入生の加入もあり春の大会を優勝。そのまま夏の大会も前年度同様県予選を優勝。その後も快進撃は続き新設2年目にして初の全国大会優勝を果たした

 

この快挙は優勝旗、賞状、全員で撮った写真と共に部室に飾られ未来永劫受け継がれることとなった

 

 

 

 

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