蓮がコーチになった次の日。部活の時間になってストレッチを終えた全員は一度芳乃を囲うように集まった
「これが大庭さんと話し合って作った新しい練習だよ〜。意見のある人は遠慮なく言ってね」
「これはこれは...」
「なかなかハードね...」
「おっしゃ!守備練習増えてる!」
「練習内容はともかく食事の献立に自宅でもできる練習、ストレッチ方法まで」
「献立に関してはもし無理なら私が作ってあげるよ〜」
「そういうことじゃなくて」
「大丈夫!週に何度かは甘いもの食べてもいい日作ってあるから〜」
「くっ!見透かされてるわ...」
女子にとってスイーツが食べれないのはなかなかキツいものがある。しかし全国を目指すと決めたのだと特に菫は覚悟を決めた
「みなさーん」
「あ、先生」
「お疲れ様です先生」
「ありがとうございます。引き継ぎも無事に終わりましたので今日から本格的にみなさんのお手伝いをさせていただきます」
「ホントですか!?」
「やったー!」
「先生、その段ボールなんですか?」
「よくぞ聞いてくれました」
藤井先生はなかなかに大きめな段ボールを1箱持ってきていた
「みなさんは全国を目指すと決められました。そんなみなさんに私が1番最初にできること、それがこれです!」
「ユニフォーム!」
『おー!』
藤井先生は持ってきた段段ボールの中からユニフォームを1枚取り出し高々に見せた
「これは練習試合用ですけどベースはそのまま。新生野球部になって気分一新、ユニフォームも新しくなってスタートです!」
『はい!』
「ということで1週間後には練習試合を組みました」
「試合!」
「もう試合できるのか!」
「現状を知るためということもありますが、どこまでやれるか見させてもらいます」
「情けない試合はできないな」
「早速来たね!」
「うん!絶対勝とうね!」
いきなりの練習試合で緊張や不安よりも楽しさが勝る今の新越は伊達ではなさそうだ
「それで相手は?」
「去年秋大会県ベスト8の!」
「柳川台付属高校ですよ」
『えー!!?』
「強豪校じゃん!」
「そうなの?葵知ってる?」
「特出してるのは確かエースの浅倉 智景さん。以前は右投げ右打ち。速いストレートが武器でガンガン三振取ってくスタイルだったと思う。もっとも去年のデータだから今どうなってるのかわからないけどね~」
「ふーん。ストレートだけなら大したことなさそうだね」
「おいおい、浅倉の名前聞いてそんな態度取れてんの茄子と梨子だけだかんな!」
「やる前からびびったってしょうがないでしょ。それにその浅倉って人が当日風邪とかで出てこない可能性もあるし」
「た、確かに...」
「やる前から弱気になっても仕方ない。そう言いたいんだろ?な、茄子」
「まぁそんな感じ」
『おー』
「ナイス通訳だぜキャップ!」
「通訳が必要だってよ〜茄子〜」
「うっさいな。どうせその、や、や?なんたら高校の対策だってお兄ちゃんが考えてくれてるし」
「それじゃ全部の高校があてはまっちゃうわよ...」
「茄子達からしたらどの高校も一緒だから細かいことは気にしないでいいでしょ」
「はぁ...」
「そこ強いっちゃろ!?早くやりたか!」
「そうだった。柳川台の名前を聞いて目をキラキラさせる子がもう1人いたわ」
相手が超強豪校だというのに茄子や葵のみならず希もその名前を気にしてない様子で菫は頭を抱える
「さ、みんな練習だ!」
『はい!』
練習試合が決まったことで怜の号令で全員気合を入れ直し練習に向かった
ー詠深・珠姫 ピッチング練習ー
「詠深ちゃんは今日クイックとバントチャージの練習ね」
「わかった!」
「走者は茄子ちゃんにお願いしてるよ。ぶっちゃけ刺せることはないと思うけど」
「そんなのわからないじゃん!」
「いやいや詠深ちゃん。茄子ちゃんのベーランタイム見たけど高校レベルじゃなかったんだよ」
「えっ!?そうなの!?」
「まぁ足は茄子の自慢だしね」
「そんな〜」
刺す気満々だった詠深は珠姫と芳乃から絶対に無理だと言われ気を落とす
「でも逆を言えば今茄子ちゃんに慣れちゃえばどんな人が来ても慌てることがなくなるんだ〜。これはかなりの収穫だよ!」
「茄子より速い女子なんて日本にいないだろうしね」
「そっか。よろしくね!茄子ちゃん!」
「お、いい顔じゃん。モーションが遅かったら珠姫が捕球するころには二塁についてるからね」
「うっ...頑張る!」
詠深はマウンド、茄子は一塁へと位置についた
「はぁ。お兄ちゃんに会いたい...」
ー怜、息吹、白菊、葵 外野練習ー
「じゃあ今日もフライからやっていこう」
「「はい!」」
最初のころよりは素早く捕球位置につけるようになった息吹と白菊だったが1日でも怠ると感覚が忘れてしまうということで怜が直々に毎日この練習を続けていた
「キャプテン。打つの葵が代わりますよ」
「いいのか?」
「はい。キャプテンは2人の近くからアドバイスしてあげてください。その方が2人にとってもいいと思いますんで」
「なるほど。それは確かに」
「外野疲れるし」
「そっちが本音だろ」
「まぁまぁ。葵ならライナー気味のから特大フライまで打てるんで」
「それはありがたいな。じゃあよろしく頼む」
「了解でーす」
「お願いするわ」
「お願いします!葵さん!」
「葵は普段スタメンで出ることはないから必然的に2人の内どっちかはスタメンで出ることになるし。ちゃんと捕れるようにならないとね」
「プ、プレッシャーかけないでよ...」
「精進します...」
「ほら!怯えてる暇があるならそれだけ練習だ!」
「「はい!」」
怜から喝を浴びた伊吹と白菊は外野へと走っていった
「はぁ。お兄ちゃんに会いたい...」
ー稜、菫、希、理沙 バッティング練習ー
「みなさんは普段のバッティングに加えバントやスクイズのサインが出ることが多くなると思います。茄子さんが三塁にいるならばスクイズの可能性が高いでしょう」
「確かに」
「この前のベーラン見て茄子が1番確定よね」
「でも希ちゃんはヒッティングの方が」
「もちろんそれができるならそれがいいのでしょう。しかし手数は増やしておくべきです。それだけ芳乃さんの采配の幅が広がるというものです」
「芳乃ちゃんの...」
野球で2番を務める人に職人と呼び名が付けられることもあるくらい1番やクリーンナップに引けを取らない重要な打順。ここに入らずとも6番以降の下位打線で上位打線と同じことができるくらい層が厚くなれば負ける確率がぐんっと下がるはずだと藤井先生は思っていた
「そこで重要な場面でのバントを想定し緊張感の持ったバッティング練習を行おうと思います」
「緊張感のもった?」
「バッティング練習」
「何も考えずただバットを振ることもバントすることも意味はありません。今からみなさんには全国出場を決める県大会決勝戦。その9回裏、得点は1−2。ノーアウト1塁の場面を想定してもらいます」
「「「「うっ...!」」」」
「成功すれば1アウト二塁で得点圏にランナーを進めることができます。失敗すれば1アウト1塁。最悪の場合追い込まれてヒッティングに変えた途端ゲッツーなんてこともあり得ます」
想像するだけで吐き気がしそうな状況。そんな想像するだけで4人からは汗が滲み出てきた
「さ、まずは中村さんからやっていきましょうか」
「は、はい...」
藤井先生もただ者ではないとこの時4人は思った
以上の練習を芳乃が回りながらその風景を録画し、それを毎日蓮へ送っていた
藤井先生が加わったことにより広がった練習を今度は深く練習することができるようになった。そんな練習を続けて練習試合前日の土曜日。今日は蓮がコーチとして参加する日だ
「みなさんおはようございます」
『おはようございます!』
「みなさんの練習風景を映像で見させてもらいましたが、藤井先生と芳乃さんがいるおかげで個人練に関しては俺が出る幕はないなって感じです」
「確かに...」
「あれ以上増やされたら壊れちゃうわね...」
「なので俺は主にチーム練の方を見させてもらおうと思います。芳乃さん」
「はい!さぁみんな!ポジションについてー!サインの確認するよー!」
「うわー!きたー!」
「不安です...」
「多分、まだ増えるわよ...」
「ホントですか!?覚えられる自信が...」
「ごちゃごちゃ言ってないで行くぞ!」
「「はい!」」
センターに怜、ライトに白菊、レフトに息吹が入った
「守備練!守備練!」
「ウキウキするのはいいけどサインちゃんと覚えてるんでしょうね?」
「ちゃんと覚えてるよ!多分...」
「はぁ...」
二遊間にはいつも通り菫と稜が入った
「お兄ちゃん。今日もかっこいい...」
「そ、そうね...」
「いくら先輩でもお兄ちゃんはあげませんよ」
「別に取ろうとなんてしてないわよ」
「お兄ちゃんに魅力がないって言うんですか!?」
「この会話何回目!?ていうか茄子ちゃん最初バッターでしょ!」
「あ、そうだった」
三塁には理沙と茄子が入る
「はぁ。お兄ちゃんは今日も素敵...」
「...」
「希?どうかした?」
「な、なんもなかとよ...」
「ふーん」
一塁には希と葵が入った
「しまって行こー!」
『おー!』
詠深の号令に全員が呼応しすぐさま芳乃のサインを確認。外野そのまま、内野一二塁間警戒シフト。内野手はすぐさま位置を移動した
「よろしくね」
「うん」
うっかりしてさっきまで三塁にいた茄子が珠姫に軽く挨拶をしてから左打席に入る。そしてバットを構えた瞬間、雰囲気がガラッと変わった
「「...」」
茄子にやる気スイッチが入ったことは当然バッテリーの2人は察していた。練習中から何度も見せられてればいやでもわかるようになった
(練習だけど簡単に打たせるようじゃ詠深ちゃんの練習にならない。厳しいところついてくよ!)
(うん)
詠深が振りかぶって投げたストレートは外角低めの際どいところ
カーッン!
(うそっ!ボールでもいいと思ったコースなのに...)
(予想とは外れたけどあれくらいならね)
茄子が打った打球はきれいに三遊間を抜けレフト前へ
「ッ!息吹ちゃん!2つ!」
「えっ!?」
自分が打った打球速度と息吹の寄せが若干遅いことを確認した茄子は一塁を回り二塁に達した
「相変わらずの足ね」
「ふふん」
「次!2番菫ちゃん!セカンドには茄子ちゃんが入ってね!」
「「了解」」
「移動はテキパキと。そういうところも審判は見てるからね」
「「はい!」」
いちいち移動が面倒なのはわかる。しかし練習でだらだらと移動している仕草は試合にも出る。野球の審判の多くはキビキビ動く選手を好むため今のような態度は目につきやすいと蓮から注意を受ける
「きなさい!」
菫が打席に入り芳乃からのサインはもちろんバントシフト。内野組もそのサインが来るのがわかっていたのか素早く移動した。菫としてもこの1週間練習してきたバント。その成果を見せるように内角を攻めてきた詠深のストレートを体を上手くのけぞらせ転ばせた
「1つ!」
その球を捕球した詠深はすぐ一塁に投げるのではなく一度三塁を目で牽制してから一塁へ送球した
(((へー)))
その動作に少し関心した蓮、茄子、葵の3人だった
(二塁にいたのは茄子だとちゃんと想定してたんだな。すぐに一塁に目線を向けようもんなら茄子なら絶対ホームを狙ってた)
(練習の成果出てんじゃん詠深ちゃん)
(捕球までの動きもスムーズだった。やるじゃん)
その後も打者1巡するまでノンストップで続いた後、一旦集合した
「大庭さん、どうでした?」
「うん、みんなよく動けてたと思うよ。川崎さんと息吹さん、大村さんが何回か間違えちゃったみたいだけど想定内だよ」
「「「すみません...」」」
「じゃあまず1番。山崎さん、芳乃さんからは内野一二塁間抜け警戒のサインが出されたと思うんだけど、左バッターに対して外角低めを選んだ理由を教えてくれる?」
「はい。バッターにはライト側に打たせたいって気づかれてて内角側に山を張ってると思いました。茄子ちゃんのバットコントロールならライトのフェアゾーンギリギリに落とされて最悪スリーベース打たれるのが1番よくないパターンだと考えたからです」
「なるほど。茄子、どうだ?」
「ほとんどそんな感じ。内8外2ぐらいで張ってたよ」
「わかった。ありがとう山崎さん、それなら大丈夫。素晴らしい回答だと思うよ」
「ありがとうございます!ふぅ」
「さすが珠ちゃん!」
「息吹さんは球への寄りを素早くしようか。いろいろやってる中で難しい注文だけど」
「が、頑張ります!」
「あとは武田さんがシュートかツーシームの変化球を持っていれば打球がもう少し三塁側によってアウトにできたかもしれないね」
「ですよねー」
「ならないし」
「はいはい」
どんな球だろうと自分はアウトにならない自信がある茄子は蓮に言われて拗ねたように頬を膨らませる
「じゃあ次に2番。ここは難しい打球をきちんと落とした藤田さんと、捕球後にちゃんと三塁を牽制した武田さんに賛辞を送るよ。2人とも素晴らしいと思う」
「「ありがとうございます!」」
「練習の成果ね!菫ちゃん!」
「はい!」
「詠深、牽制なんて入れてたのか?」
「あー目線だけね。二塁にいたの茄子ちゃんだし、何もしないでホーム帰られたのなんてどんだけやられたか...」
「へー!やるじゃん詠深!」
「えへへ〜」
その後も1打席ごとの反省やアドバイス、賛辞を蓮から送られた