球詠 「野球って楽しいよね!」   作:てこの原理こそ最強

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試合は続き4回裏。新越が初回に2点取ってからは両チームの投手が好投を続け0点ずつ進んでいた

 

「試合も中盤ですね」

 

「ここまでは上出来。あの柳川大附属を0点に抑えられているだけで素晴らしい成果です」

 

「でももう2巡目。段々とボールに目が慣れてくるころでしょう」

 

カンッ

 

芳乃の懸念通り、2巡目に入った途端先頭バッターにシングルヒットを許してしまった

 

「ごめん珠ちゃん。ランナー出しちゃった...」

 

「点差もあるし気にしない。楽に投げてこう」

 

「う、うん...」

 

絶対に打たれないなんてことは滅多にない。珠姫が優しく声をかけるも詠深の表情は少し曇っていた

 

「プレイ!」

 

2番の初球、何を投げるかと思いきや詠深は一塁へ牽制を行った

 

パシッ

 

「セーフ!」

 

((牽制上手いな〜...))

 

牽制球を受けた希もスライディングで戻り間一髪セーフになったランナーも今の牽制に同じことを思った

 

(大野さんの調子が戻った以上ここから点を取るのは難しいかもしれない...でもこのまま私が抑えれば勝てるんだ!)

 

パシッ

 

(速い!?)

 

「ストライク!」

 

外角高めに投げたストレートは今までのものよりも球威が上がったと珠姫は感じとった

 

(私が招いたピンチ...私が断ち切るんだ!)

 

コンッ

 

「あっ!」

 

2球目もストレート。これをバッターはバットに当てるがピッチャー前のボテボテのゴロ。しかし詠深はこれを捕球し損ねショートの前に転がりオールセーフとなった

 

「ごめん詠深...」

 

「あ...(今のは私が捕らなきゃいけなかったのに...)」

 

「ドンマイ詠深ちゃん。今のは運が悪かっただけだよ。真っ直ぐは走ってるから気にしすぎないようにね」

 

「う、うん...」

 

(とは言ってもクリーンナップを押し切れるほどの球でもない。なら...)

 

「プレイ!」

 

(行くよ!あの球!)

 

珠姫はあの球を要求。詠深はそれを受けいつもより少し間を置いてから投げた

 

(あまい!)

 

カーッン!

 

いつもよりスピードもキレもコースもあまく入った球は右中間へ打たれてしまい、それを見た一、二塁走者は一気に走り出した

 

「あっ!」

 

「大丈夫だよ芳乃ちゃん」

 

「へ...?」

 

「あの高さなら追いつける」

 

パシッ!

 

誰もがフェアだと思い込んだその球を茄子がスライディングキャッチ

 

「はっ!戻って!」

 

「えっ!?」

 

茄子はすぐさまワンバンで菫に中継。そこから走者が大きく飛び出していたセカンドに渡り世にも珍しい9−4−6のゲッツーを取った

 

「ね?大丈夫だったでしょ?」

 

「すごい...すごいよ葵ちゃん!すごいすごいすごい!」

 

「はい!あんな俊敏な動き、初めて見ました!」

 

「まるでプロ選手のような動きでしたね...私も鳥肌が立ってしまいました...」

 

「もう少しライナー性だったらさすがに捕れなかっただろうけど、運がよかったね。それよりも...」

 

「うん。詠深ちゃん大丈夫かな...」

 

「私も心配です。先ほど少しお顔が怖かったような気がしますし...」

 

「まぁそこは山崎さんがフォローしてくれるでしょう」

 

茄子のファインプレーのおかげで窮地を脱した新越。ただ珠姫はさっきの球といい詠深のことが気にかかった

 

「タイムお願いします」

 

「タイム!」

 

珠姫はタイムを取りマウンドで思いつめたような顔をしている詠深の手を握った

 

「ひゃっ!珠ちゃん!?」

 

「よかった。マメが潰れたとか手痛めたとかじゃないんだね。さっきの球いつもと全然違ったから心配してたんだ」

 

「あ、ごめん...」

 

「ねぇ詠深ちゃん。今、楽しくない?」

 

「そういう、わけじゃ...」

 

2打席連続で打たれて得点圏にランナーが進まれて中学のころを思い出し変な重圧がのしかかっていた詠深。今のそんな詠深に珠姫の指摘に完全に否定はできなかった

 

「大丈夫だよ」

 

「え...」

 

「ちゃんと捕ってあげるしバックにはみんながいる。せっかくの練習試合なんだから1人で抱え込まないで楽しもうよ」

 

「珠ちゃん...」

 

「おいおいどうしたよ詠深!さっきからちょっと怖いぞ!」

 

「リラックスしていきましょ」

 

「そうよ。0アウト一、二塁から2アウト一塁。気を楽にね」

 

「点取られても私達が打っちゃるけんね」

 

「みんな...うん!ありがと!」

 

「よし、じゃあここしっかり抑えよう」

 

『おー!』

 

目の前には珠姫がいて後ろにはみんながいる。そう感じられた詠深にはさっきまでとは打って変わりいつもの天真爛漫な笑顔が戻った

 

パシッ

 

「ストライク!」

 

パシッ

 

「ストライクツー!」

 

続く4番に詠深は立て続けにあの球を投げた。球威もキレも戻ったこの球にバッターのバットが空を切る

 

(3球目も変化球でくる!わかってはいるのに...!)

 

パシッ

 

「ストライーク!バッターアウト!」

 

「よっし!」

 

「ナイスボール!」

 

「詠深ナイピッ!」

 

4番を務める浅井に対し最後もあの球を選択。それは浅井もわかっていた。しかし思いきり振ったバットは無情にも球に当たることはなかった

 

「茄子ちゃーん!ありがとー!」

 

「はいはい。どうやらふっ切れたみたいだね」

 

「うん!珠ちゃんとみんなのおかげだよ!」

 

「そらよかった」

 

ライトから戻って来た茄子に詠深が一早く抱き着きさっきのファインプレーの感謝を伝えた

 

「すごいよみんな!ここまで0点で抑えるなんて想像以上だよ!」

 

「後ろから見てたが最後の3球はすごかったな」

 

「あとで私にも投げて!」

 

「さ!この勢いで点取るよー!」

 

『おー!』

 

ここまであの柳川大付属を相手に無失点でいられているのは予想外も予想外。詠深の好投や茄子のファインプレーの勢いそのままに追加点を狙う

 

そして打席には息吹に代わって白菊が入った

 

「よろしくお願い致します!」

 

礼儀正しい挨拶を行ってからバッターボックスに入りバットを構えた。これに対し大野は真ん中より若干低めの内角へストレートを放った

 

カーン!

 

これを叩いた白菊の打球はマウンド前の地面でバンドし高く上がった

 

「セーフ!」

 

「やった!」

 

「白菊ちゃん初打席で初ヒット!」

 

「すごいぞ!白菊!」

 

「やりました!」

 

(初ヒットですって...!?ということはあの子も初心者。この私が2点取られた上に初心者の子に初ヒットを献上することになるなんて...!)

 

初心者の白菊に初ヒットを許したことで大野のプライドはさらに傷ついた

 

(大野。気を引き締めるわよ)

 

(わかってる)

 

続くは1番の茄子。1打席目2打席目と茄子にはことごとくやられてしまっているバッテリーは先程の白菊のヒットのことを忘れるくらい気を入れ直した

 

(悔しいけどこの子を三振に取れるビジョンが湧かない...だからといって負けるつもりはない!)

 

(当然でしょ。三振を取るだけが私の全てじゃない!)

 

(低めに丁寧に集めるわよ)

 

浅井がミットを構えると大野は彼女が何を伝えたいのか理解し頷く。そして1球目に内角低めのギリギリのラインを狙った

 

「ボール」

 

(やっぱり手は出してこないか)

 

これは惜しくもボール。ただ球審によってはストライクと判断されてもおかしくないいコースに決まった

 

(次は...)

 

2球目は外角のボールからストライクに入るスライダー

 

カンッ

 

「ファール!」

 

(空振りは取れないけど制球はまだいいしカウントは稼げる。なら早めに有利に立たせてもらう)

 

今度は内角低めのボールからストライクに入るシュート。これを投げた瞬間、茄子が二ヤリと笑った

 

(ッ!?)

 

コツンッ

 

今までヒッティングの姿勢を取っていた茄子がいきなりバント。バントは警戒していたものの少し下がり気味だったサードの前に落とした

 

「1つ!」

 

「こんのっ!」

 

「ちょっ!」

 

転がされたのがちょうどサードとピッチャーの間ほどだったのと今までの投球で火がついていたのもあってか大野がこれを捕球しようとしてサードの選手とお見合いの形になってしまった

 

「やった!」

 

「ノーアウト一、二塁!」

 

「ナイス茄子!」

 

「大活躍ね!」

 

初回以降抑えられてしまっていたあの大野から追加点の大チャンスを作れたことにベンチは大興奮

 

「さすがですね」

 

「はい!」

 

「あなたもですよ、芳乃さん」

 

「ありがとうございます。でもこんな作戦多分茄子ちゃんじゃないとできないです」

 

「できる子がいる。それだけで作戦が広がりますね」

 

「はい!ワクワクが止まりません!」

 

「打てー!菫ちゃーん!」

 

「ピッチャー動揺してるぞー!」

 

(動揺ですって...!?んなわけないでしょ!)

 

数々の屈辱。さらに稜からの煽りとも取れる言葉に大野はさらにイラついた

 

(あんなの気にするな。バッター集中。二塁にランナーがいる以上盗塁を気にする必要はない)

 

(えぇ...)

 

予想外にもかき乱されてしまい崩れるかと思いきや球威も制球も変わらず。さすがは3年生というべきか場数の違いを見せつけるピッチングを続けた

 

「アウト!」

 

2番菫、そして3番珠姫をそれぞれサードライナーとショートライナーに打ち取り続く4番の怜

 

「キャプテン打ってー!」

 

(キャプテン!お願いします!)

 

(あぁ!)

 

後輩達が作ってくれたチャンスを必ずものにすると気合を入れてバッターボックスに立った怜

 

(絶対打つ!)

 

(真のエースをナメんじゃないわよ!)

 

パシッ

 

「ストライク!」

 

(クッ!)

 

怜に感化されたのか大野の投球もこの試合で一番のものだった。気合の入ったクロスファイアを怜の胸元に投げ込み空振りを取った

 

(力んでる。それなら)

 

気合を入れすぎて逆に力が入りすぎてしまっている怜に気づいた浅井は同じコースへ小さく変化するスライダーを要求

 

(同じコース!もらった!)

 

コンッ

 

1球目と同じコースに来た球に向かってバットを振り抜いた怜。しかしその球は手元で変化しセカンドの正面に転がった

 

(クソッ!)

 

パシッ

 

「アウト!」

 

「ナイピー!」

 

怜は懸命に走ったが間に合わずアウト。チャンスを作ったのだが点に繋げることができなかった

 

「すまないみんな...」

 

「何暗い顔してるんですか部長。まだ負けたわけじゃないですよ」

 

「そうですよ。私だってアウトになっちゃったんですし」

 

落ち込んだようすで戻ってきた怜を詠深と珠姫が声をかけた

 

「さ、しっかり守って次こそ点取りましょ」

 

「理沙...そうだな」

 

同級生の理沙から帽子とグローブを渡された怜は気持ちを切り替えて外野に走った

 

6回表。今まで好投を続けていた詠深だったがストレートを狙われヒットとバントで1アウト一、三塁のピンチを迎える

 

「ごめん珠ちゃん」

 

「大丈夫。今までが上出来すぎたんだよ。低めに集めてゴロを打たせればゲッツーにできる可能性だってある。1点ぐらいはしょうがないって割り切って投げてきて」

 

「わかった!」

 

珠姫の言葉で少し肩が軽くなった詠深は次の大野に対し外角低めに構えた珠姫のミットめがけて渾身のストレートを放った

 

カーッン!

 

「あっ!」

 

しかし大野はこれをジャストミート。茄子が打球を追いかけるもその頭上を越える柵越えの逆転スリーランホームランをくらわした

 

(これで一矢報いたなんて思わない。それはこの後のピッチングで...)

 

「ナイバッチー」

 

「朝倉!あんた今頃のこのこ来て!」

 

ホームランを打ったにもかかわらず嬉しいという感情を持たなかった大野がダイヤモンドを回ってベンチに戻ると目の前には遅れていた朝倉がいた

 

「今ので逆転ですか。それまでは無失点て、あの子すごいピッチャーなんすね」

 

「...」

 

得点板を見ながら笑みを浮かべる朝倉に対して大野は何も言いたくはなかった

 

大野にホームランを打たれてしまったがその後の詠深は動揺することなくランナーを出さないピッチングを続けた

 

「ごめん。逆転されちゃった...」

 

「気にしないで詠深ちゃん!」

 

「芳乃の言う通りよ。あの後は完璧に抑えたじゃない」

 

「そうだよ詠深ちゃん。私ももっと慎重に入るべきだったし。ごめんね」

 

「みんなー!」

 

「みんなに追加点を期待...あっ!」

 

「「「ん?」」」

 

詠深を慰めながらマウンドに目を戻した芳乃の目に投球練習をする朝倉の姿が入った

 

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