「朝倉 智景投手...柳大の真のエースだよ...」
「あれが...」
「球速えー...」
「えぇやん!早く対戦したか!」
「ふーん」
「...」
朝倉の速球と捕手が出す音も相まってみんな委縮してしまう中、希はヘルメットとバットを用意し対戦を今かと待ち望み、茄子と葵は静かにその姿を目に焼き付けていた
「プレイ!」
パシンッ!
「ストライク!」
1球目はなんとど真ん中にストレート。ヒッティングに定評のある希はこんな絶好の球にもかかわらず空振ってしまった
パシンッ!
「ストライクツー!」
次も同じく甘めのコースへストレート。しかしこれも空振りに終わった
「希ちゃんがすぐ追い込まれた...」
「一体何km出てんだよ...」
「...」
カンッ
「ファール!」
パシンッ!
「ボール」
カンッ
「ファール!」
パシンッ
「ボール」
最初の2球で追い込まれた希だったがそこから調整。際どいところはカットしてと次第に合わせていく
(1打席目2打席目はすぐアウトになっちゃってたけど、この子も相当目がいい...なら...)
浅井はストレートとは別のサインを出し朝倉は変わらず笑顔でそれに頷いた
(何かくる...)
ここまで全てストレート。次はおそらく決め球が来ると察した希はどんな球が来てもいいようにリラックスした状態でバットを構えた
そして朝倉が投げたボールはストレートと同じような球威で向かってくる
(ストレート...いや!)
カンッ
「ファール!」
真っ直ぐかと思いきや手元で落ちた。ただ希はなんとかこれに対応。ファールにさせた
「フォーク!?」
「いや、でもそこまで落ちてない気が...」
「ツーシームかも!」
(ツーシーム...なるほどやんね)
その後2、3度ツーシームを放る朝倉。しかしこれを希はことごとくカット。何やら本人は不満げだった
(ん?)
希はふいにバットの先を朝倉に向け何かを投げかけた
(直球勝負!)
(ふふっ)
その気持ちが朝倉に伝わったのか次のボールが投げられた。朝倉が選んだのは、希が待ち望んだ直球勝負
カーン
「打った!」
「大きいぞ!」
打球はライトに打ち上がりその行く末をベンチのみんなは身を乗り出して見届ける
「はぁ。何外野まで飛ばされてんのよ」
パシッ
「アウト!」
もう少しで届くかというところだったが飛距離が足りずライトフライに終わった。そしてその後の理沙、稜は両者共にストレート3球に打ち取られてしまった
「おいおいマジかよ...」
「あれはまさしく全国レベルだろうな...」
ベンチに戻った稜は当然、ベンチから見ていた怜も朝倉の球のすごさを改めて感じていた
チェンジとなりマウンドに上がった詠深。ただ静かにマウンドに立ったため気になった珠姫は声をかけた
「詠深ちゃん大丈夫?」
「高校野球ってあんなすごい選手がいっぱいいるのかな...」
「え?」
「すごかったね!あのストレート!私も早く打席で見てみたい!」
「さすが詠深ちゃん。じゃあここきっちり3人で抑えよう!」
「うん!」
(あんなの見せられて委縮してるかと思ったけど、心配する必要なかったね)
朝倉に全国レベルのピッチングを見せられても詠深は変わらなかった。回を追うごとにキレが増すあの球と伸びのあるストレート、そして珠姫のリードでこの回も三者凡退の好投を見せた
「さぁ最終回!ここまで来たら逆転して絶対勝って終わろうね!」
『おー!』
「よーっし!自分でチャンスメイクしちゃうんだからー!」
そう意気込んだ詠深だったが希と同じように2球で追い込まれた
(打席で見ると全然違うなー...でも、勝ちたい!)
3球目。内角に山を張った詠深の元へ読み通り内角のボールが投げられた
(きたっ!)
パシンッ!
「ストライーク!バッターアウト!」
読みは当たったのに詠深の振ったバットが球に当たることはなかった
(ストレートでも押し切れたのにわざわざツーシーム。見せてくれたんだ...)
直球3本勝負を止めた朝倉。これには詠深のあの球を見せてくれたお礼という気持ちが乗っていた
「さすがにあんな球...」
「途中からだし疲れるなんてことないだろうしね...」
「大丈夫だよみんな」
『え...?』
希でも打てなかった朝倉の球に完全に委縮してしまっているベンチに声をかけたのは、ヘルメットを被りネクストバッターズサークルに向かう茄子だった
「茄子の言う通り。あとは葵達に任せて」
そしてこの後菫の代打で出る予定の葵。そんな2人の顔は自信に満ち溢れていた
「2人の言う通り諦めるのはまだ早いですよ、みなさん」
「先生...」
「試合は最後まで何が起こるかわかりません。諦める前に今打席に立っている大村さんを応援しましょう」
「そうだよみんな!白菊ちゃーん!頑張ってー!」
「そ、そうだ!みんなも応援だ!白菊かっ飛ばせー!」
終始落ち着いている藤井先生から言われ全員で今打席で頑張っている白菊にエールを送った
「ストライク!バッターアウト!」
しかし初心者の白菊に朝倉の相手は厳しかったようで、詠深と同じく3球三振でアウトとなった
(朝倉...ここが本番よ...)
続く1番茄子。本日両チーム合わせて猛打賞の彼女が新越の最大戦力と見做した大野は外野で行方を見守った
(この子には今日だけで苦渋を飲まされた...でも朝倉なら!)
浅井は今までの打席の反省は後だと割り切り、朝倉なら茄子を抑えられると強気のリードを心掛けた。そんな浅井に朝倉は変わらず笑顔で返した
(どうする~?)
(もちろん初球でしょ)
「(だよね~)お願いします」
双子間で意見が決まり茄子はさっきまでとは違い今度は左打席に入りバットを構える
(今度はスイッチヒッター!?ホントに一体なんなのよこの子...!ッ!?)
(ッ!)
茄子がスイッチヒッターなのも驚いたが、茄子の雰囲気が今までよりも格段に変わったことを察した浅井。それはマウンドの朝倉も感じ取ったのか初めて笑顔が消えた
そんな茄子への初球。アウトコース含めへストレートからボールになるツーシームを要求した浅井。ところが...
カーン!
(ッ!?)
(なにっ!?)
ボール球にもかかわらず茄子は振り抜き打球は右中間を割った
「やった!」
「茄子マジすげー!」
「長打コース!」
センターの選手と大野が打球を追ってすぐにでも送球しようと動く。しかし茄子は長打を打ったにもかかわらず一塁で足を止めた
「え、なんで...?」
「茄子!なにやってんのよ!」
「二塁行けたぞ今!」
味方ベンチから非難の嵐。しかし茄子は笑って次のバッターの葵を見つめていた
「またやってる...後でお兄ちゃんに怒られても葵知らないんだからね...」
茄子のそれはこれが初めてではないらしく葵は深くため息をついた
(ここで代打。今の子に似てるわね。双子?)
「お願いします」
((ッ!!?))
葵が今日の試合初じめての打席に立つと浅井と朝倉は茄子よりも強いプレッシャーを感じた
(この感じ...梁幽館の中田さんのような...)
(なんだよ...さっきの子もだけどまったくの無名高じゃなかったのか...)
初めての対戦で様子見なのか、はたまた葵のプレッシャーにやられてか。朝倉は高めに大きく外れたストレートを投げ込む
パシンッ!
「ボール」
(微動だにしない...それに...)
浅井は梨子を一瞥した後一塁から
(どういうつもり...!)
2球目。今度は内角低めへストレート
パシンッ!
「ストライク!」
(これも動かない!?あの子の双子ってことはこの子も相当な実力のはず...もう油断はしない!)
3球目は同じコースへストライクからボールになるツーシームを要求。しかしこれに朝倉は首を振った
(ストレート勝負!私の最大の武器で打ち取ってみせる!)
(わかったわ)
朝倉は渾身のストレートを内角高めに構えた浅井のミットめがけて投げた
カキーッン!
「はっ!」
しかし葵はこれを打ち返し、打球はレフトスタンドのポール際へ
「ファール!」
「ふぅ...」
(朝倉の球をあそこまで...!)
初打席初対戦で朝倉の球をあそこまで持って行った選手に初めて出会った浅井は冷や汗が止まらなかった
(この子もヤバい...送る...?)
先程の打球を見た浅井は敬遠のサインを送るが朝倉はこれにも首を振った
(こんな子滅多にいない!勝負させて!)
(はぁ...)
朝倉のわがままに付き合うことになってしまった浅井はため息をつきつつもやるからには打ち取ると決意し内角低めにミットを構えた
「やばっ!」
(ばか!)
カキーッン!
「ファール!」
気持ちが先行しすぎて構えたところよりも内側に入ってしまった球。しかしさっきと同じような特大ファールで命拾いした
(内角が得意なのか...?怖いけどファールになるってことは朝倉の速球に振り急いでるってこと!)
浅井は今度は外角高めの釣り玉を選択。朝倉もその指示に首を縦に振り投げた
カキーッン!
「うそっ!?」
(ボール球よ!?)
あきらかにボール球にもかかわらず葵の打った球は同じくレフトのポールの外へ
「ファール!」
(わかった。この子は内角に強い。先方を変えて外角に)
浅井は葵が内角に強い選手だと思い次は外角低めに。朝倉はそこへ自慢の剛速球を投げ込む。しかしその瞬間、葵が二ヤリと笑った
カキーッン!
「「ッ!!?」」
葵の打った打球は逆方向のレフト側へ。そして今度は大野の頭上を越えてネットを揺らした
「は、入ったー!」
「うおー!すげー!」
「すごいぞ葵!」
「あの朝倉さんから特大ホームランて...」
「あの双子、やっぱりただ者じゃない...」
ベンチは総立ち。詠深や稜は手を空へ突き上げ喜びを露わにし、理沙や怜は茄子と葵に対して驚きを通り越して恐怖すら感じた
「まぁまぁだったんじゃない?」
「今回は飛距離は考えてなかったからあれでいいの」
「茄子ちゃん!葵ちゃん!」
「2人ともすごいね!ナイバッチ!」
「ありがと」
「仇取ってあげたよ詠深ちゃん」
「へ?」
「大野さんに打たれたホームラン。外角低めをレフトに運ばれたやつ」
「「あっ!」」
葵に言われて気が付いた詠深と珠姫
「まさか、狙って打ったってこと...?」
「そうだよ?何か変?」
「変っていうか、普通はそんなことできないよ...」
「ざーんねん。茄子も葵も元々普通じゃないから~」
「そういうこと。なんたってお兄ちゃんに鍛えられてたんだから」
「えー...」
2人の言葉に珠姫はこれから蓮の見る目まで変わりそうだと感じた
次の打順の珠姫は朝倉の球にくらいついたものの、ツーシームを引っかけショートゴロに終わってしまった
そして7回裏、再度逆転を狙う柳大の攻撃。守りの変更としてはライトを守っていた茄子がセカンドに。葵がライトに入った
ただあの朝倉から2点という大きい援護をもらった詠深は6回を投げて来たと思えない好投を続ける。そんな詠深のあの球を柳大打線は最後まで捕まえきれず、そのまま4-3で新越谷高校新生野球部は強豪校相手に初試合初勝利を勝ち取った
「あ、お兄ちゃん!」
「ホントだ!お兄ちゃーん!」
「2人ともお疲れさん」
試合を終えた茄子と葵はゆっくりとやってくる蓮を見つけすぐさま駆け寄った。すると蓮は近づいてきた茄子の頭を強めに殴った
「痛ったー!」
「このおバカ!」
「なんでー!勝ったじゃん!」
「またお前はあんなナメたプレーして!やめろといっつも言ってんだろ!」
「うぅぅ...」
「だから葵はずっと止めてたのに〜」
蓮は最後の打席で長打を打ったにもかかわらず一塁で止まり、なおかつ葵の打席でリードすらしなかった茄子をひどく怒った
「だって〜、葵が打てないわけないんだし。入る得点一緒じゃん」
「はぁ...。葵が敬遠されたらどうすんだって」
「その時は茄子が三盗してスクイズでもしてもらえれば」
「点を取れるって?」
「う、うん...」
「その時に応じてベストなプレーをしないんだったら!どんだけいいプレーをしても一流にはなれない!何回言ったらわかるんだ茄子!」
「うぅぅ...ご、ごめんなさ〜い...!」
4打席に立ち4打数3安打1四球2盗塁の大活躍を見せた茄子は大好きな蓮から褒めてもらえると期待していただけにこっぴどく怒られ声を上げて泣き出した
「ったく...ほら」
「うぅぅ...」
「おいこら」
蓮は泣き出した茄子の頭を優しく撫でると茄子は蓮に抱き着いた
「お兄ちゃん。葵はどうだった?」
「葵には言うことないよ。球の見極め、ミート、振り全部完璧だった。狙ったんだろ?」
「うん。どうせ打つなら詠深ちゃんが打たれちゃったのそのままやり返そうって思って」
「それができるのは葵だけだろうな。でもその意図を察せられる子は逆にひどく動揺する可能性もある。その辺も含めてさすがだよ」
「やった」
「まぁ俺としては敬遠される危険性が上がるから最初の特大ファールのやつをホームランにしてほしいところなんだが」
「もちろん、公式戦ではそうするよ。でも今日は練習試合だし。朝倉さんの球筋も少し見ておきたかったし」
「そういうことならいいんだ。ともかく、2人とも初勝利おめでと」
「ありがと、お兄ちゃん」
茄子はまだ泣いているが2人に勝利のお祝いの言葉をかける蓮。その後はチームで集まり反省会をしてから解散となった