ちなみに、今回の話から既にご都合主義が入っています。これを不快に思わないのであれば、おそらくこれから出てくるかもしれないご都合主義の部分も大丈夫であると思われます。
それでは、本編をどうぞ。
――――断言しよう。俺、高野(たかの)広嗣(ひろつぐ)は転生してから今日まで、散々な人生だったと。
まず、転生開始して目覚めたのは六歳からだ。気づいたら家のベッドの中。その時には既に両親が死んでおり、家族はいない。自分がこれまで生きてきた軌跡は大まかだが、頭に叩き込まれているので知り合いとのコミュニケーションを取るのに関して不安は無かった……のだが、その後から問題は発生した。
所属学校は『St.ヒルデ魔法学院』だ。それも目覚めたその日が入学式であり、時間は走って間に合うかどうかの、遅刻ギリギリ。広嗣は制服を着た後、すぐに家を飛び出して学校へと向かった。その時、どうやって学校まで行くのだったか……思い出そうとした瞬間に、デバイスが念話で喋りかけてきて、ナビゲートをしてくれたのは今でも鮮明に覚えている。
そしていよいよ学校、やっと到着するかと思ったら……頭の中でけたたましいアラームの音。何かと思って周りを確認してみれば、突然道を大きく外れた大型トラックが広嗣に突っ込んできていた。その時点でトラックは既にかなり近づいており、魔法もろくに使えない彼に避けることなど出来ず、また別の世界に転移できる能力など咄嗟に発動出来るだけの反射神経もなかったので……思いっきり轢(ひ)かれた。それも、片方の手足がちぎれていたらしい。らしい、というのもその時には激痛のせいで意識を失っていたのと、彼が目覚めた時には既に身体的な欠損は完治していたからだ。つまり、現在も五体満足ということである。
これが全ての始まりだった、といっても過言ではない。たった一週間にも満たない間に退院した広嗣は、まさに化け物。彼が大型トラックに轢かれたのは周知の事実であり、そんな短い間に戻ってきた彼は異常でしかない。それも、数日経っていた為にクラスの中の友達関係などのグループが既に固定化されつつあり、そんな2つの要因が重なりクラスでは天涯孤独。いじめなどはなかったが、独りというのもまた辛いものなのだ。
人の噂も七十五日。そんなことわざもあるくらいだし大丈夫か、と思っていた自分は甘かった。異常な回復能力の噂は既に学院中に広まっており、広嗣はあまり良い印象では見られない。どっちかと言えば、何故か恐怖の対象になりつつある。ホラーゲームでもあるまいし、化けて出たりしないっての、というのは彼の心の中の弁である。
身体機能が欠損しても完全回復できる能力には感謝してもしきれないが、その事故のせいで友達を作れないのはやるせない。結果、同年代と遊ぶことはなかったので、放課後は極端に暇になる。何をしようかと考えて、鬱憤を晴らすために体を動かすのが一番というのが最終的な結論。かっこよく、倉庫(王の財宝)の中にある乖離剣エアを振り回せるくらいにはなりたいな、というちょっとした欲望から、わずか六歳にして広嗣の修練が始まる。
――――同時に、ここからが彼の人生の転機であった。
修練まではよかった。ただし、最初のアクションがいけなかった。さすがに往来でエアを振るうわけにはいかないので、『観測不可能な世界』に移動して、試しに全力で魔力を込めて振るってみたのだが……。
まず、そのひと振りのせいで『観測不可能な世界』そのものが崩壊していき、脱出しようとした瞬間に虚数空間に落とされる。一体なんの冗談だ、とは思ったが、魔法も使えないことから間違いなかった。
――――そして、現在に至る、というわけだ。
どうしてこの時だけ危険察知の能力が発動しなかった、と広嗣は恨めしく思いながら思考の海に。無駄だと分かりながらも、試しに特典のステータス画面のようなものを開いてみたいとき……。
『名称:高野広嗣
現保有魔力:SS+
レアスキル:
・ステータス(自身の能力をRPGのステータス画面の如くみる能力)
・危険察知(身に危険が及ぶ場合、あるいは原作介入フラグ時に警戒音が鳴る)
・以心伝心(どのような生物ともコミュニケーションを取ることができる)
・完全読解(あらゆる言語を瞬時に母国語に変換し読解する能力)
・擬似・王の財宝(空。もはやただの四次元ポケット)
・劣化型・騎士は徒手にて死せず《ナイト・オブ・オーナー》
(武器を手に取ると最低限の使い方がわかる程度の能力。宝具ランクE)
・万能転移(どのような場所からも指定位置へと転移する力。発動は位置指定から10秒後)
・完全回復(どんな欠損も一日のうちに回復する能力)
・不幸体質(強制的に幸運E未満になる呪い)
・気配遮断(能力ランクA+。気配と共に魔力をほぼ完全に隠蔽できる能力。これほどのラン クであれば、どれだけ注意しても気づくことは不可能。ただし、攻撃時にはラン クが大幅に下がる)
・魔法完全解析(どのような魔法でもその特性、使用条件、理論などを理解できる能力)
・失敗は成功の母(失敗するたびにそのことへの成功率が100に近づく) 』
広嗣はそれを見た瞬間、チート過ぎる! と、心の中で叫んでいた。同時に、何で不幸体質なんていう呪いがついた、と嘆いた。これでは赤い弓兵さんも真っ青な幸運値のまま生活しなければならない、ということになる。
十二のレアスキル。不幸体質を除けばほとんど全てが半分チート、しかし使いづらい。ただ、ひとつだけ確実なチート認定が出来るとすれば、失敗は成功の母、とやらだ。これにはもはや開いた口がふさがらない。
そしてレアスキルを見てようやく気がついた。万能転移さえあれば、今落ち続けている虚数空間如き、簡単に脱出することが可能なのだと。だからこそ、危険察知は発動しなかったのだと。
「…………あれ? なんで都市?」
歪んだ空間に落ち続ける中、真下にSF映画に出てくるような未来都市をみた。ほとんどの色彩が黒で統一されているそこは、しかし人の気配がまるでしない。
再び考える。確か、この世界にも何か、隠された古代人の都市……前の世界でいうところのアトランティスらしきものがあった筈だ。名前は確か……何といったか。アル……何とかだった気がする。
「よっ、と」
緩やかに着地。どうやら、ここでは重力がかなり弱いらしい。
もしかすれば、これは歴史的大発見かもしれない。今後のためにも、この都市は調べる必要があるだろう。いざとなれば、万能転移で逃げることも可能だ。
そんなことを考えながら、広嗣の探索は開始された。それがとんだ、トラブルに巻き込まれる予兆とも知らずに。
◆
「……アリシア……」
ここに来て、一体どれだけの時間が経ったのだろうか。
既にこの体は病と老いから限界に近づいていた。今まで生きながらえていたことも奇跡に近い。いや、そもそもの話、このアルハザードに到着できたこと自体が奇跡だ。
アルハザードに到着してすぐに、私はアリシアの入った生体ポットを建物内に移動させ、ここにあるとされる、『時を操る魔法』と『復活の魔法』の手がかりを探した。幸い、万が一にもこの場所にたどり着けた時の為に覚えていた文字は役に立った。どこの建物が何なのか、またその中の書物には何が記述されているのか、少々時間は掛かるが理解することができた。
そしてとうとう、目的の二つの魔法のことが書かれている書物を見つけた私は、すぐにそれをもってアリシアの元へと戻り、読解を開始した。
魔導師ランク条件付きSSの称号は伊達ではない。魔法知識への理解は十分すぎるほどあり、その魔法に関しての書物も読解には苦労したものの、何とか魔法の理論を理解することはできた。
――――ただし、やはり不可能を可能にするような大魔法故に、魔力消費量は半端なものではない。私ですら、立て続けにはその魔法をそれぞれ一回ずつしか発動することはかなわない。
使用すれば、間違いなく私は死ぬだろう。今まで有り余る魔力と魔法によって病気に何とか耐えてきたが、その防波堤が一気に崩壊したとなると……いや、その半壊ですら命の危険は計り知れない。
先に自分に『時を操る魔法』を掛ける手もあるのだが、若返ると同時に全盛期に戻っていく魔力を制御しきれるかはわからない。
不安は募る。リスクは嵩(かさ)む。しかし、やらなければ可能性はゼロのまま。
危険を冒してでも、やるしかない。
意識を集中させる。デバイスを握って、魔力を高める。自分なりに理解した『時を操る魔法』の術式を構成していき、完成と同時に多大な魔力を放出して起動。対象は自分。時間は26年前。
……しかし、魔法は発動しなかった。
どうして、と私はすぐに原因解明に頭を働かせる。同時に、口から大量に吐血。
「ごほっ、ごほっ……」
時間が、残っていない。せっかく、これだけの手がかりを見つけたというのに、アリシアを生き返らせるチャンスを見つけたというのに、その機会を手放すわけにはいかない。
術式に問題はなかった。魔力の暴走も起きていない。ならば、何故……と、考えている時にふと、窓から外の光景を見た。空のない、月のない、太陽のない、しかし明かりのある世界。
私は理解した。ここは、虚数空間の中にあるのだと。
虚数空間では、あらゆる魔法の行使が出来ない。だからこそ、魔法に不備が無かったのにも関わらず、魔法は発動しなかった。
――――不味い。これでは、タイムリミットの方が先に来てしまう。
「何とか、しなきゃ……」
よろよろと、力の入らないからだでアルハザードの中を歩き回る。まずは、今の魔法を使えない現状を打開、もしくは私自身の延命治療だ。二つの魔法を理解した私以外に、アリシアの復活は成し得ない。アリシアの命は、私の命とリンクしていると言っても語弊はあるが、過言ではない。
延命方法のほうは、比較的簡単に見つかった。マニュアルを読み、装置を取り付けて治療する。ついでに、大量の食料が保管された倉庫も発見。量はざっと見て……わからない。ただ、当分の間は食事に困らないことだけは確かだ。
延命治療方法と食料は確保した。あとは、ここからアリシアと共に脱出する術を探すだけ。
来る日も来る日も、私はその術を探し回り続けた。アルハザードの地は広大だ。とても一日や二日で回ることは出来ない。きっと、その中にも何か魔法を使っていない転移技術もあるはずだ。
そんな一縷の望みにかけて、私は気力だけでアルハザードを調べ尽くしたといってもいい。
今ならばきっと、ここの正確な地図だって描ける。どこに何が、どのようなものが置かれているかも記憶している。
しかし、それでも結局、虚数空間から脱出出来るようなものは見つからなかった。あるとすれば、医療機器や食料、発電装置、未知の魔法、科学技術の情報くらいだ。
それを以てしても、今までの知識を応用したとしても、この虚数空間……アルハザードから脱出することは出来ない。
――――万策、ここに尽きた。
それでも、私は諦めることはしなかった。この命続く限り、アリシアを復活させるためにも、せめてアリシアだけでも、形を残しておかなければならない。可能性を、残しておかなければならない。
アリシアの生体ポットの機能を維持できるのは、どれだけ見積もっても残り十年ほど。
私にできることは、私の知りうる限りの言語で、二つの魔法の術式をミッドの方式で紙に残し、万が一にも有り得ない来訪者に、アリシアの蘇生を託すこと。そのために、手紙も書こう。ありったけの思いを込めた、私の願いを書いた遺言を。あとは、看板や案内板の全てに、私とアリシアの居場所を書こう。
それすらやり終えた時、私はアルハザードの中にあるどうしようもないタイトルの本の中身の読解に取り掛かり始める。『異常能力の秘密』、『転生とは何か』、『呪術の極意』、などといった胡散臭いタイトルばかりでも、もしかすれば何かヒントがあるかもしれない。
延命治療、栄養補給、アリシアの隣でどうしようもない書物の読解、またその書物の入手、そして睡眠。いつからか、私は機械的にそのルーチンをこなしていくようになり、もはや死人とあまり変わりはなかった。
希望のあるかないか分からない、光の無い、普遍の生活。
――――その日常が今日、有り得ないことに、打ち破られた。
「あれは……」
目を休めるために窓の外を見たとき、空中に何かが居た。それはゆっくり地面に降りていき、最後は建物の影に隠れてしまった。
この距離から、あの大きさ。あの形。
――――間違いない。あれは自分と同じ、人間だ。
「ふ、ふふ……ふふふ」
自然と笑いがこみ上げる。それは気が狂いそうなほど待ち続けた、人間の来訪。私なんかよりも、未知の可能性に包まれた、人間が……来たのだ。
「はやく、迎えに行きましょう」
私は立ち上がり、そして向かう。忘却の都アルハザード、その来訪者のところに。
◆
今、広嗣の頭の中ではけたたましい警戒音が鳴っていた。それは紛れもなく、レアスキル『危険察知』が発しているものだ。やはり、こんな古代都市か未来都市か分からないようなところに留まるべきじゃないか、と考えながらも、慎重に進んでいく。
「都市まるごと、虚数空間にでも飲み込まれたのか……?」
観察して出た感想はそれだった。同時に、納得する。魔法文明が発達していた場所が、いきなり魔法を使えない状況に陥れば、滅びるのは時間の問題だ。何せ、ここ以外に移動できる場所がなく、他の場所に移住することはおろか、食料の採取さえ出来やしない。
――――いや、死体や墓が無いところをみると、ここに吸い込まれる前に先住民たちが逃げたとも考えられる。
「ここは……図書館、か」
知らない文字だったが、どうやらレアスキルの『完全読解』は正常に作動しているようだ。古代文字だって、母国語のように読めてしまう。
建物前の看板のようなものを見て、ここなら何かあるか、と期待を込めて図書館を見る。しかし、何故か目の端に残るものがあった。そちら……つまり看板を、広嗣はもう一度、よく見てみることにする。
「……別の文字? ミッド語か。こっちは……『蘇生技術』? 『ひとりの少女の蘇生を任せる。場所は研究ラボB地区2-3』……?」
看板には、後から刻み込まれたような傷が入っていた。その傷は文字の形態を成しており、どうやら何か刃物で看板を傷つけて誰かが書いたものだと判明。筆跡はとても綺麗で深く、誰かに必死で伝えようとしている想いが伝わるようだった。
「あ、さすがにエアを持ちっぱなしは危ないか」
読み終えて看板から目を離したとき、自分の右手が未だに乖離剣エアを握り締めていることに気づく。ここまで崩壊してはかなわない、と思った広嗣はすぐに『擬似・王の財宝』によってエアを保管する。
とりあえず、先ほど書いてあった場所に行ってみる価値はあるだろう。警戒音は鳴りっぱなしでうるさいが、まさか魔法を行使出来ない場所にて一撃で殺されることもないだろう。浅はかな考えではあるが、今は知的好奇心を優先したい。それが広嗣の本心だ。
ため息を吐き、書かれた場所に行くために前を見る。
「ッ!?」
そしてその瞬間、視界に目の前の光景が映ったと同時に、広嗣は後退する。更に、先ほど起動した『擬似・王の財宝』を再び発動して、その中からエアを掴み、外に出しはしないものの、臨戦態勢に入る。
――――有り得ないッ!
「有り得ない、そう思っているのでしょう?」
「……!」
年季の入った声。女性のものだ。それも、かなり高齢の人。一体どうやって、こんな場所で生活していたのか、広嗣は理解に苦しみながら目の前の存在を凝視する。
風貌は、如何にも悪役のそれだった。黒を基調とした、服とマント。少しだけシワの入ったその顔。紫と灰色の中間色の、手入れのされていない長い髪。そして、手に持った杖型のデバイス。
風貌が少し変わっているものの、それは転生した広嗣が、間違いなく知っている人物のものだった。
「大丈夫。私も同じ気持ちよ。小さな魔道師さん」
「プレシア……テスタロッサ」
そう。広嗣の目の前にいたのは、死んでいるはずの……いや、正確には虚数空間に落ち生存が絶望的とされていた、プレシア・テスタロッサその人だった。アニメで見たときより老化はしているが、間違いない。
しかし時系列として、これは本来有り得ていいはずのない出来事だ。プレシアは無印編……つまり新暦65年には、虚数空間に落ちている。
そこから奇跡的に、アルハザードにたどり着いた。ここまでは、まだいい。自分だってほとんど同じ方法で、ここにやって来た。だからこそ、それは理解できる。
しかし、問題なのは今の時間だ。今は新暦76年。つまり、プレシアがここに到着してから、少なくとも11年は経過していることになる。
プレシアは本来、重病を患っており、残された時間も短かった。そのため、そのような長い時間……11年などという時を、生きながらえることは、絶対に出来ないはずだ。
それなのに、本人は今、目の前にいる。クローン、ロストロギア、闇の欠片などの単語が可能性として浮かんできたが、それはそれで有り得ないだろうと広嗣は自分から否定する。
「あら、どうして私を知っているのかしら? ……いえ、そんなことはいいわ。ついてきて」
「っ……」
「大丈夫よ。少なくとも、私はその歪な武器よりは物騒じゃないわ」
比較対象がおかしい。それでは全然安心出来ない。しかし、ここで逃げてしまっては、一生後悔する気がする。
……頭の中の警戒音は、まだ鳴り響いている。
数秒の沈黙。様々な葛藤が広嗣を襲う。後悔はしたくないが、リスクが重すぎる。今のプレシアは、パっと見では幽鬼に見えてもおかしくない。正気を失っている、と言い換えても過言ではない。いや、そもそもこの滅びた都市の中で11年も過ごして、正気でいろ、という方に無理があるのか。
自分にとってのメリットは、後悔をしないこと。デメリットは、少なくともあの狂人の目的を達成するまでは、解放されないこと。
「…………」
広嗣は、無言で頷いた。ただし、『擬似・王の財宝』を展開して、そこに手を入れてエアを握ったまま、だ。
「……こっちよ」
しかし、そんな広嗣を意に介することもなく、プレシアは先頭を歩き始める。了承した広嗣に、拒否権は無い。いや、もしかすればこの狂人に会ったその瞬間から、拒否権はなかったのか……。
広嗣の頭の中では、腑に落ちない点が一つだけ存在した。
仮にも、ここはアルハザード。あの看板の蘇生技術、などという言葉から、既に蘇生技術については解明されている筈だ。他でもない、プレシア・テスタロッサによって。
だからこそ、おかしいのだ。蘇生方法が見つかったにも関わらず、今、プレシアはきっと自分にアリシアの蘇生を行わせようとしている。プレシアは大魔導師と呼ばれるほどの実力ある人物だ。そんな方法が見つかれば、すぐにでも試しているはずなのに……どうして、プレシアはアリシアを蘇生していない?
「一つ、聞いてもいいかしら?」
「……なに?」
疑問を考えている最中、プレシアから声をかけられる。うじうじ考えても進展はしない。そう考えた広嗣は、プレシアの言葉に返事をした。
「この場所から……虚数空間から、せめて二人、抜け出す術はあるかしら?」
――――そういうことかッ!
広嗣は瞬時に理解した。思い返してみれば、このアルハザードは虚数空間の中にある。いくら死者蘇生の魔法を使えたところで、この魔法の使えない空間の中では、全てが意味を成さない。使えるとすれば、魔法とは全く関係のない、レアスキルや科学技術だけだ。
「……ある。三人全員、抜け出せる術が」
「レアスキルね?」
「うん」
「今初めて、神様がいるかもしれない、って思ったわ」
質問に答えると、プレシアがしみじみとそんなことを呟いた。広嗣は、そんな呟きに「ははは……」と乾いた愛想笑いをすることしかできない。何故なら、他でもない彼こそが、神に会ってあまつさえ強制的に転生させられた張本人なのだから。それ以上、どうやって反応しろというのか。
「到着よ」
建物に入ったところで、プレシアがそう告げた。同時に見たものは、あまりにありきたり……しかし、非日常な一面だった。
まず、目に入るのは生体ポットだ。薄い緑色の液体の中に浮かぶ金髪の美少女。おそらく、この少女がアリシア・テスタロッサなのだろう。歳の頃はきっと5、6歳だろう。もちろん、死ぬ直前の年齢だ。
続いて目に映るのが、大量の本の山。どれも貴重そうな豪華な表紙のものばかりで、それが無造作に床に散らばっている光景は、研究者の部屋にでもいかない限り滅多にお目にかかれないだろう。現に、プレシアは元科学者なので、ある意味ではお決まりの光景だったとはいえる。
そして最後に目に映るのは……机の上に、そこだけ綺麗に整頓された二冊の本と、数枚の紙だ。近づいて、広嗣はそれを手に取って見てみると……驚くべきことに、『蘇生魔法』と『時間操作』の2つの魔法理論と、術式の構造式だった。何故そんなことがわかるかといえば、レアスキル『魔法完全解析』のおかげだ。自分の頭だけでは、ここまで高度な理論は理解出来なかった、と断言していい。
それを理解し、図説をするプレシアは……さすが、としか言い様がない。娘のためとは言え、これだけの能力を発揮できるプレシアには脱帽するしかない。
「理解……は、さすがに無理かしら?」
「いや、多分、使えると思う」
この二つの魔法ならば、デバイスさえあれば使うことは可能だ。神様特注デバイスの性能は伊達ではない。管理局本局のサーバーとタメを張れるくらいの電算処理能力を甘く見てはいけない。
「そう……これでやっと、やっと……私の、悲願が……っ、ごほっ、ごほっ!」
びちゃっ、と床に水分が飛び散る音。振り返ってみてみると、プレシアが大量の血を吐いていた。それも、量がおかしい。まるで500ミリペットボトル一本の血をそこらにまいたかのようだった。
「時間、が、ないわ……! 早く転移、して……デバイスを、用意してッ! 術式は、私が直接、書き……ごほっ、ゴホッ!?」
再び、吐血。室内に濃い鉄の匂いが充満する。床が赤色に染め上げられる。
「ッ! 転移、対象三人! 場所は……俺の家!」
タイムラグ、十秒。その間にプレシアを担いで、アリシアの入ったポットを抱きしめる。耳元から、プレシアの荒い息が聞こえる。プレシアの命は、おそらく風前の灯。早くしなければ、不味い。
早く、早く……焦る気持ちばかりが前に出る。
――――刹那、目の前の景色が一辺したかと思うと、激しい重圧が体を襲う。
「んぐっ、ごほっ、かはっ!?」
プレシアがまたも吐血した。出血量から見て、あと二回も吐血すれば命が危ない。
周りを見てみると、見慣れた部屋。どうやら、自分の家のリビングに転移したようだ。プレシアを優しく床に横たわらせ、急いで自分の部屋に向かう。
ドタドタ、と階段を踏み鳴らしながら、上りきる。そこからすぐに右にカーブして、ドアノブに手をかけたかと思うと転がるようにして部屋に入る。
『うわっ!? マスター、何をそんなに急いで――――』
「緊急だ! 俺の思考とリンクして今から術式2つを組み上げろ!!」
『これって……もしかして、あそこに行ったのですか!?』
「いいから早く! 時間が惜しいんだよ!!」
『ッ! 分かりました。三十秒以内に組み立てます!』
部屋の一番奥にある机の上に置かれたペンダントを急いで手に取り、部屋から出ると同時に転がるようにして階段を駆け下りる。
そしてリビングに戻ると、血の量が増えていた。あと一回……時間が、無い!
「ヴォータン!!」
『完了! 早く展開を!!』
広嗣が自身のデバイスの名を呼ぶと、それに反応するようにヴォータンが機械音声を発する。
「セットアップ、並びに隠蔽! そしてすぐに、プレシアを37年前の姿に戻すんだ!」
『セットアップ、完了。隠蔽、完了。時の逆転、タイムリバース、起動!!』
プレシアを包み込むほど大きな魔法陣が展開される。魔法はミッド式の丸い魔法陣だ。展開されると同時に、光が溢れ出る。広嗣は自分の体から何かが抜けていくのを感じていた。
十数秒。ようやく光が収まったかと思うと、そこには先ほどとは違う……プレシアの姿があった。顔にはシワ1つなく、艶のある綺麗な髪。若返っている。つまり、大成功だ。
『……紙一重、でした。あと数瞬でも遅ければ、彼女は死んでいたでしょう』
「私よりも……早く、アリシアを……」
ヴォータンの言葉のすぐ後に、プレシアが掠れたような声が聞こえてきた。どうやら、あの状況ですら意識を固く保ち続けていたらしい。なんという精神力、と驚嘆の念を抱いていると、プレシアは這いずるように生体ポットの方に移動して、何かを操作したかと思うと、そのポットから液体が溢れ出て、そしてすぐにその蓋が開いた。
「ヴォータン、早くやるぞ」
『了解しました。蘇生術式、起動します』
今度はアリシアが魔法陣に包まれる番だった。またしても、プレシアのときのように光り輝いたかと思うと、それは数秒で収まった。
『――――ッ!? どんだけ処理能力持って行く気ですか、この魔法は……!』
「……ッ!」
儀式が終わると同時に、広嗣は倒れそうになるのを必死に堪えた。どうやら、この神様特注デバイスのヴォータンですら、死者蘇生の処理を単騎で行うことができなかったらしい。広嗣が倒れそうになったのは、急激に頭の処理能力を莫大に使ったせいだ。
――――割れそうなほど、頭が痛い。
「アリシア……!」
プレシアの声だ。しかし、その声は先ほどまでのように何かに囚われた、亡者のそれではない。優しいひとりの母親が、愛娘に話しかける声だ。
下がった頭を何とか上げて、そちらを見てみると……プレシアが、アリシアを抱きしめていた。それも、アリシアは目を開けている。しっかりと、生気のこもった目だ。
「…………」
彼女は必死に口を動かしているが、長年眠っていたせいか、筋肉が衰えて声を出すことが出来ないようだった。それでもプレシアは、「もう大丈夫、大丈夫よ……」と涙を流しながら、その頭を優しく撫でている。
『マスターのレアスキル、完全回復が発動しました。対象は、ご自身の脳です』
それほどまで、あの時処理能力を要求されたのか、と広嗣は驚くことしかできない。それは疲労した為に起きた判断能力の低下が原因か、それとも脳みそに多大なダメージを負った障害か……少なくとも彼には分からない。
「部屋の、掃除……まか、せた。おれ、一度……部屋、寝る」
呂律すら回らなくなってきた。これ以上は限界だというように、ヴォータンを床において、自身は階段を這うようにして上がる。そして自室にようやく着いたかと思うと、そこで緊張の糸が途切れたのか、彼は意識を失った。
――――これはまだ、彼の波瀾万丈な第二の人生の始まりを告げたに過ぎなかったことを、彼はまだ知らないのであった。
と、このような感じとなっております。はい、ご都合主義満載過ぎるのはわかっていますが、そこはもうスルーでお願いします!
あ、それとまた一話、この次にありますので、これを見ても大丈夫! というお方は続きを読んで頂ければと思います。
並びに、感想、コメント、ご指摘、評価、お気に入り登録なども随時募集中です!
それと、原作名が「魔法少女リリカルなのは」となっているのは、それなりに時系列を弄ることが多いかな、と思いそうしています。つまるところ、全シリーズ、話が出てくるかもしれませんよ、ということです。
さてさて、そんな少し宙に浮かんでいる二次創作ですが、次話もよろしければ、御目を通していただければと思います。