それでは、本編をどうぞ。
プレシアを若返らせ、アリシアを蘇生させてから、早くも三ヶ月が経とうとしている。
あのような大事件があったにも関わらず、時間は無情にも待ってはくれない。日常は何事もなく過ぎていく。季節の移り変わりとは早いもので、もう既に梅雨は終わり、外は日差しが照りつけ蒸し暑くなっている。
家を出る前に天気予報などを見たのだが、これから一週間は晴ればかり。気温はどれも35℃を越えている。長期休暇に入った矢先にこれだ。誰しもため息の一つも吐きたくなるだろう。
そんな炎天下の中、幼い兄妹(姉弟)は街にいた。妹(姉)を車椅子に乗せて、兄(弟)がその車椅子を押している光景はなんとも微笑ましい。
妹(姉)は金髪、兄(弟)は黒髪で、共通点の無いように見える二人だが、傍から見ればその空気だけは楽しそうに見えて、兄妹(姉弟)と言われれば納得するところがある。
「あ、ヒロツグ! あれ、アイスクリーム食べたいな!」
「ダメだよ。虫歯になったら大変だからね」
「ぶぅ~、ヒロツグのケチ」
そしてその妹(姉)こそが、アリシア・テスタロッサであり、その兄(弟)は他でもない、広嗣・T・テスタロッサだった。
ここで何故、広嗣の苗字が変わっているかと言えば、それはプレシアが半強制的に広嗣の身元引受人になってしまったからだ。広嗣は現在六歳。しかし、その歳で家族はおろか親族すら失っているのは、もとから問題となっていた。一時期は何人かの管理局員が身元引受人をかってでたのだが、広嗣自身がそれを突っぱねてきた。理由は単純で、面倒事に巻き込まれるのはゴメンだからだ。
本当ならば今回プレシアが身元引受人になるのも断りたかったのだが、そこにアリシアが念話で乱入。何を血迷ったのか「弟も欲しい」と言い出したのだ。そのせいで、元来親バカであるプレシアは暴走。更にはそれに切り札であるヴォータンすらも加担した為に、広嗣の逃げ場はなくなった。結果、広嗣はプレシアやアリシアと家族になってしまった、というわけだ。
あれからのことを詳しく話すのならば……広嗣が目覚めたのは、アリシアを蘇生させてから実に一週間後だった。どうやら、脳に多大な負荷が掛かり、一時期は脳死状態にまで至ったというらしい。
そのことから分かったことなのだが、どうやら『時間操作』と『蘇生魔法』は両方、単体でも半端ではない処理能力を求められるらしい。具体的に言えば、管理局にあるコンピューターの処理機能を集約しても、それを一瞬でダウンさせるほどだ。
神様特注デバイスといえども、やはりその負荷を全て担うことは出来ず、使用者である広嗣は一端ではあるが魔法を頭で処理せざる負えなくなる。それだけの処理能力を求められる魔法の負担は例え一端であっても、人間の脳をショートさせるには十分すぎた。
結果、広嗣は脳死。今を健康体として生きていられるのは、彼のレアスキル『完全回復』のおかげである。これがなければ、広嗣は確実に死んでいた。
事実を知らされた日、広嗣がしみじみと自分の選択は間違っていなかった、と確信したのは余談である。
こうしたことがあった後、三人の目の前に浮上した問題は複数ある。
まず1つ、長年眠っていたアリシアの筋肉がこれ以上にないほど衰えており、最初は喋ることすら出来なかったことだ。これは日々、筋肉をしっかりと動かすことと、ちょっと強引ではあるが強化魔法による荒治療によって回復の傾向にある。
ただし、プレシアも四六時中アリシアに構っているわけにはいかないため、プレシアが居ない時間は常に広嗣が付きっきりとなっている。どうやら、過去が過去なだけにアリシアから目を離すことにはどうしても不安を覚えるらしい。若干トラウマ気味でもあるので、これには渋々、広嗣も了承するしかなかった。過去の傷は、やはり癒えるまでに時間が掛かるらしい。
――――話を戻そう。
続いて2つ目の問題だ。当然といえば当然なのだが、プレシアたちは一文無しだ。それも立派な犯罪者であり、その遺産は全て唯一の親族ともいえるフェイトに相続されたか、凍結されていることだろう。故に、二人には今、お金がない。
ちなみにだが、広嗣も有り余るほどお金を持っている、とはいえない状況にある。両親から相続した遺産は確かに大量にはあるのだが、それは広嗣が問題なく学校を卒業できる程度、という額しかない。
何が言いたいかといえば、つまり三人同時に養えるほどの貯蓄はどこにもないということだ。アリシアを学校に行かせようと思えば尚の事、お金が足りない。だからこそ、唯一働くことのできるプレシアは泣く泣く、アリシアのために、アリシアから離れて働くしか選択肢は残されていなかった。
これが二つ目の問題、金銭的なものだ。
続いて3つ目なのだが……これははっきり言って、広嗣にとってははた迷惑以外のなにものでもないのだが……姉(アリシア)のためを思うならどうしてもしなくてはならないことだ。
プレシア曰く、「あなたは資質と魔力総量だけなら私の遥か上だわ。その才能を活かしましょう」とのこと。
つまり、プレシアが居ない間は広嗣がアリシアを守れ、と言っているのだ。
そしてここで、広嗣は断言しておく。プレシアの魔法訓練は、スパルタだということを。
魔法の訓練をする前に、プレシアは広嗣の魔法適性を徹底的に調べ上げた。その時広嗣が最も驚いたことは、なんと一番適正があったのは『防御魔法』だったのだ。転生特典で『強化魔法』の適性をMAXにしているにも関わらず、だ。
これには流石の広嗣もプレシアに抗議して、何とか三度の適正調べ直しをしたのだが、結果は一緒。人生、何が起こるか本当に分からないものだ。
このことから、プレシアは広嗣に『防御魔法』を主体に更には『強化魔法』、そして『射撃魔法』、『直射型砲撃魔法』、『広域攻撃魔法』、更にはとんでもないことに『次元干渉型』の魔法さえも練習させられることになった。一体何に使うんだ、とこの時ばかりは広嗣も頭を抱えて練習をしたことは記憶に新しい。
プレシアが考案した魔法訓練はいたって単純。デバイスの補助無しに魔法を発動出来るまで、ひたすら繰り返す。魔法理論が理解できないのであれば、無理矢理にでも理解させる。元科学者ということもあり、プレシアは非常に優秀な先生だった。説明は分かり易く、魔導師としても優秀なために実演さえして見せてくれる。まぁ、理論云々はそもそも『魔法完全解析』のおかげで苦労はしなかったわけだが。
そしてここで、一番役に立ったのは……広嗣のレアスキル『失敗は成功の母』だ。最初は実感しにくかったのだが、後になるうちに感覚的にレアスキルが発動しているのだと分かってきた。
何故かといえば、それは失敗するたびに、レアスキル『失敗は成功の母』が自分に足りない部分を一個だけ補足してくれるのだ。それも、頭の中で。感覚的には、館内アナウンスに近い。ただし、正確に言葉を発せられるわけではなく、直感的に足りないものがわかる、という感じだ。
具体的な訓練方法は実に簡単。まず、プレシアが魔法の理論を説明。次に、実演。そして最後に、これを真似してみろ、という無茶ぶりをされる。そして出来なければ同じ魔法の魔法理論、実演、無茶ぶりという無限ループが発生。できたらできたで、新しい魔法でそれと同じループが発生する。これは、広嗣の魔力が尽きるまで行われる。
――――ちなみに、プレシアの授業のほとんどは映像授業だったりする。理由は至極単純で、アリシアとの時間を減らしたくないらしい。
更に言うのであれば、どうやらその映像授業、すべてアリシアが生まれる前に撮ったものだということが後々になって判明した。『魔法訓練・誘導弾編』とか、『魔法訓練・サンダーレイジ編』とかのタイトルが付いており、撮影日からしても間違いはない。
こうして、今現在習得している(つまりデバイス無しで使える)魔法は――――
《射撃魔法・直射型》
フォトンバレット:
単発の魔法弾。ごく初級の射撃魔法だが、それだけにプレシアのような熟練者が放つと必殺の威力を持つ。
フォトンランサー:
体の周囲に生成した発射体(フォトンスフィア)から、槍のような魔力弾を発射する魔法。直線飛行のみで誘導性能を有しないが、代わりに弾速が速く連射も可能。
フォトンランサー・マルチショット:
複数のフォトンスフィアを体の周囲に生成、同時に発射する魔法。
《広域攻撃魔法》
サンダーレイジ:
ロックオン系の範囲攻撃魔法。バインド能力を持つ雷光で範囲内の目標を拘束し、動きを止めた上で雷撃により一斉攻撃を行なう。 この雷撃は精度が高く、範囲内でも術者が目標としたもの以外には影響を及ぼさない。
フォトンバースト:
圧縮した魔力で一定範囲を爆破する魔法。圧縮魔力密度が高いほど威力が上がる。
《砲撃魔法・直射型》
サンダースマッシャー:
遠距離砲撃魔法。射程、威力共に申し分なく、溜めは必要だがそれほど長くはない。雷を伴うために命中時には肉体的ダメージが比較的高い。
プラズマスマッシャー:
中・近距離砲撃魔法。電光を伴う純粋魔力攻撃。最大射程を犠牲に威力と発射速度を高めている。
ブレイズキャノン:
ブレイズ(炎)の名の通り、熱量を伴う破壊魔法。大威力の瞬間放出を上手く制御して、長時間放出による隙を作らないような調整をされている。射程は広くないが、威力と発射速度はとても優秀。
《防御魔法・フィールドタイプ》
バリアジャケット:
防護服(バリアジャケット)を着用する魔法。
リアクターパージ:
限界を超えるダメージを受けた場合にバリアジャケット自らが爆発することで、受けたダメージを相殺して反らすことができる。
ジャケットパージ:
バリアジャケットを構成していた全魔力を瞬間的に解放することで、周囲に対して衝撃とバインド破壊の効果を持つ魔力攻撃を行う。ただし、瞬間的にだが完全に無防備になる、再度バリアジャケットを構成する魔力が必要となる、等の欠点もある。
《防御魔法・バリアタイプ》
アクティブプロテクション:
触れたものに反応し、対象を弾き飛ばす性質を持った防御バリアを発生させる。特に物理攻撃に対する耐性が高い。つまりは普通のプロテクション
ワイドエリアプロテクション:
広域防御魔法。プロテクションとは異なり攻撃力は持たないが、その代わりに広範囲を強力に防御できる。
プロテクション・パワード:
アクティブプロテクションの上位互換。ただし、一般人にとってみれば魔力を馬鹿食いする半ば欠陥品。その代わりに防御能力はお墨付き。
バリアバースト:
敵の攻撃を受けている最中にバリアを爆発させることにより、相手にダメージを与えるとともに爆風と衝撃により距離をとる。
ハイプロテクション・パワード:
プロテクション・パワードの上位互換。更に魔力を暴食するようになったが、防御能力はそれに見合うほどの最強の盾。威力AAAまでの集束砲であれば難なく防ぐ。
ディフェンサー:
最低限の防御能力だけで、その場凌ぎぐらいにしか使えない。
ディフェンサープラス:
ディフェンサーの上位互換。受け止めるよりは反らすための防御魔法で、膜状のバリアを発生させる。
サークルプロテクション:
魔法陣から発生させた強固なバリア。地上では半球型をとる。かなり強固。
スフィアプロテクション:
保護対象の全方位を球状に覆う防御魔法。主に空間攻撃などの全包囲攻撃に対するための魔法。
ホイールプロテクション:
防御面に魔力の渦を生じさせ、受け止めた力を消滅させる効果のあるバリア。有用ではあるが、燃費はよろしくない。
エクスディフェンダー:
プレシア直伝の防御魔法。防御の後に即座に反撃を可能とした攻防一体の防御魔法でもある。燃費はとてもよく、砲撃魔法でもそうそう突破することはできない柔軟性を持つ。
アンチプロテクション:
ある一定の攻撃に対して特化したアクティブプロテクションのこと。現在のバリエーションは十種類ほど。
クリアプロテクション:
透明度が非常に高いアクティブプロテクション。目視困難故に、設置されると非常に厄介極まりない代物。
ボム・クリアプロテクション:
触れた者を弾き飛ばすのではなく、触れた瞬間に爆発する機雷のようなバリア。設置可能であり、目視困難な上に威力も高い故に悪質な代物。もはやバリアの形を成していない、アクティブプロテクションの最悪の派生。
《防御魔法・シールドタイプ》
ラウンドシールド:
魔法陣を使用した円形の盾を作り出す防御魔法。一方向のみの防御しか出来ないが、その分防御力は高く、特に魔力弾への防御に優れる。
《防御魔法・分類不能》
シールドピアス:
防御魔法を自ら分解し、その破片で相手を攻撃する手段。どちらかといえば直射型の射撃魔法に近い。貫通性能が非常に高く、威力は防御魔法の強度に比例する。
プログラム再構築:
対バリアブレイクの技術。バリア生成プログラムに割り込みをかけられると同時に、その付与能力に対策した新しいプログラムを構築し、その後すぐに割り込みをかけられたプログラムを放棄し、構築したプログラムを代入することでバリアブレイクを防ぐ。また、破壊されそうになったバリアを再生させることも可能。燃費は普通にバリアを展開するより遥かに良いが、その分手間がかかる。
ボム・クリアプロテクション・ジェノサイドシフト:
そこら中にボム・クリアプロテクションを展開する悪質極まりない魔法。もはや防御魔法と分類していいのか怪しい代物。威力が高くしかも複数個、というか大量にあり、更には誘爆の恐れがあるために、迂闊に動けば自滅することになる。ある意味、ジェノサイド(殺戮)の意味に相応しい魔法とも言えなくはない。発案者はボム・クリアプロテクションも含めてプレシア。
《補助魔法・インクリースタイプ(対象に効果を付与する魔法)》
肉体強化・覇:
略称を「覇(は)」。筋力の一点を極限にまで強化し、爆発的な力を生み出す強化魔法。ただし、肉体的な負荷は計り知れない。
肉体強化・剛:
略称を「剛(ごう)」。耐久性の一点を極限にまで強化し、どのような攻撃にでも耐えうる硬さを手に入れることの出来る強化魔法。具体的には、肉体でAAAランクの砲撃を受けてもほぼ無傷の状態。
肉体強化・颯:
略称を「颯(はやて)」。反射神経を極限まで強化し、更には体感時間を加速させる強化魔法。脳に多大な負担が掛かるが、その分マルチタスクよりも効率的に状況分析、攻撃の精密性向上、回避行動などが取れるため、かなり有用。
完全回復:
魔法ではなくレアスキル。常時かかっている上限の無い再生能力であり、回復速度は遅いが軽い傷ならばすぐに治るほどではある。現状確認されていることは、脳死状態から健康体にまで回復出来る、ということ。
――――と、これが現状、デバイス無しに使うことの出来る魔法の一覧である。
……プレシアは、何をトチ狂ってあの魔法を発案したのだろうか。常人の考えが及ばない天才は、やはり考えることが違うらしい。
魔法の訓練は、今のところは一段落して落ち着いている。よく三ヶ月でここまで至ったものだとプレシアは驚いていたが、最も驚いているのは広嗣自身だ。まさか、自分にここまで魔法の才能があったとは思わなかったのだ。同時に、どうしてここまでトチ狂った勢いと内容の魔法を習得したのか、と我が事ながら心の中で嘆いていた。もはや、平穏や日常といったものには戻れないだろうと、この時点で広嗣は悟っていた。
だからこそ、もはや形振りなど構わない。この変な家族に順応し、幸せに生きるんだ! と意気込んだのは昨夜と記憶に新しい。
「あ、そうだ! ヒロツグ、学校に行ってみようよ! あと、無限書庫!」
「……はぁ!?」
しかし、意気込んだからといって、こんな突拍子もないお願いをされて平静を保っていられるほど、広嗣は人ができていない。
「だって、私は秋には転入するんでしょ? なら、学校で迷子にならないように下見にいっておかなきゃ! それに、前々から無限書庫には興味があったんだよ?」
「待って姉さん。学校はわかるけど、無限書庫なんて面白いところじゃないよ? あそこは本が溢れているだけだよ?」
「それでもいいの! だって、最近の流行とか知っておかないと、話についていけないもん!」
「それだったら本屋やネットで調べればいいでしょ? お願いだから、無限書庫だけはやめてほしいんだけど……」
「大丈夫! 私だって飛行魔法くらいなら使えるんだから!」
「いや、姉さん。それってヴォータンありでの話だよね? そうしたら今度は俺が本の検索ができなくなるんだけど……」
「うぅ~……わかったよ。でも、学校には絶対に行くよ!」
「まぁ、それくらいなら、ね」
そうと決まれば、話は早い。広嗣はアリシアの乗る車椅子と共に方向転換し、そのままゆっくりと歩き始める。
『マスター』
――――同時に、広嗣のレアスキル『危険察知』が発動し、けたたましいアラーム音が頭の中に響き渡る。
待機状態のペンダントから名前を呼ばれたとき、既に広嗣は平然と前に進みながらも、周りに視線を動かして警戒していた。しかし、それがいけなかった。何故なら、そのせいで肝心の目の前が疎かになってしまっていたのだから。
「それでね、ユーノ君ってば……あれ、フェイトちゃん?」
「アリ、シア……?」
目の前から、どこか聞き覚えのあるような、ないような声が聞こえてきた。自然な様子で目の前に視線を戻すと、そこには……高町なのは、と……アリシアと瓜二つの、しかし大きさが違う……フェイト・T・ハラオウンが居た。
「あれ、もしかして……フェイト? わぁ~、大きくなったんだね~」
――――不味い。この状況は、危険すぎる。誰が危険か、と問われればそれは広嗣ではなく、姉であるアリシアであり、母であるプレシアでもある。
だからこそ、広嗣は即座に『万能転移』を発動した。対象は四人。自分と、アリシアと、高町なのはと、フェイト・T・ハラオウン。場所は……『St.ヒルデ魔法学院』だ。
「あれ? フェイトちゃんが二人……? フェイトちゃん、もしかして子どもとか出来てたの?」
「えっ!? ち、違うよなのは! ほら、アリシアだよ! 母さんの娘で、私の姉の! 十一年前、あの時の!」
「――――えっ? ふぇぇぇ!?」
高町なのはの驚きと同時に『万能転移』が起動し、一瞬のうちに景色が変わった。広嗣とアリシアの目の前には、先ほどと同じように二人の姿と、校舎がある。一方、彼の後方には学校の正門がある。
「ほら、姉さん。到着したよ……って、姉さん。転移前はコミュニケーションを取るのは禁止だって言ったでしょ? こうやって巻き込まれちゃうんだから」
『姉さん、俺の話に合わせて。出来るだけ平然と。わかるよね? 今、姉さんと母さんは死んだことになっているんだ。それが生きていたとなれば……大変なことになる。だから、ここは穏便に済ませたいんだ』
ここぞというタイミングで理由付けのための会話と、それと同時にアリシアに念話を送る。それに若干困惑していたが、アリシアは広嗣の言うとおり、「そういえばそうだったね」と言ってくれる。
「こちらの不手際で申し訳ありません。もしよろしければ、先ほどの場所に転移でお送りいたしますが……」
そしてようやく、高町なのはとフェイト・T・ハラオウンの二人は広嗣の存在に気がついた。アリシアの存在感が強すぎて、今まで気づくことができなかったのだ。
「あ、大丈夫だよ。……そういえば、君は誰かな?」
優しい声音。耳のうちに妙に心地いい声に、しかし広嗣は全力で抗う。この雰囲気に自分だけは呑まれないように、幸せな家庭を守るために、念話でヴォータンと話しながら……今この時だけは、本気を出す。
「申し遅れました。俺の名前は広嗣・T・テスタロッサです。ひょんな事から、ある人に身元引受人を買って出ていただき、ミドルネームが付き、苗字がかわりました。まだ新しい苗字のほうは慣れないので……広嗣、とお呼び下さい」
『ヴォータン、あの二人が送る、受ける通信の全てを遮断してくれ。出来るだけ、気づかれないように』
『分かりました』
このように、表では丁寧に挨拶をしているのだが、念話ではデバイスと少々物騒な相談事をしていた。何故なら、今ここで、管理局の介入は不味いからだ。呼ばれてしまえば最後、プレシアは裁かれ……最悪の場合、アリシアと離れ離れになる可能性さえある。
「うん、わかった。広嗣、だね。私はフェイト・テスタロッサ(T)・ハラオウンだよ。ちょっと分かりにくいかもしれないけど……君のお姉ちゃんは、私のお姉ちゃんでもあるんだ」
「そうそう。フェイトは私の妹だよ!」
こんなことを言われれば、普通の六歳児では意味がわからない。これは、自分を試されているのか、それともただ単に子どもに諭そうとしているだけなのか……。
いや、どちらにしろ、すぐにバレることだ。ならば、今ここで偽っても仕方がない。
「知っていますよ、すべて。だからこそ、俺は提案します。この件は、すべて他言無用でお願いいたします。あなたも、実の母が裁かれる姿は、見たくはないでしょう?」
『――――ッ!』
広嗣の言葉に、二人の表情と雰囲気が変わった。先ほどまではとても柔らかい空気、親しみやすい雰囲気を出していたのに……今はきっと、仕事モード。この場の空気が広嗣には重くのしかかるが、彼はそれに耐え続ける。
「穏便に済ませましょうよ。あなた方の仕事は、幸せな家庭を崩壊させることではないでしょう?」
「……うん」
フェイトは頷いて肯定する。その瞬間、先ほどまでかかっていた広嗣への圧力が霧散する。何とか凌いだ、と広嗣は背中に汗をかきながら、心の中でため息をつく。
「君、もしかして高野広嗣くん、かな? 『St.ヒルデ魔法学院』初等科一年生の」
「はい、旧名はそうですけど……それが何か? 管理局のエース・オブ・エース、機動六課フォワード部隊『スターズ分隊』隊長、高町なのは一等空尉」
「あはは……詳しいね。もしかして、私のファンかな?」
「いえ、JS事件はあまりにも有名なので。PT事件は当然のこと、闇の書事件でも、ご活躍されたとのことで。実力は尊敬していますが、ファンではありませんね」
「そっか~、ざんねん」
苦笑しながらなのはが言った。その軽い空気から、本気で言っていないことは容易に想像できた。
「……とりあえず、校内を回りながらお話しましょう。今回、姉さんの学校を下見したい、というお願いからここに来たんですし」
「わかった。じゃあ、初等科の校舎の周りに行ってみようか」
広嗣は車椅子を押して歩き始める。
――――それから校舎を回り終わるまで、アリシアとフェイトが会話に花を咲かせていた。逆になのはと広嗣は可も不可もなく、当たり障りのない話しかしていない。
日が暮れ、街並みが朱に染まったとき、四人は学校の正門の外に立っていた。アリシアの学校の下見が終了したからだ。
「フェイト、今日はありがとう! また一緒にお話しようね!」
「うん。アリシアも元気に、ね」
アリシアの車椅子を押す係は既にフェイトが担っており、なのはと広嗣は手持ち無沙汰だ。故に、なのはは思い切って会話に乗り出す。
「広嗣くん、実はこの夏休みに強化合宿があるんだけど、よかったら君もどうかな? 内容は、現役のオーバーSランク魔導師の模擬戦とか、チーム戦とか、かな。あと、メンタルケアとかも兼ねてるね。あ、もちろん料金は私たちだけの負担だから、気にしなくていいよ」
傍から見れば、とても魅力的な提案。しかし、広嗣には二つの理由があって首を横に振った。
「残念ですが、お断りします」
「一応、理由を聞いてもいいかな?」
「姉さんはまだあの状態です。それに、幼いのもあります。母さんも付きっきりになるわけにはいかないので、俺が面倒を見なければいけません。それを放って行くなんて、俺には出来ません」
「……他には?」
うまく理由を付けようとしたが、追及される。これに答えるべきか、広嗣はしばし考える。ただ、すぐに答えは浮かんだ。ここで言いあぐねていても、意味はない。いずれ悟られるだろうし、きっぱり断るには理由が必要だ。
――――今後のためにも、はっきりと言っておこう。
「俺は単純に、アナタたちに関わりたくありません。トラブルのとばっちりとか、受けたくありませんから」
「え~……」
広嗣が正直に口をすると、不満はありそうだがそれ以上は何も聞いてこなかった。一応、自分がいつもトラブルに近いところにいることを自覚はしているらしい、と広嗣はそう結論づける。
「ヒロツグ~!」
「それでは、姉さんに呼ばれていますので、失礼しますね」
「うん。またね」
姉の元へと歩みを進める。車椅子の番をフェイトと変わると、広嗣はごく小さい動きで一礼して、言う。
「ありがとう、フェイト姉さん」
「えっ……?」
その発言に、フェイトは虚を突かれた。そして呆然としている間に、広嗣は車椅子を押して歩き出し、アリシアと共に自宅へと戻るのだった――――
◆
「……ちゃん。フェイトちゃん」
あっ! とフェイトがなのはの声を聴いて我に帰る。一体、自分はどれだけ呆然としていたのだろうか。広嗣やアリシアの影が見えないことから、それなりの時間は経っている。
意識が戻ってから、すぐに冷静な分析をして、「ごめんね。ちょっと驚いちゃって」とフェイトはなのはに返す。
「うん。それと、あの子のことなんだけど……間違いなく、例の子だよ」
「もしかして……高野教導官の?」
なのはが頷く。それを見て、フェイトは現在の状況と照らし合わせ、これは非常に不味いことになった、と頭を抱えた。
「どうしよう……母さんとアリシアは、次元漂流者ってことで片付けることができるけど……広嗣はどうしようもできない」
「そうなんだよね……。延ばすことは出来るけど、そもそもこれって、でっち上げのレベルだよね。いくら人手不足だからって、流石にこれは……」
手元の電子通達書を見て、なのはの表情が険しくなる。
『高野広嗣
四月下旬頃、ある次元世界にて次元断層を起こし、消滅させた疑いがあり。
これを見つけ次第、事情聴取、並びに可能であれば本局に連行すべし。
尚、八月上旬までに情報が入らない場合、これを捜索、並びに強制連行する。』
これは高野広嗣の父、高野(たかの)広明(ひろあき)の上司である、パレット中将からの全局員に向けての通達だった。
これはきっと管理局に引き込むための口実を作る布石だと、二人は考えている。高野教導官は総合SSランクの魔導師であり、階級は少将。彼は特に身体能力を強化する魔法と防御魔法が得意だったらしい。ある事件にて殉職してしまったが、局員として実力は折り紙つき。この才能は、子である高野広嗣にも引き継がれている可能性がある。
故に、そんな優秀な魔導師の卵を放っておくわけがない。今までは保護責任者としてあれよこれよと手を尽くしていたようだが、とうとうそれが無駄だと悟ったらしい。その証拠が、今なのはが見ている通達書だ。強引にも、程がある。
「でも、どうして広嗣は見つかっていないんだろう? このミッドチルダに住んでいるなら普通、局員との接触があってもおかしくないはずなのに」
「多分、隠蔽の魔法とかが得意なんだと思う。ほら、私たちだって最初、アリシアちゃんばかりに気を取られて、気がつかなかったでしょ?」
「う~ん……そう、なのかなぁ」
何か理屈が違うような気がしながらも、フェイトはそのことについて深く考えず、これからのことを考えるのだった。
◆
「あ、ママ。実はちょっと、お願いがあるんだけど……」
「なにかしら?」
「私、フェイトが行く夏合宿に行ってみたい!!」
「ごふッ!?」
この日、広嗣の強化合宿への参加が決定したのだった。
広嗣に合宿フラグが立った瞬間でした!
ちなみに、魔法説明のところは一部、というか大部分をあるサイトから引用しています。
そして衝撃の新事実! 広嗣はなんと身体強化ではなく防御魔法に特化していました! そのため、防御魔法だけ種類が異常です! また、ほかの魔法はかなりプレシアの影響を受けています。
メインキャラ二人も今回で出せましたし、フラグも回収。あとはこれをどうやって活かすか、です。
不定期更新ではありますが、もうひとつの作品同様、出来るだけ早く更新していくつもりでいますので、今後とも、ご愛読の方をよろしくお願いいたします。
また、ご指摘や感想、コメント、ご意見、評価、ご質問、お気に入り登録などは随時募集中です!
あと、ご都合主義とは言いましたが、矛盾点を放っておく、という意味ではありませんので、もし矛盾点が見つかった場合などは、メッセージでも感想でもいいので、ご指摘をしていただきたく思います。
それでは、また次の更新時、または感想版でお会いしましょう。ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます!!