セカイのごはん   作:千里のみち

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運動会のお弁当はちょっと特別に作りたくなるかも。
妹にないしょでおにぎりを作る、雫のお話です。



ないしょのおにぎり

 

 

目が覚めると、カーテンの隙間から僅かな光が差し込んでいた。

時計を見ると5時40分。昨日は早めに眠ったから疲れは取れている。

 

軽くストレッチと準備をしてから、しいちゃんを起こさないようにそっと台所へ。

今日は年に一度の運動会。おにぎりを作る、大切な日なのだから。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

まずは炊飯器の様子を見る。

昨日の夜に予約炊きをセットしたから大丈夫なはずだけど、念のため。

表示を確認すると、ちゃんと炊きあがったみたいで『保温』の文字が浮かんでいる。

 

今年はどのくらい使おうかしら。

しいちゃんは去年たくさん食べていたみたいだし、今は友達と一緒にバンドの練習をしていたはず。

もし足りなかったら……

 

 

(……おねえちゃん、おにぎり、もうないの?)

 

 

体操着の裾をつまんで目が潤んでいる、しいちゃんの姿。

戸棚から大きめの透明なボウルを取り出して、炊飯器から5合分をよそった。

 

次はラップの準備。手のひらより大きめに切り取って、机の上に並べていく。

おにぎりを作るときご飯をそのまま触ると熱いし、具材を加えるためにもラップは欠かせない。

3枚ほど並べたら、それぞれご飯を乗せる。しゃもじ1回分すくって1枚ずつ、ご飯は押しつけずにふんわり。

このまま少し置いて粗熱を取る間に、具材の準備をしないと。

 

1つ目はかつおぶし味。

小さなボウルに醤油を大さじ1、かつおぶしのミニパックを入れる。

 

 

(どちらも入れすぎたら辛くなっちゃうし、ひたさないように量は抑えないとね)

 

 

醤油が多すぎるとご飯つぶに染み込んでうまく握れなくなるから、かつおぶしは多めでも大丈夫。

量を減らす分、スプーンでよく混ぜて、かつおぶし全体に醤油の味をしっかり馴染ませる。

何回かかき混ぜるうちに、かつおぶしに醤油の色が薄くついた。

 

2つ目は鮭フレーク。

ビンを取り出し、中身がほぐれているか確認する。軽く振ると身は固まっていないし、これならもう一度ほぐし直す必要もなさそう。

小さなボウルに移して、おにぎり用のスプーンも準備しておく。

 

 

 

 

(どれどれ……うん、触れられるくらいの温かさになったわね)

 

 

並べたご飯をラップ越しに触ってみると、粗熱は取れてきたみたい。

そろそろ具材を包むタイミング。

 

まずは醤油かつおぶしを少し取り、広げたご飯の上に乗せる。少し多めに取ってご飯の真ん中へ。

同じく鮭フレークは真ん中にまとまるように小さな山を作る。

 

 

(具をたくさん乗せちゃって、塩おにぎりばかり作ったのも……なんだか懐かしいわ)

 

 

しいちゃんのためにもっと入れてあげたいけど、ここはぐっとこらえないと。

 

具材を入れたら最後は握る。

広がったラップでご飯を包み込み、こぼれないように両手でそっと形を作る。三角形のイメージ、少し力を込めて1回ぎゅっと。

力を入れすぎるとおにぎりが固くなってしまう、力強く握らず、優しく。

 

ラップ越しに押してみると、ちょうどいい反発。あとは力を加えずに形を整えなれば完成。

これで1個のできあがり。残りの2個も同じように握っていく。

時間をかけすぎると温もりがなくなってしまうから、早く進めないと。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

作ったおにぎりを1か所にまとめて、空いたスペースには新しく切り取ったラップを並べる。

さて次の味、そう意気込んで次の材料を出そうとした時だった。

 

 

「お姉ちゃん?」

 

「……えっ?」

 

 

突然、後ろから声がした。

恐る恐る振り返ると台所の戸を開けて立っていた。

まだ眠っているはずの、しいちゃん。

 

みんなを起こさないよう、いつものアラームはセットしていなかったはず。

昨日のうちに愛莉ちゃんに教えてもらって、設定の方法をもう一度教えてもらったばかりなのに。

まさか台所の音が響いてしまったの?

 

しいちゃんは私の顔を見て、違うというように首を振った。

 

 

「別に、今日はクラスの準備があるから早く起きただけ」

 

「そ、そうだったのね」

 

 

どうやら物音で起こしてしまったのではなかったみたい。

今ならまだ間に合うかも。

ほっと胸を撫で下ろすと、しいちゃんが私の手元を見てぽつりとつぶやいた。

 

 

「お姉ちゃんが作ってるのって、もしかして今日の…?」

 

 

……やっぱり見つかってしまった。

 

これまでも、弁当を作る時はしいちゃんにバレないようにしていた。

サプライズにしたかったし、何より大切な妹へのちょっとしたご褒美だから、作っているところを見られるのは何だか恥ずかしかったから。

 

 

「ええ。今日は体育祭だからしいちゃんの分と、みんなに持っていくために作ってたの」

 

 

見つかってしまったものは仕方ないし、正直に打ち明けることにした。

愛莉ちゃん、遥ちゃん、みのりちゃん。それに、お世話になっている人たちの分も作るつもりだったのも本当のこと。時間も多くは残ってないし、かいつまんで話していく。

 

話が終わる頃には、いつの間にかしいちゃんは私の隣にいた。

ほんの少しおにぎりをじっと見つめて、その眼差しが私をとらえている。

 

 

「おにぎり作るの、私も手伝うよ。まだ時間に余裕あるし」

 

「そんな、しいちゃん?これはその、えぇと、好きで作っているだけなの。手伝ってもらうなんて……」

 

 

一緒に作れるのは嬉しい。けれど、これは私のわがままみたいなもの。

しいちゃんへの贈り物なのに、本人に手伝ってもらうなんて……。

 

 

「私は大丈夫よ、しいちゃんはクラスのお手伝いもあるんでしょう?」

 

「お姉ちゃんだってそうでしょ。それに、一人より二人の方が早くできるから」

 

 

うぅ、と次の言葉が出ない。

確かに私もクラスの子から誘われている準備がある。

 

しいちゃんは私もいいでしょ、と言いたげに私を見つめながらラップを手に取っている。

友達と仲直りしたと聞いてから、まっすぐな目をすることが増えたしいちゃん。

この目をしている時の意思はとっても強い。そう思ったときには答えが決まっていた。

 

 

「分かったわ。一緒に作りましょう、しいちゃん」

 

「……うん」

 

 

どことなく楽しそうに、少しだけ私を見上げる顔がにこりとほほ笑んでいた。

 

 

「ラップの上にご飯入れたけど、かつおぶしってどれくらい入れるの?」

 

「この量ならこれくらい。小さい梅干しくらいのサイズよ」

 

 

かつおぶしと鮭フレークは残っているから、それをお手本にしておにぎりの作り方を教える。

最初は強く握りすぎていたしいちゃんだけど、すぐにコツをつかむとふんわりと形を整えられるようになった。

 

他の味には卵ふりかけ、海苔巻き、梅干しなどを用意して、二人でおにぎりを握っていく。

しいちゃんが手伝ってくれたおかげで、予想よりもずっとはやくおにぎりは出来上がっていた。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

運動会のとき、お姉ちゃんの様子がおかしいことに気づいたのは何時からだろう。

スーパーで話しながら妙に長い海苔を買っていたり。

寝る前に何か飲もうとしたら、台所でまな板を取り出していたり。

そして運動会の日になると、必ずお昼ご飯におにぎりが入っている。

 

お姉ちゃんにそれとなく聞くと、いつも答えは決まっていた。

 

 

「お母さんたちが作ってくれたんだよ」

 

 

けれど私も御伽噺を信じる年じゃない。毎年のように続いたらおかしいと思うのは時間の問題だった。

 

 

(このおにぎり、お姉ちゃんが作っているの?)

 

 

その仮説に至るまでに時間はかからなかった。

 

ある年のこと、当時お気に入りだったふりかけの話をしたことがある。

あの時はグッズ応募のシールを集めるために何個も買ったから、よく覚えている。

 

 

「このたまごふりかけ、最近人気なんだ。ここについてるシールを集めた人全員がフェニーくんのハンカチをもらえるらしくて、スーパーでも品薄だったよ」

 

「あら、みんな可愛い衣装を着てるのね~。……なるほど、この味なら」

 

「……?お姉ちゃん、どうしたの?」

 

「ああ、何でもないの。私も食べてみようかしら」

 

「お姉ちゃんも?はい、これ」

 

 

その年の運動会、お弁当には例のふりかけをまぶしたおにぎりが入っていた。

あの日はお父さんもお母さんも帰りが遅かったし、ふりかけのことは両親に話していない。後でこっそり確かめても知らない。

 

 

(お姉ちゃんが、いつも私のためにおにぎりを作っていたんだ)

 

 

誰に確かめたわけでもないけれど、はっきりと分かった瞬間だった。

 

 

 

 

(お姉ちゃんがしまっていた袋、海苔やふりかけが入ってた)

 

今年も何日か前からお姉ちゃんが台所で何かしているのは知っていた。

もしかしたらと思って、今日は予定よりも少し起き上がった。足音を抑えて歩き、ドアをこっそり開けて覗いてみる。

 

電気を抑えた暗い部屋の中にあるのは、一人でおにぎりを握るお姉ちゃんの姿。いつになく真剣な顔で、柔らかく丁寧にその手は動いている。

今までもずっと、こうしてきたのだろうか。

 

 

「お姉ちゃん」

 

 

確かめるだけ。そのつもりだったのに、気づけば声をかけていた。

バツの悪そうな顔をして手に持ったものを隠そうとしていたけれど、正面から聞いたら本当のことを話してくれた。

 

話が終わるころには暗さに目が慣れて、台所に並ぶ数々の品が見えた。

具材やスプーン、並んだおにぎり、そしてご飯がたっぷり入ったボウル。どう考えても2人、3人分じゃない。

お姉ちゃんが学校で新しく結成したグループ『MORE MORE JUMP!』。それに同じクラスの友達にも渡すのだろう。

 

 

(でもこの量を一人で作るつもりなの?クラスの手伝いなら早めに出ないといけないし)

 

 

お姉ちゃんもクラスの人に何か誘われているのは知っていた。

私の分も合わせて作るのだとしたら、このままだと時間は足りなくなるかもしれない。

放っておけなくて一緒に作ろうと言ったら、少しためらっていたけどすぐに頷いてくれた。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

おにぎりはただ形を作るだけだと思っていたけど、意外と難しい。力を入れすぎると形を整えられないし、力を抜きすぎると崩れてしまう。

ラップに包んでいなかったら、何度台の上にこぼしてしまったか分からない。

隣のお姉ちゃんは慣れた手つきでおにぎりを握っている。私も負けたくなくて、教えてもらいながら次のラップを手に取った。

 

並んでいるおにぎりの数がどんどん増えていく。

今握っているのは梅干し味。

売っているものをそのまま使わず、スプーンで種を取り、果肉をほぐして入れる。入れすぎると酸っぱくなってしまうから量は少しだけ、と教えてくれた。

 

思えば梅干しおにぎりを食べたのも、小学校で最初の運動会が初めてだった。

おずおずとお姉ちゃんに渡された白いおにぎりを食べたら、歯に何かが当たって。ビックリして見たら種入りの梅干しがあったのを覚えている。

 

 

『しいちゃん、しいちゃん!ええと、いたみどめは』

 

 

あの時は大慌てで、絆創膏まで持ってこようとしたから私が止めたんだ。

おにぎりを食べただけで痛くもないのに何で、と思って。でもあれ以来、運動会で食べる梅干しのおにぎりに種が入ることは無かった。

 

……ふと、手が止まる。

何故あの時、おにぎりを渡したお姉ちゃんが緊張していたんだろう。何故次のお弁当から、梅干しの種が無くなったんだろう。

 

 

(まさか、あの時から?)

 

 

思わず隣を見る。

お姉ちゃんは慣れた手つきで梅干しの種を取り除いていた。

 

 

 

 

 

思い出巡りをするうちに、とうとう全てのおにぎりができあがった。

途中からご飯が追加されたし、その数は20個を超える。食べる数次第では体重の相談をしないといけない量だ。

おにぎりの中には形のバランスが取れていないものもあって、私が握ったものだと分かりやすい。

少し複雑な思いで眺めていると、お姉ちゃんはお弁当箱を取り出した。

 

 

「一緒に作ってくれてありがとう、しいちゃん。それじゃあ食べたいおにぎりを選びましょう」

 

「えっ、今選ぶの?」

 

「ええ。渡す分も入っているから全部は駄目だけど、何個でもいいわよ」

 

「その数を独り占めは無理だと思うけど」

 

 

バンドの体力のために運動は欠かさないとはいえ、さすがに何十個も食べられない。

お姉ちゃんは私の後に選ぶつもりらしい。少し迷って、私が作ったかつおぶし味を1個。続いてお姉ちゃんが作った梅干し味を1個選んだ。

 

 

「あら、しいちゃん。もっと私が握ったものを選んでいいのに……」

 

「いいの。私は上手く握れなかった分もあるから。お姉ちゃんこそ、早く選んだら?」

 

 

少し残念そうだったけれど、これは譲れない。

最初に私が作ったおにぎりなんて二等辺三角形にすらなっていないし、人には渡せない。同じく形の悪いものは残っているけど、朝ごはんとして食べよう。

 

どれから選ぼうかと脳裏で候補を上げていると、お姉ちゃんはそっとおにぎりに手を伸ばす。

選んだのはお姉ちゃんが作った卵ふりかけ味と、私が作った鮭フレーク味だった。

 

 

「まっ、待ってお姉ちゃん!」

 

「どうしたの、しいちゃん?」

 

「だってその鮭おにぎり、私が上手く握れなかった分だから。後で朝ごはんに食べようと……」

 

 

もっと見た目のいいものはたくさん残ってるのに。

他の物を選んだ方がいいと思って慌てて止めようとした。

するとお姉ちゃんは、まるで当然のように首を振った。

 

 

「ううん、これがいいの。しいちゃんが一緒に作ったものだから、お姉ちゃんも食べたいの」

 

 

心の底から、本気で思っているとわかる眼差しだった。

やっぱり、こういう時のお姉ちゃんは強い。

私の言葉を聞いてくれることも多いけど、一度決めたらとことん譲らない。

 

 

「はぁ…わかったよ。でも、こっちは私が食べてもいい?朝の分で」

 

「ありがとう、しいちゃん!」

 

 

隣にある私が握った分を取ると、満面の笑顔で抱き着いてくる。

普段はちょっと困るけど、おにぎりの暖かさが残るお姉ちゃんの手はなんだか悪くなかった。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

家族や朝食用に食べる分を選んだら、残ったおにぎりをお弁当箱に詰めていった。

お姉ちゃんが学校でみんなに渡す分だ。きっとみのりたちの分もあるに違いない。

 

 

(そうだ、今度弁当を作る時は私がお姉ちゃんをびっくりさせよう。フェニーくんの海苔を貼ってみたら面白いかも)

 

 

ふたを開けたらフェニーくん尽くし、一体どんな顔をするだろうか。

お弁当を袋にしまいながら、私は密かに作戦を考えるのだった。

 

 




おまけ

運動会のお昼休みにて。

(雫ちゃん手作りの鮭おにぎり!これは夢?夢じゃないよね?)

(丁度いい甘味と柔らかいお米。雫ったら、今でもおにぎりを作るのが上手かったのね)

(美味しい……このサイズなら持ち運びもしやすいし、私も久しぶりに作ってみようかな)

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