モアジャンの配信を行うにあたって、どんな内容にするかを決める会議を行ったと思います。
その時に話題になったかもしれない、昔のオーディションにまつわるお話です。
「みんな、集まったわね。今日は昨日の話し合いの続きだけど……みのり、どうしたの?」
「実は昨日の会議の後に思いついたことがあって。これ、みんなで見てほしいんだけど……」
――― ◇ ―――
『みなさん、こんにちは!花里みのりです』
『いつも見てくれてありがとう!今日は、ちょっと料理に挑戦してみようと思います!』
『今回作るのはこちら。鮭のムニエルです! ワクワクが止まりませんっ!』
『材料はこちら!』
『鮭の切り身が2切れ、塩と胡椒、薄力粉』
『バター20g、オリーブオイル、レモンとパセリです』
『まずは鮭の下ごしらえから始めます』
『キッチンペーパーを1枚敷いて、その上に鮭を置きます』
『そのままペーパーで包むようにして、表面の水分を軽く取っておきましょう』
『切り身を潰さないように、あまり力を入れすぎないようにっと』
『……はい、これでよし』
『水分が取れたら、トレーの上に鮭を置いて塩とこしょうで下味をつけます』
『こんな風に、少しずつ振りかけていきます』
『満遍なく、でもかけすぎないように注意です!』
『前にかけすぎてちょっとしょっぱくなっちゃったことがあるので……。裏側にも忘れずに、ちょっとずつ』
『次は薄力粉をまぶしていきます』
『トレーの上で全体にパラパラとふりかけます』
『しっかりとまぶして、余分な粉は軽くはたいて落としましょう』
『これで鮭の準備は完了です!』
『さあ、いよいよ焼いていきます!』
『フライパンにオリーブオイルを垂らして、スイッチON!』
『火がついたら、バターを20g入れちゃいましょう』
『これを入れるととろりとして美味しさアップなので、オススメです』
『…バターが溶けてきました。いい香り~! オリーブオイルと一緒に全体に広げて…』
『では、鮭を焼きます!皮のついている面を下にして焼き始めましょう』
『皮がパリパリになるし、油も溶け出て美味しくなる…らしいです!』
『そーっと、箸で掴んで、はい!真ん中に置けました!2切れ目も隣に並べます』
『ではフタをして、中火で3~4分ほど焼いていきます』
『バターが焦げないように、火加減は少し控えめにしてもいいかも』
『気になる人は途中で箸でちょっと持ち上げて、焼き具合をチェックで』
『……3分経ったので、様子を見てみます!』
『フタを開けて、そっと持ち上げると……おお~、焼き目がいい感じ!』
『こんがり明るめの色がついていたら、ひっくり返してOKです!』
『熱いけど、そ~っと返して、と…』
『ひっくり返したら、さらに2~3分焼いていきます』
『中までしっかり火が通るように、火加減は弱火~中火くらいにします』
『火が強すぎると外は焦げて中は生、なんてこともあるので焦らずに…』
『焼き加減が足りないときは、もうちょっとだけ焼いてもOK!』
『……よし、3分経ったのでチェックします』
『うん、いい香り。焼き目もバッチリです!』
『焦げる前にお皿に移しましょう。箸で端をそっと持って、崩れないように気をつけて…』
『はい、無事にお皿に乗せられました!』
『最後に、レモンとパセリをちょこんと添えて……』
『みのり流・バターほんのり鮭のムニエル、完成です!』
『みんなもぜひ作ってみてね~!』
――― ◇ ―――
「……こんな風に配信で料理をできたら、って思ったんだけど、どうかな?」
再生が終わって、モニターには鮭のムニエルの映像と三角の再生ボタンがぽつんと表示されていた。振り向いた遥ちゃんはすっかり目を丸くしている。
「この映像が、みのりの家にあったの?」
「うん。オーディションで提出した映像の一つだよ」
「料理を作る配信、か。みのりが心当たりがある、って考えてたのはこういうことだったんだ」
「昨日の最後に雫ちゃんが話していた"料理"って言葉で思い出したんだ。料理なら知っている人も多いかなって」
「あら、晩御飯のこと?配信のことは思っていなかったのだけれど……」
「はい。でもこんな風に日常で出てくるような料理なら、新しく見たいって思う人もいるんじゃないかと思って」
まだ始業式の記憶が残っている春のある日のこと。
遥ちゃん、雫ちゃん、愛莉ちゃん、そしてセカイとの出会い。様々なことを経て新しいユニット『MORE MORE JUMP!』を結成することになった。
現在の活動は主に配信を行っているけれど、その内容の全てが決まっているわけじゃない。
今のところ中心となっているのは勿論アイドルとしての活動。ただ、それしかやらないのは駄目かもと思って、意見を出し合ったのが昨日のことだった。
練習の風景や雑談、ちょっとしたチャレンジ……。
考えた中から実際にできることを絞らないといけない。昨日はまとまり切らずにいたけれど、雫ちゃんが最後に言っていた料理という言葉にピンときた。
家に帰って探したらまだ残っていた、何年か前のオーディション映像。今日は話し合いを再開する前に、その映像をみんなに見てもらっていたのだ。
「う~ん……」
「愛莉ちゃん、難しいかな?」
「……確かに、たまにやるのはいいと思うわ。ただ、配信で料理を作るのって簡単じゃないのよ」
「やっぱり、そうなの?」
「ええ。どんな料理にするか、視聴者が興味を持つものを選ぶ必要があるし。料理によっては準備が大変で待ち時間も多いし、その間に飽きない工夫がないと。料理番組ではよく“作っておいたもの”を用意してるのは知ってるでしょ」
「たしかにお菓子作りの番組でも、『○○分置いたものがこちらになります~』ってよく言ってたような……」
「あれは時間の短縮とアクシデントの防止を兼ねているものね。この映像も編集でカットがあるし、たぶん取り直した部分もあるんじゃない?生配信となるとそれができないから、作れるものは限られるわ」
「料理の練習に時間を割くわけにはいかないもんね……」
料理というアイデア自体は良いけど、どこで撮るか、どう工夫するか……課題は山ほどある。何度も番組に出演してきた愛莉ちゃんだけあって、返す言葉がない。
――― ◇ ―――
「……あら?何だか早いわ~」
「ちょっと、雫!? リモコンの早送りと音量ボタン押しちゃってる!止めて!」
「えっ?あっ、ごめんなさい! え~っと、これが停止ボタン、こっちが音量ボタンよね……?」
上手くまとまらず思わず項垂れたその時、突然モニターの映像が大音量と共に動き出した。雫ちゃんが再生ボタンを押そうとして間違えちゃったみたい。
ボタンを押すと早口で動き回っていたわたしの動きは止まり、音量も元に戻った。
「……ふぅ、危なかったわね」
「びっくりさせてごめんなさい。でも、みのりちゃんの昔のオーディションって言うから、もう一度見て見たかったの」
画面に映っているわたしはまだ中学生の頃の服装。それも、オーディションの応募した数が両手で数えられた頃のもの。
改めて見直していると演技や声も緊張してるし、セリフが飛んだりつっかえているのが丸わかりの出来だった。
「たしかに、今のみのりよりも何だか小さく見えるね」
「ええ。でも素敵な笑顔は一緒だわ」
「えへへ、ありがとうございます」
「固くなっているところはあるけれど、カメラはブレが無くて意外としっかりしてるわね。一人で撮ったの?」
「この時は少し、お母さんたちにも手伝ってもらって。片付けに調理、色んなことを教えてもらったんだ」
鮭は好きだし料理を作ったこともあるから慣れていたけど、うっかり鮭の身が折れてしまうアクシデントがあった。
次は成功して、その日の晩御飯は皆で鮭のムニエルを食べたのを覚えてる。
焦がさないか心配しながら撮っていたことを思い出していると、雫ちゃんがポツリと呟いた。
「それにしても、料理をテーマにする審査なんて。どんな料理ができるか試したかったのかしら?」
「いやいや、料理専門のアイドルじゃあるまいし。でもどこがチェックされるのか気になるところではあるわね」
「確かに……オーディションでは慣れていないテーマを出すことで、応募者がどう反応するのかを見極めたかったのかも?」
「あるいは、自分でコンテンツを考える構成力を確かめたかったのかしら。みのりは審査基準については何か知ってる?」
「うーん、そこまでは分からなくて。この二次審査で私は不合格になって、審査員さんの話も聞けなかったから……」
中学生になって、お母さんたちの許可をもらってからオーディションへの応募を始めた。
面接で不合格だったり、書類審査で落ちることも良くあったけど、書類審査と一次審査を突破できた、数少ない挑戦の一つだった。
二次審査の概要として届いた紙には、お題が「料理」の一言だけ。
短い時間で作成するよう指示はあっても細かい条件指定は何も無くて、一体どうすればいいのか分からなかった。
迷いに迷った末、料理を作る動画を撮ることを選んで、脚本を作ったり何を作るか考えたり。この時期は二次審査のことで頭がいっぱいで、学校の授業も上の空で聞いてたかもしれない。
それだけに不合格の通知が届いた時は、少しへこたれそうだった。
審査基準の代わりにあの時のことを話し終えると、雫ちゃんが何か思いついたのか、愛莉ちゃんを呼んでいた。
「ねえ愛莉ちゃん、検索って、これで良いのかしら?」
「?ええ、そこで合ってるわ」
「ええと、これ、あとそれを入力して……検索、と」
「雫ちゃん、何か気になったの?」
「みのりちゃんの教えてくれた事務所の名前だけど、どこかで聞いたことがあったの。……公式ホームページって、これじゃないかしら?」
「あっ、その事務所です!」
雫ちゃんの手にある画面に映っていたのは、このオーディションを行っていた事務所のホームページだった。
昔見た時よりもメンバーの写真が増えているような気がする。衣装もなんだか綺麗で、ホームページもかなり見やすい仕組みになっていた。
「メンバーの一覧はこれね。この子、配信の参考としてみんなで見た子じゃない?」
「ホントだ、この事務所に所属していたなんて!」
「私も見てみようかしら。……ダンス大会で優勝した子に、ピアニスト、プログラマーまでいるなんて、どうやって探したの?」
「確かにどの子も特技が描いてあるわ。あっ、この子は書道が得意なのね。しいちゃんなら知っているかしら」
「紹介ページから見ても、個人のプロデュースに力を入れている。最近はソロ活動だけでなくグループでの人気も増えてるみたいだし、着実に流れに乗ってそうだね」
遥ちゃんによると、グループよりも一人一人の活動を重視している、中々珍しいスタイルの事務所だそうだ。
ここ数年で少しずつ知名度を上げていて、出演する場所も増えているみたい。そう遠くないうちに無視できない存在になるって、マネージャーさんから聞くこともあったらしい。
「……確かに、私もQTにいた頃に聞いたことがあったわ。でも、ここまで大きくなっているなんてね」
「おそらく、大変なのはこれから。大手もこの勢いを放ってはおかないだろうし、新規メンバーの対応も加わるから力が問われる正念場だろうね」
「あら、このグループ、料理番組にも出てるのね。もしかしてオーディションはこのために?」
「えっ?ホントだ、番組の出演が始まった時期を逆算すると、時期が近いわね」
「この番組は料理の技術は勿論、トークをはじめとする対応力も問われるし、それを見越しての審査だったのはありえるかも」
「……私、とんでもないところに応募してたんだ」
技術も業界のことはもちろん、わたしは未だに知らないことがたくさんある。
あの頃もアイドルになりたい、っていう気持ちだけが強くて、とにかく目に留まったオーディションに次から次へと応募していた。
ちょっと恥ずかしいけれど、今も同じ。
まだスタートラインに立ったばかりで、アイドルになることへの期待とはじめの一歩を踏み出す先への不安。どちらもわたしの中には一杯だ。
――― ◇ ―――
「まあとにかく、ええと、最初の話が……」
「料理の配信?」
「そうそう、料理だったわ。みのり」
「はっ、はい!」
少し考えこんでいる内に反応が遅れちゃった。
慌てて返事をすると、ほほ笑んだ愛莉ちゃんの顔が見える。
「配信で料理をするみのりの提案、次の番外編としてやってみましょう」
「ほんとですか!」
「私は賛成よ~」
「うん、息抜きとして行うのは良いんじゃない?」
「でも、あくまで中心はアイドルとしての活動だから。やるからといって、練習は手を抜かないわよ?」
「はい、頑張ります!」
今は、ひとつのアイデアが通っただけ。ここから先、もっともっと工夫して、努力して、形にしていかなきゃいけない。
遥ちゃんも、愛莉ちゃんも、雫ちゃんも。すぐ隣にいるのに、その背中はどこか遠く感じることもある。
もっと多くの人に希望を届けられるように、わたしも頑張らないと。
「さて、そろそろ時間だし、今日の練習を始めるわよ!」
「よ、よろしくお願いします!」
おまけ
「ここでターン、足を踏み出して……」
「……なんだか嬉しそう、みのり」
「最近はどうしようって、考え込むことが多かったけど。やっぱり、笑顔が一番似合うわ」
「ふふっ、本当に。愛莉も、最終的には認めるつもりだったんじゃない?」
「さぁ、どうかしら?駆け出しだからこそ、変なアイデアだったら容赦なく却下するつもりだったわよ」
「でも、配信で料理をするなら何を作ろうかしら。おにぎりや味噌汁、餅を作るのは得意よ?」
「これからの季節を考えると、かき氷やアイスはどう?ペンギンのデコレーションならお任せあれ」
「あら、それなら大福みたいにしてみるのはどうかしら?バニラアイスをお餅みたいな生地で包んで、色んな形を作れそうよ」
「それは良いかも。大福の白い生地にペンギンの顔をチョコペンで描いて……」
「ちょっとちょっと、盛り上がるのは良いけど、あくまで時々って約束よ!?まだ他に決めなきゃいけないこと、山ほどあるんだから!」