MORE MORE JUMP!のメインストーリー前、現役アイドルの時は3人とも友人と食べ歩くことが少なかったかもしれません。
今回は杏と一緒に、お忍びのごはんに出かける遥のお話です。
『待ち合わせ場所ついた』
『遥は今どこ?』
曇り空ながら、暑さをじりじりと感じる土曜日の午後。
行き交う車の音を聞きながら信号待ちをしていると、杏からメッセージが届いていた。
送られたスタンプはひまわりを持ったライオンが『1』の札を掲げている。どうやら、勝負は私の負けらしい。
『今交差点』
『あと1分で着くから待ってて』
白旗を振るペンギンのスタンプを添えて返信すると、えっへんと胸を張るライオンがすぐに返ってくる。
思わず苦笑しながら、青信号に置いて行かれないよう足を踏み出した。
「やっほー。1分32秒差で、私の勝ち。昨日言った通り、先に着いた私が最初に焼くってことで」
長い交差点を渡り切った先で、どこか誇らしげな顔の杏が立っていた。
ちゃんとタイマーまで使っているあたり、相当気合が入っているらしい。
「信号で止まってたんだから、誤差の範囲じゃない?でもいいよ、杏が最初に焼いて」
「あれ、案外あっさりじゃん」
「これくらいで揉める年でもないでしょ。私たちも」
小学生の頃なら言い合いになっていたかもしれない。
でも今はお互い高校生だ。今の格好を考えると大通りで騒ぐ勇気なんてない。
「そうだ、忘れてた。お互い変装してるんだった、私たち」
「これで変装って、大げさすぎじゃない?ちょっとよく見れば簡単に分かるレベルだよ」
私は黒ベースのウィッグに伊達眼鏡に白いマスク。杏はポニーテールに、斜めがけのポーチ。ぱっと見ではどこにでもいる学生だ。
知っている人がすぐそばを通ってもたぶん気づかれない。それくらいは工夫している。
「まぁいっか。立ちっぱなしもなんだし、早くいこ」
「行くって言っても、今の杏だとすぐ着いちゃいそう」
「いいのいいの、こういうのは到着するまでも楽しいんだから」
ちらりと見た大通りには、お好み焼きの看板が小さく隠れている。
今日は、杏と二人でお好み焼きを食べに行く約束の日だった。
――― ◇ ―――
「2名で予約の白石様ですね。それでは、指定のお部屋へご案内いたします」
エレベーターを降りた後、杏が予約画面を店員さんに見せると、さっそく個室へと案内された。
初めて訪れる店だったけれど、雰囲気は落ち着いていて清潔感もある。学生が少ない時間帯なのか、通路を通る間も他の個室からの声は聞こえてこなかった。
「白石“様”、ね」
「……なあに、その顔?私の名前で予約したんだから、仕方ないじゃん」
「わかってるって。予約ありがとう、白石“様”」
「まったく、そういうところは変わらないんだから……」
むすっとした表情のわりに、視線はそわそわと落ち着かない。
心はもう、お好み焼きに向かっているのかもしれない。軽やかな足取りで個室に入っていく姿はごまかせていなかった。
「ご注文は、こちらのタブレットからお願いいたします。何かございましたら、お気軽にお声がけください」
鉄板やタブレットの使い方を丁寧に説明した店員さんが静かに部屋を後にする。
その背中が見えなくなった瞬間、杏がぱんと両手で自分の頬を叩いた。
「……ふぅ。やっと気が抜けるね!」
「まるで私のことを気にかけた、みたいな言い方だけど。実際はお好み焼きのことで頭がいっぱいだっただけでしょ」
「いやいや、ちゃんと気にしてたって」
そう言いながらもタブレットを真っ先に手に取っている。
外での控えめだった様子とは打って変わって、にまっと笑うその顔はいつもの杏そのもの。お互いに変装を外しながら、タブレットのメニューを開いた。
定番メニューには豚玉、イカ玉、エビ玉といった写真がずらり。
そばやうどんのトッピング、ねぎやチーズの追加も自由に選べるようだ。
「さて、最初に焼くのを決めようか。杏は何にする?」
「私はもう決めてきたよ。豚玉の、サイズは並でいいかな。遥は?」
「豚玉、サイズ並、と。うーん、じゃあ私はエビ玉にしようかな」
「あれ、豚玉じゃないんだ?こういう迷った時は一番人気って書いてあるのを選ぶと思ったのに」
「エビ玉には“ヘルシー志向”ってあったからね。それに杏のも少しもらうつもりだったから、味が被らない方がいいかなって」
「ちょっと、私の分をもらうの前提!?まったく、その分エビ玉もらうからね!」
少しむくれた杏を横目に、お互いに注文を選んでいく。
お互いに違う味のお好み焼きを分け合う、というのはここに来たら一度はやってみたかったこと。
杏も冗談でそっぽを向いただけだし、ここはトッピングの追加で許してもらおう。見えないように、こっそり『豚肉プラス』のボタンを押した。
注文を確定すると、「おかわりのご注文はいつでもどうぞ」の文字がすかさず表示される。
セットが届くまでは少し時間があるし、その間に役のための準備をしておかないと。
「はい、これ杏の分の水」
「ん、ありがと。これ遥の箸ね。お好み焼きの取り皿って、たぶんこれかな?」
「それって予備じゃない?注文と一緒に取り皿も来るかも」
「う~ん、ま、いいでしょ。きっとどれも使うし」
分けっこだもんね。そう言って、いたずらっぽい目で取り皿を手渡してくる杏。
子どもの様な口ぶりがふいに可笑しくて、つい笑いそうになる。誤魔化すようにお皿をそっと引き寄せた。
「それにしても、杏から誘われた時はびっくりしたな。急に『遥、お好み焼き食べに行こう!』なんて」
「えっ、それそんな急だった?起きてる時間だと思ってけど」
「具体的に言うとちょうど明日の準備が終わって、『よし、寝よう』って布団に入った瞬間だったかな」
「その時間で?今も早く寝てたんだ」
「半分冗談だけどね。まあ寝られるときにちゃんと寝ておかないと、体調を崩すかもしれないから。今もやめてないよ」
早く寝るのは、かつてアイドルとして活動していた頃の名残だった。
夜更かしは次の日のパフォーマンスに響く。それもあって、当時は杏と夜遅くまで長電話することもなかった。
引退した後は必要なくなったけど、一度見についた習慣はそう消えない。
無理に起きようとしたこともあったけど、当時は自分を追いつめるようなことばかり考えるのが嫌になって、結局横になっていた。
今はMORE MORE JUMP!としての活動があるから、結果的に良い方向にはたらいている。
「ま、急に送ったのはごめん。店の開いている時間を基準に考えちゃってたかも」
「杏の家っていうと『WEEKEND GARAGE』だよね?たしか、夜も開いてるんだっけ?」
「イベントじゃなければ、深夜前には終わってるかな。うちの閉店時間の後も営業してる店は幾つかあるし、窓の外を見たらどっかの明かりは必ず見えるんだ。おかげで天体観測が中々できないのはネックだったけど」
「それは店のせいなの?見ようとして寝落ちしてただけじゃないかな。夏休みの終わりに宿題を見せあった時も、寝あとが紙に付いてたし」
「うっ、その節はお世話になりました……」
今思えば、随分と懐かしい。
小学校の時、夏休みの自由研究を前にした杏が、星座を書こうと言い出したのがきっかけだった。
違う星座を狙うのは暗黙の了解。競争相手が夏の大三角を書くと予想して、私は射手座を書いたんだ。
しばらく経った後、お互いに自由研究を見せ合ったら杏は書いていなかった。ついていたのは寝た後のしわと消しゴムの跡。そして星座が書かれた何枚かの紙だけ。
「あの時、夏の大三角を書いた紙と秋の四角形を書いた紙がなかった?それで、どっちも一緒に見えるタイミングで描きたい、って言ってたっけ」
「そう、私絶対負けたくなくてさ。ただ大三角形を書くだけじゃ駄目だって思ったの。折角だから秋の四角形で有名なペガスス座とアンドロメダ座も書くぞって」
「……杏だけに?」
「うるさいうるさい。でも何度も寝落ちしちゃって、しかもどっちかが建物の陰に隠れたり、明るくて見えないことが多かったんだよね」
「ああ、だから明かりが目立つって言ってたんだ」
『ぜったい両方書くから』
そう意気込んだ杏を放っておけなくて、一緒に天体図鑑や星座早見表とにらめっこ。
何日か経った後に両方とも書けて眠たそうに笑う姿が、何となく嬉しかったのは内緒だ。
懐かしんでいたその時、卓上の合図が鳴った。
どうやら注文が届いたらしい。
――― ◇ ―――
「お待たせしました。豚玉1つ、エビ玉1つになります」
満面の笑みを浮かべた杏がトレーを受け取る。
その上には既に具材が入ったボウルが二つ並んでいた。
お好み焼きについては少しだけ調べてきたけど、材料は最初から全部混ぜられているらしい。自分の好きなように生地を混ぜて、鉄板に流し込む。それがこの店のスタイルのようだ。
セット済みの鉄板はじんわり熱を帯びていて、軽く水を垂らせばじゅっといい音がする。
「これを自分で混ぜて焼く、と。うっかり豚肉が混ざんないように気をつけなくちゃ」
「私はエビ玉だけど、どうしようかな?杏はエビが入ってた方がいい?」
「エビのない部分だけ分けるつもり~?ちゃんと入れてよ」
「ふふっ、分かってるよ。じゃあ、エビは生地の上に乗せる感じにしよっか」
予備のお皿がさっそく役に立った。
ボウルに乗っているエビをお皿に移してから、ボウルの中身を付属のスプーンで混ぜる。
ざっくりと切られたキャベツに玉子、ねぎ、紅しょうが。具材をこぼさず、生地を飛ばさないようにするのはちょっと大変だ。
どうにか混ぜ終わると、向かい側の杏が真剣な顔でスプーンをぐるぐる動かしていた。
その表情があまりにも一生懸命で、ちょっと笑いそうになる。
「杏、そろそろ熱くなってきたけど、いける? 最初に焼くんでしょ」
「あ~っと、もうちょっとだけ待って!もう少しで混ぜ終わるからっ」
「大丈夫、急いでないから。私ももうちょっと混ぜようかな。メニュー表に書いてあったアドバイスもあるし」
「分かった!あと20秒でいける!」
ボウルの縁ぎりぎりまでスプーンを回しながら、杏が声を張り上げる。
まるでリレーで1位を争っているみたいな気迫だけど、ただお好み焼きを焼こうとしているだけだ。
杏の開いていたメニューに書かれたアドバイスを見る。
『空気を含ませるように、豪快に混ぜろ!』
なるほど、杏はしっかり読んで実践していたらしい。
「よし出来た!豚玉行きまーす!」
生地がボウルから鉄板の中央へ勢いよくなだれ込む。
じゅぅうっと豪快な音が鳴り、湯気が一気に立ちのぼった。
思わず身を引いたけど、もう少し反応が遅いとボウルを落とすところだった。
「こんなに派手だなんて……家で作る時と全然違うんだね」
「そりゃもちろん!なんたって鉄板の大きさも、具材も違うからね!」
「具材は関係あるのかな?でもなんだか、バーベキューみたい」
もしこれが屋外で、焼いているのが野菜やお肉だったなら、まさにバーベキューそのもの。
小さい頃に何度か行ったきりだったけど、その時のワクワクがふっと蘇る。
「ほら、私は入れたから。次は遥の番だよ」
「大丈夫、ちょうどかき混ぜ終わったから、今から入れるね」
杏に急かされながら、私も自分のボウルを手に取る。
腕を伸ばして鉄板に生地を流し込み、固まらない表面にエビを一つずつ丁寧に乗せていく。立ちのぼる湯気が手に当たって、少しだけ熱かった。
――― ◇ ―――
「そろそろかな?」
6分くらい経ったころ、豚玉は肉が白く色づいて、もうひっくり返せそうだった。
エビも透き通った色から変わっていて、火は十分通っていそう。
だけど先に焼いた杏の手並みを、今はじっくり見ておきたい。
「私、先にひっくり返すね」
杏が両手に銀色のヘラを握り、構えを取った。
右と左、それぞれからスッと差し込んで、ぐいっと底に滑り込ませる。
「ヘラを両方からお好み焼きの下に入れて……それっ!」
くるり、と見事なスナップで半回転。
豚玉は崩れることなく裏返って、元の位置に着地した。焼き目はこんがりとした薄い茶色で、じゅわじゅわと音を立てている。
そのまま杏はヘラを使ってへこんだ形を整えていく。
「ふう、危なかった~。もうちょっとで表面の豚肉が崩れるとこだったかも」
「一発で成功するなんて……。あの一瞬で肉がズレてるって分かったの?」
「まあね。ホットケーキ焼くのには慣れてるし。こうやって覗くとほら、豚肉がちょっとはみ出てたから」
思えば杏は店の手伝いをすることもあるし、意外と料理に慣れてるのかもしれない。
私もせっかくお手本を見た手前、失敗するわけにはいかない。
「じゃあ、次は私の番かな」
「はい、これ。遥のはエビ玉だし、エビが小さくて崩れやすいから気をつけてね?」
手渡された2本のヘラは思った以上に大きめのサイズだけど、これならお好み焼きが割れることもないはず。
それでも、自分で挑戦するのは初めてだ。震える手を抑えて息をのむ。
(お手本は見た。生地も固まってる。あとは、私が落ち着くだけ)
ステージに立っていた頃のことを思い出すと、自然と緊張が引いていく。
手にしたヘラから、ほんのりとあたたかさが伝わってきた。
「左右からヘラを入れて……」
「そうそう、深めに差し込んで大丈夫だよ」
視線はお好み焼きに釘付けで、杏の表情は見えない。
でもその声が、背中を押す応援のように感じた。
「全体を持ち上げて……」
「うん、いい感じ!あとちょっと!」
「パタンと……倒す!」
ヘラをぐっと持ち上げて一気に返すと、じゅわっと焼け付く湯気が立ち上がった。
そっと表面を覗いてみれば、エビも崩れていない。少し中心がずれたかもしれないけど全体としては問題ない。
ほっと息をついてヘラを置くと、杏が目を輝かせていた。
「凄いじゃん遥!一発で成功なんて、本当に初めて?」
「初めてだよ。もしかして失敗するのを期待してた?」
「いやいや、そういうわけじゃないけど。私最初の頃ボロボロだったし、遥もそうなるかも、って思ってたから」
「何だか想像できるね。杏のことだからヘラ一つでひっくり返そうとして、真ん中で割れたんじゃない?」
「えっ何で分かったの?なんか色々と負けてる気がする……」
項垂れる杏の姿に笑ってしまうと、むすっとした顔でこちらを睨んでくる。
目の前の鉄板では、豚玉がはじける油の匂いと共に香ばしく焼けていた。
「いい感じに色がついてきたし、お皿に移そうかな」
「遥の分もひっくり返して6分経ったし、竹串刺してみる?」
気づけば思ったより時間が経っていた。
杏が竹串を真ん中に刺し込み、中の様子を確かめている。それを見て、私も自分のエビ玉に竹串をそっと差し込んでみた。
待っている間に聞いたアドバイスだと、どろっとした生地が出てこなければ大丈夫らしい。
「オッケー、私は焼けてる。遥はどう?」
「私の分も生地ははみ出てないから、大丈夫かな」
「よし!じゃあひっくり返して、お皿に移そっか」
二度目となると手慣れたもの。
緊張することもなくひっくり返せた。しっかりとエビも豚肉も焼き目が付いている。
エビが一個だけぽろっと取れて、お返しとばかりに杏にくすっと笑われたのはちょっと悔しかったけど。
「それじゃ焼き上がったし、いただきます!」
「いただきます」
個室とはいえ、周囲には他のお客さんもいる。
声は少しだけ控えめにして箸を手に取った。
お好み焼きを割って生地の断面を見てみると、しっかりと柔らかく焼き上がっていた。
これからソースをかけるけど、その前に少しだけ切り取っておく。
「はい、エビ玉。杏の分ね」
「えっ、いいの?あれ冗談半分だったのに……」
「そう?じゃあこれは私が貰うね」
「ちょ、待った待った!食べるから!お願いだから持っていかないでください、遥様~!」
「ふふっ、よろしい」
もう一度渡すとほくほくとした顔でエビを見つめている。
大きめのエビが乗ったところを渡したし、これは豚玉にも期待できそうだ。
――― ◇ ―――
豚玉のおすそ分けをもらった後、私は卓上のソース瓶を手に取った。
目の前では杏が機嫌よく鰹節の上から青のりをかけている。
お互い最初は甘口ソースからかけるつもりだったけど、手を伸ばした先が同じだったことで争いが勃発。
厳正なるじゃんけん一本勝負で決めた結果、私は後になった。
杏は自分の分にたっぷりかけてたけど、ソース味が強くなるんじゃないかと心配になる。
私は薄めにソースをかけてから、事前に考えておいたトッピングを手に取った。
使うのは鰹節と紅ショウガ。辛い味は得意じゃないけど、お好み焼きは色んな食べ方があると聞くし、先入観にとらわれずに食べてみたい。
全体に鰹節をかけた後に少しずつ紅ショウガをのせていると、あれ、と口にソースの付いた杏が呟いた。
「もう一回紅ショウガ使うの?ボウルの中にもあったし、あんまり甘くないらしいけど大丈夫?」
「うん、いいの。甘めのソースにピリッと辛い生姜が混ざるとどうなるか、試してみたいんだ」
「ふ~ん、私は甘い方がいいし、生姜はあんまり使わないかな」
「杏は昔からそうじゃない?小学校の時、一緒に作ったカレーライスも甘口だったし」
「そうだっけ?んぐ、言われてみればそんな気もするけど、あんま自覚なかったなぁ」
思い返そうと首をかしげる杏を尻目に、紅ショウガを少し散らす。
これでトッピングはのせ終わったし、私も一口食べてみよう。
茶色の焦げがくっついたお好み焼きをパリッとかじる。
お店で並んでいる物とは違って、表面はでこぼこしてちょっと固め。
もっと上手く焼けたら、お父さんやお母さんと一緒に食べた時みたいになるのかもしれない。
ソースは程よく甘いし、エビも表面はカリッとして中は柔らかい。
紅ショウガは酸っぱさより辛さの方が強く出ている。とはいえワサビほど強くはないらしい。更に一口食べても辛みはあまり厳しく感じない。
でもこれで十分。やっぱり次焼くときは乗せずに食べてみよう。
味わって食べていると、小皿に乗せた分がなくなるまで意外と時間がかかった。
最初はちょっと大きめに分けて頬張ったし、もう少し小さめに切ろう。
空になった小皿を置いた時、ふとチーズの匂いがくすぐった。
「それって一緒に置いてあったチーズ?」
「そうそう。残った分は焼きチーズを乗っけて食べよっかなって」
いつの間に取ったのか、油がひかれたところに小切りのチーズがたっぷりと置かれている。
ピンと伸びていたはずのチーズはすでにその原形を保っていない。ただでさえ熱した鉄板の上だし、焦げが端にできるまで時間はかからなかった。
「これをヘラですくって、お好み焼きにのせて、と」
「上に乗り切らなくて落ちてるけど……」
「たまにだからいいの。むしろ、こうやって試行錯誤しながら食べ比べできるのがお店の醍醐味よね」
焼き立てのチーズでお好み焼きはすっかり隠れて、もはやピザみたい。
でも楽しそうに食べる杏を見ていると、最初に全部ソースをかけちゃったのが少し惜しくなった。
もう一度学校へ通うになって、できた時間に杏と何処かへ行くことは増えたけど。その度に新しい発見ばかりだ。
「……本当に、ありがとう」
「どうしたの?そんなじっと見て」
「何でもない。ほら、頬にソース付いてるよ」
「うそ?サンキュー。まあでも大丈夫でしょ。この後また付くんだし」
手元のソースを見せつける暢気な顔とは裏腹に、最後のチーズを頬張っている。
焼き終わったタイミングはほとんど変わらないのに半分残ってないあたり、食べるスピードが速すぎる。
この調子だとすぐに食べ終えそうだし、次の注文を先にしておこうかな。
「杏、次は何味にする?」
「おっ、やる気じゃん遥。もしかしてチートデーだったり?」
「残念ながら違うけど、ここ最近は食べる量を抑えてたから大丈夫。だからちょっとくらいつきあえるよ」
「そう来なくっちゃ。次はイカ玉にしよっかな」
「私はねぎ焼にしようかな。そばと卵焼きを乗せて、っと」
「いいじゃんそれ!私も入れよ、プラス1で!」
しばらくは食事の量を抑えて、運動量も増やすことになりそうだ。
でも、たまにはこういう日があってもいい。
そんなことを頭の片隅におきながら、私たちは次のボウルが届くのを楽しみにしていた。
おまけ
「あら?遥、今日の練習はやけに気合入ってない?」
「そうかな。みんなに情けない姿を見せるわけには行かないもの。じゃあもう1セット続けるね」
「まだ続けるなんて……これは私たちも負けられないわね、愛莉ちゃん」
「う~ん……」
「あら?どうしたの、みのりちゃん?」
「今の遥ちゃん、前にパフェを食べに行った後、運動していた時と似てるような……」
「考えすぎじゃない?さ、みのりも発声練習に入るわよ」
「(確か遥ちゃんにつられてたくさん頼んじゃったから、体重が増えちゃったんだよね。あの後しばらく運動してた時に似てるけど、考えすぎなのかな?)」