ニーゴが打ち上げの場所として使っているファミレス、システムの都合で同じ場所に見えても実は違う店なのでしょうか。
今回は、打ち上げ会でとあることに挑戦する瑞樹たちのお話です。
ある日、少し曇っていて、暑さがやわらいだ休日のこと。
ボクたちは一緒にあるレストランに集まっていた。
4人全員の手には、すでにドリンクバーで選んだジュースが収まっている。
「それでは、新曲が無事アップできたことを記念して、かんぱい!」
「瑞希、今回のお店は家族連れも多いんだから。声は抑えてよね」
「ふふ、かんぱい」
「……かんぱい」
掲げられたコップはカツンと音を立てることなく手元に戻る。
誰もノってこないのがちょっと寂しいけど、しょうがない。お酒じゃないけど、ボクがぐいっとジュースを飲み込んだ。
今回の一番手はリンゴジュース。クセのない味が、じんわりと体に沁みわたる。
喉が渇いていたから一気に飲み干しちゃったけど、まだまだ飲み足りない。
「はぁ、ここのジュース美味しい!飲みきっちゃったし、次の分とってこようかな~?」
「早くない?まったく、飲みすぎるとお腹壊すわよ?まだまだ時間はあるんだから、ゆっくりにしなさいね」
「は~い。分かりました、ママなん」
「ちょっと、誰がママなんよ!」
おかわりを止められたついでにからかってみたら、いい反応が返ってくる。
こういう時の絵名はもっと面白くなりそうと思って口を開こうとした、そのとき。
「絵名、うるさい。声を抑えて」
「だって、瑞希が!」
「他のお客さんの迷惑になるって言ったのは、絵名でしょ?」
「うっ……それはそうだけど」
弾丸のように鋭く短いまふゆの言葉に、なすすべなく沈黙する絵名。
ニーゴのチャットでもそうだけど、ぐさぐさと刺される言葉に絵名は弱い。わかったわよ、と最後は不服そうに呟いていた。
「や~い、怒られてやんの」
「瑞希」
くるりとまふゆの顔がこちらに向けられる。
それはそれはいい外向けの笑みを浮かべて、すっと瞳を細めている。
何故だか、ボクには標的に照準を合わせるスナイパーの様に見えた。
「瑞希も、少し声を抑えようね?」
「……ハイ」
どうやら、ターゲットは絵名だけじゃなかったらしい。
コクコクと頷く僕に満足したのか、まふゆはいつもの表情に戻る。
力が抜けて座ることしかできないボクの姿に、奏が苦笑しているのが見えた。
――― ◇ ―――
(そろそろ冷めてきたかな?)
新しく登校した曲にさっそくついたコメントの反応を話し込んでいるうちに、どうやら時間が経っていたらしい。
山盛りのフライドポテトを1本手に取ると、粗熱は取れてほのかな温かさが残っていた。
このお店のポテトは、太めの皮つきタイプ。塩気も控えめで、大きな皿の隅に添えられたケチャップをつけるとちょうどいい。今日はお気に入りの服で来ているし、こぼさないように気をつけて食べないとね。
(みんな、どのくらい食べてるだろう)
ちらりと周りを見る。
前にいる奏は早く食べてしまいたいのか、小盛りの醤油ラーメンをせっせとすすっている。さっきまで曲の話題になるたびに手が止まっていたけれど、麺が伸びるのが気になるのかもしれない。
その隣のまふゆは奏に合わせると言って同じくラーメンを頼んでいた。それがいつの間にか大分食べ進めていて、奏が食べるのをじっと見つめている。
ボクの隣に座る絵名は、どうやらSNS用の写真撮影が終わったらしい。すっかり冷めたホットケーキに文句を言いながらも、しっかり口に運んでいる。
ここのファミレスを打ち上げ会で使うのは初めてだけど、今のところ反応は悪くなさそうだ。
打ち上げ会は新しい曲を投稿した後、都合が合えば直接集まって行っている。
自然と距離が近くなるから、そうしていく中で、いろいろなことを知るようになった。
奏はよくラーメンを頼む。家でもカップ麺を食べるけど、それはそれ、これはこれ、ということらしい。
まふゆは料理の味が分からない。しいて言うなら好きなのはお母さんの料理、と淡々と話していた。
絵名は注文が届いたら真っ先に写真を撮る。僕たちが自分の分に手を付けようとするのもお構いなし。
お互いの顔すら知らなかった頃を思うと、信じられない話だ。
それはボクたちの関係が少しずつ変わってきた証なのかもしれない。
とはいえ学校の都合や懐の事情、他にも理由があって4人全員が集まれる時間は貴重だ。
だから折角集まるなら、たまにはいつもと違うことをしたくなる。
(もうちょっとしたら、あの話をしようっと)
まだフライドポテトは山ほど残っている。
こっそりペースを落としつつ、また新しい一本にケチャップを付けた。
――― ◇ ―――
ポテトが残り半分になってきたころ、ようやく奏も落ち着いたらしい。麺も少なくなって顔色にも余裕が出てきた。
まふゆや絵名は言わずもがな。
そろそろ、最初の注文の時に加えた、あのサービスの話をしても良さそうだ。
「ねえ、みんな。『食後のワッフル』を作ってみない?」
突然の一言に、3人の視線が一斉にボクに集まる。
絵名は若干呆れたような顔をしていた。
「やっと?全然言わなかったから、私が説明するとこだったわよ。てっきり何か仕掛けるつもりかと思ったじゃない」
「仕掛けるってやだな、そんなつもりじゃないって。ただ、せっかくなら出来立てを食べてほしいって思ったから」
タイミングが遅かったことで弁明に徹するボクにじっとりとした視線が注がれる。
それでも本気ではなかったみたいで、まったく、という呟きと共に表情が和らいだ。
「まふゆ、奏。注文するときに瑞樹が少し話したけど、ここの店は自分でワッフルを焼くことができるの。ドリンクバーの向かい側に、『ワッフルコーナー』って書いてあるのは見えた?」
「えっ……そんなの、あったっけ。まふゆ?」
「確か、生地の入ったボウルがあったね。『食後のワッフル』って書いてあって、小さい子供たちが何人か並んでた」
ドリンクバーでお代わりを取りに行ったときボクは偵察してみたけど、事前情報通り向かい側にワッフルメーカーがあった。
うずうずしながら待っている子供たちの前で店員さんがボウルの交換をしていたから、邪魔にならないように少し待ったけど。
ボウルの中にはカスタード色の生地がたっぷり入っていたから、今行っても生地が足りないなんてことはなさそうだ。
「そう、今まふゆが言った場所にワッフルメーカー……ワッフルを焼くための専用マシンが一緒に置いてあるんだけど、そこに自分で生地を流し込んで焼くことができるんだ」
「シロップやクリームをつけることもできるみたい。ドリンクバーにちょっと値段を足すだけで自由に焼けるんだから、私も注目してたのよね」
「トッピングも自由なんだね。……折角だから、自分でやってみようかな」
「なら、私もそれでいいよ」
初めてだけど、と小声で付け加える奏。そう言いつつも不安よりワクワクしているのが表に出ていた。
まふゆはいつも通りだけど、楽しみじゃないわけではないみたいだ。
初めて、という奏の言葉を聞いて目を輝かせているのは隣の絵名。
あ……これは自分で教えようとしてるな。
「で、一度に4人全員が席を空けるのは難しいから、2人ずつに分かれて行かない?
焼きあがるのはすぐだから」
「そうだね。じゃあ、私は瑞希にお願いしようかな」
「え?」
「え?」
お互いに疑問符が頭に浮かんでいる。
自然な流れで頼んだとは裏腹に、目論見が一瞬で砕かれた絵名はあっけにとられた顔をしていた。
「えっと、どうして瑞希を?」
「どうしてって……前にいたのが瑞希だったし、それにお互い通路側の席だったから」
合わせた方がいいかな、ってきょとんとした顔を浮かべる奏を攻撃することは出来なかったらしい。
追い打ちをかけるように笑顔のまふゆが口を挟んだ。
「私もワッフルを焼いたことがないけど。絵名は私だと教えるのがダメってこと?」
「あ、いや……そんなことはありません、ハイ」
いつだったか、没になった歌詞のフレーズを持ち出して問いつめるまふゆ。
これには敵わないようで、絵名も折れちゃった。口調も敬語になってるし。
「私は絵名とトッピングを考えるから。二人が先に行ってみて」
「うん。行ってくるね、まふゆ」
「覚えてなさいよ、瑞希ぃ……」
恨めしそうにこちらを見る目が怖い。
ほんの少し逃げたい気持ちが早足にならないよう、奏と一緒にワッフルコーナーへ向かった。
――― ◇ ―――
ワッフルコーナーはちょうど人の列が無くなった頃だったらしい。、
2台あるワッフルメーカーは両方ともふたが開いていた。
「それじゃあ、ワッフルの作り方を説明するね」
「うん、よろしく。瑞希先生」
冗談めかして微笑む奏の視線が眩しい。
絵名じゃないけど、これは気合が入る。失敗できないミッションだ。
こっそり深呼吸をしながら、二人でボウルの前に並んだ。
「まずワッフルメーカーがちゃんと開いているか確認して、このボウルに入ってるおたまを取ります」
取りやすいように外側に出ている長い柄の部分を取る。
ホテルやレストランで見るような、深くくぼんだタイプのおたま。スイーツの雰囲気を損なわないよう半透明になっている。
子ども向けだからか見た目に反して軽いし、奏でも十分持てそうだ。
「そして、このおたま一杯分だけを取って、ここに。でこぼこした黒いプレートの上にゆっくり流し入れます」
「そっか……最初からスイッチが入ってるから、いつでも焼けるんだね」
こぼしたら大変なので、そばに貼ってある『わっふるのつくりかたガイド』をちらっと見ながら、少しずつ生地を注ぐ。
その甲斐あってか、プレートに均等に生地が広がっていくのが見えた。
「あとはふたをしっかり閉じて、横に置いてあるタイマーを押す。2分待ったら、ワッフルの出来上がり!」
「瑞樹、何だか本当に先生みたい。それにこんなに簡単に作れるなんて、凄いね」
「そんな、僕なんてまだまだだよ。たまたま別の店で試したことがあるだけだから」
「それでも、ありがとう。じゃあ、今度は私がやってみるね」
何だか楽しそうな奏が前に出る。
ボウルは2台あるワッフルメーカーの隣に1つずつ置かれている。
開いているワッフルメーカーの前に立つと、奏はもう片方のボウルから出ているおたまを手に取った。
「おたま1杯分を取って……」
サイズが大きいからなのか、慎重に動かしている。
ボウルにおたまを沈めて持ち上げると、たっぷりと入った生地がプルプルと揺れていた。
けっこうギリギリの1杯だけど、大丈夫かな?
「これをプレートに……ゆっくり、入れる」
(がんばれ、奏。あと少し!)
うっかり声を出すと震えでこぼれそうだし心の中で応援していると、奏は少しずつおたまを傾けて生地を注いでいく。
みんなで使うものだし片手で動かすけれど、一緒に体まで傾いていくのは見ていてハラハラした。
少しずつ減っていく時間が無限のようにも思えたけど、ついにおたまで取った分は全てなくなった。
「……よし。あとはふたをしてタイマーを押すだけだね」
「うん!あとはこれで2分待ったら完成だよ。やったね、奏!」
まるでマラソンをやり遂げたかのように大きく息をつく奏。
ボクまで嬉しくなって思わずにっこりした時、突然ボクのワッフルメーカーのタイマーが鳴った。
「あ、あれ?もう時間?」
「もしかして、私、とてもゆっくり入れてたのかな……?」
思い返せば生地を取ってから運ぶ時も慎重におたまを動かしていたし、プレートに入れるときも少しずつだった。
その間はずっと奏の方を見てたし、タイマーのことは気にも留めてなかったんだ。
茫然と考えているとねえ、と奏が声をかけた。
「タイマー鳴ってるけど、ワッフルは取らないの?」
「……そうだった!焦げないうちに早く取らないと!」
余程放っておかない限り焦げることは無いと思うけど、早くとらないといつまでも熱いまま。熱いのが苦手なボクには困る。
急いでタイマーを止めて、ワッフルメーカーのふたを開けた。
「よかった、焦げずにちゃんと焼けたみたいだね」
「これが……出来上がったワッフルなんだね」
香ばしい匂いがくすぐったい。
プレートのでこぼこに合わせてできた形には、全体に薄い茶色の焼き目が付いている。
トッピングを乗せるのが楽しみにしながら、横に重ねてある取り皿を手に取った。
「ワッフルが出来上がったら、ここにかけてあるトングでプレートから取り出すんだ」
焼き上がったワッフルをトングで挟むと、すんなりとプレートからはがれた。
店によっては事前に油をひいたり、回転式のワッフルメーカーもあるらしいけど、ここのは取るときも簡単でありがたい。
「ほら、奏の方にもお皿が並んでるよ」
「そっか。大きいお皿だと思ってたけど、このために使うんだね」
うっかり落とさないよう、奏はいそいそとお皿を手に取る。
奏のタイマーも残り20秒ほど。ちょうどいい頃合いだ。
――― ◇ ―――
「意外とすぐに取り出せるんだね」
「このお店は誰でも来やすいようにメニューを工夫してるみたいだし、ワッフルも子どもやお年寄りでも作れるようにしてるのかも」
無事にワッフルを取り出した奏と最後に向かったのはトッピングコーナー。
ワッフルだけでなく、ホットケーキやアイスなど、色んなメニューに使えるトッピングが揃っている。
「いちごシロップにチョコチップ、フルーツポンチにソーダ味のソースまであるの?」
「ちゃんと見てなかったけど、こんな種類があったなんて……絵名が見たら、凄く凝ったデコレーションをしそうじゃん」
「ふふ、今はまふゆもいるから、二人分のデコレーションを見れるかも」
二人を待たせちゃってるし、話しながらボクたちもトッピングを乗せていく。
奏はソフトクリームにチョコチップ。
ボクはバニラアイスにオレンジとチョコのシロップ。
こっちも並んでいなかったし、すんなりと完成させることができた。
「やっと戻ってきたわね、瑞樹……」
「ごめん、待たせちゃった?」
「奏は大丈夫、ゆっくり作っていいから!」
「ちょっと何でボクだけ!?何か絵名にしたっけ?」
戻ってくるとやっぱり奏に甘い絵名がお出迎え。
ボクだけこの扱いなのは何かあったのかなと思っていると、まふゆが呟いた。
「大丈夫。ずっと絵名とデコレーションの話をしてただけだから」
「そう気軽に言うけどね、一つ一つ突っ込んでくるなら大変だったのよ!」
「?よくわからない」
「そのセリフ、そういうときだけ都合よく使うなっての」
冗談めかして怒っているあたり、絵名にとっても悪くない時間だったのだろう。
じゃあ行ってくるね、とまふゆを引っ張っていく姿は不思議と機嫌がよさそうだった。
二人が戻ってきた後は、みんなで一斉にワッフルを食べた。
絵名は一度目こそ簡素な盛りつけ方だったけど、おかわりの2回目以降は予想通り凝ったデザインを持ち帰ってきた。
まふゆはうさぎをリンゴソースで書いてたし、奏はワッフルと一緒にフルーツポンチを食べてお腹いっぱいになっちゃった。
ボクも負けないくらい色んな味を楽しんで、その日は夜までいい気分が続いたと思う。
(やっぱりこういう時間は、大切にしたいな)
できることならずっと、こんな日々が続いてほしい。
本当はいつまでも続くと思わないけど、それでも今は。
そう思いながら、ボクはフォルダの写真を閉じた。
おまけ
「あれ、どうしたのリン?」
「瑞樹に絵名。ミクから聞いた。ワッフル、みんなで作って食べたって」
「もう聞いたの?うん、前にリンたちにも聞いてもらった曲があるでしょ?無事に完成したから、打ち上げ会のファミレスで作ってみたんだ」
「どう?これ、SNS用に撮った写真!ホイップクリームのデコレーションと、ハチミツのかけるの、調整が大変だったのよね」
「……」
「リン、もしかして食べてみたいの?」
「そんなこと……ない」
「(そう言いながら、明らかに不機嫌そうじゃない?どうしよう、絵名?)」
「……そういえば家にワッフルメーカーあったかも」
「えっ、絵名の家にあったの?」
「うん。アイツが何年か前、仕事の知り合いから送られた~とか言ってた気がする。もしそれが使えたら、セカイでもワッフルが作れるかも」
「!!……そうなんだ。興味ないけど」
「(その反応で興味ない、は無理でしょ)」
「(せっかくだしミク達も呼んで一緒に作ろうよ)」
「(本当に残ってたらよ、あくまで)」