プチセカのエピソードでカップラーメンを食べる回がありましたが、あの後にセカイに現れたメンバーは知っているのでしょうか。
今回はリンやレンと一緒にカップ麺を食べる奏のお話です。
「……これで、デモはできたかな」
大きく息を吐くと、自然と独り言がこぼれる。
ここ最近は、ずっと作業に没頭していた。
新しい曲のアイデアを思いついたのは数日前のこと。それを形にし、調整するまでが想像以上に大変で。
途中で投げ出すには惜しかったし、納得の行くものができあがるまでいつの間にか時間の感覚を忘れていた。
(今は何時だっけ……もう、11時40分?)
途中からナイトコードもミュートにしていたせいで、いつの間にかみんなが抜けていることに気づかなかった。学校のあるまふゆはもちろん、絵名や瑞希もオフラインになっている。
せっかくデモが完成したんだし、誰かに聞いてもらおうかと思ったけど、すぐには難しそうだ。
(……でも、ミクたちなら聞いてくれるかも)
私たち4人が行くことのできる不思議な場所、セカイ。
そこには、現実世界で知られているバーチャルシンガーとは少し違った姿のミクたちがいる。
あの場所なら、聞いてもらえるかもしれない。
私は疲れを感じることすら忘れた体で、画面に『untitled』の文字を探した。
――― ◇ ―――
光が途切れると、目の前の景色は私の部屋から白色が染める風景へと変わる。
ここがミクたちのいる場所、セカイ。
この場所に来るとき、最初は誰も周りにいないことも少なくない。
転移する場所が調整されているのかどうか、私には分からないけど。
(今日はいつもの場所まで近いかな)
少し離れたところに、地面に突き刺さった鉄骨が見える。
このセカイではよく目立つものだけど、ミクたちがいることも多い。
今日はあやとりをしているだろうか。色んなものを作っていた姿を思い出しながら、私はその方向に向かって歩き出した。
「奏、やっと来た」
「こんにちは、奏ちゃん」
鉄骨と人形のすぐそばに座り込んでいたのは黄色い髪の二人組。
どこかツンとしたリンと、大人しそうに手を振るレンだった。
私に気づくと、二人はそろって駆け寄ってくる。
「リン、レン。今日は二人?」
「うん。今は人形のことを教えてもらってるんだ」
「これって、あの人形展の後にこのセカイにできた……?」
「私にとっては最初からあったものだけどね。他にも人形があったから、レンにも紹介してた」
ミクも、メイコもルカもいなかったし、と示された先には、色とりどりの人形たち。
マネキンのようにしっかり作られたものから、ぬいぐるみのように可愛くデフォルメされたものまで、さまざまな種類が並んでいた。
人形展で見かけたものに似ているけれど、見覚えのないものも多い。
(これもまふゆの影響なの?こんなにあったなんて知らなかった)
あの時の私は人混みとまふゆのことが気になって、人形のことはその次だった気がする。
ここにある人形全てにモチーフがあるのだとすれば、それだけの数が展示してあったということだろう。
確かめようにも既に人形展は終わっている。制作者の元か、あるいは他の展示場所か。いずれにせよ、もう別の場所に移されているに違いない。
「ちょうどいいところだった、奏。聞きたいことがあるの」
「どうしたの、リン?」
白いリボンが耳のように、歩くたびにぴこぴこと動く。
リンはじっとこちらを見つめて、真剣な顔で口を開いた。
「ミクから聞いたんだけど。カップラーメンって、なに?」
「……えっ?」
突然の言葉に、私は思わず呆気に取られていた。
――― ◇ ―――
「これがしょうゆ味で、こっちがとんこつ味なんだ。瑞希が食べたの、こっちの青いのかな?」
「わあ、ラーメン以外もあるよ。これはうどんで、これはそばっていうんだね」
数分後、私はお湯の入ったケトルと共に、カップ麺をセカイに持ってきていた。
二人とも興味津々といった表情で、容器をペタペタと触っている。
とりあえず急いで持ってきた荷物を床に置くと、思いのほか腕のしびれはなかった。
私がこれほどのカップ麺を持ってきた訳は、数分前にさかのぼることになる。
『ミクが、二人に話してたの?』
『私たちが来るより前のことを聞いたときにね。奏たち4人とミクが、カップラーメンを一緒に食べたって聞いた』
『……カップラーメン?もしかしてあの時の』
思い出してみると、確かにそんなことがあったような気がする。
はじまりは、瑞希と絵名の『カップラーメンといえば何味か』っていう言い争いだった。
どんどん声が大きくなって、最終的にミクに判定してもらおうって話になったんけれど。
そもそもミクはカップラーメンの存在を知らなかった。
そこで私が余っているカップ麺を持っていくことになって、セカイで選んだ味を食べることになったはずだ。
『食べたのも知ってるのもミクだけ。私たちはなんにも知らない』
『リン、そんな顔しなくてもいいんじゃ……』
『でもレンだって、ミクの話を聞いて羨ましそうにしてたじゃない』
『それは、そうだけど』
リンはいつの間にか少しむすっとした顔になって、そっぽを向いている。
止めようとしてたレンも、返す言葉がないのか目をそらしていた。
でも確かに、あの時以降はカップ麺を持ってくることがなかった気がする。
瑞希があの話をしたのも、ただの世間話の一環だったと思う。
流行りだったら絵名が何か言ってそうだけど、私の知る限りカップ麺ブームなんてなかったはずだ。
『それなら、カップ麺をみんなで食べてみる?』
『え?いいの、奏?』
『もちろん。ちょうど、私もお腹が空いてたから』
カップ麺のことを思い出したら、空腹感が一気に押し寄せてくるのを感じた。
まふゆたちは来られないけど、せっかくの機会だし一緒に食べるのも悪くない。
『まだストックはあったはずだから、たくさん持ってくるよ』
『奏ちゃん、そんなに慌てなくても』
『大丈夫。ちゃんと準備して戻るから、少しだけ待っててね』
二人にお腹の音を聞かれるより前に戻りたい。
『untitled』に触れると、目の前が再び光に包まれていった。
そして今。
お湯が出来上がるまでの間に、ある限りのカップ麺を詰め込んで持ってきた。
急ぐ必要はなかったし、何度かに分けて運んでもよかったはずなのに、待たせるのも悪いと思ってつい欲張ってしまった。
一度に全部持って運ぶのは大変だったけど、リンとレンのいた場所がすぐ近くで本当に良かったと思う
「奏はどれにする?私は選んだけど」
「えっ、もう決めたの、リン?」
「ほら、ミクから聞いたときから食べてみたかった味、見つけたの」
リンがひょいと掲げたのは、カレー味のカップラーメン。
確か、前に持ってきたときに絵名が選んでいたやつだ。
「あれ、レンも?」
「ぼくは……これが気になったんだ」
「これって、きつねうどん?」
「うん。カップラーメンじゃないけど、きつねがかわいくて……」
丸いふたには、狐の絵が描いてあって大きな油揚げがのっている。横には追いかけっこをする狸と狐の姿がある。
もしかしたらラーメン以外を選ぶかもと思ってそばやうどんも色々持ってきたけど、どうやら正解だったらしい。
おずおずと手に取ったきつねうどんを見るレンの目はいつになく輝いていた。
「じゃあ、私は……これにしようかな」
早くしないと用意したお湯が冷めてしまう。
箱の中から、食べ慣れているしょうゆ味のカップラーメンを手に取った。リンやレンの選んだものと出来上がるタイミングも近いはず。
――― ◇ ―――
「奏がやってたときみたいに半分までふたを開けたけど。この中にお湯を入れるの?レンの分みたいに袋が入ってないみたい」
「うん、リンの持っているタイプは最初からかやくも入ってるから、そのままお湯を入れても良いかな」
「奏ちゃん、ここに入ってる袋って、お湯を入れて3分経ったら入れるのかな?」
「ええと……それはスープの素だから、最初に入れた後にお湯を入れる方が合ってるよ」
「ねえ、お湯ってどこまで入れたらいい?」
「わっ、いったん止めて!これの場合は……その目盛のところまで入れるとおいしくなるよ」
「ギリギリ……あとちょっとでおいしくなくなるところだった?」
「あくまで目安だし、大きくずれなければ大丈夫だよ」
「あれ、お湯を入れたら油揚げがふやふやになったけどいいのかな……?」
はじめてカップ麺を作るというのは、思いの外大変であるということを私は忘れていた。
お湯をこぼせば火傷の危険もあるし、手順を間違えると味も大きく変わってしまう。
私が作る例を見せた後、二人に教えるのに必死になっていた。
ミクの時はこんなに慌ただしくなかったけれど何故だろう。
(あの時は絵名と瑞希が主導だったし、みんなで教えたんだっけ)
私とまふゆがコンロとカップ麺を持ってくるまでのあいだ、絵名と瑞希が『カップラーメンとは何か』を説明していたと聞いている。
それにいざ作り始めてからも淡々とするミクとは対照的に、競うように教えてた。
客観的に見るなら私は一番カップ麺を作り慣れているのに、今のように一人だと教えるのも簡単じゃないのが歯がゆく感じられた。
それでも先に私が見せていたのは功を奏したらしい。
二人とも無事にお湯を入れてふたを閉じた。あとは3分後に出来上がるのを待つのみだ。
「それで、どうやって3分をはかるの?」
「ちゃんとタイマーを持ってきてあるし、二人がふたを閉じた時にボタンを押したよ。ほら」
「ほんとだ、残り2分30秒を過ぎてる」
「こそこそ動かしてると思ったら、それだったのね」
カップ麺を詰め込むとき、ついでにタイマーの予備も持ってきていた。
私が普段使っているものと、穂波さんが使っているものが2つ。
なんでも、料理をすると同時に複数のタイマーを使うことがあるらしいけど、私には想像できそうにない。
「待ってる間、ちょっと暇かも」
「でも、3分なんてあっという間だよ。あ、残り2分を過ぎちゃった」
「それなら私の分はもうすぐできるし、その様子でも見る?」
ちょうど手元に握るタイマーが鳴った。私の分は見本として先にお湯を入れていたから、先に3分が経ったようだ。
カップ麺の出来栄えを見てもらうのにはちょうどいいかもしれない。ふたに手をかけると、両隣から二人がそっと寄り添ってくる。
「湯気が出るから気を付けてね。ちょっとずつ開けるよ」
「わあ、ほんとに湯気が出てきた!」
「なんだか不思議なにおい、なんだね」
レンは驚いて一瞬身を引くけど、リンは冷静そのもの。
いや、本当はびっくりしているのかもしれないけど。
「出来上がったら、中をかき混ぜて麺をほぐすんだ」
一緒に持ってきた割り箸を取り出して、かき混ぜる。今は二人もいるからゆっくり、容器の底まで混ざるようにしっかりと箸を動かす。
しょうゆラーメンの香りが、ふわりと辺りに広がった。
「これで完成。リンとレンのも、同じように混ぜたらできあがりだよ」
「……カップラーメンってこうやってやるんだ。もうすぐ鳴りそうだから、私も箸を取っていい?」
「もちろん。はい、二人分の割り箸」
「ありがとう、奏ちゃん。油揚げを割らないように気をつけないと……」
タイマーの時間は残り僅か。
一見いつも通りの顔のリンと、少し緊張した様子で箸を持つレン。
二人とも共通するのは、その時が来るのをとても楽しみにしていること。
早く開けたいとうずうずする表情は、かつての私たちのようにも見えた。
――― ◇ ―――
「カレーのラーメンって、こんな匂いがするんだ」
「きつねうどんもしょうゆラーメンも、似た入れ物なのに、全然違うんだね」
心配はほんの少しあったけど、二人とも無事に出来上がったらしい。
我慢できなかったリンが勢いよく混ぜようとして、スープがこぼれそうになった時は慌てたけど。
お湯のかさが減ったおかげなのか、どうにか事なきを得た。
レンは慎重に混ぜようとして、全然麺がほぐれなくて困ったみたい。
箸を底までしっかり差し込むコツを教えたら、すぐに上手に混ぜられるようになった。
「それじゃあ麺が伸びないうちに食べよっか。いただきます」
「「いただきます」」
カップの上にのせていた割り箸を取り、カップのふたを外して一口すする。
二人より早く出来上がった分ちょっとだけ伸びていたけど気になるほどじゃない。
味もいつも通りのしょうゆ味。濃すぎず、薄すぎないよう、私自身気づかないうちに調整していたのだろうか。いつもカップ麺を食べるのは手早く済ませたい時だけど、曲を作るときに味の出来を思い出すことはなかった気がする。
「ふう~、ふう~」
「リン、どうしたの?」
「ん、冷ましてるの」
様子を見れば、リンが麺に向かって一生懸命息を吹きかけていた。
もしかして、お湯が熱かったのかな。私にはちょうどよくても、リンたちには少し熱すぎたのかもしれない。
「瑞希が食べたラーメン、熱くてなかなか食べられなかったってミクが言ってたから。これもとっても熱そうだし」
「ふふ、瑞希は熱い食べ物が苦手だから。時間も経ったし、もう食べられると思うよ」
「ぼくも食べられたし、リンのカップラーメンも大丈夫。だと、思う」
最後はちょっと自信なさげだけど、うどんをつまんだレンも援護してくれる。
それを受けてリンは、少しだけ警戒した表情のまま、ゆっくりと麺を口に運んだ。
つるつる、と音を立てて、止まることなく口の中へと消えていく。
「……ちょっと、辛い?」
「カレー味だからね。もし苦手だったら、他の味に変える?」
「いい。これがいいの」
そう言って、リンはカップをぎゅっと抱えるように引き寄せた。
辛さ控えめのカレー味を選んだはずだから、気に入ってくれたのかもしれない。
眉をひそめながらも、食べ進めるうちにその口元はふわりと緩んでいるのが微笑ましい。
「奏ちゃん、この油揚げ、とっても大きいよ!」
リンに怒られる前にレンの様子を見てみると、嬉しそうにちょっとふやけた油揚げを持ち上げていた。
レンが選んだきつねうどんは他の似た商品と比べても大きめのものが入っていたはず。
その分、麺の量は少なめだけれど、レンの様子を見る限り、気にしていないみたい。
「はふっ……熱くて、一口じゃ入りきらないかも……」
「うん、お湯でスープの味もよく出るからね。ゆっくり食べて大丈夫だよ」
「ん、ありがとう」
一度にたくさん食べられなくてしょんぼりと落ち込むレン。
かき揚げを食べるときもそうだけど、こういうトッピングはお湯がしみ込んで特に熱くなりやすい。ただでさえ大きいし、うどんの麺もたくさん残っている。
せっかく初めてカップ麺に触れる機会だし、味わって食べてほしい。
……カップ麺が料理なのかは別として。
――― ◇ ―――
「ごちそうさま」
食べ終わった後は残ったカップと箸を回収する。
中を見ると乾燥した具材に吸われなかったスープが残っていた。カップラーメンのスープは飲む人と飲まない人で分かれるらしいけど、二人とも飲むことはなかったみたい。
箱に入れたら確実にこぼすだろうし、手で持って帰った方がよさそうだ。
「奏、食べるのが早い」
「あはは……いつも急いで食べてるし、その癖なのかも」
「ぼく達が半分くらい残ってるのに、もう食べ終わっててびっくりしちゃった」
いつものペースで食べるとどうしても早くなってしまう。二人の様子を見ていたかったのもあるけど、むしろ困らせてしまったらしい。
穂波さんの料理も、よく噛んでゆっくり食べてください、と言われたのを思い出していると、急に二人が神妙な顔になった。
どうしたの、と問いかける前にレンが口を開く。
「奏ちゃん、ありがとう」
「本当に持ってきてくれて、嬉しかった。それに美味しかった、カレー味」
まっすぐにこちらを見つめる瞳。
そこには素直な感謝と、ほんのりと浮かんだ笑顔があった。
あるいは言葉にはされない、もっと深い気持ちもきっとあるのだろう。
「……うん。リンとレンが喜んでくれたなら、私も嬉しいよ」
私もつい、二人につられて微笑んでいた。
おまけ
「そういえば、奏はどうしてセカイに来てたの?私たちを探してるみたいだったけど」
「……そうだった。新しくデモができたからみんなに聞いてもらおうと思ってたんだ」
「もし奏ちゃんがよかったら、ぼくたち3人で聞く?」
「そうだね。まふゆたちもまだ来れないし、休むついでに聞いてみるのも良いかも」
「あら、3人ともそろって座って……どうしたのかしら?」
「このカップラーメンの山は……?」
「あ、ルカさんとメイコさん」
「しかもカレーの匂いがするし、何があったのかしら?ぜひ聞いてみたいわね」
「……はあ。話すとちょっと長くなるけどいい?」
「ええ。もちろんよ、リン」
他のバーチャルシンガーも、後でしっかりいただきました。