セカイのごはん   作:千里のみち

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司は苦手なものが家で出てきても食べるそうですが、料理を手伝うように言われたらぐっとこらえて向かうのでしょうか。
今回は苦手なピーマンの料理を作ることになった司のお話です。

※投稿後に後半部分を修正しました。


にくめないチンジャオロースー

 

 

台所に入ると、冬弥の姿が目に入った。

大きく息をつく。これほど緊張するのは、ステージに立つときでも滅多にないだろう。

あのキッチンに立てば、オレはいよいよ引き返せない。

 

 

(弱気になるな、天馬司)

 

 

貴重な時間を割いて、冬弥も来てくれたのだ。しっかりしなくては。

 

 

「俺はこれから!ピーマンを使った料理、チンジャオロースーを作る!」

 

 

自らの退路を断つためにも、カメラ機能をつけたスマホを構える後輩の前ではっきりと宣言した。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

『類!今日の差し入れ、また食べずに残してただろう?』

 

 

1週間ほど前のこと。

オレは何度言ったか分からない言葉を口にした。

 

 

『仕方ないじゃないか。野菜の味がたっぷり含まれたクッキーなんだ。僕は野菜が嫌いなのは、前から知ってるだろう?』

 

 

片付けの手を止めずにそっぽを向いているのは類。

舞台演出を担当する、ワンダーランズ×ショータイムのメンバーだ。

 

その日はステージが終わったあと、えむが差し入れを持ってきてくれた。

フェニックスワンダーランドの商品として開発中のクッキーらしく、トマトやブロッコリーなど野菜の形をしたクッキーが並んでいた。

さらに味もそれぞれの野菜をイメージして作られているとのことだった。

 

 

『えむ君だってそのことは承知していただろう?』

 

『もうこれで何度目になる?せっかくえむが試食として持ってきてくれたのに、あの後残念そうにしてたぞ。キャベツ味を試しに食べてみたが思ったより甘みの強いクッキーだった。せめて一口だけでも食べないか?』

 

『なら言わせてもらうけど、司くん。君だってピーマン風味のクッキーを残してたじゃないか』

 

『なっ、何故それを?』

 

 

じろりとにらむ視線と共にカウンターが返ってくる。

オレは基本的に何でも食べられるが、ピーマンだけはどうしても苦手だ。それを知っていてわざと言っているに違いない。

 

 

『ふうん、やっぱり食べていなかったんだね』

 

『そ、それとこれとは別問題だ!きちんと他の味は食べているし、一つの味が苦手なだけだろう!』

 

『自分が嫌なものは食べないのに、人には強制するのかい?悲しいよ……』

 

『ぐ、ぬ……』

 

 

確かに、甘いとおすすめされながらピーマン風味のものだけ食べなかったのは紛れもない事実だ。食べようと思ってもどうしても本物のピーマンが頭にちらついて、手を伸ばせなかった。

返す言葉のないオレを見て余裕綽々の笑みを浮かべたまま片付けを終える類。

無性に悔しくなってきてつい、後から考えるととんでもない事を口走っていた。

 

 

『……なら、ピーマンを食べられたらいいんだな?』

 

『うん?』

 

『ピーマンを使った料理を食べたら、お前もあのクッキーを食べるんだな?』

 

 

類は明らかに困惑していた。

それはそうだろう。自分が嫌いなものを克服するから、お前も嫌いなものを食べろという無茶苦茶な提案。

連日の舞台で疲労していたのだろうか、今振り返ってもオレは冷静じゃなかった。

 

 

『いやいや、司くんがピーマンを食べることと僕の野菜嫌いは関係ないだろう?』

 

『苦手なものであろうと、乗り越えられることをオレが証明すると言っているんだ。それとも稀代の演出家たる神代類ともあろうものが、野菜一つに負けるのか?』

 

『……言ってくれるじゃないか』

 

 

売り言葉に買い言葉。振り向いた類の目が、鋭さを増していく。

もしここに寧々やえむがいたら、この空気を冷ます一言を知っていたのかもしれない。だが、あいにく二人は別件で席を外していた。

バチバチと火花が飛び出そうなくらい互いに睨み合う。

 

 

『では、君がピーマンの料理を作って完食する。それを見届けたら僕もあのクッキー、あるいは野菜を一つ食べるってことでどうだい?』

 

『本当は一つだけといわず、色々と食べれるようになってほしいがな……。その条件でいいぞ』

 

『条件成立だね。では君はその光景を、誰かに証拠として撮ってもらうことにしよう』

 

『撮影するのか!?』

 

 

類の目は爛々と輝いていた。

嫌な予感がする。かつての大砲の様に、予想もつかないアイデアを思いついた時にする目だ。

 

 

『当然だろう? 料理だけ写った写真じゃ、ごまかそうと思えばいくらでも方法はあるからね。インターネットを探せば、それらしい画像なんていくらでも見つかるのだから』

 

『オレはそんなことはしないぞ!』

 

『どうかな?嫌いなものを前にすれば、人は何をするか分からないからねぇ』

 

 

先程までの雰囲気はどこへやら、類はにやにやと笑みを浮かべていた。

これで少しでも渋る態度を見せれば、やっぱり苦手なんだねと煽ってくるに違いない。

 

 

『いいだろう、そんなに言うなら料理を見届ける証人も付ける!そこまですれば確実だ!』

 

『ふふふ……その言葉、忘れないよ。司くんが見せるのを楽しみにしようじゃないか。ねえ、えむ君、寧々?』

 

『?えむ、寧々。いつの間に戻ったのか?』

 

 

振り返ると残る二人のメンバー、えむと寧々がいる。

確か二人でスタッフとの打ち合わせに向かっていたはずだ。

 

 

『さっき会議が終わってね。で、今のって何の話?ちょっと状況がよくわからないんだけど』

 

『ああ、実は』

 

『司くんがね、苦手なピーマンを克服したいそうだ。その様子を写真に収めて持ってきてくれるらしい』

 

『えっ、ほんと?』

 

『ちょ、ちょっと待て、類!?』

 

 

まずい。この状況は非常にまずい。

だが時すでに遅し、えむはキラキラと期待の目を寄せている。

 

 

『何でもピーマン味のクッキーを食べられなかったのが悔しかったみたいでね。『未来のスターたるもの、好き嫌いは克服する!』って、自分で料理を作って食べると言っていたよ。覚悟を決めるために、僕たちにあらかじめ宣言するそうだ』

 

『いや、その、オレは……』

 

『凄いよ、さすが司くん!未来のスターを目指すためにも頑張ってるんだね!』

 

(は、嵌められた……)

 

 

にっこり笑顔のえむに、背後で不敵に微笑む類。

寧々も何も言わないし助け舟は期待できなさそうだ。

もうこれは、後には引けそうにない。

 

 

『……ああ!必ずピーマン料理の写真を撮って、持ってくるぞ!』

 

 

発端が自分とはいえ、高らかな宣言と裏腹に心の中では冷や汗が止まらない。

この日ばかりは、自分を照らす夕日が少しだけ憎らしく思えた。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

いざ家に帰ってみると、問題だったのは誰に撮影してもらうかだ。

最初は咲希に頼もうとしたが、今はバンドの練習に集中している時期。

母さんもちょうど講師の仕事の都合で手が回らない。

 

困った末に我が家に招いたことのある冬弥に事情を話したところ、数日後にちょうど予定が空いていると知って。その勢いのまま約束に至り、今日の撮影役を任せることとなったのだ。

 

 

 

「今日はチンジャオロースーを作ると聞いていましたが、何を使うんですか?」

 

「使うのはこれだな、今並べるぞ」

 

 

母さんたちには事前に説明したし、レシピに書いてあった材料は既に買ってある。

専用の袋に分けておいた材料を取り出して、テーブルの上に並べていく。

 

 

「豚のバラ肉、ピーマンに、たけのこですか?」

 

「ああ。たけのこの水煮だが、あらかじめパックから取り出して洗ってある。千切り済みのものも売っていたが、今回はブロック状のものを買ってきたんだ」

 

「ボウルにいくつか入ってますね。たけのこといえば、もっとずんぐりした円錐の形だと思ってました」

 

「無論、その形で売っていることもあるとも。ただ、一本買うと余らせてしまうかもしれないし、なにより上手く切れる自信がなくてな……」

 

 

たけのこは穂先と呼ばれる先端の部分こそ柔らかいが、中央部となると少し固め、根元ともなると繊維に沿って切る必要がある。

慣れていないと手間取るため、今回は既に切り分けてあるパックを選んだ。煮物を作るわけでもないし、これで十分だ。

 

 

「なるほど……。では、この状態を撮影すればいいんですね?」

 

「よろしく頼む。ああ、あくまでこれは証拠だから、そう固くならなくてもいいぞ」

 

 

うっかり落とさないよう慎重に並べたところで、オレの手と材料が見えるように撮ってもらう。

その集中ぶりは、まるで美術品でも扱っているかのようだ。

……あまり最初から飛ばしすぎると、このあとが大変かもしれん。

 

 

「これでどうでしょうか、司先輩」

 

「おお、綺麗に写っているな!さあ、早速始めるぞ!」

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

まな板と包丁を取り出して並べる。

刃こぼれがないことは、昨日のうちに確認済みだ。万が一の事態が起こらないよう、冬弥の方に刃が向かないように置く。

 

 

「よし、ピーマンから切るぞ」

 

「一番初めに、ですか?司先輩にとっては苦手なものだと……」

 

「そうも言っていられまい。確かに好きとは言えんが、怖がってばかりでは乗り越えられん。であれば、最初に切るのが筋だろう?」

 

 

嫌いだろうと、いずれは触れることに変わりはない。

ちょうどビニール手袋をつけ終えて、ピーマンを一つ手に取る。日が経っていると内側が黒ずんだ色になっていると聞いたが、今回のものは問題ないらしい。

 

ピーマンの本体と種が繋がっている場所に少し切り込みを入れ、種の部分を引っ張って取り除く。

 

 

「おお、種の部分はそうやって取り除くんですね」

 

「上手くいって良かった……。ピーマンを切ることは中々なかったのでな」

「そうだったんですか?司先輩はよく料理を手伝うことがあると、聞いたのですが……」

 

「恥ずかしい話だが、苦手なものとなると話は別でな。小さい頃も、ピーマンの時だけは、どうにもやる気が出なかったんだ」

 

 

実際、家ではピーマン入りのカレーが出ることもあった。

その時に手伝うよう言われてもキッチンに行こうとしなかったのを覚えている。

結局は咲希に呼ばれ、断れずに手伝うまでがいつものパターンだった。

 

 

「それでも凄いと思います。俺は仲間たちとキャンプに行くまで、包丁を握ることはまずありませんでしたから」

 

「確かに以前、ストリートの友人とバーベキューをしたと話していたな。その時のことか?」

 

「はい、その時に切ったのがパプリカでした。その時は縦に4等分して切る方法だったので、今日のような方法もあるんだとはじめて知ったんです」

 

「パプリカなら確かにピーマンと近いな!だがまあ、切り方は自由だしオレのやり方が正解とも限らん。もっと上手く、素早く切る方法もあるかもしれんぞ?」

 

 

話しながらも視線は手元から離さない。

種を取り除いたピーマンを縦半分に切ったあと、横に寝かせて繊維を断つように千切りにしていく。

ある程度の太さは持たせておこう。ケガをしないよう慎重に切り分ける。

 

 

「よし、こんなものか」

 

「もう切り終えるなんて……具材の押さえ方も勉強になります」

 

「ははは、褒めても何も出ないぞ」

 

 

何事もなく切り終えて、小型のボウルに取り分ける。

くれぐれも落とさないように注意を払っておく。

 

 

 

 

「次はたけのこだな」

 

「ピーマンに比べると固そうですが、確か繊維に沿って切るんですよね?」

 

「このままだと太いからな。まずは3~5ミリくらいの厚さに切るんだ」

 

 

元々切ってあるだけあって、思いの外まな板の上にも置きやすい。

ズレないように片手でしっかり押さえながら、少しずつ縦に切り進めていく。固くなっていなかったのが幸いしたのか、力を入れすぎずに済んだ。

 

 

「続いて、板状になったたけのこを重ねて、冬弥が言ったように繊維に沿って切るぞ」

 

「繊維が全部縦になっていますね。重ねて切ると滑らないのか少し心配ですが……」

 

「うむ。それが気になるなら、一枚ずつ切るのも悪くない。今回は時間短縮のために重ねて、4ミリ幅くらいの棒状に切っていくぞ。滑らないように、少しずつずらしてな」

 

 

ビニール手袋をしているとはいえ、冬弥の見ている前で迂闊な失敗をするわけにもいかん。丁寧かつ少しずつ、押さえる手をずらしていく。

サク、サク、と包丁とたけのこの触れる音だけがキッチンに響いていた。

 

 

 

 

「これでたけのこは切り終わった。あとは豚肉を切るだけだが、これでも生の肉だ。うっかり他の物を触らないようオレも気を付ける」

 

「では、俺も少し離れて撮りますね」

 

 

いつの間にかスマホを構えていた冬弥が少し距離を取る。

うっかり肉を飛ばすことは無いと思うが、念のためだ。

 

 

(今回買ってきた肉、日が経っていないだけあって柔らかい。これは火加減に気をつけなければな)

 

 

パックの中から豚バラ肉を取り出し、手早く細切りにしていく。

ロースのように厚い部位でもなく、これまでの野菜と比べれば切るのは楽だった。

 

 

 

「さて、最後にやっておかなければならんのが下味とソースの準備だな」

 

「このテーブルにあるのは……醤油、料理酒、鶏がらスープの素ですね。他にも色々あって、どれを使うんでしょう」

 

「心配ないぞ。今回はそこまで複雑じゃないからな」

 

 

とは言ったものの、ここを誤ると最終的な出来栄えに大きな影響が出る。似たような瓶も多いから油断は禁物だ。

ビニール手袋を外しつつ、迷わないよう頭の中でレシピをもう一度思い返す。

 

 

「下味に使うのは、片栗粉・醤油・料理酒、それぞれ小さじ1ずつ。ボウルで混ぜてどろっとした見た目になったら豚肉を入れ、全体になじませるんだ」

 

ひとつひとつ、正確に計り取る。

片栗粉は擦り切りで、醤油はスプーンから溢れていないか横から確認して。

全て入れたらスプーンで軽く混ぜ、そこに切った肉を加えて全体に絡むようにほぐしていく。

 

 

 

「……よし、これで下味は完了だ。このまま焼くまで置いておく」

 

「次は、ソースですね」

 

「ああ。こちらは少し分量が変わるし、入れる材料も違うのがミソだ」

 

「使うとすると、さっき触れてなかったオイスターソースや鶏がらスープの素……ですか?」

 

「正解だ。ソースには、醤油・料理酒・オイスターソースを大さじ1ずつ。加えて、砂糖と鶏がらスープの素を小さじ1ずつ使うぞ」

 

 

調味料を計るのはどの料理でも集中するところだ。

特にソースやスープを作るときは、味を濃くしすぎると後戻りができない。むしろ少なくてもいいくらいの心持ちで用心しておくのが重要になる。

 

 

「あとはこれを全て混ぜるだけだな。これが終わったらすぐ焼けるよう、今のうちにフライパンも温めておくぞ」

 

「いよいよですね。そういえば先程ソースと下味を分けていましたが、下味で小さじ1というのは多いんですか?」

 

「う~む、調味料の種類にもよるが……主役を務めるソースも控えているからな。味は濃すぎない方がいいということで、うちでは量を抑えているんだ」

 

「なるほど。キャンプの時も『かけすぎには気をつけろ』と彰人が言っていました」

 

「確かに、バーベキューならなおのことかもしれん。鍋やシチューとは違って、一度かけたものを薄めることはできんからな」

 

「ええ。焼きナスを食べたときは、試しに塩をつけすぎて怒られました」

 

 

どこか照れくさそうに冬弥は笑っている。

一度も料理をしたことがない、と小さい頃に呟いていたのが懐かしい。オレと咲希が少しずつ変わっていったように、冬弥もまた確実に成長しているのだ。

そのことがどうしようもなく嬉しくて、つい笑ってしまう。

 

 

「どうしたんですか、先輩?」

 

「いや、何でもないとも」

 

 

この場で言うにはどうにも気恥ずかしい。

うっかり傾きかけた手元のソースに意識を戻した。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

「さて、ソースも完成、フライパンも十分温まった!いよいよ焼くとしよう!」

 

「先に焼くのは肉からでしたか」

 

「いったん火を通したいからな。サラダ油を少しだけ引いたら全体に広げて……一枚ずつ入れよう」

 

 

自由落下で入れるのは危ない。

菜箸を使ってそっと置くと、ジューッと鋭い音があがった。

一か所に固まらないように、すかさず動かすのも忘れない。

 

 

「おお、一気に煙が上がりましたね。いや、水分もあるから湯気?」

 

「考察はいいが、くれぐれも近づきすぎないようにな。これは風呂の湯気とは訳が違うし、うっかり触れれば火傷してしまうぞ」

 

 

ハッとしたように距離を取って、冬弥はスマホを構えていた。

……いや、そこまで行くと遠すぎるぞ。

 

 

 

豚肉は火の通りが早い食材だ。しかも薄めのバラ肉ならなおのこと。

程なくして下味に加えた醤油の匂いが立ちのぼり、白から薄茶色へと肉の色が変わっていく。

 

 

「よし、火が通ったな。一度取り出して、次は野菜だ」

 

「野菜は火が通りにくいですし、肉とは分けて焼くんですね」

 

「その通り。ただし焼きすぎるとシャキッとした触感がなくなるからな。中火でさっと炒めるのがいい」

 

 

今まで嫌ってきたために実戦経験がないのが悔やまれるが、気持ち強めの火でピーマンとたけのこを焼く。炒めなさすぎると生のものを食べる羽目になる。

事前に調べはしたものの、上手くいくだろうか。オレの密かな不安とは裏腹にじりじりと時間は流れていく。

次第にピーマンのたけのこの色も少し深みを帯びてきた。

 

 

「……そろそろだな。引き上げた肉と、ソースを入れるぞ」

 

「焼き加減で分かるんですか、先輩」

 

「いや、自信はない。だが、レシピに書かれていた時間は経った。野菜も生の色ではなくなっているし、ちょうどいいだろう」

 

 

失敗を恐れていては何もできん。

焼き目の付いた肉を一気に投入し、続けてソースをフライパン全体に振りかける。

あとは、ソースが全体に馴染むまで炒めれば完成だ。

 

レシピを読んだときはさながら生姜焼きの絡め焼きのように思ったが、事実その通りだった。箸を動かすたびに香ばしい匂いが立ちこめて、食欲を刺激する。

 

 

(ようやく、冬弥にも振る舞うことができるな。予定が合えば、ホームパーティーの時のようにまた料理を作るのも悪くないんじゃないか?)

 

 

最初の宣言などすっかり忘れて、火を止めた後のオレは呑気に取り皿を用意していた。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

「冬弥はどうする?どのくらい入れるか?」

 

「本当にいいのですか、司先輩?突然お邪魔したのにごちそうしていただくなんて……」

 

「なんの、無理を言って来てもらったのはオレの方だ。それに、ここまでずっと写真を撮ってもらった。そのお礼として受け取ってくれ」

 

 

本来なら歌の練習に使ったかもしれなかった時間を、こうして我が家まで来てくれたのだ。

遠慮がちだった冬弥だが、それなら、と少しだけ取った。

 

 

「そう遠慮しなくてもいいぞ。何せ、量はたくさんあるからな!」

 

「ですが、今回の件は司先輩が苦手なピーマンを食べられることを証明するため、自分で料理を作るというものだと聞いています。その先輩を差し置いて、俺が多く食べるわけにはいきません」

 

「……あっ」

 

 

思わず声が漏れる。

そもそも最大の目的はオレが自分で作ったピーマン料理を食べ、その一部始終を写真に収めてもらうこと。

今になってそのことを思い出し、頭が真っ白になった。

 

 

「司先輩?」

 

「あ、ああ。確かに冬弥の言うこともその通りだ。まずは……オレが食べなければ」

 

 

一気に胃の奥が重くなるような感覚がオレを襲う。

でもそれを顔には出せない。せっかく来てもらった冬弥の前で、情けない姿を見せたくはない。

平静を装いながらも、どうにか自分の皿にチンジャオロースーを盛りつけた。

 

 

 

「写真を撮り終わりました。これでもう、食べても大丈夫です」

 

「……ああ。しっかりと撮ってくれてありがとう、冬弥」

 

 

冬弥がベストアングルを探していた短い間はせめてもの準備時間だったが、とうとうそれも終わり。

いよいよ、目の前のチンジャオロースーを食べることになる。

 

 

(ぐっ……この独特の匂いと見た目。ピーマンと思わなければ食べられるか?)

 

 

冬弥からすれば平静に見えるだろうが、心の中では必死に唱えている。

お気に入りの箸を手に取り、一口分のピーマンとたけのこをつまむ。口元がひきつって、僅かに箸が震えた。

 

 

(ん?これは……)

 

 

ふと、何かが光ったような気がして箸の先を見る。

油が輝くピーマンの先はしなっていなかった。あれだけの熱に晒されながら、なおも堂々とその形を保っている。

その向こうには冬弥の瞳。オレなら必ず食べる。と信じている目だ。

 

 

(……全く。もし類たちが知ったら笑われるな。これは)

 

 

未来のスターともあろうものが、この期に及んで及び腰とは恥ずかしい。

越えねばならないものから逃げては何も始まらないことなど、良く知っているのはオレ自身だろう。

 

 

「いただきます」

 

 

軽く1回、深呼吸。

自分への宣言と共に、ピーマンとたけのこは口の中へと消えた。

 

 

 

箸で取り、噛み砕くたびにピーマン特有の苦みが襲い掛かる。

テレビ番組の特集だったか、どこかで聞いた話ではピラジンやクエルシトリンという物質が含まれており、これが原因で苦みを感じるらしい。

ただ、この苦みは油で調理することで軽減されやすいとも言っていた。

 

今回、数ある料理の中からチンジャオロースーを選んだのは、ピーマンを細切りにすることで、その苦みを和らげられると思ったからだ。

そのおかげか、かつてほどの強烈な嫌悪感はない。

積極的に食べたいとは言えないが、食べられないほどではなかった。

 

 

(これなら、えむが用意していた最後のクッキーも食べられるかもしれないな)

 

 

そう思うと箸がどんどん進む。

気のせいか、視界の端に見えた冬弥の顔が安心したように見えた。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 

きちんと箸を置いて顔を上げると、冬弥がまたスマホを構えている。

そうだ、食事の終わりまで撮るよう頼んでいたのだった。

 

 

「大丈夫です。この通り、もう写真には収めました」

 

「これは……はは、なんとも締まらんな」

 

 

差し出された画面を覗いてみる。

そこには、ソースが口の端についているのに気づかず、手を合わせている自分の姿が映っていた。せめて最後にティッシュで拭っておくべきだったか。

 

少しだけ後悔していると、冬弥が居住まいを正している。

もしや、何か重要なことがあるのだろうか。緊張するオレを前に、冬弥が口を開いた。

 

 

「司先輩、完食おめでとうございます。その……俺もいただいてもよろしいですか?」

 

「もちろんだ。おかわりはあるぞ!」

 

 

そういうことなら遠慮は無用だ。冬弥はぴマンが苦手ではないし、もっと美味しく食べられるはずだ。

もし咲希も早く戻ってきたら、皆で一緒に食べられるかもしれん。

僅かな期待を抱きながら、オレは大きめの取り皿を取り出すのだった。

 

 

 




おまけ

「どうだ、類。確かにオレはピーマンの料理を自分で作り、完食したぞ!これでもダメなら、冬弥が証言してくれるはずだ」

「わ~っ、とってもおいしそう!しかも、咲希ちゃんも一緒に写ってる!」

「……ふむ。確かにこの写真の数々は認めざるを得ないようだ」

「類。これは、約束を守らないとね?」

「はは、仕方ない。約束通り克服する努力はするさ」

「幼馴染のよしみで、野菜たっぷりの特製ジュースを持っていってあげる」

「……」

「類くん、顔が真っ青になってるよ~」

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