セカイのごはん   作:千里のみち

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予定していた日よりも遅れてしまいました……。
改めて、今回は朝寝坊をした穂波のお話です。



休日のおてがるホットケーキ

 

目を覚ますと、部屋に差し込む1本の光の線が目に入った。

カーテンの隙間から差し込むその光は、ひどく目立っている。この明るさだともう8時を回ったのだろうか。

ぼんやりした頭で、みんなから何か連絡が来ていないか気になってスマホを開くと、そこには『祝日』の文字。

 

 

(忘れてた……今日って、休みだったっけ)

 

 

どうりでアラームが鳴らなかったわけだ。

せっかく目が覚めたのに、もう一度寝ようかと少し後悔する。

でも、時計を見るとすでに9時半。このまま二度寝して生活リズムを崩すのは避けたい。

ため息をつきながら、ゆっくりと体を起こした。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

今日はお父さんもお母さんも、仕事の打ち合わせで外出中。

弟も友達と遊びに行くらしく、既に家を出た後だった。家に残っているのはしばおだけ。

そのしばおもゆっくり休んでいるみたいで、わたしは一人で髪を整えていた。

 

 

(昨日、ちゃんと手入れしないで寝ちゃった……)

 

 

誰もいないせいか、自然とため息が漏れる。

鏡に映るわたしの髪は見事なまでに爆発している。直そうとしても、ぴょこんと飛び出す毛がしつこく跳ね返ってくる。

 

 

 

こんな状態になったのは、ここ最近の忙しさのせいだ。

 

始まりは、2週間前に始まった小テスト。

それも幾つかの教科で、たまたま同じ期間に重なってしまったのがよくなかった。

他のクラスからテストの情報が流れてきたのもあって、勉強しないわけにはいかない。

放課後にテスト範囲になりそうなところを復習しているうちに、一歌ちゃんたちと合流した。

 

いざみんなで練習に行こうと思いながら小テストの話をしたらさあ大変。

なんと一歌ちゃんもテスト範囲を全然勉強していなかったことが発覚、その日の練習は中断して緊急の勉強会が開かれることになった。

わたしは先生役として大忙しだったけど、咲希ちゃんや志歩ちゃんも一緒だったから、なんとか乗り切れた。

結果的に、一歌ちゃんも無事にテストを乗り越えられたし、よかったと思う。

 

 

 

次に事件が起こったのは、家事代行の仕事のとき。

定期的に行う大掃除の予定があって、今回は土曜と日曜に分けて奏さんの家を訪れることになっていた。

わたしのプランでは1日目で掃除を終わらせ、2日目は作り置きのおかずを作るはずだった。

 

ところが、翌日奏さんの家に行くと、奏さんがぐったりしているのを発見。

なんとここ数日の作業に集中したことでほとんど寝ていなかったらしい。

途中で止められたくなかったらしく、前の日にはそれを黙っていたのだ。

 

声がかすれていたので、話を聞き終える前にすぐに横になってもらい、その間におかゆを作った。

少し休んでもらって、起きたあとにゆっくり食べてもらった。

容体が少し良くなって家を出るころには、外はもう夕暮れになっていた。

 

 

 

そして迎えた週明けの月曜日からは、Leo/needの練習が本格化。

新しい曲の練習が難航して、いつもより遅くまで体を動かす日々が続いた。

 

帰った後は学校の予習もあるし、学校に行けば委員会の仕事もあって。

その結果、明日が祝日だということも忘れて、そのまま眠ってしまったのが昨日のことだった。

 

 

(……よし、これで散歩に出られるくらいにはなったかな)

 

 

最初に鏡を見たときの自分の姿は、とても一歌ちゃんたちには見せられないひどい有様だった。

丁寧に、何度も整えて、ようやくいつものわたしに戻すことができた。それと引き換えにわたしの元気もなくなってしまったけど。

 

 

(それに、お腹もすいちゃった。何か食べないと)

 

 

遅くまで寝ていた自分も悪いけど、空いたものは仕方がない。

できれば、手軽に作れて、たくさん食べられるものがいいんだけど……。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

台所には誰の姿もなかった。

シンクに並んでいる洗い物は、きっと朝ごはんのあとのもの。

 

 

(でも、何を食べようかな。残っているのは食パンが2切れだし……)

 

 

お米は昨日の晩に食べてしまったし、パンもこれだと少し心もとない。

そうなると自分で作るしかないけど、これ以上体を疲れさせるのは避けたい。

できれば簡単に作れて量の多いものがいい。

 

 

(……ん?これって)

 

 

ふと目についた、棚の奥の未開封の黄色い袋。

思ったより軽かったそれを引っ張り出すと、『ホットケーキミックス』の文字が目の前に現れた。

1袋で1人前、それが4つ入ったセット。

 

 

(ホットケーキ……なんだか久しぶりかも)

 

 

休みの日は、ゆっくりとご飯を作ることがある。

前日に買ってきたアップルパイをのんびり食べたり、練習を兼ねておかずを作ってみたり。

 

でも最近はやることがたくさんあって、食事の時さえ頭の片隅にスケジュール帳を広げているような気分だった。

奏さんのためにごはんを作ったときも、集中はしていたけど心はずっと張り詰めていて。

そんな状態で、自分の食事にまで気を回す余裕なんて、あるはずもなかった。

 

 

(今は落ち着いたし、作ってみるのもいいかな)

 

 

小テストのラッシュも終わったし、当分はないはず。

練習の成果も出始めていて、一歌ちゃんたちとの演奏も少しずつ息が合ってきた。

いつもの調子を取り戻すためにも、ここでたっぷり食べよう。

 

 

 

袋には、丁寧に切り取り線までついてある。

ハサミを取り出して切り込みを入れると、驚くほどすっと開いた。

 

使い慣れたエプロンを身に着けて、袋の裏面を確認する。

何度も作ったことはあるけれど、念のために作り方をチェックしておく。

 

 

(まずは、ボウルにホットケーキミックスを入れて……)

 

 

2袋を用意し、トントンと叩いて中身を整える。1袋じゃ足りなさそうだし、2人前くらい食べてもいいはず。

それぞれの袋に切り込みを入れ、こぼさないようにボウルへ流し込む。

どさり、と粉が落ちる音とともに白い山ができあがった。

 

 

(そこに卵1個と、牛乳100mlを入れて、と)

 

 

いつものように卵を割り、計量カップで牛乳を量る。

適当に済ませたくなる気持ちを抑えて、ちゃんと目盛りを確認。

材料を加えても、粉の山はその形を崩さないままそこにある。

 

 

(あとは、粉っぽさがなくなるまで混ぜるだけ。……いつもと一緒で良かった)

 

 

泡立て器を手に取り、ぐるぐると混ぜていく。

ガシガシ、とボウルがこすれて音を立てた。

混ぜすぎると膨らみにくくなるけど、気にしない。今は思いっきり混ぜたい気分だった。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

生地ができたら、あとは焼くだけ。

 

 

(ついでに出しちゃったし、今日はバターを使おっか)

 

 

牛乳を取り出すときにうっかり出してしまったバターを手に取る。

あらかじめ温めておいたフライパンに、バターをひとかけ落とした。熱が伝わるにつれて、バターは少しずつ固体から形を変えていく。

フライパンをそっと傾けると、バターがつるつると滑るように動いた。それを全体に広げて、焼く準備は完了。

 

 

(そろそろ、いいかな)

 

 

バターの香りも手に感じる熱も、ちょうどよさそう。

おたまを手に取って生地をすくい、とろりと端から落ちていく様子を見ながら、そっとフライパンの上に流し入れる。

 

じゅうっ、と生地が焼ける音が広がった。

こぼれないようにゆっくりとおたまを傾けて、すぐに全面に広げる。

弱火とはいえ固まらないうちに次の1杯。続けて残っている生地をどんどん入れていく。

 

本当ならフライパンをもう一つ出して2枚に分けて焼くところだけど、今日はそんな気力はない。

大きめのフライパンを使ったから全部入り切るはずだし、分厚くてふわふわになったものを食べるのが一番いい。独り占めできるから。

 

 

 

バターの匂いを感じながら、弱火で焼いて3分ぐらいたったころ。少しずつ生地の表面に小さな穴が出来てきた。

これが出てきたら、ある程度火が通っている合図。ヘラを手に取り、焼き目や焼き色を確認する。

 

 

(縁にも焼き色がついてるし、裏側の色もいい感じ。もう生焼けじゃないし、ひっくり返そう)

 

 

中途半端に焼いてしまうと、ひっくり返すときに崩れてしまう。

でも、焦げすぎてもせっかくの生地が台無しになるから、タイミングを見極めるのが大事。

今回はこのくらいで良さそうだし、十分焼けたことを確認してから火をいったん止めた。

 

ヘラをそっとホットケーキの下に差し込む。

2人前分をまとめたせいか、思ったよりも重い。

練習続きとトレーニングのおかげで、苦にならなかったのは幸いだったけど。ちょっと持ち上げても、生地がちぎれる様子はない。

 

 

(ちょっと疲れてるけど大丈夫なはず……よいしょっと)

 

 

スナップを効かせて、ひっくり返す。

慣れていたおかげでフライパンいっぱいの大きさのホットケーキがぴたりと収まった。

あとはもう片面を3分焼くだけ。今のうちにトッピングやフォーク、ケーキナイフを出しておかないと。

 

 

 

テーブルに必要なものを並べて、ついでにテレビをつけている内に3分が経った。

焼き加減を確かめるために下をのぞいてみると、ちょっと茶色が濃い。

 

 

(ちょっと火が強かったかな?)

 

 

火を止めながらちょっとだけ反省。でもこのくらいなら大丈夫なはずだ。

崩さないよう、あらかじめ出しておいた大きなお皿にホットケーキをそっと移す。

 

片面はケーキのような黄色さで、焼いたばかりの方は茶色が広がっている。

まるでいつものパン屋さんで売っている、クロワッサンやあんぱんみたい。

 

 

(あれ、でもこの色合いならチーズケーキやカステラにもなるかも?)

 

 

この間、みんなで集まって食べたのはそんな色だった気がする。

あの時は咲希ちゃんがカットに挑戦して、誰が最初に取るかをじゃんけんで決めたっけ。

思い出したらなんだか可笑しくなって、つい笑いそうになった。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

さて、いよいよ出来たてのホットケーキを食べる時間がやってきた。

バターを引いて焼いた香ばしい匂いがくすぐったい。

 

トッピングはいろいろあるけれど、何もかけずにそのままでもおいしいのがホットケーキ。

一面に何かをかけてしまうのはもったいないから、まずはケーキナイフで8等分に切る。

 

 

(今回はハチミツといちごジャムにしよっかな)

 

 

扇形に切ったホットケーキをひと切れ手に取り、ハチミツをジグザグにたっぷりとかけた。

半透明のハチミツは波模様を作って、何重にも線が重なるたびに海のように平らになる。

こぼさないように片手でホットケーキを持って、先の部分から口の中へ。

 

 

(……あま~い!)

 

 

たっぷりかけたハチミツが重力に乗って流れてきたのもあるけれど、口の中にまろやかな甘さが広がる。

砂糖はかけていなかったけど、これは正解。これ以上甘さが増えたら、ジャムの分が食べられなかったかも。

 

といっても、このままジャムの味を迎えるわけにはいかない。

口の中を一度リセットしたくて、何もかけていない一切れを取り、ゆっくりと口に運ぶ。

トッピングはなくてもほんのり甘くて、ふわふわとした食感が心地いい。

それに焼きすぎたと思った部分も、思っていたより柔らかい。。

口の中のハチミツが一緒にくるまって、その味を引き立てていた。

 

 

(これで、次の分が食べられそう。味にも慣れたし、次はハチミツがかかった分を一気に食べちゃおっかな)

 

 

味に慣れてきたところで、次のひと切れに手を伸ばす。

8切れに分けてるし、いちごジャムだけはもちろん、ちょっと冷めた後にりんごジャムをかけて食べるのも美味しいに違いない。

 

 

 

気づけば半分くらい食べていたのに、満足になる感じはまだない。

それどころかもっと焼いてもいいかなと思ったくらい。この時間でなかったら、本当にそうしていたかもしれない。

いつの間にか起きたての疲労感はどこかに消えていた。

 

 

(……あっ、ちょうどアイドルの特集やってるんだ)

 

 

ぼんやりとテレビを眺めていると、ちょうど注目グループの紹介が始まっていた。

Cheerful*Daysをはじめ、さまざまなグループが華やかな映像と共に紹介されていく。

煌びやかな姿を映す映像が次々と流れるのを見ながら、りんごジャムをのせてもう一口食べた。

ハチミツやいちごジャムとは違うさっぱりとした甘さと、シャキッとした食感がちょうどいい。

 

 

(花里さんも、いつかこんなふうに注目される時が来るのかな)

 

 

しばおとサモちゃん。

見た目は違ってもとっても仲良しで、わたしたちも一緒に散歩に行くことがある。

その時にちらっとアイドル活動のことを聞くことはあるけど、やっぱり練習はハードなんだとか。

 

雫さんや、桃井さん、桐谷さん……それから、アイドルのことに詳しい人たちからも、色々なことを学んでいるらしい。

今テレビに映っている人たちも、血のにじむような経験を越えてあの場所に立っているに違いない。

 

 

(いつか、花里さんの夢が叶いますように。……あれ?散歩?)

 

 

心の中でそっと願っていた時、何だかひっかかる言葉が頭をよぎる。

しばお。サモちゃん。散歩。

 

まさかと思ってしばおの様子を見に行くと、すかさず茶色の影が飛び込んできた。

私の足にくっつくその顔は、もう待ちきれないと言っている。

 

 

(うう……。まだホットケーキ残ってるけど、帰ってから食べようかなぁ)

 

 

遅くまでのんびりしていたし、しばおも待ちくたびているはず。

せめてホットケーキをまとめて、最低限の準備だけはさせてもらおう。

わたしは足元から離れないしばおをどうにかなだめ、急いで支度に戻るのだった。

 

 

 




おまけ

「あれ、穂波?その袋ってもしかしてアップルパイ……?」

「あっ、一歌ちゃん。実はね、今日はちょっと違うの。買ったのはほら、これ」

「小さいカステラにチーズケーキ、クロワッサン……色んな詰め合わせが入ってる!」

「ちょうどパン屋さんで特別なキャンペーンが始まったから、ついでに買ってみたの。ちゃんと、今日の練習で持ってくぶんもあるよ」

「ありがとう、穂波。折角だし、どれを取るかは今度もじゃんけんで決める?」

「ふふ、今回も負けないようにしなくちゃ」

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