遅れに遅れた結果、前回から2週間以上も空いてしまいました。
ささやかな続きとして、夏祭りのお話になります。
太陽が沈んでなお熱さの残る、夏のある日。
屋台のおばあさんのアドバイスと、彰人たちの楽しそうな声を聞きながら、俺は最後のリングを握りしめていた。
「若い兄ちゃん、棒をよ~く狙うんだよ。ゆっくりでも大丈夫だからね」
「焦らなくても大丈夫だぜ、冬弥。個人スコアじゃ2-1で、もう絵名には勝ってるからな」
「何言ってんの?チームを組んだんだから、合計点で勝負に決まってるじゃない。約束通り、負けたらそこの屋台でたこやき買ってもらおっかな」
「あ?そんなのしてねぇし。勝手に奢らせようとしてんじゃねえよ」
「いいじゃない、いつも美味しいチーズケーキの店に連れてってあげてるんだから。たまにはこれくらい、ねえ?」
「連れて『いかれた』の間違いな。てか、今のこととは何の関係もねえよ」
流れで始まった、俺と彰人と暁山、絵名さんと桃井さんと日野森さんのチームに分かれての輪投げ対決。
一人につき3回チャレンジして、得点の多いチームが勝ちとなる。
輪投げは別の店で既に一度試したが、まだ慣れているとは言えなかった。
既に俺以外は3回目が終わって、これが文字通り最後の1回。ここで決めればスコアは5対5、引き分けになる。
……が、彰人のことだ。引き分けじゃ終わらず「決着つけるぞ」って延長戦に持ち込むかもしれない。
最初と続く2回目は外したが、今度こそ。
(確か、フリスビーのようにリングを持っていたはずだ)
近くの屋台でうまく成功させていた人たちの動きを思い出す。
狙うのは真っすぐ立った棒。リングは水平に構え、持ち方も慎重に。
(腕を軽く伸ばし、スナップを利かせて……投げる!)
手から放たれたリングはくるくると回転しながら前に落ちていく。
カコン、とリングが棒にあたる軽い音が響く。
「やったねぇ兄ちゃん。これで同点、まだ勝負は分からないよ」
「ここまで来て負けらんねえ、もう一回やってもいいすか?」
「そっちだけは無しでしょ!私たちもやります!」
「ほっほ、毎度あり。ほら、これが新しいわっかだよ」
おばあさんはにんまりと笑い、チームごとに色の違うリングを手渡してくる。
いつの間に補充していたのか、輪投げに集中したせいか気づけなかった。
「はぁ……まったく、絵名も彰人くんもすっかり乗せられてるじゃない。このおばあさん、なかなかの商売上手よ」
「でも輪投げは楽しいし、何回でもできそうね。景品のフェニーくんシールももらえたし、しぃちゃんのお土産が増えたわ」
「あいつに負けたらぜってぇ後でパシリが待ってるからな。瑞希、頼むぞ」
「はいはい、仰せのままに~弟くん♪」
どうやら、勝負はまだまだ続くらしい。
俺は彰人から新しいリングを受け取りながら、白線の前に立った暁山の姿を見つめていた。
――― ◇ ―――
彰人と共に誘われたことがきっかけで参加することになった、シブヤの夏祭り。
一時は靴が見つからないアクシデントもあったものの、ステージを無事に終えることができた。
このあとは、レンたちへのお土産を買おうと、彰人と一緒に祭りの屋台を見て回るつもりだった。
すると偶然、暁山と、彰人の姉の絵名さんと会った。彰人の靴を見つけることができたのも彼女のおかげだったし、改めてお礼を伝えることができて良かったと思う。
さらに絵名さんの友人である、桃井さんと日野森さんも合流。気づけば6人で連れ立って祭りを回る流れになっていた。
(誰かと一緒に祭りに行くのは、いつ以来だろう)
思い返してみても、音楽関連のイベントには行ったことがあっても、誰かと祭りに行くなんて記憶にはない。
父さんや母さん、兄さんたちと地域の祭りの話題が出たことも、ほとんどなかった気がする。仮にあったとしても「そうか」と、一言で終わっていたような記憶しかない。
司さんや咲希さんとは、どうだろう。パーティーはあっても家で行うのが殆どで、外に出るとしても或いは庭くらいのものだったはずだ。
学校で祭りを開き屋台を並べることもあるそうだが、俺の通っていた小学校で見かけたことはなかった。
(父さんや母さんたちはどうなんだろう)
幼い頃でも、大人になってからでも。もしかしたら俺の知らない、あるいは覚えていないところで行ったことがあるのだろうか。
そんな疑問が、胸の奥で針のように引っかかっていると、突然の歓声が聞こえてきた。
「……やった、入ったわ!」
「ありがとう雫!これで引き分け、もう一回延長戦よ!」
「ごめんねぇ、姉ちゃん。もっと続けたいところだけど、後ろにほら、待っている人がいるのさ。わっかも用意しないといけないからねぇ……」
「……へ?」
おばあさんと桃井さんの視線の先には、水ふうせんを持って待つ子供たちが列をなしていた。俺達の後ろで列を作りながら、興味津々という顔で屋台を見つめている。
いつの間にか用意してあった垂れ幕のスコアは13-13。21本に渡る勝負は両者引き分けで幕を閉じることになった。
――― ◇ ―――
「引き分けかぁ。景品は貰えたけど、なんか不完全燃焼って感じ」
「それはこっちのセリフだっつーの。逆に奢らせるチャンスだったのにな」
「なにそれ! やっぱりあんたも、そのつもりだったんじゃない!」
「でもさ~、最初に言い出したのって絵名の方じゃなかったっけ?」
「何のことだか分かりませ~ん。てか瑞希あんた、輪投げ対決の延長で彰人の味方に回るつもり?」
「ちょっと待って絵名!そのポテト熱いから、押し付けないで!」
並んでいる子供たちの登場で勝負が終わった後のこと。
長居するのはさすがに悪いと判断して、俺たちはその場を離れ、屋台を巡りながら歩くことにした。
こうして見てみると、実に様々な種類の屋台がある。
焼きそばにくじ引き、かき氷にヨーヨー釣り。その他にも見たことのない店が数多く並んでいる。
スーパーボールすくいというのは何だろう。水に浮かぶ球体のようなものが、あの薄い網で拾えるのだろうか。
色々と周りを見ている間に、フライドポテトを放り込まれた暁山が苦戦をしいられていた。どうやら熱いのは苦手らしい。
(せっかくだから、俺も何か選んでみよう)
レンたちへのお土産もある。とはいえ時間もまだあるから、今のうちにここでしか味わえないものに触れてみたい。
まだ見ていない屋台はあっただろうか。
(これは何だ?……わたあめ?)
見つけたのは少し離れた場所にあった屋台。その看板に書かれた文字と、棒の先にくっついた雲のような何か。
わたあめという名前は聞いたことがあったが、実物を見るのは初めてだった。
試しに触れてみると予想外に固い。よく見ると透明感がまったくないし、ただのサンプルだったようだ。
道理で透明ではなかったわけだ、写真通りならずっと柔らかいに違いない。
「あら、青柳くん?」
ふと聞こえてきた声に振り向くと、桃井さんと日野森さんがいた。
二人の手にはパインあめとリンゴあめが握られている。隣の屋台は味の違う飴をいくつか売り出していたし、追加で買ったのだろうか。
「もしかして青柳くんも、このわたあめ作りに興味があるのかしら?」
「わたあめ作り?ここの屋台では自分で作れるんですか?」
「ええ。お店の人に任せることもできるけど、希望すれば自分の手で作ることもできるの。チラシにも書いてあったし、ほら、ここにも」
桃井さんが指差したのはサンプルの隣に置かれたメニュー表。確かにわたあめの下に吹き出しで、『じぶんでつくれるよ!』と書いてある。
小さな子どもたちと一緒に屋台を回る親子連れも多く見かけるこの祭りでは、ひらがなで書かれているのもありがたい心配りだ。
「列に並んでいる家族連れも多いですね。それほどわたあめが人気とは知らなかったです」
「夏祭りだもの。さっき宣伝してたけど、この屋台は祭りの常連らしいわよ。メニューも豊富だし、限定品まで揃ってる……人が集まるのも納得ね」
「私たちはこれから並ぶつもりなんだけど、青柳くんも一緒にどう?実はわたあめ作るの初めてで、自信なくて……」
「いいんですか? 俺も、作ったことは一度もありませんが……」
「いいのいいの。絵名たちもまだまだかかりそうだし、折角なら一緒にやった方が盛り上がるでしょ?」
「……確かに、その方が良いかもしれません。では、俺もご一緒させていただきます」
まだ暁山はポテトを食べるのに苦戦しているし、彰人や絵名さんも他の屋台の列に向かっているようだ。並ぶなら今のうちがいいだろう。
何人かの家族連れの後ろを見つけ、俺たちは最後尾に並ぶことになった。
――― ◇ ―――
「こちら最後尾です。こちらをどうぞ~」
「これはメニュー表?ありがとうございます」
大勢の人がいる中で迷わないようにするためなのか、丁度すぐ近くにスタッフの方が立っていた。
落ち着いた口調で渡されたメニュー表を改めて見てみると、今まで気づかなかった情報もいくつか載っている。
「あら、メロン味のかき氷も売ってるのね。しいちゃん、持って帰ったら喜ぶかしら?」
「いやいや、歩いている間に絶対溶けちゃうでしょ。これでもう4度目よ?」
「かき氷ですか……ハンバーグステーキ味にモンブラン味もあるなんて、氷でそんな味を再現できるなんてすごいですね」
「あくまでイメージよ、イメージ。本当に再現してたらとんでもない話だわ」
かき氷を食べるのは久しぶりだ。
ちょうどいい、俺も彰人の分と一緒に買って帰ることにしよう。
「最後尾はこちらで~す。メニューもどうぞ~」
「パパ~、ママ~、あのかきごーりたべていい?」
「もちろんいいぞ。どれにする?」
さっそく次の客が並びはじめたらしい。
店員さんがしっかり案内してくれるおかげで、列の乱れもなさそうだ。
……いや、子どもたちの場合はちょっと分からないか。
「わ~! いちごに、みかんに、ハワイに、マンゴー! いっぱ~い!」
「……はぁ、あんまりうるさくすんなよ」
俺たちの後ろに並んだのは、4人家族のようだった。
目を輝かせながら写真を指さす少女は、どれにするか決めきれず、「ぜんぶ食べたい!」と無邪気に叫んでいる。
気怠そうにしている少年は兄だろうか。興味なさそうな顔をしながらも、みかん味から目を離せないらしい。
大仰に笑いながら「ひとつだけにしなさい」となだめる父親。そして娘の希望をまとめつつ、候補の味をいくつか選んでいるのが母親だろう。
(あれが、普通なんだろうか)
家にいる時も外に出かけた時も、父さんが声をあげて笑うところを、見たことがないのを思い出す。
ほんの少し、何かが違っていたら。俺もあんな風に父さんたちと過ごしていたのだろうか。
もしものことを考えたところで現在は何も変わらないが、それでも想像せずにはいられない。
父さんが大声で笑ったらどんな顔をするのだろう?
笑うときに声が大きくなる人といえば、司先輩だ。
彼のように、腰に手を当てて、朗らかに声を張り上げて……。
(……駄目だ。全然似合わない)
形だけを無理に当てはめたその姿は、驚くほど違和感があった。
まるで中身が司先輩に入れ替わってしまったような、妙に明るく力強い父さん。かつての、静かで厳しい面影のほうが、遥かに思い出しやすい。
自分の親だというのに、思わず笑いそうになる。けれどそれがほんの少し、空しくもあった。
「あれ?まえのれつ、あいてるの?」
不意に聞こえてきた声にハッとして前を見ると、桃井さんたちとの間にかなりの距離が空いていた。
いつの間にか列が進んでいたらしい。
慌てて足を前に進めると、靴のこすれる音が遅れて聞こえた。
後編へと続きます。
ここからは、愛莉へと視点が移ります。