セカイのごはん   作:千里のみち

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野菜はないけど、肉のボリュームはたっぷり。
とある演出家が晩ごはんを作るお話です。



野菜嫌いの焼き肉丼、おまけのアイス

 

 

「……よし、できた」

 

 

モニターに映るのはシミュレーションの結果。予想よりも外れた値はなくなっている。

ようやく満足のいく結果になったことにほう、と息が漏れた。

 

 

 

僕が演出家兼役者を担っている、『ワンダーランズ×ショータイム』。

その次の舞台に向けた練習で、改善しなければならない演出があった。

演者である司くんの動きに反応してロボットからハリセンが出て突っ込みを入れるシーン。本来ならセリフが終わった後に出てくるはずが、終わるよりも前にハリセンが飛び出してしまった。

 

幸い高い位置に出たことで誰も怪我をしなかったものの、一歩間違えば大惨事になりかねない。

ここはロボットの自動制御で管理していたから、僕が持ち帰って急ぎ調整することになった。

 

原因は設定した値のミス。反応する音量の値の範囲が合っていなかった。

プログラムを修正、他の部分と齟齬がないかをチェック。シミュレーター上での挙動を確認。ここまで解消することができた。

最終的に実証実験と舞台での確認は必要だが、そこは彼にも協力してもらおう。

 

 

 

ふと、モニターが妙に光っているように感じた。

ディスプレイの明るさを変えたかな、と思ってカーソルを合わせる。

 

 

(ん?時刻『18:57』……?)

 

 

視界の端に映る現在時刻に、既に外が暗くなっていると気づいた。

ディスプレイではなく窓の外の明るさが変わっただけ。どうやら思っていた以上に作業に没頭していたらしい。

そう思うと端末に集中していた体も疲労を訴えるのを感じた。

 

 

(仕方ない、実験は明日にしよう)

 

 

傍らに置いていたココアを飲むと、ぬるくなった甘さが身体に染みこんだ。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

窓のカーテンを閉め、取り出していた部品を片付ける。別のものと間違えないように確認だけは忘れない。

ついでに落ちていたチラシもまとめておく。

 

 

(これは皆で海外に行った時の、これは宣伝公演の時にもらった……)

 

 

有名な公演の見学、他の劇団との交流。

最近はフェニックスワンダーランド内にとどまらず、多くの人に僕たちのショーの存在が知られるようになった。

そして活動の範囲が広くなる一方で、演技や舞台に求められるレベルは上がっている。

世界一のショーを目指すとなれば、その目標地点は遥かに遠い。

 

司くんも、えむくんも、寧々も。この高みを目にしてなお、止まることなく前に進もうとしている。

張り切りすぎて心配になるくらいだ。

 

 

(けれど、皆の熱と共に僕は走ることができるのだろうか)

 

 

あれほど素晴らしいショーを見た後でも、少し時間が経つと思うことがある。

新しいアイデアに高揚する自分がいる一方で、冷静に事を見極めようとする自分もいる。

その冷静さは安全のためにも重要だが、ショーに向ける心の中の滾りを緩めてしまわないだろうか?

皆と共にショーを成功させ、練習を重ねる姿を見る内に、気づかないうちに焦っていたのかもしれない。

 

 

(よし、これで終わりかな)

 

 

考える内に、いつの間にか片付けはほとんど終わっていた。

取り出していた部品は元の場所に戻したし、端末の電源も切っている。

もう一口、残り少ないココアを飲み干すと不意にぐう、と音がした。

 

お腹が鳴る音。自分で聞いたのは久しぶりだ。

集中が途切れたせいか、意識していなかった空腹感が表に出る。

 

そういえばさっきの時点で50分を回っていた。時計を見ると、午後7時を過ぎたところ。

母さんはデパートへの買い物に行っているが、端末を見ると連絡が1件届いていた。

 

 

(電車の運転見合わせにより帰りが遅くなる、好きなものを食べてよし、か)

 

 

調べてみると、確かに路線の大幅な遅れが発表されていた。まだ回復するには時間がかかるらしい。

時間もちょうどいい。久しぶりに自分で夕食を作るとしよう。

空腹感を無視すると何もまとまらないことは体験済み。空になったコップを手に持って、部屋のドアを閉めた。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

(まずいな……すぐ食べられそうなものがない)

 

 

頭を悩ませることになったのは、コップを洗い終えて食卓へ向かった後のことだった。

凝ったものを作ることはできないし、手早く済ませようと考えたのに当てが外れた。

 

最初の候補は炒飯やパスタなどの冷凍食品。

電子レンジで温めるだけの手軽さは捨てがたい。だが、冷凍庫を覗いてみると一つもなかった。

 

次の候補はカレーなどのレトルト食品。

冷凍食品ほど種類は幅広くないが、これも電子レンジで作れる。しかし、棚に置いてあるレトルト食品も切らしていた。

 

昔からロボットの設計や作業に没頭して、ご飯の時間を過ぎてしまうことはよくあった。

そして簡単に食事を手早く済ませるため、すぐ作れるものを食べるのがいつものパターン。

今日もそうすればいいと考えていたのが仇になった。

 

 

(さて、どうする?弁当は、最近妙に野菜が入っているから駄目だ)

 

 

弁当は買いに行く手間こそあるが、種類も豊富で温めたらすぐに食べられる。

だが最近は健康志向の名のもとに、スーパーもコンビニも野菜入り弁当をこれでもかと並べている。

野菜のない良い弁当もあるかもしれないが、空腹を我慢しながら探し回るのはごめんだ。

 

 

幸いにもご飯は炊けているので、せめて何かおかずで使えるものがないかもう一度冷蔵庫を開いてみる。

 

冷凍庫でも目についたのはアイスやシャーベット。

夕食とするのは些か苦しく、腹を満たすには足りないものばかり。その下に何かないか、上に乗っているアイスの山をどかす。

 

 

(おや、これは……)

 

 

アイスの下に埋もれていたのは何も書かれていない袋パック。銀色に光る、市販の保冷用だ。

どこのスーパーで買ったのか、大きめのパックで量も申し分ない。

ダメでもともと、開けてみると入っていたのは豚のバラ肉。

スーパーの特売だったのだろうか、特別価格のシールもついている。

 

 

(よし、これを使おう)

 

 

考えるよりも今は動きたい。

空腹感の前に選択の余地はなかった。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

今回作るのは焼き肉丼。

一口に焼肉と言っても、下味をつける、柔らかく焼くなど様々なレシピがあるそうだが、今回は何もつけずに焼く。

それが一番早く楽に済む。当然、野菜もなしだ。

 

まずは凍った豚肉をそのまま焼かず、電子レンジで解凍する。

加熱用の平たい皿にのせ、ラップで包んで解凍モードのスイッチを入れる。

終わるまで少し時間があるので、今の内にフライパンを出しておく。

 

 

(底の浅くて広いもの……よし、これだ)

 

 

フライパンをセットしたら少量の油をひいて火をつける。

解凍したらすぐ焼けるようにしておきたい。肉用の菜箸も取り出して、換気扇のスイッチを入れておこう。

 

数分後、電子レンジからアラームが鳴ったので取りに行く。

取り出した皿のラップ越しに肉に触れてみると、氷特有の固さは無く、ほんのりと温かい。

これなら大丈夫だろう。

 

フライパンを傾けると油が滑らかに動き出した。

これなら十分、菜箸で肉をつまんで一つずつ入れていく。焼き加減に差が出てしまうから手早くするのが大事だ。

そして肉が団子状にならないよう、焼き目がつく前に手早く広げておく。

 

 

(強火から中火くらいにすれば、生焼けになることはないかな)

 

 

薄めの肉だから心配なさそうだが、中まで火を通すため最高火力にはしない。

それでも十分強いのか、じわじわと肉の端が白くなる。

 

菜箸で焼いた面を見て、薄い橙色になったところでひっくり返す。

焼きすぎるとせっかくの肉が固くなってしまうし、逆に短すぎるのも美味しくない。

肉の匂いに刺激される感情をこらえながら、焦げがつかない程度に、両面をしっかり焼いて火を通す。

裏返した肉をいくつか確認すると、両面とも黒い焦げのない橙色だ。

両面とも火が通ったことを確認したら、一旦火を止めて冷蔵庫から焼肉のタレを取り出す。

 

スーパーで売っている焼肉のタレ、今回はフライパンの上でかけて絡めながら焼く。

焦げ付かないよう弱火にして、全体になじむように混ぜていく。

タレの味ばかりが主張しないように、加える量は少なめで。

 

 

(肉汁の匂いと焼きつくタレの匂い……あと1分、いや30秒だ)

 

 

最後の最後、しっかりと全体を混ぜて味をつける。

十分だと感じたら火を止め、丼にたっぷりとご飯を盛りつけて表面を軽くならす。

焼いた肉をタレごと乗せて完成だ。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

「いただきます」

 

 

もう待ちきれない。すぐに箸を取り、肉とご飯を頬張る。

口の中に広がるのはバラ肉の柔らかさ、噛むと溢れ出す肉汁、ほんのりと広がるタレの辛さと甘さ。

 

 

(ああ、こんなにも美味しかったなんて)

 

 

普段あまり料理をしないし、焼き加減を見誤るのではと不安もあったが杞憂だったようだ。焦げの味もない。

一口目が残るうちに、ご飯と肉のセットにして二口目。

肉は勿論のこと、タレがほんのり染みたご飯がその味を引き立てる。

味わうために、或いは空腹を埋めるために、箸から口の中へと焼き肉丼は運ばれる。

もう箸が止まることはなく、気づけば最後の一口を食べていた。

 

 

(……こんなにお腹いっぱいになるまで食べるのも、何だか久しぶりだな)

 

 

満足感。

食べ終わる頃にはあれほど気になっていた空腹感はすっかり消え、代わりにトップに座っていたものだ。

ものの数分前に山のように盛り付けていた米も肉も、全ては胃の中。

一気に食べてしまったせいか、動く気力がない。自然と照明を見上げそうになる。

こんな姿、皆には見せられない。

 

だがもし、司くんたちがこの光景を見たら、どんな顔をするだろう。

寧々は呆れ顔で。司くんは驚いて。えむくんはわんだほい、と変わらずにいて。

いやむしろ、その逆だろうか。

その様を想像するだけで、可笑しさがこみあげてきた。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

ようやくお腹が落ち着いたので、解凍せず残っていた豚肉をしまう。

水を飲んで一息つくと、今度は口の中の油っぽさが気になり始めた。

巷では野菜を食べて油を中和しようなどと言うらしいが、僕にはありえない選択だ。

 

 

(もう少しお腹が落ち着いたら、アイスでも食べよう)

 

 

こういう時は甘味でもいいだろう。

冷凍庫に山のように入っていたアイスクリーム。どれを選ぶか楽しみだ。

 

 

 

 

(さて、これで最後。やっとアイスが食べられそうだ)

 

 

フライパンや皿を片づけた頃には落ち着いたので、冷凍庫からアイスを取る。

今回選んだのはフルーツミックス味。様々な種類があったものの、ラムネ味のアイスは無かった。

バニラやチョコなどのメジャーな味もあったけれど、今はさっぱりしたい。明日以降にまた食べるとしよう。

 

スプーンで表面をすくって食べてみると、少し固めの感触とオレンジ味。

もう一口続けて食べると、梨の風味、そして桃。

ミックスと一口に言っても選ばれる果物は商品によってバラバラだ。今回はオレンジ・なし・桃の味が合わさったものらしい。

もう一口食べると、やはりアイスとしては固めの感触に加えレモン味も現れる。

 

 

(なるほど。4種類の味が分かれて、食べ進めると底で混ざり合うようになっているのか)

 

 

感触も柔らかさではなく、さくさくとした印象が強い。

アイスとは銘打っているものの、ジェラートやシャーベットに寄せて作っているのだろうか。

こちらの方が今回はありがたい。

 

 

 

(分かれつつも、混ざり合う味、ね)

 

 

……公演中にキャストの衣装の色が変わったらどうなるだろう。緑色の葉っぱが黄色になれば季節の違いが出るんじゃないか。

そんなことを考え出した自分に苦笑する。やるにしても考えなければならないことは沢山あるのに。

こんな時でもショーのことを考えるのはやめられないらしい。

置いて行かれるんじゃないかと、少し前まで悩んでいたのが嘘のようだ。

 

ショーにかける情熱と、それを確実に実現させるための知恵。

ワンダーランズ×ショータイムの一員として、演出家として、それを負けていると思うつもりは毛頭ない。

無論、今は食後で落ち着いただけで。これから先もまた、同じように思い悩むかもしれないだろう。

それでもこの自分の在り方を変えることはない。目標を忘れず、一歩先の足場を踏み外さない慎重さも、走り抜ける大胆さも持ち続ける。

 

 

(ああ、これで最後か。焼き肉丼もアイスも、すぐ無くなってしまうな)

 

 

思えば今の僕にとってアイスは、周りが食べていることの方が遥かに多い。

ショーを見に来るお客さんは、悪天候でもない限り誰かがアイス持ち。

夏だと溶けないうちに急いで食べて、ショーの後に追加のアイスを買う子もいるくらいだ。

 

僕自身も、皆と出会う前は休憩の時にアイスを買うことがあった。

あのステージに立つよりも前、一人でロボットを披露していた頃に食べたのも懐かしい。

 

 

(ショーのない日に、久しぶりに買ってみよう)

 

 

以前、子供向けのパフォーマンスのために設定した、ネネロボのプログラムは残っていたはず。10段くらい積み上げても落とす心配はない。

あのアイスを山のように積みあげて持っていったら、どんな顔をするだろうか。

最後に食べた4種類のフルーツ味が口の中で一つに混ざり合って広がった。

 

 




おまけ

後日、ワンダーステージにて。

「みんな、これは僕たちからのプレゼントだよ」

「何だ?この山のように積みあがったアイスは!?風が吹いて……危ない、倒れるぞ~!」

「問題アリマセン、オマカセヲ」

「えっ?なにこのネネロボの動き!?アイスが落ちる前に、1個1個コーンにのっけてるんだけど!」

「とんでもない速さで分けちゃった!わんだほーい!」

「1個も落とさず。計算通りだね、フフフ……」

(我等に勝るとも劣らないあの俊敏な動き……恐るべし、ネネロボ。恐るべし、神代類)

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