セカイのごはん   作:千里のみち

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みんなと別れるよりも前、入院していた頃のこと。
小さい頃の咲希の思い出にまつわるお話です。



退院祝いのスペシャルプリン

 

「~~♪」

 

ホームルームが終わって、今は家への帰り道。

アタシは小さい頃に夢見ていた日々を過ごしている。

 

退院して再び学校に通えるようになって。

大切な友達と再会して。

変わってしまったものやすれ違いに悩んで。

"セカイ"という不思議な場所で、バーチャルシンガーのミクちゃんたちと出会った。

 

色んなことがあって、仲直りしたみんなと今は『Leo/need』という名前のバンドを結成している。

いっちゃんはギター、ほなちゃんはドラム、しほちゃんはベース、そしてアタシはキーボード。

ピアノの経験があるとはいえビシビシと厳しい練習の連続だけど、そんな毎日をみんなと一緒にが送れるようになって良かったと、心から思ってる。

やりたいことはノートに書ききれないくらいたくさんあるし、この楽しい日々はこれからもっと楽しくなる。そんな予感があった。

 

 

(でも、今日は練習が休みなんだよね~)

 

 

いっちゃんは委員会の集まり。ほなちゃんは家事のお手伝い。しほちゃんは知り合いのバンドの助っ人に行くみたい。

アタシはというとちょうど部活も休みの日だし、家に帰って自習をすることにした。

自分のやりたいことも大事だけど、自分の都合や病気を理由に勉強を疎かにしないこと。それがお父さんやお母さん、お兄ちゃんとの約束だもの。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

「ただいま!」

 

「おぉ、おかえり!咲希」

 

 

家に帰ると、顔をのぞかせたお兄ちゃんの声が廊下に響いてきた。

遠くの部屋にいても届くこの声はお兄ちゃんの特徴で、アタシはそれを聞くと気分の良し悪しが分かっちゃう。

いいことがあった時は特に大きくて張りがあるし、困ったことが起きた時は小さくて静かになる。

 

 

(最近は落ち込んでて心配だったけど……今のお兄ちゃん、前よりもっと元気になったみたい)

 

 

最近始めた遊園地のバイトで何かあったのかと思ってたけど、この声ならきっと良いことがあったに違いない。

 

自分の部屋に入って、さっそく教科書とノートを広げる。今日の宿題は少なめだけど、この範囲は予習も大事なところ。

早めに終わらせてキーボードの練習をしなくちゃ。しほちゃん軍曹に怒られる前に。

 

 

 

「……あれ?オムレツ味、もう空っぽになっちゃった」

 

 

宿題の後に予習の範囲が終わったところで、つまみ食いポテトチップスがなくなったことに気づいた。

前に見つけた期間限定のオムレツ味だったけど、入っている量は少なめだったみたお。

しょうがない、リビングで追加のおやつを探そう。

ポテトチップスの予備もちょうど切れていたけど、冷蔵庫になにか残ってないかな。

 

 

「ゼリーでもないかな……あれ、これは?」

 

 

冷蔵庫を開けると、奥に並べられている器がちらりと見えた。

手に取って見ると、ピンク色の薄く入った白いプリン。それも市販のものではなく、家で作ったオリジナル。

少し動かすだけでツルツルの表面が揺れる。裏側を見ると、その一つにアタシの名前シールが大きく貼られていた。

『さきのプリン』。はみ出しそうなくらい大きな文字で書いてある。

 

 

「このプリン、もしかしてあの時の……」

 

 

どこかで見た覚えのある字は、幼い頃のお兄ちゃんのものだった。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

小さい頃から、アタシの世界は他のみんなと違っていた。

ちょっと運動しただけで息が切れる。熱を出して動きたくても体が動かない。

家族みんなで行った大きな病院で、お医者さんからは「ちょっと体が弱い」と言われたらしい。

 

最初はみんなが外で遊ぶ時間や、体育の時間だけ見学する程度だった。

でもいつからか、みんなが幼稚園や学校に行っている時間にも病院で過ごすことが増えた。

 

 

(わたし、元気なのに)

 

 

そう思っていても、気づいたら体に力が入らなくなったり、いつの間にか眠ってしまう。

 

 

 

当時のアタシは漢字も読めないし、病気のことなんて何も分からない。

それでも、みんなが遠足に行く時さえ病院で過ごす日常を、"たのしい"とは思えなかった。

時々会いに来てくれる友達もいたけれど、その時間はほんのわずか。

誰にも会えない時間はどうしようもなく静かで、胸が締め付けられるような気持ちだった。

 

そんな毎日が変わったのは、家族みんなでショーを見に行った後のことだった。

ある時からお兄ちゃんはお見舞いに来るたび、"ショー"を見せてくれるようになった。

 

 

『やあやあ、うさぎのおひめさま。おいらはりんごのまほうつかいだ』

 

『このせなかにのって。このぺがさすが、あなたをおしろへつれていきましょう!』

 

 

おとぎ話のキャラクターになりきったり、パレードの曲を真似して演奏したり。

最初は看護師さんたちに注意されていたけど、何度も続けているうちにいつの間にか看護師さんまでお客さんになっていた。

上手いだとか下手だとかじゃなくて、何かを伝えようとせいいっぱい披露するその姿は見ている人たちを笑顔にしていた。

もちろんアタシもその一人。最前列の特等席でお兄ちゃんのショーを見るうちに、あの寂しさはどこかへ消えていった。

 

けれど、お兄ちゃんも毎日来られるわけじゃない。

お兄ちゃんにも学校があるし、練習の時間もある。勉強の時間も、友達と遊ぶ時間も、遠足みたいな行事だってあるはずなんだ。

 

 

『すまない、さき』

 

 

次の日は来られないんだ。その言葉を聞く日がぽつぽつと増えていった。

 

 

 

もう一つ、アタシの中でだんだんと苦しくなってきたのは"食事"だった。

 

病院食は家にいる時みたいに、自由に食べるものを決められない。栄養を考えて、病院の人たちが決めている。

肉ばかり、魚ばかり、お菓子ばかりの食事なんてない。バランスの取れた食材に加えて、おかゆやうどんのように柔らかく消化に良いものがよく出てきた。

 

入院したばかりの頃はそれでもよかった。またすぐに退院して、みんなと遊べるようになるって思っていたから。

でも毎日のように続くとなれば話は違う。

 

 

(このおみせのパフェ、すっごく大きい。いちごにチョコがたくさんのって、おいしそう)

 

(……わたしもたべたいなぁ)

 

 

テレビ番組を見るたびに、アイドルが美味しそうに"ハンバーグ"や"あんみつ"を食べるのが羨ましかった。

 

お兄ちゃんにおやつが欲しいって、ショーの後でこっそり頼んだことがある。けれど、食べ物を勝手に持ってくるのはダメなんだ、と言われて叶わなかった。

きっとお兄ちゃんが正しいのは分かる。でも納得は出来ない。

何度も食べているうちに、少しずつ心に重いものが溜まっていく気がした。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

限界が来たのは、家族全員でお見舞いに来てくれたある日のことだった。

その日のご飯は小さい卵焼きと、具の形が崩れるほど柔らかく煮込んだ野菜スープ。

そして、何度も何度も見慣れたおかゆ。

 

 

「……たべたくない」

 

 

気づいたら、そんな言葉が口から出ていた。

自分でもどうしてそう言ってしまったのか分からない。

 

病院の人たちがアタシのことを考えて作ってくれたものだと知っている。

でも一度口に出した思いは止まらない。食べたくないという気持ちが瞬く間にアタシの中で広がっていた。

 

 

「病気を治すためには食べなくちゃ」

 

「病院にいる間だけだから、頑張ろう?」

 

 

お父さんもお母さんも、お医者さんも、おろおろしながら何とかアタシをなだめようとする。

言葉を聞く度にむかむかする思いがこみ上げて布団にくるまった。

 

 

「……いや、たべたくない」

 

「みんなおいしそうなごはんをたべてるのに、わたしだけ、ずっとおかゆ?」

 

「テレビのひとは、いつもおいしそうにたべてるのに。わたし、ずっとプリンたべてないよ」

 

 

こぼれ出るのは八つ当たりの様な、嫌な言葉ばかり。

プリンだけじゃない、みんな食べたことのあるものを、ここでは食べられない。あんなに美味しそうにご褒美を食べているのに。

 

 

(どうして、わたしだけ?どうして、わたしだけがこうなんだろう)

 

 

アタシの言葉にみんな言葉を失って、場が静まり返るのが分かった。

 

 

 

「……よし、わかったぞ」

 

 

珍しく何も言わなかった兄が、くるまっていた布団をほんの少し開いた。

慌てて布団の裾を握るアタシを、いつになく優しい目で見つめていたのを覚えている。

 

 

「病院をでたら、おれがとびっきりのプリンを作る!それまで、おれもおかゆをたべる!」

 

 

いつもの大声ではない、けれどまっすぐに届く声でお兄ちゃんはそう言った。

余りに自信に満ちた顔に、私は聞き返した。

 

 

「ほんとうに?」

 

「ああ、本当だとも!」

 

「……ほんとうのほんとうに?おかゆって、たいへんなんだよ?すきなものもたべられないんだよ?」

 

 

お兄ちゃんは入院したことがない。ずっとおかゆを食べることが大変だって、分かっていない。このまま納得するのは悔しくて意地悪く聞き返す。

 

うっ、と兄は一瞬たじろぎながら、それでも目をそらさなかった。

 

 

「ああ、さきのためならなんのそのだ!たいへんでもおかゆをたべる!そしてかならずプリンをつくるぞ!」

 

 

いつもの笑顔で力強く頷いた。

この世に恐れるものなど何もない、と言わんばかりの宣言。やっぱりお兄ちゃんの言葉は大きくて、暖かかい。

 

 

「じゃあ、やくそくだからね。うそついたら、お兄ちゃんはずっと、ずっとプリンなしだからね!」

 

「ああ、うそはつかない!かならずまもる!」

 

 

布団を抑えていない方の小指を出すと、指切りげんまん。

何だか体が軽くなるような気持ちになって、口元が緩む。布団を持ち上げてやっと出てきたアタシに、みんながほっとしているのが見えた。

 

その後は自分から冷めたおかゆを食べた。

やっぱり苦手な感じだったけれど、重苦しい気持ちは少しだけ消えていた。

 

 

 

それから数か月の時が流れて、一時退院できる日が来た。

一時的だから安心はできない。経過次第ではまた病院に戻るかもしれない。

それでもあの頃のアタシにとっては、嬉しくてたまらなかった。看護師さんから聞いたりテレビでも見た、色んな食べ物が食べられる。そう思うだけで心が弾んだ。

 

王子様のマネをしてエスコートするお兄ちゃんと車に乗って帰る途中、アタシはそっと聞いてみた。

 

 

「お兄ちゃん。やくそく、おぼえてる?」

 

「もちろんだ。この日のためにつくったぞ。さきのためだけのプリンだ」

 

 

にかっと笑うお兄ちゃんの顔は、自信満々という言葉が似合っていた。

 

家に帰った後は晩ご飯の時間。家族みんなで食事をとるのはいつ以来だろう。

車から降りるときも手を差し伸べた王子様はお箸配り係になり、みんなの分を配っている。お父さんもお母さんと一緒になってご飯を作っている。

その姿にまた一緒に過ごせるんだって思うと、うれしくて、少し泣きそうになって。それを見たお兄ちゃんがおろおろしていた。

 

プリンのことも待ち遠しいけれど、まずはご飯。

今日はたまねぎハンバーグ。家に帰ったら食べたいとお願いしたものの一つだった。

私の分はみんなに比べて小さいけれど、それでも美味しくてたまらない。

お兄ちゃんは口いっぱいに頬張るものだから、もっとよく噛んで食べなさいと言われて慌てたのには笑っちゃった。

 

そして、みんながご飯を食べ終わった後のこと。

ごちそうさまの前に、お兄ちゃんがこっそり席を立ち冷蔵庫へ向かった。

 

 

「お兄ちゃん、これ、もしかして……」

 

「そのとおり!これこそ、さきのためにつくったプリンだ!」

 

 

戻ってきたその手に持っていたのは、大きなお皿に乗ったグラスのプリン。横には名前の入ったシールがあって、"さきのプリン"と書かれていた。

本当に作ってくれたんだと思うと、再び目の奥がじんわり熱くなった。

 

改めてみると、テレビで見たものと比べて少し白っぽい。

なんだか不思議で兄の顔を見ると、兄はふっふっふとショーの悪者みたいな笑みを浮かべている。

それにつられて、スプーンを手に取ってプリンを一口。

小さい頃に食べたプリンと同じやわらかさ。そしてこの味はもしかして。

 

 

「これ、イチゴの味がする!」

 

 

驚くと、兄はにっこり。

 

 

「その通り!これはただのプリンじゃないぞ、クリームとイチゴを混ぜたスペシャルプリンだ!」

 

 

クリームもイチゴも、私が昔食べたかったもの。

口の中にするりと入って広がっていくのが嬉しくて、顔も熱くなる。気づけば二口、三口とスプーンは止まらない。

甘くておいしい、と夢中になって食べ続ける私の姿に、お兄ちゃんもお父さんもお母さんも喜んでいた。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

「おーい、咲希。丁度いいところに。今日のご飯だが……ん?」

 

 

プリンを手に懐かしんでいると、お兄ちゃんが顔を出した。

訝しむような視線は手元のプリンに向いている。

 

 

「まっ、待て!そのプリンはまだ、食べないぞ!」

 

 

突然大声で駆け寄ってきたお兄ちゃんにビックリする。

プリンを落とさなかったのは幸いだった。

 

 

「えっ、違うよ?ちょっと懐かしくて、見てただけだけど……?」

 

「な、何だ……まだ食べようとしたわけではなかったのか」

 

 

すまない、と胸をなでおろすお兄ちゃん。ふうと一息ついてから説明をしてくれた。

 

 

「このプリンは少し前に生地を入れたものでな。まだちゃんと固まっていないから、それまでは奥にしまってたんだ」

 

「そうだったの?焦らなくてもこっそり食べないし、独り占めもしないってば」

 

「独り占め?……ああ、確かにあの時は全部食べそうな勢いだったな」

 

 

思わず苦笑い。

あの時、プリンをたくさん食べたのはアタシだけだった。すぐに食べきった後におかわりをねだって、お兄ちゃんが嬉しそうに2個目を出してくれた。

そして3個目を食べようとしたところで、退院したばかりなのに虫歯になるよ、とお母さんに止められたのだった。

 

 

 

「でもお兄ちゃん、どうしてこのプリンを?」

 

 

アタシ自身、見つけるまでスペシャルプリンのことは忘れかけていたくらい。

もうみんな忘れたと思っていたのに、どうして作ったんだろう。

 

 

「言うまでもない。これは、咲希の退院祝いだ」

 

「アタシの?」

 

「ああ。今だから言えることだが……俺はあれだけのことを言っておきながら、咲希のプリンを作ることを忘れていた。あの時も、もう一度食べたいと言っていたのに」

 

「そんな、考えすぎだよ」

 

 

あのプリンを作ったのは一度きり。

3回目のおかわりは無しになったけど、その時にまた今度食べよう、また作るぞって確かに言っていたと思う。

 

その後も病院に入院することは何度もあったけど、その頃にはお兄ちゃんも忙しくて。次に退院した時に食べたのはテレビで紹介されていたフルーツゼリーだった。アタシも大きくなったし、プリンをおねだりするようなことはしなかった。それが続いて、あのスペシャルプリンは思い出になっていたんだ。

 

 

「だが、今度こそ忘れない。遅れてしまったが……退院おめでとう、咲希」

 

「お兄ちゃん……ありがと。でも、まだプリンは食べられないよ?」

 

「むっ、そうだった。しまった、プリンを食べるときに伝えるはずだったのに」

 

 

こういう時は大声じゃないのがお兄ちゃん。

慌てる姿に思わず口元が緩んでしまう。

 

まだ固まっていないし、形が崩れないようにプリンをそっと元の場所に戻す。

今から食べるのが楽しみだ。

 

 

 

 ――― ◇ ―――

 

 

 

その日の夜は、お兄ちゃん特製のスペシャルプリンをみんなで食べた。

変わらないイチゴ味に感動しながら聞いたのは、一番初めにプリンが完成するまでの作成秘話。

お兄ちゃんに連れられて、一緒にデパートで材料を探したお父さん。

火を入れすぎて生地を焦がしたお兄ちゃん。

試食係として何度もアドバイスをしたお母さん。

明かされるまさかの舞台裏に、笑いが絶えることはなかった。

 

 




おまけ

「司先輩、昨日はありがとうございました」

「なぁに、気にすることはないぞ、冬弥!オレとお前の仲ではないか。咲希も喜んでいたぞ」

「しかし、手作りのりんごプリンがあるなんて……あれは司先輩が作られたんですか?」

「いや、あれは咲希が作ったものだ」

「咲希さんが?」

「友達からりんごの切り方を教えてもらったらしくてな、その記念だそうだ。あの咲希が……オレ達のために作ってくれるなんて」

(司先輩……こんな顔を見るのは、何だか久しぶりだな)
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