予約投稿の日時を間違えてしまいました……
ちょっと遅れたものの、チーズケーキ作りの開幕です。
パシャリ、と手に持ったスマホからシャッター音が警戒に響く。
撮った写真を確認。ぬいぐるみを抱える私の横顔にブレはなし、角度もよし。
次の分はまだだったし、さっそくピクシェアに投稿しなくちゃ。
アイコンをタップすると、見慣れた画面が私を出迎えた。
インターネットが世界の果てまで届く現代において、SNSを使う人は多い。
学生同士の連絡や、著名人の宣伝など、用途は様々だ。
私もピクシェアを使って投稿を続けている。自分の絵を見てもらいたいし、コメントで称賛されるのは気分がいい。
SNS依存だと言う人もいるけれど、勝手に言ってればと思う。
絵を投稿するアカウントも、自撮り用のアカウントも、どちらも更新を続けている。
撮った写真を投稿すると、しばらくして通知音が鳴り響いた。
『えななん、今日もかわいい』
『ぬいぐるみのセンス高すぎ』
(また……絵の方を先に投稿してたのにな。それにいつもより少ないし)
案の定、反応があったのは自撮り用の方。
腹立たしいけど、こっちの方が反応はいい。
絵の方はと言えば、タグをつけたり投稿時間を変えたり工夫してるのになかなか見てもらえない。
先に作ったのも評価してほしいのもそっちなのに、フォロワーも閲覧数も大きく離れているのが現実だ。
そんな昔からの課題に加えて、最近はもう一つ頭を悩ませている問題がある。
(といっても、こっちも雲行きが怪しいのよね……)
自撮りアカウントの方もコメントがじわじわと減っている。
少し前に別の投稿者がバズったから、そっちに人を持ってかれていた。
もともと自撮りをしている人は山ほどいるし、どうしても人気が移ることはある。これは一時的で気づいたらまた戻るのかもしれない。
だからと言ってこのまま数字が落ちるのを見過ごすのは嫌だ。気になって最近ろくに眠れてない。
(考えてもしょうがない、ランキング見よっかな)
何とかして盛り返せないか、今日も手がかりを探して注目ランキングを開く。
ジャンルを絵に絞って検索をかけると、人気の絵師が手がけた絵や、アニメや漫画のワンシーンを描いた絵が並んでいる。
急いで描いたのか、私の目から見ても粗が多い出来。
これが美術教室ならぐうの音が出ないほど指摘を受けるに違いない。なのに絶賛の嵐なのが今は腹立たしい。
流行りのものを描くのは、私も昔試したことがある。
放送中のアニメから名シーンの絵を投稿するやり方だけど、多少作りの甘い絵でも多くの人には気づかれなかった。ランキングの隅に座れてちょっと嬉しかったこともある。
でも私と同等以上の作品は幾らでもあったし、毎週追いかけてすぐに描き上げるのは簡単じゃなかった。
それに反応を見ていると、題材の知名度だけで評価されるように感じて空しくなる。
結局すぐやめて自分の絵を送り出すようにしたけど、その代わり注目を浴びることもなくなっている。
「あ~もうやめやめ。何か他にないかな~」
思い出すと嫌になってきた。
検索ページに戻って、別のジャンルを探す。
『今日の猫ちゃん』『ヒューマンビートボックスやってみた』
……どれもこれもよくあるやつばっかり。これじゃあ何の参考にもなりやしない。
――― ◇ ―――
(なんだろう、この動画?モンブラン?タイトルが無題って、やる気あるの?)
手がかりが無くてイライラする私の目を引いたのは、人気急上昇のタグが付くサムネにモンブランが映った1分の短編動画だった。
さっと見ただけでも特に特徴のない、どこでも買えそうなモンブラン。
投稿者の知名度はほぼなし。なのにランキングはTOP20に入っている。
一体どうしてこんなものが受けているのか分からず、思わず再生ボタンを押した。
(……なにこれ?モンブランを四方八方から撮影して、それで終わり?)
視聴した後の乾燥はそれしか思い浮かばなかった。何のひねりもない、フリー音源を使ってモンブランを取るだけの動画。肩透かしもいいところだ。
『ケーキを撮るだけ?』
『画質はいい。おいしそう』
『何で伸びてるのか分からんけど、ケーキ食べたくなってきた』
『つまらな過ぎて却っておもろい』
コメントを見ると賛否両論。どうやら私の乾燥は間違っていないらしい。
というか、こんな動画が評価されるの?
こっちはあれだけ工夫しても全然見てもらえないのに?
ランキングにあがってるのがこんな動画だなんて、正直、腹が立って仕方ない。
こんなものにあたるなんて見るんじゃなかった。
もう一度切り替えようと別のページを見ようと切り替えようとして、ふと思った。
(……でも、このレベルでランキングに入れるんでしょ?ってことは私がやればもっと伸びるんじゃない?)
……後になってよく考えれば、この時の私は疲れていたんだと思う。
学校のレポート課題もあったし、新曲に使うサムネの修正もあった。その上でコメントの反応が悪くなってたから、ちょっと苛々していたのもある。
だからなのか、疲労でヒートアップする私の脳はこんな結論に至ったのだ。
(自分でケーキを作ってそれを投稿すれば、絶対うまくいくじゃん)
正直今のままの内容じゃ、いいね数が増える見込みはない。
有名店のケーキを撮るのは既に誰かがやっているから、やるなら作る方に限る。料理をしていない私が投稿すれば、意外性がある。
いつもと違うことをするのは不安だけど、チャンスになるかもしれない。
作るのは何がいいんだろう。
モンブランは使えない。被るから駄目だし、ケーキ類から外したくない。
(ここはやはり、チーズケーキね)
撮ったあとは食べる以上、自分の好物がいい。
見た目がシンプルでも、ジャムやクッキーで飾れば映える。フルーツタルトほど派手じゃないけど。
(待ってなさい、これで勢いを取り戻してやるんだから)
そうとなればレシピ探し。「チーズケーキ 作り方」と検索を開始した。
徹夜明けのテンションがおかしな方向に向かっていたに違いない。
こうして私の脳内でチーズケーキ計画はスタートし、翌日の材料集めで疲れ果てることになるのだった。
――― ◇ ―――
2日後、ゼロになった体力がようやく回復した。
今日はちょうど休みの日。出来上がるまで時間がかかるし、早めに起きて台所で準備を始める。
材料を並べている私を、彰人が『自分で起きて、朝から何やってんだ?』と怪訝そうに見ていたけれど無視。
お母さんには一応話したけど、火傷はしないようにね、と笑っていた。
(さて、始めますか)
今回作るのは、レアチーズケーキ。
オーブンで焼かずに冷やして固めるタイプで、仕上げにジャムやクリームをのせても違和感はない。
スフレやベイクドチーズケーキも迷ったけど焦がすのは不安だし、今回は見送る。
スマホに表示したレシピを見ながら、私の料理が始まった。
レシピによると、このケーキは底にビスケット生地、その上にチーズの2層で出来ているそうだ。
まずはビスケット生地から作る。使うのはバターとビスケット。
(最初はビスケット100gを袋に入れて細かく砕く、と)
ジップロックなどの破れにくい袋を使うといいらしいから、その通りにしする。
いつ買ったのかも忘れていた麺棒を持ってきて、グラハムクラッカーを叩いて押してすり潰して。粉状になるまではひたすらこれを繰り返す。
出来ればこっちがいいと書いてあったから出かけたけど、中々売っていなかって本当に疲れた。愛莉に途中で会えなかったらどうなっていたことか。
(これでうまくいかなかったら承知しないからね)
どこにいるかも知らないレシピの主に内心毒づいていると、ビスケットは粉々になっていた。袋越しでもザラザラとした感触でちょうどよさそう。
次は溶かしバター。
バター50gを耐熱皿に入れ、電子レンジで溶かす。
いきなり5分に設定すると焦げてしまうので、20秒ずつかけて様子を見ながら慎重に進める。せっかくだし、記念もかねて写真を撮っておく。
あとは先に砕いたビスケットと溶かしたバターを混ぜて、終わったらクッキングシートを敷き、その上に18㎝ケーキ型を置く。
その中に混ぜたビスケットを入れて、スプーンで軽く押し固める。形が崩れないように冷蔵庫に入れて30分ほど冷やせば、ビスケット生地は完成だ。
(次に使うのはゼラチン、クリームチーズ、砂糖、ヨーグルト、生クリーム、レモン汁か)
冷蔵庫に生地を入れている間に、次はチーズの層を作ると書いてある。
バターやビスケットの残りを片付けてから材料を並べる。
チーズの部分は見た目にも味にも大きく関わるし、私にはここからが本番だ。
まずはチーズに加えるゼラチンの準備。
粉状のゼラチンを10g計り、水50mlを加えたら電子レンジで軽く温めて溶かす。焦がさないように注意して加熱すると、液状になったゼラチンが出来上がった。
自然に冷めるのを待っている間に、本命のクリームチーズを作る作業になる。
余裕かと思っていたのに、全然休む暇がない。
とにかく事前に200g計って常温に戻したチーズと一緒に、ボウルとハンドミキサーを持ってくる。ボウルにチーズを入れて、ハンドミキサーの電源を入れた。
(最初は弱め、少しずつ強くすると飛び散りにくくなる、ねえ。こんなの最初から強くやるのは論外だし、弱でもしっかり押さえてないとこぼれちゃうじゃない!)
握ったハンドミキサーからブルブルと振動が伝わってくる。料理用のエプロンを着ているとはいえ万が一服についたら困るし、気は抜けない。
うっかり離さないよう力を入れながら、チーズが滑らかになるまで混ぜ続けた。
ハンドミキサーを引き上げると軽く線が立ってきた。
一旦手を止めてから、クリームをこぼさないようにボウルを置いて砂糖70グラムを投入。さらに無糖ヨーグルト100gとレモン汁大さじ1を加えて、よく混ぜる。
(『スプーンで塗れるくらい』に『固すぎず柔らかすぎず』か…。もっと分かりやすく書いてほしいんだけど)
こっちは画家志望であって料理の専門家じゃないんだから。
どうせ新しい材料を加えるし、見た目がSNSの写真みたいにそれっぽくなった時点で止めることにした。
いよいよチーズ作りの終盤、生クリーム200mlを入れる。
全体の量が大幅に増えるし、ハンドミキサーで飛び散らないよう少しずつパワーを強めに。
(全体に均一に混ぜるように、って書いてあったけど、要するに1か所だけで混ぜるなってことでしょ?)
ここまで来るといやでも慣れてくる。泡立たないように、ゆっくり位置を変えながらチーズをかき混ぜていく。
最初は硬さがはっきり分かるペースト状だったのに、今やソフトクリームのような滑らかさ。これがあのチーズケーキになるのだから、完成が楽しみになってきた。
最後に冷ましておいたゼラチンを入れる。
いわゆる「ダマ」を作らないように、しっかり混ぜるのがコツらしい。
ゼラチンを加えるとさっきまでの柔らかさが少しなくなり、ちょっと固くなったように見える。
これをムラなく混ぜ込めば、チーズ部分の出来上がり。
あとは冷やしたビスケット生地の上に、出来上がったチーズを流し入れる。
先にビスケットから作ったのはこのためだ。冷蔵庫から取り出してそっと触れてみたら少し固めの感触が返ってくる。
(いい塩梅でしょ。たぶん、きっと)
チーズ生地は、低い位置から少しずつ入れる。
こういうのを高い位置から入れると飛び散って、空気が入りすぎるって聞いたことがあるからこれでいいと思う。
型に流し入れたらスプーンで表面を平らにする。この時、力を入れすぎないのがポイントらしい。気泡を取り除くために、型を軽くトントンと落としておいた。
チーズの表面は問題なさそうだし、最後に冷蔵庫で最低5時間以上冷やしておく。
今の時間から始めれば夕方か、遅くても夜には写真が撮れるはずだ。
――― ◇ ―――
夕方、お母さんが台所を使う前にチーズケーキをチェック。
型を恐る恐る外すと、色も形も写真で見た通りの仕上がり。若干でこぼこが表面にあるけど、デコレーションでどうにかなる。
形が崩れないよう1ピース分を切り取り、撮影用に選んだ皿へ移す。
トッピングに使うラズベリーとストロベリージャムは既に出してある。デザインも待ち時間で計算済み。
もたもたしていると生暖かくなってしまうし、急いで盛り付けを始めよう。
撮る角度を考えて、表面のうち扇側の3分の1までジャムを乗せる。うっすらチーズが見えるように薄めの量で。
ラズベリーは小さめのものを3粒選んでジャムの前におく。ケーキの横にクラッカーを添えるのも忘れない。
(もしかして、キャンバスの重ね塗りの時くらい集中してた?)
終わってからそう思えるくらい熱が入ってたけど、その甲斐あってケーキは崩れることもなく綺麗に完成した。
これで料理は終わり、ここからは撮影の時間だ。
サッとレシピのページを閉じて、カメラの機能をONにした。
「ただいま~って何だ、これ?」
「彰人お帰り~。見ての通り、チーズケーキを撮ってたの。丁度終わったとこ」
夢中になって何枚も撮っている間に、いつの間にか彰人が帰ってきていたらしい。
カーテンの向こうに見える外はすっかり暗くなっていた。
「そういや出かける前に台所でごそごそやってたな。まさかこれ、絵名の自作か?」
「そう。準備から完成まで、全部私がやったんだから。朝から仕込みもしたのよ?」
「へえ、凄えじゃねえか。……道理で珍しく自分一人で起きてたわけだ」
「ちょっと、一言余計なんじゃない?そんなこと言ってると、彰人の分はあげないわよ?」
釘を刺すと彰人は少し驚いた顔を見せた。
まさか、独占するとでも思っていたの?
「俺が食べてもいいのか?絵名の作った分だろ」
「撮影は終わったし、それくらいは良いわよ。作った1ホール全部なんて食べきれないし」
「てっきり、自分で作った分は全部自分で食べるって言うかと思ったぞ」
「へえ、言ったわね?ならお望み通り、独り占めしよっかな~」
「おいちょっと待て、そうは言ってねえ。せっかくチーズケーキがあるんだ。食べない選択肢はねえっての」
「あら、全部やるのなら『片付け』もしないとね?」
熱くなりかけた私たちに放たれたのは、静かに机を見据えるお母さんの一言。
視線の先にあるのは散らばった調理器具と材料の残りの数々。
そういえば時間はもうすぐ夜。晩ご飯の準備が始まっている時間だった。
「あっ……片づけるの忘れてた……」
「彰人も、丁度帰ってきたことだし台所を手伝ってくれる?今日は大好きなハンバーグよ」
「……はい」
何歳になっても、お母さんにはかなわない。
私はケーキの片づけに、彰人は晩ご飯の手伝いに向かうのだった。
――― ◇ ―――
ハンバーグを食べ終わった後のこと。
冷蔵庫から取り出したチーズケーキを皆で分けることになった。
正直、あいつの手にも渡るのは嬉しくないけど仕方ない。
あいつのために作ったわけじゃないから、と念を押しておくと、何が可笑しいのかお母さんは笑っていた。
「いただきます」
夕食の時にも言ったけど、改めてもう一度だ。
とにかく今はこの自信作を味わうとしよう。
まずはジャムのない部分から。
一口食べると、クリームチーズの柔らかさとほんのりとした甘さが口に広がる。
ちらりと反応を見ると、二人とも心なしか嬉しそうな顔だ。
次はラスベリーとストロベリージャムのセット。
フルーツの味がチーズを後押しして舌に溶け込んだ。
下の方を食べると、クラッカーの軽い食感と下地のビスケットの重い食感が口の中をリセットしてくれる感じがする。
(……もうちょっと砂糖を足せばよかったかな)
トッピングのことを考えると控えめな甘さでもいいかもしれない。
過度な甘味だとチーズの持ち味を損ねるのもよくないし。
店で食べるものにはどうしても及ばないけれど、ここまで頑張った自分への報酬としては十分すぎるくらいだった。
「ごちそうさまでした」
彰人は満足げな表情を隠せていない。お母さんは言わずもがな。
「作ってくれてありがとう、絵名」
「その……美味しかった」
自分のために作ったチーズケーキ。
だけどその言葉に、ちょっとだけ照れくさい気分になった。
自分の部屋に戻ってからアカウントを確認してみる。
投稿してからまだ時間はたっていないけれど、もう反応が上がっていた。
『えななんも料理始めたの?』
『ジャムも乗ってておいしそー』
「……ふふっ、いい感じ」
ピコンピコンと送られてくるコメントの数々に笑みが止まらない。これからこの調子で料理の投稿をすれば、もっと伸びる気がする。
次は何を作ろうか。意外性を狙うのもあり?
今後のプランを練りながら、皆に見せる予定のサムネの作業に戻った。
――― ◇ ―――
2週間後。
「はあ!?今度は『犬の日常追ってみた』!?」
ランキングの結果に思わず叫んでしまった。
あの料理の投稿から閲覧数は少し持ち直した。絵は相変わらずだけど。
このままいけばと思っていた矢先、1位から3位までを独占したのは犬が散歩するだけの投稿だった。
何でも有名人が取り上げたことがきっかけとなり、急に話題になっているらしい。
結局、ケーキの流行はあっという間に過ぎ去った。
もちろん私のチーズケーキも同じ。最初は良いところまで行ったけど、すぐに注目は別のところへ移っていく。
せっせと材料を準備して、調理後の片づけまであれだけ頑張ったのに。このざまだ。
「……もう、やめる」
「……料理なんて全部、やめてやる!」
てんでバラバラ、予測不可能な流行についていけるか!
私は私の道を進んでやる。今決めた。
「おい。夜中だってのにちょっとうるせえぞ」
……深夜だったことを忘れて彰人に怒られた。
おまけ
「そういえば前に分けたチーズケーキ。いつの間になくなってたけど、もしかして親父が食べたのか?」
「ええ、アトリエから戻った時に美味しそうに食べてたわよ。後で絵名が作ったって聞いたらビックリしてたけど」
「いつの間に……あいつこの間怒ってたけど、何だかんだでまた作ってるし。案外気に入ってるのかもな」