「次はあそこの席へお願いします」
「あ、ああ承知した…」
男の言葉はたどたどしいが動きは慣れた様に接客を行っていた。
「今日のケーキセット、お待たせ致しました」
メニューも瞬時に暗記した男たちに対して店長の川秦照雄満足気に頷いた。
事の起こりは二日前のことだった。
「店長にお話ししたい事が有るのですが」
徹は珍しく閉店後の片付けまで行ってバイトを終えた。その後、従業員とある程度会話した後、照雄にそう話し掛けた。
「何だい徹君?」
「突然な話しで申し訳ないのですが、明後日バイトを休ませていただきたいのです」
照雄はこれが他のバイトや従業員であれば即座に怒鳴り声を上げていたのかもしれない。
当然冠婚葬祭であれば話しは別であると彼は考えてはいるが…
ところが、目の前にいる川神徹はシフト外の急な要望にも直ぐに『わかりました』の一言で嫌な顔一つ見せる事も無く働いてくれた事を思い出し、一先ず理由を聞こうと言う自制が働いた。
「また、突然だね。一先ず理由を聞こうか」
「ええっと…昨日の事ですが……」
ある程度の事をぼかしながら要点のみを徹は彼に話しだした。そして、徹の不在を埋める代わりの手配と能力、そして無報酬で受けること。そして何と言ってもその者の所属が九鬼である事を話した。
「旅行か…確かに徹君は高校生、春休みは貴重だからね…その様な幸運が舞い込んできたなら行きたいと思うのは当然か。……まあ、良いだろう。認めるよ、徹君。存分に遊んで来てくれ、そして今まで以上に頑張って働いて貰うよ?」
照雄は少し考える素振りを見せて徹の案を了承した。穴埋めの手際も然る事ながら、徹の人柄と店への貢献を勘案すればこの程度然したる問題ではなかった。
「有難う御座います、店長!」
「まあ本音を言えばこういった内容で休ませてほしいというのは有り得ないよ。もっと早くに相談してくれないとね。まあ、突然のことだったから今回は仕方がないけど、次回は無いと思ってくれよ」
この様なやり取りの翌日、徹はバイトへとやって来るに当たり二人の人間を連れて来た。
「おはようございます」
徹は午後から弓子との旅行を控え、せめて午前中だけでもとやって来たのだ。
「やあおはよう。そちらが徹君の話していた方々かな?」
「はい。クラウディオさんとヒュームさんです」
そう徹が紹介すると二人は折り目正しくお辞儀を行い、其々自己紹介を行った。この日は顔合わせと働く際の注意、メニューなどの確認の為に二人は訪れたのだ。
「明日一日ではありますが、川神徹様に成り代わり精一杯働かせていただきます」
照雄から話しを聞き、暫くバックヤードからお店の状況を確認して二人は去って行った。
「ああ、徹君今日はお休みで構わないよ。ごめん、昨日話しておけばよかったね。午後から出発するのなら態々切羽詰まり様にしなくても良い。だから明後日からまた頑張ってね」
照雄はそう言って徹を温かく送り出したのであった。
「しかし、あの二人の動きは凄いな…」
照雄は店長と言う肩書故に接客は程々に様々な事を忙しなく行っている。その間も二人の動きを眺めつつその様な評価を付けていた。クラウディオは物腰柔らかな表情と言葉使いで、ヒュームは体躯と雰囲気から溢れる野性味を持って両者異なる接客を行っている。
それでも行動の一つ一つに洗練された気遣いを感じる事が出来た。
「流石九鬼の人間は違うってところか…」
噂話大好きなマダム達の情報網は瞬く間にこの二人の事を中心に伝達され、多くのお客が一目見ようと訪れる結果となった。本来ならば座席も限られ、唯でさえ待ち時間が発生するこの店舗ではパンクするかと言う集客があった。それでも『簡単なことで御座います』が口癖となっているクラウディオと、ヒュームを中心に回転率を上げ見事に一日を乗り切ったのであった。
「お二人とも本日は本当に有難う御座いました!」
照雄は心の底から感謝していた。過去最大の来客数であるにも拘わらず、普段と変わらぬ回転率で見事に捌き切ったのだ。それは全従業員の頑張りもあるが、中でも二人の活躍無くして為し得ないと確信していたからだ。
「いえいえ、当然の事で御座います。
「確かにな、洋菓子全般が売れる事も然る事ながら雰囲気が良いのかも知れん。店主、これからも頑張れよ。何れ客として来ることに為るかも知れない。それと余っているケーキがあれば売ってくれ。土産として持って帰りたい」
二人はそう言って照雄の感謝を受け入れると同時に彼の為し得た事を褒め称えた。年長者故の賛辞であったが、この時の照雄は嬉しいと思う気持ち以上にさらに頑張ろうと言う思いが湧き上がっていた。
「いえ、どうぞ持って帰って下さい。どれもが当店自慢の商品です。食べて、美味しければ是非来店下さるようお願い申し上げます!」
九鬼へと売り込む事が出来ればと言うチャンスを照雄は逃す気持ちは無かった。そう言う考えが分かった二人はその提案を素直に受け入れ、余った商品を有り難く頂くことに決めた。
全部で七種類のケーキを一つずつで貰い受けるこれらのお土産は九鬼家の人間に渡ることになる。中でもヒュームが仕える少女の大絶賛を受け、川秦照雄とお店の名前が九鬼に浸透するようになるのは時間の問題であった。
この様な奇跡が起こる中、徹達も奇跡が起こっていた。
「へえ、徹君と弓子さんは付きあっているのか!」
「何かお似合いで羨ましい気持ちになるね」
「姉御が言うと気持ち、おわぁぁー」
食事を摂るに当たり、何度か此処に来た事のある彼女たちは個室を予約していた。そこへ、更衣室で知り合った弓子を偶然の再会から招待したことから話しは始まる。
自己紹介をする際、彼女たちは偽名を名乗る事に決めていた。九鬼の最重要計画の要である彼女たちはまだ世に公表される事が許されていない。それを深く考える一人、武蔵坊弁慶が主と慕っている源義経に提案したのだ。
ところが、目の前の二人は川神学園の関係者でましてや片方は九鬼とも関わりの深い人物とあれば偽名を名乗る事はないと義経の言葉で名を名乗ることにしたのだ。
此処が個室であり、防音設備が施されている事と絶対口外しない事を条件に言葉を選びながら徹達に義経達が打ち明けて行った。
「義経に弁慶、与一か…何か壮大な計画が進行している様に感じる…」
「そうね。クローンって言う事がまた凄実があるわね」
二人は三人が予想したよりも驚き具合が少なかったことに驚かされる。
「あ、あれ、徹君たちは義経たちが英雄のクローンであっても驚かないのか?」
「だね。今迄九鬼の関係者以外に話した事無かったから反応を確かめるいい機会であった訳だけど、意外と小さいね。反応が…」
「はっ、組織の人間でなければ俺たちを監視する奴なんていないだろっ。いたたたたたっ姉御、割れる!頭が割れるって!!」
三人は息の合ったやり取りを二人に見せる。少なくとも義経を中心に三人が回っている事は徹達に理解出来る光景だった。
「クローンがどの様な物か俺には分からないが、義経たちは過去の偉人である源義経本人じゃないんだろ?」
「さ、さあ、どうなんだろう弁慶?」
徹の言葉に義経は隣で与一にアイアンクローをかましている弁慶へと尋ねた。
「どうだろうね。まあ、強さはかなりの物があるよ。そもそも性別が女ってところからおかしいけどね。グビッグビッ…プハー」
与一を放り投げ席へと戻った弁慶は川神水を飲んだ。
「俺はクローンであっても義経たちは義経達だという認識だから特別な見方は無いよ」
「そうね。今度から同じ学校で学ぶのであれば尚更よね」
二人はあくまでも他の者と変わらぬ見方だと宣言した。
「ほ、本当に有難う!徹君、弓子さん!!」
「有難うね」
「……」
だが、与一だけは二人の言葉に感謝の意どころか何も答えようとはしなかった。
「よ、与一~」
義経は彼の態度の涙声で訴えかける。それを感じ取り弁慶が制裁付きの催促を行おうとした。だが、それを止めたのは徹だった。
「待った弁慶。与一にやる必要はない。ただ照れているだけだ。なっ、そうだろ?」
「はっ!?はぁー何言ってんだよ?お、俺が照れるだと、馬鹿言ってんじゃねえーこれは…あ、あれだよ組織から狙われているかも知れない中を、こうやって話している事に頭が疲れただけだ」
与一は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「へぇーよく分かったね、徹」
「本当だ。ただただ義経は尊敬する!」
「ま、似た様な人間が俺の周りに至ってとこだ。きっと与一とは理解しあえる友になると思うぜ」
そう言った瞬間、その言葉を理解した弁慶を中心に室内は笑いに包まれるのであった。この後も楽しく会話をし、時間を消費していった。
「っと、そろそろ帰らないと拙いわね」
弓子は備え付けの時計を見てそう徹に話しかけた。
「そうだな。結構長く話してしまったようだ」
「あー義経たちも帰らないといけないな、弁慶?」
「そだね。そこまで慌てる必要はないけど、そろそろ帰る準備しようか」
などと其々が帰る素振りを見せ自然な流れで二組は別れの言葉と再開の約束を行って其々別々に行動を取るのであった。
「ミス・マープル宜しかったのですか?」
「別に構わないよ。あの子たちの判断で決断したんだ。それに打ち明ける人選は悪くない。
揚羽様も信頼なさっている者だからね。それに川神百代を物理的に抑え込める人物と知り合っておくのは悪くないよ。それにあの坊やには李とステイシーが付いているんだろ。なら間違いなく口止めはするさね」
監視カメラの映像を眺める二人はそう言って義経たちの行動を評価した。
「楽しかったな、弁慶、与一!」
帰りの車内では九鬼以外の者と親しく話し、友となった事が相当嬉しかったのか何度も同じ話題を義経は弁慶に話していた。
「そうだね、義経。ほら、また明日から忙しくなるんだから少し寝た方が良いよ」
「あ、ああそうだな。それでは少し義経は寝よう」
三人は其々に貴重な経験を得た事は言うまでもない。義経が眠りに着き、程無くして弁慶も目を閉じるのであった。
「へぇー二人は義経たちに出会ったのか、ロックだぜ!!」
「なるほど、川神徹様であればこそ許されたのでしょう」
此方も帰りの車内で徹と弓子は李とステイシーに三人の事を話した。すると慌てた様子もなく人選故に打ち明けられた旨を説明された。
「だけど。暫くは二人の胸の内に留めておいてくれよ。まだ、九鬼でも公表していない話しだからな」
「分かっています。決して話しませんよ」
こうして二人の短くも楽しい春休みの旅行は幕を下ろすのであった。
帰って来た徹は弓子と別れ、大量のお土産を手にファミリーの待つ島津寮へと移動した。
「待っていたぞ、徹!」
「待っていたわ、お土産!」
手が塞がり声を掛けてドアを開けて貰うよう叫んだ先には、川神姉妹が我が家の如く出迎えた。
「何故、二人が出迎えるんだ!?」
「可愛い弟が親友と二人でお泊りデートなんてけしからんと思う姉心?」
「そこにお土産があるからよ!」
徹は大きく溜め息を吐いて中へと入って行った。
リビングへと移動すると岳人と卓也、それに忠勝が座っていた。
「よう、みんな!」
徹は明るくそう言うと事なった反応を三人は見せる。
「ケッ、大人になりやがって…為る時は一緒だと大和たちと約束したのを忘れたのか!!」
「お帰り徹。ガクトの事は放っておいてよ。疲れたでしょ。荷物貸してよ」
卓也は片手にある紙袋を受け取るとテーブルへと置いた。
「おう。楽しめたか徹?」
「サンキューモロ。ああ、楽しめたぜ。なんたって無料だったからな!」
忠勝へと答えていると廊下が騒がしくなる。
「お帰り徹!一人青春しやがって羨ましいぜ!!」
「おかえり徹」
「おかー」
残りのファミリーも揃いリビング兼食堂は大賑わいとなった。しかし、そこにいない人物を一子が気付く。
「あれ、まゆっちは?」
「まだ二階に居るのかも」
京はそう言ったが、彼女の場合、常時大和の部屋に入り浸る事から二階での交流は極端に少なかった。
「そう。徹にも紹介しないといけないから私が呼んで来るわ!」
一子は物凄い速さで上へと駆け上って行った。
「ま、黛…由紀江とも、申します!!」
迫力を込めた由紀江はそう言って徹に名を名乗った。他の面々には慣れを見せ始めたが初対面の徹には今迄と同じ強面の反応を見せた。
「おう。姉ちゃん達から話しは聞いている。川神徹だ。宜しくな」
徹はそう言うと由紀江の頭に手を置いて二回ほど軽く叩いた。
「ふぇ…?」
「初対面で緊張するなとは言わないがもっと気を抜いたほうが良いぞ」
そう言って今度は頭を撫でる。それだけでも由紀江の表情は優しげな物になった。
「は、はい…有難う御座います」
彼女はそのまま顔を赤くして俯いた。
「こら徹!ユーミンと言う彼女が居ながら気安く女の子に触れちゃいかん!こう言うのは独り身の私がするのだ」
百代が徹を嗜めると、自分は由紀江を抱きしめた。
「はわわっ!?」
驚く由紀江に容赦なく百代が撫で回す。その手癖が妙に手慣れた物で由紀江はあっと言う間に全身真っ赤な生き物へと変わった。
「さて、自己紹介は終わったな。それじゃあ早速お土産を披露してくれよ!!」
翔一は待ちきれないとばかりに徹にそう催促した。
「分かったよ。一子その袋から全部出してくれ」
「分かったわ!」
そう言って二つある紙袋から出したお土産は彼らだけで食べるだけでも相当な量があった。
「凄い量だな。どれくらい掛かったんだ?」
「勿論タダだよ、大和。これでも遠慮したんだぜ」
徹は土産物屋で購入するに当たりその場で起こった事を話しだした。
「へぇー全てが無料って此処まで徹底されるんだね」
卓也はそのシステムに感心していた。
「ホント羨ましいぜ。美しいお姉さまと旅行に行き、さらにこうして全てが無料だったなんてな」
「ガクトも頑張れば良いよ」
「おい京。絶対無理って顔しながら言うんじゃねーよ!!」
「目は口ほどに物を言う…」
土産物の選別と土産話に花を咲かせた集まりは夜遅くまで行われるのであった。
翌日からは新学期が始まる。由紀江と言う新たな人物を加え、風間ファミリーはどの様な展開を見せるのか。そして徹を始め各々の恋の行方は…
御一読頂きまして有難うございます。
次から原作へと突入出来ると考えております。
これが投稿されると言うことは仕事……
感想は8日以降に確認することになります。
pc、スマホの無い世界へいざ逝かん!