二年生になって数日が経過した頃、Fクラスに留学生がやって来るという話が持ち上がった。
「皆喜べ、今度ドイツのリューベックより留学生がやって来る!」
担任の小島梅子より発せられた言葉によってクラス内はざわつき始める。
「静まれ!」
しかし、梅子の鞭一閃により水を打った静けさを取り戻す。
「質問があれば挙手してからだ」
そう言うと即座に福本育郎が手を上げる。
「ハイ!女ですか、美人ですか、金髪ですか?」
「ハイ!男ですか、イケメンですか、金持ちですか?」
次に質問したのは小笠原千花であった。二人は幼馴染故に距離はあっても根本が似通っているのかもしれない。
「その様な質問に答える筈がないだろ、俗物が!!」
この後男女の悲鳴が廊下にまで達したのは言うまでもない…
「さってと…手伝え徹、大和!」
翔一は梅子が去り際に『ヒ・ミ・ツ、なんてな』と言葉を残した後、即座に声を掛けた。
「またやるのかキャップ」
「あったり前よ!こんな美味しいイベントやらずして何だってんだ」
翔一は既に偽造防止の刻印まで施した札を用意し、何時でも胴元として機能するだけの準備が整っていた。
「みんな、聞いてくれ!これより俺が胴元となって留学生の性別はどっちだトトカルチョを開催する!一口千円で最大十口までだ!両方に投じる事は出来ない。さあ、どーんと張ってくれ!!」
翔一は教壇へと登るとそう高らかに宣言した。
すると多くの生徒が集まり、金を手に札の交換を始める。男子へと投じる者は大和へ、徹は女子を担当する。クラスと名前、金額では無く個数を記入する徹底振りだ。翔一の組織する物は、とても今思いついて行ったものではなかった。
「み、皆さん!そう言った事はおやめになった方が…」
委員長となった甘粕真与は、おろおろしながら事の大きさを懸念して止めに入ろうと必死だった。しかし、如何せん子供に間違えられる容姿によって歯止めを掛ける事が出来そうになかった。
「真与、こう言った事は楽しんだ物勝ちよ。それに私も買っちゃった!」
千花はそう言って女子札を真与に見せた。札は男子に青いラインと一から始まる六桁のシリアルナンバーが、女子には赤いラインが其々付けられている。彼女は三枚の札を購入していた。
「おっ、チカリンは女子に張った系?」
二人で話していると羽黒黒子がやって来た。
「まあね。羽黒は?」
「アタイは勿論男子系!そんでもって喰い散らかしてやる系よ」
自信たっぷりに宣言した黒子は札を一枚の札を持っていた。
「その割に一口しか買っていないのね?」
「違う系よ、チカリン。これは十口を纏めた札だよ」
そう言って見せた札は千花が持っている札よりも一回り大きく、番号も二から始まっていた。
「ほ、本当だ。あんた随分と賭けたわね」
「女の気概ってもんを見せてやった系よ」
二人がそう話す中、とうとう予想屋まで現れる始末。真与は余計におろおろするばかりであった。
「本当に大丈夫なのでしょうか……」
彼女が危惧する様に問題は隣のクラスで起こる事に為る。
「あの山猿どもめー!!」
「まあまあ落ちつけよ、不死川。飴、食べるか?」
不死川心が癇癪を起したように、Sクラスでは騒音問題としてFクラスの行為を捉えていた。井上準は諌めようと常に持ち歩いている飴玉を彼女へと差し出した。
「おお、中々感心じゃなハゲ。此方に対する忠誠心褒めてしんぜよう」
そう勘違いをする事があろうとも準の瞳に映る心は変わる事は無かった。
「ああ、幼女が飴玉を舐める姿は俺に一種の清涼剤を、ドブァー!!」
「気持ち悪い事を喋るんじゃねーよ!殺すぞ、ハゲ!」
突如病を発症した準を止めるには物理的に止めるのが最適であった。
「イタタ。何だって言うんだ。えっ!?お、忍足さんがあの口調と攻撃を行ったという事は…」
瞬時に回復した準は、攻撃した者が誰かを特定するのは容易なことだった。常に従順な従者を務める彼女は、主人が居なくなると同時に枷を外し暴君へと変化を遂げる。
「げぇ!英雄が居ない!!」
「テメェ!英雄様を呼び捨てとはいい度胸じゃねーか」
目だけで失禁まで至らしめるほどの眼光と威圧に準は何とか耐える。
「くっ、俺は屈しない…って若とユキも居ない!?」
「三人は隣のクラスへと向かった。それよりもハゲ、あたいは腹減った。適当にパン買って来いや。但し、今私が食べたいと考えている奴な」
「な、何と横暴な!あのーお代は?」
しかし、買って来いと言われてもあずみは一向にお金を渡そうとしなかった。その為準は恐る恐るあずみにお伺いを立てた。
「そうだなー当たりだったら渡してやるよ。それよりも早く行け、腕折るぞ」
「ち、ちくしょぉぉー!!」
準は叫びながらパンを購入するべく教室を出て、購買へと駆けて行った。
「フハハハハー九鬼英雄。降臨である!一同静まれ!」
英雄は隣のクラスへと赴くと堂々とそう言葉を発し、見事静まり返らせた。
「流石、英雄ですね」
「おお、すごいのだー」
冬馬と小雪は目の前で騒いでいる人を一瞬で黙らせる英雄を褒め称えた。
「ふん、褒めるでないわ!」
三人は堂々と教室へと入ると英雄は高らかに忠告を始める。
「お前たち庶民が何をしようが構わん。しかし、隣のクラスにまで聞こえる騒音を我は看過出来ぬ。よってこれ以降騒ぎ出す事2-S委員長である我が許さん!!」
当然英雄には文句の言葉が上がるが、葵冬馬が居る手前女子生徒は静かであった。
「まあまあ皆さん落ちついて下さい。英雄の仰る通り何をするにも自由です。ですが周囲に迷惑を掛けてまで許される筈はないでしょ?」
冬馬はそう言って主に男子連中へと言葉を掛けた。
「そうだな。確かに葵たちの言う通りだった。すまねえな」
翔一は騒ぎを収め、いち早く投票を再開したかった。このイベントは勢いが大事だと彼は確信している。その為、最初に冬馬たちへと言葉を返したのだ。
「うむ。理解が早くて助かる。して、お前たち庶民は何をしているのだ?」
英雄はそう翔一に尋ねた。
彼は言う程Sクラスに蔓延する選民思想に迎合している訳ではない。須らく庶民を導かねばならない存在だと認識している。
「ああ、留学生が来るんだよ。それで男子、女子どちらかを巡りトトカルチョしているんだ。九鬼と葵もやるか?一口千円、最大十口までだ」
翔一は商機と見るやそう言って売り込みを掛けるが、思わぬ言葉を返される。
「我は金を持たん。すまんがそれには参加出来ぬ」
「では、私が英雄の代わりに参加しましょう。十口を、そうですね…女の子にお願いします」
「トーマが女子にするなら僕は男子に入れるね。五口でお願い」
冬馬が言葉を発し、動きを見せるだけでFクラスの女子から黄色い声が漏れ男子は不満げな表情を見せる。そして二人は其々徹と大和から札を受け取った。
「まさか、徹君も参加していると思いませんでしたよ」
冬馬は御札と札を交換する際、意外だという思いで徹に言葉を掛けた。
「こう言った事は受ける側の方が楽しいだろ冬馬」
「そうですね。ですがもう少し声を小さくお願いします。抑えるのも一苦労ですから」
二人が言葉を交わすと三人は教室を後にした。
その後は周囲に迷惑と為らぬ様、静かに投票が行われた。
初日は、男子が女子の二倍と言う差を着けて投票は終了した。
「残ねーん。あたいはコロッケパンが食べたかった。残念だな、お代は支払えない」
息を切らしながら購入してきた準は牛乳まで付ける気の使いようも無残に崩れ落ちた。
分からないからと十種類を購入し、最後の一つをコロッケパンとから揚げパンのどちらかに絞った結果後者を選択してしまった。
「ち、ちくしょう!」
準の嗚咽は英雄たちが帰るまで終わらなかった。
「いやー凄い金だ!」
翔一は放課後基地へと移動し、お金と札の交換が正しく行われていたかの作業を行っていた。その結果、ウン十万という大金が集まっていた事に翔一は興奮気味に言葉を発した。
「これは凄いね。でもさキャップ、男子になったら大損じゃないの?」
卓也も集計作業に参加してお金と札の数を数えている。
「まあな、でも女子だったら大勝ちだ。これだから止められないぜ!」
「なあ、俺様一応女子に入れたけど勝算はどれほどなんだ?」
「それは言えないなガクト。当日をお楽しみって所だ」
暫く二人は確認作業を行い、岳人はその光景を眺めることに費やした。そこに続々とファミリーが集まり始める。
「おお!!お金の匂いがすると思ったら、こーんな所に大金が!?」
そう言って現れたのは百代だった。翔一たちは珍しくドアから入って来た事で気が付くのが遅れた。
「よう、モモ先輩。ウチのクラス留学生が来るんだ。そこで、男子か女子かを予想するトトカルチョを開催しているんだ。一口千円で最大十口、両方に掛ける事は禁止ってルールだけど賭けるか?」
「うーんツケで…」
もいいか、と尋ねようとしたところで翔一はきっぱりと断る。
「駄目だぜ、モモ先輩。うちは現金でのみ受け付けているんだ。幾ら身内とは言えルールは破れない」
「くっ、金欠なのが恨めしい。ガクトたちは賭けたのか?」
「勿論願望を込めて女子に七口な」
「僕は男子にね。最小の一口だけど」
その後も百代は頼み込んだが、決して翔一は首を縦には振らなかった。
「みんな、遅くなった」
「お待ちー」
暫くすると、基地での消耗品を購入してきた大和と京が部屋に入って来た。その後ろには由紀江も着いて来た。そこで頼れる大和を見た百代はここぞとばかりに泣き付いた。
「待っていたぞ、弟!お姉ちゃんに力(金)を分けてくれ!」
「うわっ、危ないだろ姉さんいきなり抱き付かないでよ。もしかして賭けに参加したいけど手持ちがなくて参加できないってところか?」
瞬時に分かるこの状況に大和は大きく溜め息を吐いた。
「だからあれほど無駄使いするなと…」
「あーあー聞きたくなーい!」
浪費癖のある百代はバイトで借金分とそれ以上の金を稼ぐのは良いが、在ればあるだけ使ってしまう為に直ぐに金欠に陥るのだ。徹も大和もそれをどうにかしようと試みるが、結局借金をして翌月へと向かってしまうのが常であった。
「こ、ここが皆さんの集まる基地ですか…」
(パ、パネぇぜ…)
由紀江は百代とは別に室内へと足を踏み入れると、興味津々で辺りに在る物を眺めていた。こう言った空間が彼女にとって非常に刺激を与えたのか目を丸くしていた。
「そうだよ。此処は僕たちがいろんな物を持ち込んである場所なんだ。まゆっちにはどう映る」
卓也は親しげに尋ねた。しかし、彼女の回答如何では非劇と為りかねない問い掛けである。
「何と言いますか、此処を大切にしていらっしゃる様に感じます。外側からは想像出来ない快適な空間を見ればそう感じますよ、モロさん」
「へへ、そうなんだ。有難う、まゆっち」
卓也はそう言って笑顔で由紀江に言葉を返した。これで彼の信用を得た由紀江であった。
未だに彼女の知らない試練が続く事と為るが、一つ目は乗り越えたということだった。
「おーい、まゆっちも賭けるか?」
「賭けですか?」
翔一の言葉に由紀江は尋ね返した。百代に説明した様に内容を説明した。
「お、面白そうですね。それでは女子に十口お願いします」
由紀江は何気なく財布を出すと一万円札を抜き出した。その財布から気品の良さを感じ、信じられない身体能力を持つ百代は中身の確認を怠る事は無かった。
「ブルジョア、キター!!」
「おお、凄いなまゆっち!」
「驚いた。見かけによらず大胆にいくね」
百代は賭け金額から相当のお財布がある事を確認し、大和と京は純粋に気風のいい賭け方を感心していた。
「分かったぜ。はいこれ、当たっていればこの札と交換で分配金が貰えるからな。楽しみにしていろよ、まゆっち!」
翔一はお金を受け取り、大きめな札を渡した。
「なあまゆまゆ。私にも投資してみないか?」
「こら姉さん後輩にたからない。ほら仕方がないから俺が貸してあげるよ」
「本当か!?いやー流石私の舎弟だ。やはり頼りになるな。これはお礼だ」
百代は感謝の気持ちを込めて大和の頬に軽くキスをした。
「何っ!!モモ先輩!俺も貸すぜ。だ、だからさ…」
その表情は犯罪者に匹敵するものであった。
「いやいらん。それにキモイぞ、ガクト」
「もう病気だよね。ガクトのそれは…」
そう言われ、何度と無く流した涙を再び流す羽目になった。
「それじゃあ……私も女子にしよう」
そう言って百代は十口分を購入した。
「ファミリー内は女子が多いね。まゆっちはどうして女子を選んだの?」
「実はお友達が増えたらいいなって思いで選びました」
その後は聞くも涙の由紀江夢語りが始まった。思わず翔一まで潤んだ話しは胸を打たれるどころではなかった。
「うう、妙なシンパシーを感じる…」
京の言葉に岳人が顔を背けた。
「随分と苦労したんだな、まゆまゆ!私はお友達だぞ!!」
百代は後ろから抱きしめるとこれでもかと顔を擦り合わせた。
「でも出だしは好調の様だし、頑張ってよ。まゆっち」
「モロの言う通りだ。良い方向に向かうと良いな、まゆっち」
「何かあれば遠慮なく相談しろよ。俺たちは友達なんだからな」
卓也は現状の友達伊予の事を挙げ、それを大和が評価したが最後の言葉に誰しもが驚いた。
「一瞬誰が喋ったのか解らなかったぜ」
「どうしてそれを同級生にも出来ないのかが分からないよね」
京の言葉に誰もが頷いた。岳人はどう言う訳か年下に対しては男らしさと言う物を自然と見せて信頼される傾向にある。同級生や年上には異性として見ているからか、気持ちが悪くなるほどの下心に気が付かれ引かれるのが常であった。
「はい、有難う御座います。ガクトさん」
やはり、由紀江にも岳人は信頼を勝ち得そうな状況であった。
御一読いただき有難う御座いました。
私ごとですが、辻堂さんの純愛ロードでも投稿しております。
そちらも御一読いただければ幸いです。