前年度までの川神学園では土曜日は休みと為り、部活に精を出す者たちの声で活気に満ち溢れていた。ところが…
「授業時間を増やすべきだ。ですんなり土曜日も授業とか有り得ねー」
「うう、私の鍛錬する時間が…」
ファミリーもそうだが基本的にFクラスでは不評であった。
「まあいいじゃねーか。こうして皆に会えるんだし」
「そうだね。私は常に大和にくっ付いているけど」
翔一の言葉に良い意味で解釈する京がストーカー宣言を行った。
「えーっと、警察への相談は……」
そして大和は即座に警察へと相談を決め込み本気で携帯を弄っていた。
「授業始めるぞー」
始業チャイムが為ってから五分ほど経過した後気だるそうに入室して来たのは宇佐美巨人だった。此の男は最後まで土曜日の通常授業化に反対していた人物であった。
「起立、礼、着席!」
委員長の真与の言葉で一斉に同じ動作を行った。
「さて、今年度一発目の人間学の授業だが……」
彼が行う授業は基本的に受験とは関係が無く、積極的に参加する生徒が限られている。特にSクラスではそれが顕著なのだが、Fクラスは対照的に面白いという認識で多くの生徒が授業に関わる。
そこで、宇佐美は春休みの体験談を生徒に上げて貰い、将来とどの様な関わりがあるか等面白おかしく説明を行った。その為この授業には教科書は無く板書もしない。その為生徒はノートを取る事が無かった。ただし、其々この先に必要だと思う生々しいお金の話しや社会の仕組みについてはノートに書き込む姿が見られた。
ところがこの授業、頻繁に脱線を行う事でも有名で、話題は留学生の性別であった。まだ翔一の投票は締め切っていない為、ここで教師側の情報を得ようという考えが働いた。
「ヒゲ先生、今度やって来る留学生の性別って男ですか、女ですか?」
何とここで尋ねたのは胴元で手伝っている大和であった。
「おい大和、何を聞いてんだよ!」
「いや、別に投票したら行けないって決まりは無いんだからさ、折角なら情報を得ようかなって。どうだ、徹?」
「まあそうだな。どうせなら公平に参加したいな。と言う訳で教えて下さい、宇佐美先生」
二人の裏切りにも等しい行動に翔一は頭を抱える。既に投票を行った者は先走った己の行動を悔やんだが、そうでない者は幸運が舞い込んできたと大和の行動を喜んだ。
「おいおい、いきなりな質問だな、直江。オジさんの立場からはどっちだって言えないだろこの状況では。と真面目な教員は言いますが、俺はそんな真面目でもない。よって、オジさんの予想として、聞いてくれ。うちのクラスに昨年Fクラスの男子がやって来た。このクラスの編成は男子が少ない。よって入れるならどちらかと言うのは自ずと分かるな。あくまでも予想だ。間違ったからって責任を取れなんて言うなよ。おっと、時間だな。挨拶は要らないぞ。それじゃあな」
去り際に、大和の目を見た者は当事者以外居なかった。
その後のクラス内は宇佐美の予想から導いた結果を方々で話し合う姿が目撃された。
「へへ、ほぼ当たった系ね」
「あーあ、私も羽黒と同じ方にしておけばよかったなー」
黒事と千花はそう言って明暗に別れ、互いの表情がはっきりと出ていた。
「やっぱり、男子か…いや、裏をかいて女か…」
「さっさと決めてしまえよ、ヨンパチ!」
「いや、早計に決めるのは愚策だぞ。此処はギリギリまで情報収集をだな…」
男子も同様に色々な話しをしていた。
「ねえ、大和はどうするの?」
一子は未だに決めかねている大和に尋ねた。
「そうだな。一度基地で決めようかと思っている」
「随分時間を掛けるのね」
「早すぎても駄目なものもあるよ、ワン子」
その言葉に京はあくどい顔で一子に語りかけた。しかし、一子の顔は特に変化が見られなかった。
「何を言っているのよ、京?締め切りが迫っていないのだからいいじゃない」
「おお、ワン子が純粋過ぎた…」
大和はその時、京がおかしいのだと思っていたが藪蛇と為りそうな話題の為敢えて何も語らなかった。
「何ぃー授業でそんな話しが出たのか!!」
例の如く昼休み徹は弓子とお弁当を食べていたところ、百代も親友としてその輪の中に参加していた。その際、留学生の賭けの話しと為り、徹は授業での一コマを話した。
すると、百代が大枚を投じた事で驚きを隠せないでいた。
「面白い事をするわね。徹君のクラスは」
「まあ、うちにはキャップ、風間翔一が居るからね。あいつが胴元に為っているのさ」
「ユーミンもやってみたらどうだ?徹、まだ受け付けているんだろ?」
「明日の昼まで受け付けているよ」
すると弓子は二人にどちらに決めたのかを尋ねた。
「私は女子一択だ。可愛いおんにゃのこが来る事を節に願っている!!」
「俺はまだだよ。姉ちゃんの願望とは違うけど、俺も女子に投じるつもりだ」
しかし、二人は徹の言葉に矛盾を感じた。
授業中に語られた宇佐美の言葉から言えば、圧倒的に男子が有力だという結果に繋がる筈なのだ。それでも裏をかいてと言う発想が生まれるが、それを上げれば堂々巡りと為る。
よってストレートに答えを出すのがベストの筈なのだ。
「もしかして、答えを知っているんじゃないのか徹?」
「えっ、それってインサイダー取引じゃ…」
「違うよ。俺たちは本当に知らない。ただ、あの授業の去り際、宇佐美先生が大和をちらりと見たんだ。それが気に為ってね。もしかしたら話しが出来上がっていたんじゃないかってね」
あの僅かな瞬間に大和を除き、唯一徹は見逃していなかった。当然二人はその様な事はないと思っていても武神に匹敵する徹を騙す事は出来なかったと。
「まあ仮定の話だけどね。あれでもし本当に話しが出来上がっていて、大和も投じれば弓子の言う通り違反に為るだろう。だけど今回のトトは非公式な物だ。一度成立してしまえば誰も関心を持たなくなるよ」
徹の言葉に百代と弓子は大和に対し僅かなマイナスイメージを持ってしまった。これがどの様な作用を齎すかは何れ語る事と為る。
「それに、宇佐美先生が言っている事が正しいのかもしれない。配当は下がるが、安定した勝利を掴めるかもしれないからな。今頃男子に投じる生徒は多く為っているだろう。それも踏まえて俺は女子に投じるんだ」
「ふーん、なら私も女子に投じることにするわ。徹君頼んでもいいかしら?」
そう言って弓子も参加する事となったトトカルチョは大盛況のうちに投票を締め切ったのである。
その日の放課後、大和は一子と京と共に基地へとやって来ていた。
「ねえ大和、投票は待てと言われたから待ったけど、どうすればいいのよ」
一子は開口一番に大和に尋ねた。当初一子は我先にと投じる者と同じ気持ちであった。
ところがそれに待ったを掛けたのが大和であった。手伝いに行く前、一言『今は止めておけ』と言うものだった。
「同感、大和が動かないから私も投票しなかったけど、どうするの?」
「俺は投票しない。でも今なら圧倒的に女子に入れるべきだとだけ言っておくよ」
大和は敢えて『べきだ』という言葉を使った。その言葉に二人は首を傾げたが、一子は以前からの教えで大和は間違った事を言わないという刷り込みを受けていた。その為、彼女の決断は早かった。
「分かったわ。大和の言う通り女子に投じることに決めるわね」
「…そだね。夫を信頼する事こそ妻の証。正々と女子に投じることにしよう」
そう言って二人は未だ姿を見せない翔一を待つことに決めた。
そして、判明する日がやって来る。
授業自体は平常通りなのだが、校内の雰囲気が浮付いていたのである。ある者は朝早くから学校に来て校庭を注視し、そうでない者も登校後校庭を見続けるという光景が見られた。
そんな中、胴元の関係者が集う風間ファミリーはある意味注目の的であった。
「うわー見られてるね…」
「そんなモロは俺様が守ってやるぜ!」
「おい、京声を似せて変な事言う!」
「そうだよ。僕はノーマルなんだからね」
思わず京は岳人の後ろでそう言って声真似をして周囲の緊張を和らげた。
「本当に注目されているなー」
「まあ、全校生徒の半数以上が投票したんだ。仕方がないだろキャップ」
「何、そんなに集まったのか!?」
百代は大和の言葉で人数イコールお金の方程式が出来上がっていた。
「駄目だぞ、姉ちゃん」
しかし、徹が次に言おうとした言葉を制する。
「大丈夫だぜ、徹。実はゲンさんを通じて代行センターに保管を依頼してある。よって金はヒゲ先生が管理している」
これに関わる費用は諸経費として計算され、翔一のポケットマネーで決済されている。
「それにしても、注目は留学生にも向けられるな」
と大和が話していると出逢い頭に人とぶつかる。
「あっ」
「うん?」
体格は大和以上にガッチリとし、服装は軍服であった。
「も、申し訳ありません!」
大和が素早く謝る。こうした事もコミュニケーションの一つと教えを受けたからこそ出来た行動であった。
「いや、此方も悪かったね。それにしても直ぐに謝る事の出来る君は素晴らしい」
そう言うだけ言って男は去って行った。
「どうしたんだ、大和」
岳人がそう言うとみんなが一斉に大和を見た。
「今、そこで人とぶつかってな」
「ぶつかった相手は留学生でした。なんて落ちは無いよね?」
「変な事言うなよ、京。相手は軍服を来たおじさんだって」
そう言うと百代は悪い顔になった。
「いや分からんぞ。もしかしたらって事もある。そうだとすると男子という結果に為るが、そうなれば大和に体で支払って貰おう」
「なっ、まさか今ので責任転嫁するつもりなのか姉さん!」
二人は本当の姉弟の様に言葉の掛け合を行いながら学校へと進んだ。
ところがそう言った言葉は実現する様で…
「それでは留学生を紹介する!」
梅子が凛とした声で言い放つと前の扉が開けられた。生徒一同は固唾を飲んで姿が現れるのを待っている。
「グーテンモルゲン」
入って来たのは大和がぶつかった相手であった。
「なっ!!」
それは他の生徒以上に大和が驚かされていた。そして瞬時に生徒の驚きの声が溢れ出る。
「静まれ!!」
そして、収集を着けるべく梅子は黒板に鞭を打ちその音で生徒を黙らせた。
「おお、その様な教育法を見せられると、驚きです」
「有難う御座います。みんな、此方に居る方は留学生の親御さんだ」
そう説明する最中、窓側に座る生徒が可笑しな光景を発見した。
「先生、馬に乗った生徒が登校して来ています」
「何?って、熊飼!HR中にピザを食べるな!」
「ご、御免なさい。お腹すいちゃって…」
「仕方の無い奴だな。まあいい、皆外を見て良し!」
梅子が許可を出すと一様に馬に乗った金髪美女が校庭にいた。
「うん、やはり登校には馬だな」
颯爽と馬に乗り校庭へと入り込んだ少女はそう高らかと言葉を上げた。
「いざ、新たなる寺子屋!」
そう言って少女は馬を進めた。
「う、馬で登校とかどうなっているんだ」
「日本では馬で登校するのだろう。何もおかしな事ではない」
岳人の呟きに少女の父親フランクはそう答えた。
しかし、それを否定しようとした瞬間、クリスの馬が肯定される様に、人力車に乗って現れた英雄が学校に到着しはっきりと『NO』と言えなくなってしまった。
「取り敢えず、校内は馬厳禁ですので」
梅子は驚きを隠しながらもそう言って冷静に対応するのが精一杯であった。
そして改めて留学生が教室へと入って来ると、はっきりと女子生徒の顔を見て歓喜の声が男子生徒から巻き起こった。
「超大当たりなんですけど!!」
「やべえ、金髪美女とか!あ、ああー」
「こら静かにしないか!!すまないな、それでは自己紹介をして貰おう」
梅子が騒ぎたてる生徒を黙らせるとそう言って話しを促した。
「はい、私はクリスティアーネ・フリードリヒ。本日よりこの寺子屋で学べる事を嬉しく思う!」
その言葉で一部の生徒は嫌な予感を覚えた。
「はいはい、梅先生!質問いいですか」
「なんだ、島津。おかしな事を聞けば…分かっているだろうな」
そう言って鞭を見せて一応の抑止力を認識させる。
「大丈夫です。ええっと、クリステアーネ?」
「クリスティアーネだ。クリスで構わない」
クリスはそう言うと自然体で岳人へ視線を向けた。
「それではクリスは恋人っ」
岳人はその先を告げる事が出来なかった。
「不穏当な発言は控えて貰おう少年。クリスは恋人などいないのだよ」
何時の間にか岳人の隣に来ていたフランクはこめかみに拳銃を突き付け、彼は崩れる様に席へと着き謝罪の言葉を残す。
「は、はい申し訳ありません…」
「よろしい。諸君にも言っておこう。クリスによからぬ虫が着こうものなら軍を派遣する事も検討しなければならない!」
フランクは異国である日本であるにも拘わらず高らかに宣言を行った。
「父様は私情を挟まない方なのだ」
「いや、思いっきり私情を挟んだよね!いま、娘の為に軍を派遣するとまで言い切ったよね!」
卓也の突っ込みも虚しく、フランクとクリスは強烈な印象をFクラスの面々に残した。
「それでは、娘が無事に登校する姿を見届けましたので私は失礼いたします。クリスの事をくれぐれも、よろしく」
そう捨て台詞を残してフランクは教室を出て行った。
「馬の回収も宜しくお願いします」
梅子の言葉が聞えていたかは定かではないが、確りと居なくなっていた事で事なきを得た。
「はいはーい!梅先生!!」
すると空気を変えるべく一子が元気よく手を上げた。
「なんだ、川神一子?」
これで許可を得た一子はクリスに質問を始める。
「はい、クリスは何か武術をやっているの?」
「自分か?自分は騎士道を学んでいる。使用する武器はこれだな」
何処から出したのかレイピアをみんなに見せる。住む場所は違えどもクリスにも川神でやっていけるだけの素質を皆に示す。
「先生!決闘を行いたいと思います!」
一子の宣言で梅子は決闘ルールをクリスへと説明した。それに大きく頷いたクリスは自信たっぷりに言い放つ。
「面白い!新天地川神で、クリスティアーネ・フリードリヒの強さを見せよう!!」
既に一子はワッペンを机に叩きつけていた。そしてクリスもその上にワッペンを重ねたことで川神学園の決闘が成立したのである。
御一読頂きまして有難うございます。
次回は一子とクリスの決闘シーンとなります。
私事ですが辻堂さんの純愛ロードのお話を書いております。宜しければ御一読頂けると幸いです。