「み、見ないでくれ……」
大和は必至の想いで徹にメールを送った。
しかし、武神と名高い百代の前には虫けらも当然である。
川神水に酔った百代に服を剥ぎ取られ、全裸で跪かされている。
「大和……」
その上に百代が顔を上気させた京を抱き抱えて座っている。
「徹……」
京の声は妙に艶のあるものだった。
「ンクッ、ンクッ……」
百代は川神水の入った一升瓶を片手に持ち、ラッパ飲みを続けている。
「姉ちゃん……」
「おおーとおりゅだー。やっほきたりゃ…」
呂律の回らない百代は、そう言って目を虚ろにさせながら徹に話し掛けた。
「姉ちゃん、何やってんだ!」
徹は百代に近付こうとして床の詳しい状況を知った。
空の一升瓶が何本も転がり、風間翔一を除くファミリーは酔い潰れ床に倒れていた。
この時点で徹の怒りは頂点に達している。
「んーみゃこは……抱き心地最高だにゃー」
「モ、モモ先輩……」
左腕に抱き抱えている京の顔を自らの顔に擦り合わせその感触を楽しむ。
京も口では嫌だと言いながら、顔を赤くしている。
百代は可愛い女の子に対しセクハラ上等を地て行く女である。
そこに酒が絡めば恐ろしい展開になる事は必須だった。
「あー、じいちゃん、俺。姉ちゃん連れて帰るわ。それと……」
通話を終えた徹は大きく息を吐き出した。
そして、百代の前に辿り着く。
「いい加減に……、しろ!!」
徹は容赦なく百代に手刀を脳天に叩きこむ。
形容しがたい衝突音が聞こえるが彼は気にする事はない。
この程度の攻撃で武神川神百代が再起不能になる事は無いのだから。
「ぶにゅ!!」
百代は京を抱きしめていたせいで、京にも軽微な被害を負わせてしまった。
徹は尊い犠牲と意識が無い事を良い事に処理をして、他の者の介抱を川神院の人間が来るまで出来る限りを行った。
以後、この事件を『酒乱の百代』とファミリーで呼ぶことになり、教訓として『飲ますな危険』と言う言葉まで生まれた。
事の起こりは修行僧の提案であった。
この日は二月も末であるにも拘らず、身体を動かせば暑さを感じる陽気であった。
昨今、温暖化を連呼する風潮にある。
彼等はそれを御題目にとあるイベントを開催する事を提案した。
季節外れのカキ氷試食会である。
修行僧と雖も娯楽は必須である。
飴と鞭は必要不可欠と考える鉄心、ルーも参加するとなればほぼ全員がこれに参加するのは必須である。
勿論、勉強を確りとしていた百代も『おやつに如何ですか?』と言われれば、否とは言えるはずが無い。
むしろ参加は当然であった。
しかし、この氷が問題であった。
提案した修行僧は日々の疲れを取り除き親交を深める、と言う名目で川神水を惜しげも無く投入していたのだ。
彼等の粋な計らいと言うものであったが、これが最悪の事態を生んでしまった。
「むっ! 拙いぞ、ルー!!」
弟子は総代の鉄心へと山盛りのかき氷を手渡す。
次いで、師範代のルーへ手渡した。
シロップを掛け、笑みを浮かべながら鉄心は一口食べる。
最初は季節外れのミスマッチ感を楽しんでいたが、二口・三口と続ける事で言い知れぬ不安が脳裏を過った。
この頃になると、多くの修行僧へも渡っており、思い思いに味を楽しんでいる。
「ま、マズイ! これをモモに食べさせる出ない‼」
鉄心の言葉に味に酔いしれていた人間たちは首を傾げる。
だが、時すでに遅く。
静まり返った川神院の中で唯一気にする事無くかき氷を食べる音を発する百代の姿があった。
「な、何という事じゃ……」
「どうシましタ、総代?」
切羽詰まった表情を疑問に思ったルーは鉄心に尋ねた。
「川神水じゃ。この氷は川神水から出来ておる!」
百代はアルコールに弱い。
これを知るのは鉄心や徹と言った家族とルーに限られている。
それが災いし、折角ならと気を利かせた修行僧が不幸を招き入れてしまった。
「およ、世界が回るニャン……」
「しまった、手遅れか!」
顔面蒼白になる鉄心は周囲に迷惑とならない様、百代を取り押さえようと試みる。
「うにゅ、」
百代はアルコールに弱い事を知るのは鉄心を始めとした家族とルーだけであった。それが災いし、不幸な事故を招いてしまう。鉄心は兎に角百代を抑える事が優先だと彼女の下へと向かう。ルーもその後を追った。
だが既に遅かった…
「ありぇ…にゃんか、体がふわふゅわしてきちゃぞ…」
この時点で呂律が回らず、目が虚ろな百代が完成していた。
「しまった。遅かったか…」
こうなった時の百代は手が付けられない。ただでさえ武神と言われ始めている百代を止める事は難しい。酔った感覚によって理性と言うリミッターを解除しての暴れ振りを、彼女が披露するからである。
「みんなァー百代から離れるんダ!急いでネー」
ルーも一度だけ百代のそれを目撃したことがある。彼女が六歳、徹が五歳の時である。
百代の誕生日を親しい者たちで祝っている時であった。まだこの当時は在籍していた釈迦堂刑部が、川神水をジュースで割った飲み物を彼女に飲ませたのだ。彼の名誉のために言えば、全員彼女がここまで酷い酔い方をするとは知らなかったのである。だから鉄心も与えることを許していた。
しかし、それが間違いであったと気が付いた時には手遅れであった。鉄心、ルーと刑部川神院トップ三の実力者で抑えて漸くと行ったものであったのだ。火事場の何とかと言うが、子供でここまでの力を出すことにルーは血脈と純粋な強さというものの恐ろしさとを感じるのであった。
しかし、今まさにそれが起ころうとしている。あの当時徹はと言うと、飲んだらすぐに倒れ大人しく寝息を立てるという正反対の態度をとっていた。
川神院は百代の暴走により、あっと言う間に壊滅した。鉄心が油断して近づき、最初に倒されたのが致命的であった。師範代のルーとは言え、既に鉄心をも力で凌駕する百代に対して敵う訳も無く、抑制出来ない力によって相手にすら為らずに気を失うことになった。
しかし、川神院内で済めばよかったが、問題はここからが本当の悪夢の始まりとなったことだ。
師岡卓也は泊まり掛けで島津岳人にテスト勉強のサポートに付いていた。その日は大家である岳人の母親麗子のもとに店子が挨拶に訪れていた。少し早いが彼はUターン就職の為に実家へと帰るという話しをしに来たのである。当然お礼を兼ねて川神水一ダースを手土産にしていた。
岳人はそれを知ると、みんなで飲もうということを卓也と話し合う。それで大和へと連絡を入れると百代と徹以外は寮に集まっていると言う事を聞かされた。百代の酒癖の悪さを知ることから知らせずに基地で飲むことになった。時刻は昼前を指す事から、食事を持ちよって川神水を飲むという花実を先取りした展開に全員がウキウキした気分で集合し飲み会を始めたのである。
「俺もテスト勉強をしろ!等と無粋な事は言わない!飲もう!!」
大和の言葉で始まり、翔一の「乾杯」の音頭で始まった飲み会は本当に楽しい仲間内での飲み会であったのだ。残念なのは酒乱の百代と飲んだら寝てしまう徹を呼べない事である。飲ませない様に注意していても何時かは口に入ってしまう為に大和と京が気を付けて品物を選んでいるのだ。つまりは酒粕が入る物もアウトなのだ。
それから一時間が経過する。勉強はせずとも昨日の進捗状況などをみんなで話し合っていた。一子と翔一のスパルタ勉強には岳人と卓也が引き攣る笑顔を見せ、逆に岳人と卓也の勉強時は京が逞しい妄想を膨らませ話しを聞くなどと話題に事欠かなかった。
だが、その楽しいひと時も終わりを迎える。
突如、屋上に大きな音が聞こえた。
「なんだ、何かが落ちたのか?」
ほろ酔い気分を味わっていた大和を始めファミリーの面々は少し思考力の欠如が見られている。この時、彼等の頭には百代が来るという事は想定に無い。
「にゃんだ、みんにゃいるりょ…」
その言葉に全員の酔いが醒める。まさにこの場は密室である。入り口は百代に封じられている。彼等は檻に放り込まれた餌に等しい存在となっていたのだ。
「姉さんまさか酔っているのか!?」
百代の雰囲気と言葉使いから分かり切っていても大和は敢えて尋ねた。
「いんや…よっていにゃいろ……」
「うん、分かりやすい答えだね…モモ先輩」
京は平静を装って彼女を評した。
「どうする、大和?」
「完全にピンチだよね。僕たち…」
「あわわわわ…」
岳人と卓也は状況の把握に努め、一子は百代の恐ろしさにパニックになるだけであった。
既に大和の頭の中には計算が為されていた。
「ガクトとモロ、ワン子はメールを打つ時間を稼いでくれ、京は最後の防波堤だ!キャップはっ…あれ?キャップはどうしたんだ?」
全員に役割を説明していると、肝心要な彼がいない事に気が付いた。
「キャップにゃら…屋上でねていりゅりょー」
百代が屋上に着地した時、良い覚ましにと偶然その場に居た翔一が巻き込まれたのだ。
「くそっ!みんなとにかく徹にメールを打つ時間を稼いでくれ!」
大和はそう言うと携帯を取り出して行動を始める。
「了解!!」
四人は息の合った掛け声で、動き出す。
「おお、きょきょにも川神しゅいがあるによ…」
そう言って封の為されている川神水を手に持つと手刀で栓の辺りを切ってラッパ飲みを始める。
「若しかしたら間接キッスのチャンス!!」
「にゃんだーガクト顔がきもいにょ…」
飛び懸からんばかりに興奮した岳人が吶喊する。あわよくばと勇み進んだがいいが、呆気なく撃退される。
「あわわ、ガクトがやられちゃったよ…」
卓也はその呆気なさに突っ込みもままならない中、百代に川神水を飲まされ撃沈。完全に間接キスである。岳人哀れな瞬間であった。
「あっと言う間に二人も、大和まだなの?」
「おおーいみょうとみょいるじゃにゃいきゃー」
「お姉さっぷ!?」
一子が百代を呼ぼうと口を開けるとすかさず瓶の口を突っ込んで水を飲ませる。姉心があるのか新品を飲まされ彼女も撃沈する。
「よし!送信完了したぞ!」
大和は焦りで上手く文章が作成出来なかったが何とか無事に完了させた。しかし、大和もまた冷静な判断が出来ていなかった。送信ミスとなり、再度送ろうにも手元が焦って覚束ない。何とか助けてという事を打ち込んだところで声が聞える。
「やまとーにゃにをおくったんりゃ?」
彼は声のした後ろを振り返ると百代が一升瓶片手に、脇に京を抱えて立っていた。他にも岳人卓也一子と死屍累々の光景が目に飛び込んできた。
「み、京…」
大和はこの為に全員が力を合わせてくれたことに感謝し、徹に全てを掛ける覚悟をした。
「安心しゅりゅにゃ…」
その言葉を最後に大和の記憶は途切れるのであった。
此処までの経緯を余すことなく映像として残してあり、翌日は反省回上映と為っていた。
尚、貴重な映像提供は世界に誇る巨大財閥九鬼が開発したプロトタイプの万能御奉仕ロボクッキーに寄る物となり、厳重に管理されている。
一子に惚れた九鬼英雄がプレゼントとしてクッキーを渡したが見事に断られる。ならば俺にくれと翔一が貰い受け、以後彼を主人としてクッキーが認識して現在に至る。非常に人間染みたクッキーはロボの特性を生かし、あの瞬間後世の人間に映像を残すべくドキュメンタリー映像家となっていた。目の前で起こる狂乱を余すことなくびっしりと映す。
その光景にクッキーはロボなのに涙を流した。某映画の一コマを彷彿とはさせない展開であるが、それでも彼にも奇跡が起こった瞬間であった。
川神水の良い所は二日酔いが無い所である。全員、岳人以外は無事に集合を果たす。当の彼は顔を腫らしての登場であった。
「これは酷いね…」
「俺様、こんな顔をしていたのか…」
卓也の言葉に岳人も映像を見て愕然とする。その興奮した顔は他の女性にも不興である。
「ちょっと気持ち悪い顔何時までも見たくないわ。クッキー先に進めて!」
「わかったよ、一子!」
そういって映像は早送りをして、卓也のシーンに移る。純粋な一子に気持ち悪い呼ばわりされた岳人は涙目である。
「おおーこれは…」
「あっ…」
京はそのシーンを、感嘆を込めた声で露わす。対して卓也はその光景を思い出したのか真っ赤になる。
「ああ、これは私と間接キスだな…」
百代が冷静に解説を始めた。このシーンこそ岳人が狙ったものである。
「凄い勢いで飲まされているな」
「良かったな、モロロ。ガクトよりも先に一歩大人になったぞ!」
百代は卓也にその様に言ってからかう。その事に岳人は怒りの眼差しで二人も見る。
「くそう…俺の卓也に何てことを…」
「って、ちょっと京。変なアテレコしないでよね!」
卓也は京に言うが何処となく赤くなっているのは言わないであげた。
「次は私ね…ってこれだけ!ちょ、映像短いわよ、クッキー!」
「仕方ないじゃないか本当にこれだけで潰されちゃんたんだ。もっと映像に残りたければがんばりなよ一子!」
ロボにそう言い負かされる一子は涙目に為っていた。
「おっ次は京だな…」
何気なしに大和が彼女の名を呼んだ。
「ごめんなさいあなた!私、抵抗したの!!」
「すまない離婚しよう。俺には君の心は癒せない…」
京は既に告白を何千回と行っている。あの手この手、今の様に寸劇すらも織り交ぜてくるのだ。これを肯定的に大和が演じれば、告白を認めますということになるのだ。だから必ず結果はネガティブ結果となる。
「ちょっと、生々しい寸劇告白は止めてよね!」
「チェ…おしい」
卓也の突っ込みも意味はなかった。
「最後は大和だね…」
「あっ、ちゃんとメール送ったんだね。僕たちの犠牲は無駄じゃなかったんだ!」
「うるせえぞモロ。お前は良い思いしているじゃねーか!」
「ちょっと、煩いわよ。二人とも!」
そう話す間も映像は進む。何某かを話す二人、映像には残念ながら声は入っていない。
「何を話しているのかが気になるわね…」
一子がそう言った直後である。百代が大和に対して行ったことに一同騒然となった。
『あっ!』
そう、彼女が何をしたか、抱えていた京を静かに降ろすと一升瓶を何故か自分で口に咥えた。液体が口内に溜まっていく光景が確認される。そして、口一杯になったところで、映像に残らぬ速さで大和へと接近して、口移しで酒を飲ませたのだ。
実は大和、この瞬間を鮮明に覚えている。自他共に認める美少女が、目の前にそれこそ口を合わせて無理やり川神水を飲ませているとは言え、記憶に残らないはずが無い。
「ちなみにな、大和。私は(大和に)こんな事をするのは初めてだにゃん!」
百代は可愛らしく燃料を投下する。
「ちょ、姉さん何を言って!!」
大和が抗議するが時すでに遅く、過激に反応する二人が食って掛かる。
「おいコラ大和!お前はどうして、どうしてそんなに!!」
怒りと悔しさ、嫉妬と負の感情を全面的に露わした岳人が血涙を流して迫る。
「ど、ど、どどどどどどう言うことだ、大和!私だって…はっ、今大和にキスをすれば全てが無効に為る!さあ、大和今すぐ私とキスをするんだ!」
「うわっ、何をする京!止めろ!離せ!ワン子ー!」
京は混乱と嫉妬、それを塗り替えるべく実力行使へ移る。両手で彼の頭をがっちりとホールドしてまさにキスをしかねない所まで来ていた。大和はそれを止めさせるため一子へと助けを求めるが、等の彼女はそれどころでは無かった。
「あわわわ、エロスだわー」
目を抑えるべく指の隙間を開けて、手元を塞ぐ一子が映像を見続けていた。
こうして京と大和の攻防も含めて、この日もバイトに出ていた徹と翔一が来るまで、楽しいひと時は続いたのであった。
お読みいただき有難う御座いました。
設定上、土曜日を休みにしました。