まじこい的な何かを書こう   作:津谷 桐矢

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007

 三月、日中は春の訪れを意識する様な気候を感じるものだが、朝と夜は別である。川神院ではそんな寒さを吹き飛ばすような早朝の鍛錬が行われている。基本、早朝は参加自由である。これには百代は殆んど参加しない。

 周囲の者もそれに関してとやかく言う事は無い。何と言っても実力が伴っての行動である。決められた鍛錬をさぼっていれば別であるがそうではないのだ。加えて未だ学生の身分であれば殊更である。

「行くわよっ!でぇりゃー!!」

 一子は勇ましい声と共に徹に飛び掛かる。彼女の得意とする武器は薙刀である。鍛錬時は体育着を着用して行うのが彼女のスタイルである。身のこなしと言い中々にいい動きをしている。だがそれは一般的にはという言葉が付く。

「遅いぞ、一子!それでは攻撃されて終わりではないか!」

 対して徹は武器を持つ事は無く素手である。百代同様に彼には全身が武器である。そもそも武器は当たらなければ意味が無い。この言葉は実力者のものだ。しかし徹や百代、鉄心の様な者は別の表現を用いる『当たっても効かなければ意味が無い』なんとも贅沢な言葉であるが、それが壁を越えた者の捉え方なのだ。

 

 この時間は各自が好きに鍛錬を行う。一子は週に二度、徹と実戦形式の組み手を行う。

将来において、師範代が確実視される徹とこのように組み手を行えるのは何も特別だからではない。全員が認める一子の努力が実を結んだのである。武術の才能は無い、しかしそれを補う程の努力の才が有る。これが鉄心を始めとした川神院の答えである。それを証明するかのように努力と言う点においては誰ひとり彼女に敵う者は無いと認める部分である。そこで徹は鉄心等を前に言い放つ。

『だったら俺が鍛えればいいんじゃないか?』

 百代であればどうしても手を抜いてしまいがちになる。何と言っても彼女が一子を川神に引き入れたのである。その可愛がり振りはよく目にする光景でもある。

 かくして、中学に上がってからと言うものどんな時であろうとも週に二日、必ず行う慣例行事に為っていた。

 

 

 

 

 

「よしっ今日はここまでだな」

 徹はそう言って組み手を終える。最後は一子の攻撃を避けて終わった。一子の突きから始まり、切り返して下段から振り上げ、上段から振り下ろすと言うコンビネーションが最後の攻撃であった。

「押忍っ!ありがとうございました」

 そう言う一子は物凄い汗を掻き、息を切らせている。対して徹は全く変化が見られない。それを見て彼女は落ち込む。どうしても彼に一太刀どころか、汗を掻かせることも出来ていないからだ。

「ほら落ち込むな一子、此処をよく見てみろ」

 徹はそう言うと左腕の上腕部を見せる。そこには薄らと赤く線が入っている。彼は真冬であろうと袖の無い胴着を着用している。

「えっこれって…」

 そう言って信じられないという顔で徹を見る。

「一子の攻撃で付いたものだ。前にも話したろ。俺等は当たっても効かない場合があるって、それをお前は打ち破ったんだぞ」

 その言葉に一子は弾け飛ぶように喜んだ。その声は周囲にも伝播していくのであった。

 

「一子がやりましたネ、総代」

「うむ。まさかここまで成長するとは思いもよらなんだ…ワシも年かもしれんのぅ」

 鉄心は一子が武術を覚えることに最後まで難色を示していた一人である。それは可愛い孫を悲しませたくないという思いからであったが、結果として間違った判断であったと認めざるを得なかった。

「それは、私もでス。一子が、此処まで徹と渡り合えるとハ…」

 二人の目にはその様に映っていた。何と言っても、組み手で徹が『此処まで』と言う言葉を発す事が珍しい。他の修行僧ではそうなる前に勝負が着いているのだ。

「しかし、一子はこれからが本当の試練となるのぅ…」

 鉄心はそう言って何処か遠くを見据えるのであった。一子の夢はハッキリと師範代になって百代を支えると言うものだ。それにはこの程度は当然の域に入らなければならない。

つまり一子はようやくスタートラインに立ったようなものなのだ。

 

 

 

 

 

 この日は休日である。徹はシャワーを浴びると外出用の服に着替える。丁度その頃百代が起き出してきた。

「おはよう徹…」

 物凄く眠たそうな目で挨拶をするが、時刻は九時を回っている。

「おはよう姉ちゃん」

 彼の声は幾分楽しそうな感じである。

「なんだ、随分とめかし込んでユーミンとデートか?」

「そうだよ。これから行ってくるから」

 徹はそう言うと川神院を後にするのであった。

「……」

 その姿を彼女は眺めるだけであるが、どうにもイラついて仕方が無かった。

 百代は徐に携帯を取り出すと電話を掛けた。

 

 

 

 

 

 徹と弓子は休日にデートをするのは初めてである。とかく二人は忙しい立場である。徹はバイトに勤しみ、弓子は弓道部主将として部活動に熱を入れている。幸いにしてこの日は徹が以前ヘルプで入った時の代わりで休みになった。弓子の方は普段使用している弓道場が雨漏り修繕の為に使用出来ずに休みとなっていた。まさに二人がデートをするには又と無い様なタイミングである。

 待ち合わせは川神駅である。休日ともなれば多くの乗降客で溢れる駅である。先に到着したのは徹であった。彼は集合時間よりも大分早く駅へとやって来ていた。デート中にお腹が空かない為として早く来たのだ。

 

「いらっしゃいませー」

 梅屋へ彼は入店する。美味い、安い、早いと言う三拍子を合言葉に徹がこよなく愛するお店である。これはあの釈迦堂刑部の教えであった。彼は食券を購入してカウンターへと腰掛けて店員へと券を渡す。

「へい、牛丼大盛りで!」

 その声にふと徹は店員の顔を見やる。随分と懐かしい、また耳触りの悪そうな声だと記憶していた者の声であった。

「釈迦堂さん?」

 そう言ってネームプレートを見るとその通りであった。

「徹?お前徹かよ!?」

 刑部は仕事そっちのけで徹へ話しかける。

「なんだよ、お前そんなにめかし込んで!これだけで足りるのか?まあ食え、ほら豚皿付けてやっから」

 嘗て師範代ルーと共に川神院にて実力者であった。しかし、考え方の違いと素行不良により破門となる。その後の行方は誰も知らなかったのである。

「ありがとうございます、釈迦堂さん。それにしてもどうしてここで働いているんです?」

 彼にはそれが不思議でしょうがなかった。彼ほどの実力で有れば、色々な場所でお呼びが掛かってもいいはずなのだ。

 

「そりゃおめぇ、此処は天職だからよ。知ってるだろ俺の好物。まさにここがその場所なんだよ!」

 そう言って周囲に客が居てもお構いなしに徹と話す刑部は、決して褒められた店員では無い。裏から注文の品が出来た事を知らされて、彼は受け取り徹へと提供する。

「はい牛丼大盛りと、豚皿お待ちどう。それとなんだ、俺も決して働こうとは思っていなかったんだよ。それをな、突如現れた執事に倒されてな…」

 それは九鬼家に仕えるヒューム・ヘルシングであった。刑部は知らないだろうと、濁して彼に説明をしたのである。

 

「釈迦堂さんが倒された事が驚きですよ。そんなに衰えていないでしょ?」

 徹ともなれば相手の強さぐらいは瞬時に判別できる。

「まあな、だが昔に比べれば圧倒的に実戦が減っている。どうしてもその中での勘が鈍っていたってところだな」

「釈迦堂くーん動いてねー」

 恐らく店長なのだろう。雇われの身である彼は、上からきつく刑部を辞めさせない様にするように言われていた。つまり、言いすぎて辞めると言われない様にしなければならなかった。

「へい、すみません。店長!じゃあ確り食っていけ。また今度何処かで会おう」

 徹は彼の言葉通りに出された物をペロリと食べると店を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 徹は口臭を消す為にそれ専用のガムを噛み、臭いを消す。間違っても彼女には気付かれたくはないものであった。予定時刻となり、それよりも十分早く二人は合流を果たす。勿論、徹が待つ側である。

「お待たせ、随分早いのね」

 弓子は徹の姿を見るや駆け足で彼の元へとやってくる。彼女はパンツスタイルで、高校生と言うよりも大学生と言える様な雰囲気であった。

「そうでもないよ。少しよる場所があったからね。間違っても遅れない様にしただけだ。それじゃあ行こうか」

 二人は自然と腕を組んで移動を始めた。

 

「憎しみで、人が殺せたら…」

「いいなーねえ大和?」

「いいのかな、僕たちこんな事をしいて…」

「…まさかこんなにラブラブだったなんて…」

 岳人は恨み辛みの籠った眼で徹を見つめ、京は二人の行為に感化されて大和へと熱視線を送る。卓也は除き見ることに罪悪感を持って眺めていて、百代は弟と親友の熱々な関係に驚いている。

 

 

 

 

 

 事の起こりは百代が連絡をしたときに遡る。相手は大和であった。

「どうしたの、姉さん?」

 大和は丁度趣味のヤドカリに餌を与えて和んでいる時であった。彼は島津寮に住んでいて翔一、京そして忠勝等と生活を共にしている。そこには京も居たのだが今は気にしていない。

「直ぐに集合だ!」

 それだけ言うと通話を切った百代であった。

「モモ先輩なんだって?」

 京がそう尋ねる。

「よくわからないが集合だって…」

 そう言われては参加せざるを得ない。大和は訳も分からずファミリーへと連絡を取る。その中で連絡が付いたメンバーが今居る者たちである。

 

 集合場所は基地である。何かあった場合はそこを集合場所と決めているのだ。

「それでどうしたんだ、モモ先輩?」

 話しを切り出すのは岳人である。

「徹が今日ユーミンとデートをしている」

 百代はそれだけ言うと岳人は憤怒の顔へと変化する。

「何ぃーそれは許せん!」

「いや、もうそれは良いよ、ガクト…それでモモ先輩、私たちを集めた本当の理由は?」

 京はそう百代へと問い掛ける。まさかこれが集めた理由だとは思いもしなかったからだ。

 

「徹がデートをする。それを追跡する」

 が、まさかの言葉に京、大和と卓也が固まる。

「えっ、本当それだけ?」

「姉さんそれは止めた方が…」

「そうだね。僕も大和の意見に賛成だよ」

 三人はそう言って反対する。間違っても仲間内でその様な事はしたくはないと思っているのだ。

「俺様はモモ先輩に賛成だ!」

 岳人は百代の提案に乗る。これは彼の中に俺よりも先には行かせんと言う下らない思いがあった。

 

「いいか京、二人の行動を見て大和とのデートに活かせる教材が目の前に在るんだぞ」

「やっぱり行くべきだよ、大和。私はモモ先輩に賛成!」

 悪魔の囁きとはこうも人の心を変えてしまうのか、と恐ろしくなる大和であった。基本多数決で決めるのが彼等の流儀である。京が賛成派に流れたことで百代の提案は可決してしまった。

 善急げと百代たちは川神駅へと移動する。二人が出会う二十分前である。場所が場所なだけに五人はバラけて大和の指示のもとに配置された。

 そうして見つけたのは京であった。徹を見つけてすぐさまメールで一斉送信して四人を呼んだ。

 

 

 

 

 

 話しを二人へと戻す。電車へと乗り込んだ徹と弓子が向かった先は七浜である。二人はそこにあるレジャーランドへと向かうのだ。百代たちもばれない様に電車へと乗り込んだ。

「跡を付けるには本当に便利だよな」

「だね。本当に便利だよね、モモ先輩」

 京と百代はそう言って磁気式カード乗車券の有り難みを知ったのであった。これさえあれば、チャージしてあれば問題なく改札を出る事が出来るからだ。百代は当然ながら何処へと向かうのかは聞かされていない。

「あっ、ここで降りるみたいだよ」

 卓也が珍しく彼等を一番に発見する。

「よし、降りるぞ!」

 そう百代が言って降りた駅は七浜であった。

 

「七浜か…デートの定番スポットじゃねーか…」

 岳人はシミュレーションに関しては完璧な男である。あとは実戦在るのみ、戦力は充実していた。

「うーん、何とも羨ましい……ねっ?」

「お友達で」

「此のまま行くと、あのレジャーランドへと行くのかな?」

 卓也はそう言って事前に携帯を使用して地図を見て予想を立てた。

「多分な。あそこで遊んで夕方くらいに中華街のコースかもしれないな」

 大和は卓也の予想にさらに自身の予測を加味して話す。

 

 案の定二人はそこへと向かって行った。残念ながら五人ではそこへと入る為の資金が足らない。何と言っても百代がお金を持っていないのが原因であった。

「姉さんはどうして財布を持っていないんだ?」

「財布なら大和が持っているだろ?」

 完全にたかるつもりでいたのであった。仕方なく、近くにあるファストフード店で二人が出てくるのを待つことにした。

 

「まさか休日をこんなことで消費するなんて…」

 大和は後悔の念でいっぱいである。何が悲しくて、人のデートを見張らねばならないのかと大和は思っていた。この日、大和は愛しいヤドンとカリンを観察していようと考えていたのである。

「そんな事言うなよ、弟…お姉ちゃんの我が儘に付き合ってくれたお礼はどんな事が良いんだ?」

 一応百代も自身の我が儘と言う認識が在った。

「わわっね、姉さん!?」

 百代はそう言うと同時に大和の後ろから抱きしめる。両腕を前にやり大和の右肩に顎を乗せる。舎弟である大和は他人である。しかし、彼女の中では兄弟のスキンシップであると主張する行為である。しかし、これどう見てもお詫びに、と言うものに感じられた。

「どうして大和だけなんだよ…」

「それは駄目だ、モモ先輩!」

 岳人は自分には訪れない事に涙を流し、京は誘惑されかねないと彼女を止める。周囲は好奇の視線で一杯である。何と言っても百代が周囲の視線を引き寄せているからである。

男性もさることながら、女性をも引き付けるその魅力は店内でも維持されていたのであった。

 

 大和の予想に反して、彼等は長い事店内で待つことになる。

「随分時間が掛かるな…」

 時刻は四時半を回っている。日も落ち始め、夕闇へと向かう頃合いである。

 

「これは此のまま帰宅コースだね」

「ってことは、俺様たちは何をしていたんだ?」

「無駄骨だったのかな?」

「言うなモロ、悲しくなる…」

「そ、それじゃあ、私たちは帰るか…」

 何の成果も無く百代の提案に端を発した行動は空しく終わるのであった。そしてそのままお店を後にして、帰宅の途へ着く五人であった。

 

 

 

 

 

「ふふっ、楽しかったわ」

「そうだな。また来たいな」

 すっかりと暗くなる時刻、徹と弓子はそのレジャー施設を後にする。普段よりも、此方へと向かうよりもより二人の密着度が大きくなっていた。夕日があれば、二人の姿は一つの影となって長く延びていただろう…

 




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