「ま、松風漸く着きましたね!」
少女は手の上に乗せた小さな馬の形をしたストラップに対してその様に言葉を発した。
よく見れば携帯に取り付けるための紐が綺麗なままである
『だなーまゆっち。遂に川神デビューの日が近づいて来たな!』
「そうですね。地元では失敗…まだデビューしていませんが、この地では見事な成功を収めたいものですね、松風!!」
明らかな腹話術であるが、堂に入った仕草で話すそれはまさしくお金を戴けるほどの腕前であった。だが彼女の表情を見て周囲の人間はそそくさとその場を後にする。本日の公演は川神駅構内という一等地でのものであった…
こんな事があるとは知らない風間ファミリーはとある事件を解決するべく行動していた。
三月も中旬既に三年生は卒業し、学年末テストも無事に乗り越え、授業も午前中だけ。あとは修了式を行い、晴れて春休みを待つばかりであった。
「こちらイケメン」
「…」
「ちょ、悪かったよ。ガクトです。本当に無視するなよー」
通信先からは無言が流れると岳人は平謝りをして相手に構ってもらえるように懇願した。
「次おかしな言葉を発したらどうなるか分かっているな?」
通信先は大和である。川神が誇る最終破壊兵器を二体持つ風間ファミリーは、ある意味で強さの格差がとんでもない事に為っている。これは百代と徹のデコピンとしっぺであるがそれがとんでもない抑止力となっているのだ。これによって悪ふざけをする者に対処する大和の負担が軽減されている。
「それで、どうしたガクト?」
「ああ、写真の男だと思われる人物を見つけたから連絡したんだ。モロが話していた進路から間違いないと思う。今写メで送るぜ」
本来は街中で本人と分かる様な撮り方は肖像権侵害で訴えられる可能性がある。事実、賠償命令を下された事例がある為に注意が求められる。
岳人の言葉の後直ぐに大和の携帯にその画像が送られてくる。大和の場所には他に一子が待機している。それを二人は覗き見る。
「当たりだな」
「凄いわね。ガクト良く見つけられたわね」
「類は友を呼ぶとも言うね…」
何時戻ったのか見た京が後ろから言葉を発した。ぴったりと寄り添う様な形で話しかけている。此処までの行動はやはり徹の付き合い方を目にしている事の影響だと大和は考えている。
「うぉい京!」
「ただいま大和好き、付き合おう」
「お友達で京。それと早く離れてくれ…」
目の前で積極的な行為を見せられ一子は『わわっ』と言うだけであった。
画像を確認した大和は岳人に見張り続けるように言い、他には集合を掛ける。とは言え一番時間が掛かるのが卓也である為最初に連絡を入れた。
二十分後岳人が見張る場所に全員が集合する。ここはとある工場跡地である。不況の煽りを受けて二年ほど前に閉鎖した場所である。似た様な場所が幾つか存在し、閉鎖した後もそのままの形で残り不良の溜まり場になったりしている。
「ここか…」
大和がそう呟く。その後ろでは百代と徹がウキウキしながら待っている状況だ。
「大和始まったよ…」
卓也がそう言って大和へと話しかける。彼はノートパソコンを使用して動画配信を見る為に携帯を使用してネットへと繋いでいた。この事を知るのは大和と卓也の二人である。
ネット配信をしている事は二人以外知らされていないのだ。
全員がその動画配信を見始める。
「おいこれって…」
岳人がそう言って驚き始める。他の者も同様である。
「わっ、これって女子更衣室じゃないっ…」
「ワン子五月蠅いよ。少し黙りなさい」
大声をあげそうになった一子を京が口を塞ぎ嗜める。前以って聞かされているはずの盗撮映像であるが一子は忘れている。
動画配信は尚も続いている。
「ドン引きだな…」
「アウトだな…」
百代はゴミを見る様な、徹は判決を下した様なそんな雰囲気で話す。場所は誰もが知る川神学園の女子更衣室である。同じ造りの男子更衣室を知る大和達もよく知る形であった。
「わわっ」
卓也はそう驚きの声を上げる。今までは無人であったがそこに人が入って来たのだ。当然着替えを行う為である。が、どうやらそうでは無かった。つまりは卓也の早とちりである。
「あーこれって…」
京はこれがどう言った物かを瞬時に悟った。過去のトラウマをほじくり返されそうな言葉が連想される。
「よし、踏み込むぞ!姉さんは上で待機。ワン子とガクトは裏手に回ってくれ。モロはこの場で動画の録画を頼む。徹を先頭に行動を開始する」
録画は別の案件で必要との判断である。
結果として呆気ないほどに片が付いた。工場の元事務室と思われる一角で対象となっていた男が居た。何やら金を掛けた仕掛けを施して、他の者が入れない様にして在ったが、徹がいる中では紙の如くであった。
呆気なく扉を破壊されると中の男は驚きの声を上げる。
「ヒィイイイー」
見た目は二十代の小太りな男であった。室内はパソコンの排熱などが影響して三月とは思えないほどに熱気に包まれている。
この件で直ちに彼等の教師、宇佐美巨人へと連絡を入れる。犯罪行為を確認するのは彼の役目であり、警察へと届けるかどうかは学校側の判断である。彼等は目の前の男をこれ以上動けない様に拘束する事である。この部屋は膨大なDVDのケースが置かれ、焼くための機材も大量に備わっている。
「これって裏物も作っているだろ…」
大和はそう言って男を見ると途端に体を震わせる。これだけで間違いないだろうと判断した。
「ご苦労さん。後はオジサンたちに任せておけ」
この場に現れた教師は宇佐美と梅子に咥えてルーも参加していた。万が一を考えて体育教師をしているルーが着いて来ていたのだ。
「みんなご苦労さまだったネ!」
拘束された男はルーが受け取る。これでは完全に男が逃げ出す事は不可能である。梅子が何故居るのか、見る映像が映像なだけに宇佐美だけではどうしても、と言う事であるからだ。
風間ファミリーは僅か一週間で依頼を達成した。
川神学園ではこのように依頼が舞い込む事が有る。今回依頼があったのは女子更衣室の盗撮であった。これは匿名で連絡があり、確認したところ学園内の映像であると判断した。
幸いなことにその部屋は一日を通して人が訪れない様な場所であったが、見捨ててはおけないと学園が依頼主となり生徒へと呼びかけた。
本来は警察へと届けるのだが、それだとどうしても時間が掛かる可能性がある。つまり何時かは生徒が被害を受ける。そう考えればこそ、生徒へと解決を任せると決めたのだ。学園内の施設は生徒の方が詳しい事がある。それに掛けたのである。
「それでは本日の依頼は盗撮犯の確保、これネ。依頼料は上食券二百五十枚!但し、危険が伴う可能性があるから個人で参加している場合、今回は無しネ」
依頼を行う場合全てを取り仕切るのはルーである。オークション形式でどんどん枚数を落としていくのがスタイルだ。これにより参加していた者の三分の一が脱落した。
「それじゃあ始めるヨ!」
彼の言葉で熱い戦いが始まる。
『百二十枚!』
翔一の一言で場が静まり返る。いままで二百を下回るラインで戦われていたのだ。それを一気に八十枚近くも下げられては勝負に為らない。
「他にいないかナ?」
ルーの言葉で誰の反応も無い事を確認して落札者が決定する。これで今回の依頼は風間ファミリーが行うことになる。
「それじゃあ今回は彼に依頼を決めるヨ!」
この言葉で解散する。翔一は直ちに大和へと連絡を入れ呼びだす。この後の話しを詳しく聞くためだ。
「それじゃア、此処では説明しづらいこともあるから移動するヨ」
ルーがその様に話すと移動した先はPC教室である。今月に入り二度目の入室だった。
ルーと一緒に行動するのは大和、翔一、徹と京である。他の者は、今日は用事があると別であった。
「おっ、今回はお前たちか丁度いい」
室内では宇佐美巨人が待っていた。彼の前には当然学園のパソコンが起動していた。皆は宇佐美の後ろ側で画面を見ることになった。
「それじゃあ始めるぞ。今回の依頼はこれを撮った人物を捕まえることだ」
彼がそう言ってマウスを動かして動画を再生させる。それが匿名で送られてきた動画であった。この匿名は本当に匿名であり人物がさっぱり分からないでいた。
「なあこれって警察へ言った方が良いんじゃないか?」
翔一は退屈そうに見ていた動画を見てそう呟いた。それが宇佐美に聞こえる。
「それじゃあだめなんだよ。若しかしたら明日にでも再び撮られるかもしれない。そうなれば何時かは被害に遭う生徒が居る。警察へと届ける間に何かあれば問題になるからな、それに他にも動画があるかもしれない、早くに潰したいんだよ」
その言葉で直ちに作戦会議が行われることになった。緊急集会の開催である。
大和たちは夕方、基地へと集合を果たした。そこで大和が説明をする。翔一は競り落とした食券をテーブルへと置く。全部で百二十枚の上食券である。一人十五枚換算である。
「まったく許せん話しだ!!」
そう憤る様に言葉を発したのが岳人であった。しかし、言葉と表情が一致していない為に女性陣からは白い目で見られている。
「作戦はこうだ。必ず犯人はカメラをセットしに来る。これは各更衣室などを確認してそれらしきものが確認されていないことから分かった」
大和が作戦の概要を話しだす。これには運動部の人間が活躍していた。
「そこで、設置する場所を限定させる。場所は此処だ。それまでは犯人を泳がす。取りに来るのは一日か二日経った後だそうだ」
この情報は撮られた日付から推測したものである。
「そして此処からが重要だ。犯人を追跡するが、ばれる訳にはいかない。だからみんなには幾つかの場所に散って貰う。追跡するのはモロに頼む」
卓也はファミリー最弱と言っても言い。つまりその様な者が付けて来るとは思いもよらない、そう思わせるのだ。卓也に追跡させ、前方で待機して犯人の顔を確認した後、集合をして捕まえると言うことだ。
「話しは分かった。私はそれで無くとも許せんからな参加する!」
「私もよ!」
川神姉妹がそう言って食券を貰い受ける。
「当然だね。それ以外にも任せて貰う場面が今回は在りそうだね」
卓也がそう言って食券を受け取るが、その言葉が本当の事になるとは思いもよらなかった。
「俺様も参加するぜ!」
岳人がそう言って受け取る。事前に受け取っていたのは大和と翔一、徹であった。
「盗撮は許されないね。でも私は大和を常に見ているけどね…参加で」
最後は京であった。大和は嫌そうな顔をしたが敢えてそれ以上突っ込む事はしなかった。
しかし、その翌日翔一は偶然見たテレビ映像で興味が移り旅へと出掛けてしまった。
かくして、翌日から作戦は決行された。どの様な者が現れるのか分からないが、とにかく誘い込む場所は決まっている。そこへと何とかして誘い込むのが第一段階であった。
少ない情報から導き出したことであり、何時現れるかが全く分からないと言ってもいい。
だが、岳人曰く、『直ぐに現れるだろう』という言葉を全員は信じることにした。これはヨンパチのアドバイスを受けてのものであるが、どう考えても犯罪者の思考と同調した様な岳人に周りはドン引きしていた。
彼の言葉の通り、張り込んでから二日後に事態が動く。この日から授業は午前中だけの日程となる。前日は卒業式が挙行されていた。
「あいつか」
この日は大和だけが残っていた。連絡は学園に居る者から大和へとネットワークを利用して入ってくる。運が良かったのかもしれないと大和は考えていた。知らせを受けて、その場所へと急行する。
そこでは確かに男が学園内へと侵入していた。どうにも慣れた様に学園へと入り込んでいる。まるで人がどこに居るのかが分かる様であった。
「卒業生か?」
大和はそう呟く。そう思わざるを得ない様な足取りで校舎内へと潜入を果たしていた。
奇しくも犯人の男は大和が誘い込もうとした女子更衣室へと向かった。この日は泳がせる手筈であり、大和はそれを確認した後宇佐美へと連絡を入れるのであった。
大和は確りと許可を取った後女子更衣室へと入り、宇佐美と共にカメラの設置を確認した。カメラが置かれているとは知らずに入る生徒と教師を演じてのものだ。あくまでもばれていると思われない様にする為である。結果は黒であった。
加えて大和が撮った写真でファミリーへと犯人の顔を教える。これが後に決め手となり確保へと向かうことになるのだ。
そして話しは依頼達成後へと移る…
「えーそれでは依頼達成を祝して、乾杯!!」
基地へと戻ったのが、日が沈んでからと言う中、それでも川神学園の治安を守ったと言うことで彼等のテンションは高かった。依頼にあたり、食券以外にも実は経費が落ちることに為っていた。卓也が使用したネット代である。携帯を使用してのものはそれなりに値段が嵩んでくる。これを宇佐美の裁量で確りと支払われることに為っている。
それは別として、彼等は別途報酬をいただいており、それを使用して今の打ち上げに為っていた。当然、川神水の提供は無い。目の前にはジュース類と炭酸その他の菓子類である。
「いやー一仕事の後は美味いなー」
百代は満足そうに語る。それはみんなも同感であった。
「でも今回はモロが良く頑張ったわよね!」
一子はそう言って卓也を褒める。普段褒められていない彼からするとその言葉でも恥ずかしくなってしまう。
「えっ、いやーそれほどでもないよ…」
しかし、一子の言う言葉は意外にも的を射ているのである。
「いや、一子の言っている事は正しいと俺も思うぞ」
徹がそう言って一子の言葉に乗っかる。これは卓也が自分の領分を自覚しているところから起こる。実力に関して、彼は最弱であると自認している。であれば、自分が活躍できるところはと考えたところ、趣味でもあるパソコン関係の領分を自分の武器にしようと考えたのだ。それが今回も役に立ったのだ。
情報を集めるべくネットサーフィンで巡っていたところ、川神学園の映像を配信するサイトがヒットしたのだ。直ちに大和へと連絡を入れ、色々調べた結果恐らくはその犯人が行っているだろうことが判明した。
閉鎖等を行わせるのは犯人を捕まえてからと言う事が決まった。幸いなことに映像は更衣室のみで誰も映っていないことであった。
「謙遜すること無いぞ、モロロ。一子と徹の言う通りだと私も思う。よくやったな!」
百代が褒めれば続いて京も大和もそして岳人も褒める。これ程卓也がみんなの戦力として活躍した日は、この日が初めてかもしれない。しかし、だからこその風間ファミリーである。足りない部分は必ず起こりうる。それを補ってこその仲間であった。
「へへへ、何かみんなに褒められると照れちゃうな…でもありがとう」
こうして何時の間にか卓也が主役となった打ち上げは盛り上がるのであった。
「済まないね、由紀江ちゃん。寮生はみんな遅くまで帰ってこないんだよ」
そう由紀江に言うのは寮母であり、岳人の母親でもある麗子であった。卒業生は既に退寮している。今日は下見を兼ねて一泊二日の見学会を行っていたのだ。自分がこれから三年間お世話になる場所である。前以って、挨拶を兼ね彼女は単身北陸から訪れていたのだ。
「いえいえそんな、お構いなく。私如きが先輩方に……」
由紀江は突如怖い顔になり言葉を発し始めた。しかし、最後は何を言っているのかが聞き取れなくなるほど小声になった。だが麗子はこれまでも変わった寮生を受け入れている。
息子に比べればと何てことは無い対応である。
「と言うわけだ。とりあえず此処が由紀江ちゃんのお部屋だよ。隣に一人今度二年生になる子が住んでいるからね。何かあればその子に…」
そこで浮かんだのが京である。間違いなく無理だと悟った麗子はそこで言葉を切る。
「まあ一階の男子も頼りになる先輩たちだ。幸い一年生は由紀江ちゃん以外居ないから分からない事があれば何でも聞きな!」
彼女は何とかそう話しを言い切る。
「はい、承知しました!」
よくわからない由紀江はそう言って麗子に返事を返すのであった。
そうして夜になり、麗子が再び島津寮を訪れて彼女を寮生に紹介する。
「来年度からここで暮らす黛由紀江ちゃんだ。みんなよく世話してやってちょうだい」
「ま、ままままままま、まみゅずみ、ゆ、ゆゆゆ由紀江とも、申します!!」
極度の緊張で由紀江は顔が強張り、さながら睨み付けている様であった。
そうして寮生の感想は一様に『変わった奴だ』であった。
お読みいただき有難う御座いました。
まゆっちを登場させました。設定では翌年度、大和が二年生に為ってからですが、敢えて三月中に登場させております。また中学卒業が早いのではというツッコミを入れられるとは存じますが、そこは敢えて耐えていただきたく存じます!