黛由紀江は来月より高校生と為り、単身川神と言う新天地へとやって来る事となった。
その為、彼女は島津寮へ入寮する事が決定し、この度下見と顔合わせを兼ねてやって来た。そして、彼女は目の前の食事風景に求めていた環境と言う物を見出す事と為る。
ところがその光景に若干の緊張を含んだ由紀江は不審人物丸出しであった…
「な、なあ黛さん?」
大和は目の前で食事を摂る由紀江に声を掛けた。すると硬い表情で綺麗な食べ方で食事を摂っている由紀江が睨み付ける様に大和を見る。
「は、はい!?な、なななな、何でしょうか?か!!」
由紀江は突然声を掛けられ極度の緊張に見舞われる。言葉も明らかにおかしい物で彼女の目が混乱している事を大和へ語りかけていた。
「あ、いや…そのさ、そんなに強張った顔で食事をしなくてもいいんじゃないか?」
一つ一つに気合の入った由紀江に対し、大和は新たなる寮生への評価を『変わった人』と言うものだった。
「はい!も、ももも申し訳の次第も無く、くく!」
由紀江はこうして会話する事自体家族を除けば久しぶりなことだった。その為やはりコミュニケーション能力に著しい欠陥が存在していたのだ。但し、持ち前の性格と容姿、家庭環境によりコミュニケーション障害を感じさせず、変わった子と言う程度で済んでいた。
「お、おう。そんなに気合いを入れて返事しなくても良いぜ…」
無駄に迫力を加えて話す由紀江に対し、大和はビビリまくりであった。
理由は只一つ、彼女の強張った表情では無く、どうして此処に日本刀を持って現れたのかであった。
普通は不審物を持ちこんでいる場合自然と距離を取って関わらないが此処は川神であった。奇人変人何のその、濃すぎる人間の巣窟であり、大和もおっかなびっくり程度で接していたのだ。
故に好奇心旺盛な者は……
「いやー面白いなお前!」
翔一は大和と由紀江の会話に参加することなく固唾を飲んで見物していた。これは彼の興味を十二分に刺激していた事に由来する。
「キャップの言いたいことは分かる。十分変わっているよね」
翔一の言葉に京が答える。しかし、どの口が言うのかという気持ちになった大和だった。
「なあ、まゆっち!」
翔一は由紀江に対してその様に声を掛ける。こう奇襲にも似た行動で以って相手の懐に入り込むのが彼の性格だった。
「……ふぇ?」
突然のあだ名で呼ばれて、由紀江の思考は停止寸前である。
「駄目だったか?どうかな、大和?」
困ったときの軍師、それが風間ファミリーの共通の考えである。翔一は目を輝かせるように尋ねた。
「黛由紀江だからまゆっちか…良いと思うぜ、キャップ。な、京?」
大和は隣で寮母の麗子が作った料理を、レッドフードへと魔改造を施した毒物を頬張る京へと尋ねる。
「イエス。夫の意見には素直に従います」
「お友達で」
定番の告白を会話に挟む辺り、京に拒否反応が出ていないと見て取れた。
「で、どうなんだよ。まゆっち?」
翔一は再度由紀江に尋ねた。
「は、はい!
「おうっ!そんな強張った顔で言うなよ。まゆっち!!」
翔一は屈託のない少年の笑みで由紀江に呼び掛けた。
「は、ハウッ!?」
「また濃い人間が此処へと来たものだな…」
大和は思わず隣の京を見る。
「うん、そうだね。そして、そこまで見つめるなんて、これはもうプロポーズと見ていいのね。あなた!」
京は大和の言葉を曲解して応えるのだった。これには大和も逞しいと思うだけで言葉が無かった。
「まゆっちは明日帰るんだろ?」
「はい、直江先輩」
大和は翔一の意図を読んで彼から話を受け継いだ。
「なら、明日俺たちの仲間を紹介するよ。此処で暮らすとなれば否が応でも出会うことになるしな」
こうして寮生が一人いない中での夕食は終わりを告げる。
日課と為る勉強に人脈形成に精を出た大和は、心のオアシスと位置付けるヤドカリのヤドンとカリンの世話をしながら和んでいる。
「ねえ大和?」
「どうした京?」
京は寝るとき以外基本的に大和の傍で暮らしている。これをストーカーと呼ばない辺り仲間と言う認識を持つ大和は京を大事に思っていた。
「もしかしてキャップは、あの一年生を仲間に入れようと考えている?」
あの時、京は既に翔一がどう考えていたか理解していた。しかし、それをあの場で尋ねるべきではないと判断していた彼女はこの場で落ち着いて大和に尋ねた。
京の言葉に大和は反対だという思いを感じた。
「まあキャップは考えているな。あくまでキャップの考えであって、決めるのはファミリーの意思統一だからな。だからこそ明日みんなと顔を合わせる事にしたんだ」
大和はそう言いながら、部屋の明かりを消して寝ようと布団に潜ろうとする。流石に京も部屋を出ると思った大和に対し彼女が執った行動が、彼の体を固まらせた。
「おい京、どさくさ紛れに何故布団に入っているんだ?」
今まで背を向けて話していた為、京がどの様な状況で話をしていたのか分からなかった。
その中で電気を消して、さあ寝ようと掛け布団を剥ぐと京が居たのだ。
「夫が寒い思いをしない様にと人肌で暖めておきました。寝ている間も私が暖めるよ?」
「出ていけ!!」
かくして当たり前のやり取りが終わりを迎え、一日の終わりを迎えた。
翌日、平日とは言え昨日終了式を行った彼ら学生は自由の身に為っていた。とは言え、寮生の場合、寮母麗子の管理下にある。川神の鬼女と異名を誇る彼女は羽目を外しすぎることを許さない。生活リズムを壊さない様食事の出し方は今迄と変わらない。
それ故に遅くまで寝ていることは出来る筈がない。
「ほら、早く起きないと麗子さんの朝食が覚めちゃうよ、マイスター!」
「ギャー!!」
今日もご奉仕ロボクッキーの電撃にカツを入れられる翔一の声が木霊した。
「おーおはよう…あれ、ゲンさんは?」
翔一が食堂へやって来ると第一声がそれであった。
「おはようキャップ。ゲンさんはヒゲ先生と泊まりで仕事だってさ」
ヒゲ先生こと宇佐美巨人は件のゲンさん、源忠勝の養父である。副業として代行センターを営み忠勝はそこで働いている。
「ああそうだったのか。まゆっちに紹介したかったのによー」
その様に述べながら席に着くと、元気良く挨拶をして勢い良く食べ始めるのだった。
「まゆっち」
「はい、何でしょうか?」
昨夜とは違い落ち着いた雰囲気で話す由紀江に、大和は安堵する。
「今日、皆を紹介すると話したけどさ。何時、此処を立つんだ?」
「はい、それなら……」
こうして朝は過ぎて行く。
「いやーカワユイな!」
川神百代の第一声で始まったファミリーと由紀江の顔合わせは徹のバイト先で行われた。
本来ならば駅前のファミレスとなる筈が、とある事件により経営が行き詰まり閉店の文字が掲げられていたのだ。
その為選ばれたのがこのお店であった。春休みとなっても客足は途切れるよりも増え続けていたが、事前に大和が予約を取っていた為無事に席を確保出来ていた。
「は、はわわ…」
美少女が売りの百代に抱き締められる由紀江は豊かな二つの桃に挟まれながら抱きしめられていた。
「ちょっと姉さん落ち着いてくれ。と言うことで来月から新入生として島津寮に入寮する黛由紀江さんだ」
岳人と徹を除き大和は由紀江の紹介を行った。
「おお、まゆまゆかー良いなーーうん、お姉さんはまゆまゆを気に入ったぞ!」
百代は場所を選ぶことはしない。どんな所でも自分のワールドを展開する。
「はは、ホントモモ先輩はぶれないよね」
「う、うう……」
師岡卓也は平常運転の百代に苦笑い気味で突っ込む。
「はいはい、ワン子落ち着きなさい」
寂しそうに項垂れる一子を京が慰める構図が度々見られる事と為る。
「まゆっちは今日一度帰る事に為る。下見だったから仕方がないが、時間のある限り川神を紹介しつつ見て回ろうと思う」
そこで大和が提案したのは川神市内の練り歩きだった。限られた時間の中で風間ファミリーと川神を知るには最適な提案であった。
未だにやって来ない岳人を置いて店を出ようとしたところで見事に暑苦しさを前回にした男がファミリーへ姿を見せた。
「わりぃ遅くなって、待たせたなって、おいどうして皆席を立つんだよ」
漸くやって来た岳人目の前を素通りして一人、また一人と店を出て行く光景に疑問を呈した。
「あっ気にしなくていいよ、岳人。特に待ってないから」
京は岳人に無慈悲にも思える言葉を投げ掛け店を後にするのであった。これには深い訳がある。
岳人は予定したジムへと通っていた。その間に起こった出来事をファミリーへと報告していたのだ。それが彼らにあのような対応を取らせたのだが、今の岳人は知る由もない。
「あ、あの宜しいのですか?」
「気にするなまゆまゆ。あれは自業自得だ」
百代も由紀江にそう言うが彼女は首を傾げるばかりであった。しかし、その時の百代の目はゴミを見る様な眼で岳人を見ていた。
大和が全員分の会計を終わらせ一人一人から請求分の徴収を完了した頃、一子と百代の仲介で岳人へも由紀江の自己紹介が完了していた。
「ふーん、黛由紀江ね。まあ宜しくな、俺は島津岳人。困った事が在ったら何でも言えよ、後輩!」
自然体で話せば明らかに言い男となる岳人は、頼れる男らしさを守備範囲外と豪語する相手には如何なく発揮する。彼が欲する彼女は同い年以上、出来れば年上と鼻息荒く語るその姿はドン引きの何者でもない。
「はい、宜しくお願いしますね。島津先輩」
「うーん、後輩に先輩と言われるのはな…俺の事はみんなが呼んでいるガクトで良いぜ」
「それではガクトさんと?」
「ああそれでいいぜ、まゆっち」
二人のやり取りを少し離れてみるファミリーの面々は喧々諤々の議論を展開している。
「ガクトはどうしてあの態度を普段出来ないのだろうか」
「まったくだね。大和が言う様にあの自然な言葉のキャッチボールが出来るなら結構モテルと思うんだ」
大和の言葉に卓也は大きく頷きながら自分の想いを述べた。
「それに嫉妬するモロ…キャッ!」
「ちょ、ちょっと止めてよ。京!」
「うーん、あいつはどうして年下を狙わないんだ…」
全ては百代の一言に尽きる。しかし、意識しないからこそ自然体で接していると言う事を忘れているのであった。
「なあ大和、ところで徹はどうしたんだ?」
岳人は見事年下の由紀江と友人関係を構築した後、肝心の男が居ない事に気が付いた。
「デートだってさ」
サラっと言う辺り徹と弓子のカップリングはファミリー内でも受け入れられていた。しかし、未だに納得いかないのが岳人だった。
「あいつはー!!」
理想とする年上の恋人など悔し涙を流すほどに岳人は悔しがった。
「別に良いじゃないのよ、ガクト」
「まったくだ。何か問題が在るのかガクト?」
川神シスターズは不満ありげな岳人へと圧力を掛ける。
「イ、イイエ何でも御座いません…」
呆気なく彼女等の圧力に屈する岳人だが、特に百代の強さを身を持って知る為これ以上徹に関しては口を閉ざした。
「さあ、みんな行こうぜ!」
ファミリーが移動する時の掛け声は決まって翔一の音頭で始まる。最初は学園内を見学する。大和は昨夜、宇佐美巨人へと新入生の見学を行う旨の許可を取り付け、時間もして川神学園を訪れていた。
「どうかしら、まゆっち」
一子が元気一杯に由紀江に学校の感想を求めた。
「受験以来ですね」
「あはは、そう言えばそうだったわね。ところでまゆっちは何か部活に入ろうと考えているの?」
大和と翔一を先頭に由紀江が続き、一子は話し掛けながら校内を進む。その間にも由紀江の視線は至る処へと向けられていた。
「ぶ、部活ですか…」
「そうよ。大和から話しを聞いたけど友達作りたいのでしょ。なら入った方が良いわよ」
これは昨夜夕食時の会話を聞かされての事だった。特にファミリー内でも人当たりの良い一子が抜擢された。と言うのも由紀江が最も重要視している、友達百人計画の第一歩を歩ませようと言う大和の配慮が在ったのだ。
「そ、そうですね。それでは考えておきます。ありがとうございます一子さん」
「気にしないでよ。これぐらい当たり前の話しだわ」
しかし、許可を受けていたのはあくまでも校舎内の見学であり、部活動の見学は別であった。加えて部活の勧誘は必ず行われるので、その時に考えれば良いということに決まった。
「それにしてもこうして春休みに学校に来るなんてなんか新鮮だな」
卓也は帰宅部の精鋭である。その為関係の無い時以外は基本学校へやって来ることはない。その為か、いつもとは違う見え方が有り、貴重な経験となった。
「俺様は補習を受けるときは必ず来ていたな…」
岳人は一学期から補習の常連となっていた。一年生の頭からと思われがちだが福本郁郎もこの常連である。そしてつい先ほど岳人は常連仲間が授業を受けている光景を見て、哀れに思い二度と戻る事は無いと固く決意するのであった。
「次は日用品、生活必需品ならここ金柳街だぜ。俺がバイトしている本屋もあるから宜しくな、まゆっち!」
翔一はさり気なく本屋の紹介を欠かさない様、由紀江にこの場所を紹介した。アーケードによって買い物しやすくなっている商店街を駅へ向かい移動する。今日は買い物する事は無いが彼等もよく買い物で訪れる場所である。
「おうバッキャローども!今日も仲良くしてんな」
「こんちわ、店長。今日は新入生として島津寮に住む後輩を案内しているんだぜ!」
「何だと!?そりゃ新たな顧客じゃねーか。まあいいや、おお、嬢ちゃんがそうかい。うちの本屋を宜しくな!バッキャロー」
さり気なく営業を掛ける店長に圧倒される由紀江はつい顔を強張らせる。
「は、はははい。こ、ここここちらこそ、よろしくお願いします!」
「お、おう。随分と気合の入っている嬢ちゃんだな。まあお前等仲良し組に合う奴だな!」
そう言ってこの場を後にし、ぶらりとお店を冷やかしながら時間を消費すると出発時刻を迎え、川神駅へと移動しなければならなくなった。
「結局二か所しか紹介出来なかったわね」
一子は申し訳なさそうに由紀江に述べる。これには大和も予想外と言った感想を持っていた。それだけファミリーと由紀江の距離が近いからではないかとも彼は考えるのである。
「いえいえ、此処まで良くして下さり、本当にありがとうございました」
由紀江たちは改札前に別れを惜しむかのように会話をする。
「何、礼を言われるまでも無いさ。俺たちは同じ寮生に為るんだ。ならば仲良くしておいて損は無いだろ?」
「そうですね。何から何まで有難う御座います、大和さん」
「あ、またお礼を言っているわ。まゆっち、私たちはもう友達よ。だったら、有難う御座いますなんて言わないで、ありがとうでいいのよ」
今日の一子は大活躍である。それは誰もが認めることであった。
そう話していると、そろそろ改札を通らなければいけない時間となる。それに気が付いた由紀江は一時の別れの挨拶を述べる。
「皆さん本当にありがとうございました。次は寮生として参ります。その時はとろしくお願いします」
その様に言うと深く頭を下げる。
「そうだな、それじゃあその時もう一人も紹介できるようにしておくよ」
大和が言うのは徹の事だ。
「はい、それでは失礼しますね」
そう言って由紀江は改札を抜けてホームへと去って行った。
これが後に風間ファミリーの大型新人と呼ばれることになる黛由紀江とのファーストコンタクトであった。
お読みいただき有難う御座いました。
不定期と書きながら一月近く、間を空けて申し訳ありません。
ひと眠りしましたらご感想に書かれてありました。誤字脱字を修正して参ります。
今後とも当作品を宜しくお願い致します。