人喰花に転生しまして 作:オジギソウ(外界種)
私は小さく聖女の声帯を使って素早くチューニングを行った。
概ね聖女の声帯が出せる声は全て把握出来た。
必要な音は自在に出せるだろう。
問題は、言語が分からないということだけだ。
足音が近付いてくる。
周囲を見渡すと幾つもの書類があった。
……私は、それらの書類に書かれた言語を知っていた。
意識を前世により近付けると分かる。
私の前世の母国語だった。
書体が見覚えの無いものである事を除けば。
足音は近付いてくる。
聖女の声帯を使って発音の練習をしながら、周囲の書物のタイトルを再度確認する。
『近代犯罪史』
『ユージェニー帝国興亡期』
『奴隷制度による恩恵の最大化について』
『時短で出来る拷問25選』
『犯罪心理学』
『モンスター辞典』
『イニシライズ条例』
『ドーミーナン王国法』
成る程、言語は私の知る前世とそう変わりがない。
であれば、恐らくは言語もそうあるのだろう。
足音が止まった。
私も覚悟は決まっていた。
「ごきげんよう。このような辺鄙なところへようこそ。何かご用事で?」
私は聖女の声帯を使い、それらしい挨拶をする。
目の前の金髪の美青年は一瞬だけ驚きを見せたが、それでも平静を取り繕った。
少なくとも私にはそう見せようとしていた。
大したものだ。
生前にもここ迄の胆力があり、容姿にも恵まれた人間は殆ど知らない。
その点においては、
「辺鄙なところ、とはまるで此処の主のようじゃないか」
とは言うものの、私と彼の間で寝潰れている
「
「くくく、なる程。…では、何処まで欲しいですか?」
彼は私の望む範囲が、自分の領域と重なるかどうか不安なのだろう。
自分の利権を脅かす相手では無いことを、少しでも早く確認したいというのが見て取れる。
思ったよりは分かりやすい。
まあ、そうだろう。
目の前にいるのは人間ではない────
伊達に一度、一つの国を支配し続けた訳では無い。
「君の取り分さえ無い程の範囲だ────とは聞きたくないだろう?」
「は、ははは、本物の怪物ですね。貴女は私がこれまでに見た何よりも恐ろしい」
こちらが少し口調を強めると、ワザとらしく怯えたフリをして、本当は怖がっていないぞという強がりなのだろう。
…未だ青い。
「どうもありがとう。
さて、遊びはこの辺にしておきましょうか。
ところで、最初の質問の答えはそろそろ頂けるかしら。
ああ、そう言えば名前を聞いていませんでしたね、人間さん。
確認しておいた方が宜しくて?」
私の言葉が意味する事は3つ。
用事が何であるのかという質問への回答に、わざわざ時間を作ってやったという恩着せと、返答の要求。
人間の名前の概念を理解しているという知識の共有。
そして、私にとってはお前の名前など、本来は知る必要もないという格付の強要。
「ええ、私はリースリング・ジョバンノーヴォス。この町の市長で考古学者で武器商人です。
頑張ってくれ給え、人間よ。
私は人間の可能性を愛している。
可能性の無い者は存在する意味など無い。
運命の女神も魅力の無い男には靡かない。
運命の女神は、無駄を排して向上し、必要なコストを準備し、リスクを受け入れて挑戦し、成果に対して真面目な者を見初める。
運命の女神は、疲労する事を頑張ったと考える人間を愛さない。
運命の女神にとって、疲れる事そのものには何の価値も無いからだ。
そして、私は運命の女神よりも厳しい。
「残念でしたね。人手は出せなくなってしまいました。
ほんのつい先程」
蔦をリースリングの首元まで勢い良く伸ばし、沿わすように巻き付ける。
「ははは、どうしましょうか。
せっかく、せっかく私は夢を叶えられるところだったというのに」
それが私には何の関係も無い。
だが、私は人類の可能性は愛したい。
「何をさせたかったのですか」
運命の女神は、一人の優れた者を多くの劣った者に優先するという。
私も彼の運命を弄ってみよう。
「この市の下には巨大な遺跡があるのです。私が少年の頃、古代に存在した偉大な国と偉大な国がこの辺りで衝突したという絵本を読みました。周りの者はそれを御伽噺と笑いましたが、私は本当にあったと信じています。
この町の地下を掘り続ければ、それは必ず見付かる!!
だからこそ武器商人をして戦争を引き起こし資産家になり、この町の市長になった!!
だと、いうのに…………」
私へ強い視線を向けるが、彼は代わりに私に何とかしろとでも言いたいのだろうか?
確かに私にも出来なくはないだろう。
他にも方法はあるというのに。
「では────」
彼の瞳に僅かに期待が籠るが、それを無視していう。
「────では、新たに他の市民達を囚人にすれば良いのでは?」
私の理性的な正論に彼は虚を突かれたような顔をした。
これは別に私の本心というよりは、彼の反応や対応を確認する為のやりとりだった。
何を驚く必要があったのかは分からないが、彼の中では無辜の市民を劣悪な労働環境で消耗させるのは無し……違う。
使い終わった労働力は表に出る事が無くなっても大丈夫な必要がある?
……そうか。
「労働力は口が固い必要がありますか?
そうでなければ、後から固く出来る必要がありますよね」
「あ、」
リースリングの表情が消えた。
「あ、貴方は、私が思う以上の怪物でした。
そう、そうです。
伝説が正しければ、この町の地下深くにはきっと、きっと、聖壁消壊竜モックバーン*1が眠っている!!
私は、私はモックバーンが目覚めて、再び文明を終わらせるその様を見たい。
歴史研究家として一つの歴史の終わりを見たいのです!!
歴史の終わりをこの目で見たいのです!!」
これは駄目だ。
優れた者が劣った者に囚われず夢を追い求める事は素晴らしい。
だが、こればかりは人類を愛するものとして受け容れられない。
人類の歴史は発展し続けるものでなければならない。
人類の発展の妨げは排除するべきだろう。
だが、そのような存在がいるとして、それが何時か目覚めて蘇るものであるのならば、私が何とかしなければならない。
その為にはこの男を利用し、そして…その竜を養分にすれば良い。
「面白い。
実に、面白いことです。
…何故驚くのですか?
私は怪物ですよ。怪物は人間の破滅がみたいものと相場は決まっているのではありませんか?」
相場がそうであろうと、私がそうであるとは言ってはいないが、リースリングがそれを疑いとして言葉に出すには、余りに私が彼の生殺与奪の権を持ってしまった。
この町の下に竜がいるとして、それを滅ぼす為ならばある程度の犠牲は認めよう。
だが、そこまでだ。
前世と違って文明が発達していないこの世界においては、少し劣った程度の人間でも数さえ揃えれば、ある程度の国家への貢献となる。
前世のように、能力が低ければそれだけで国家への負債となる世界観ではないのだ。
この世界であれば、弱くて媚びているだけの己を優しく丁寧と虚飾する人間でも、生きていて構わない。
微分積分程度が理解出来ない程度の人間でも、二カ国語程度は話せない人間でも、マトモな人間として、マトモな労働力として組み込まれる程度の文明だ。
だからこそ、人の生命は無駄には減らせない。
私は全ての人間を助けたい訳ではないが、人類の発展に貢献したいのだから。
「貴方が態度で示すのであれば、私もそれに応えるのも吝かではありません。言っている意味が分かりますか」
「ええ…。良いのですか?」
それは言質を取らせない通告。
言質を取られたところで、それを覆せる力はあったが、なるべくならそれをやるのは最後に残しておきたい。
あくまで相手が言葉の上での交渉に縋るというのが大切なのだから。
「では、今後は私のことは、グリューナーと呼ぶ事を許します」
リースリングもグリューナー・ヴェルトリーナーもどちらも前世におけるブドウの品種名。
彼に親近感を感じた訳では無い。
どちらかと言えば、この世界にも同じ名前のブドウの品種があれば、彼が親近感を私に感じるか、若しくは彼が私が彼に親近感を感じていると認識させられるか、という考え方からでしかない。
もし、この世界に同じ名前のブドウの品種が無かったとしても、特に損をすることもない。
「グリューナー…様」
この男を、この世界を使い、私が人類を愛してあげよう。
私の価値が、この世界に不要になるその時まで。
『リースリング・ジョバンノーヴォス』
ゲーム内ではリースリングの名前しか出て来ない序盤のボス。
プロデューサーの対談中に苗字は適当に決まった。
囚人を使ってイニシライズの地下探窟を調査・削掘をしていた。
市長をしながら武器商人や奴隷の売買をしており、主人公に倒されたところを使っていた囚人に殺されてしまった。
能力は高かったが、所詮は序盤のボス。
彼が発掘しようとしていた『何か』は、ストーリー後半の地揺れによって変貌した地下空洞の中で発覚する。