―――ザクシャ イン ラブ―――
貴方は錠、私は鍵を。肌身離さず大切に持っていよう。
再開したら、この錠の中の物を取り出して結婚しよう。
子供の頃、互いに誓った約束。互いに忘れてはならない約束だった。
しかし、それからの十年という月日は一緒に居たという結果が残されているだけだった。記憶も朧げで名前も顔も思い出せない。
それでも。この錠があの少女と約束したという何よりもの証拠品であり、僅かではあるが、少女と居た記憶を彷彿とさせる。
貴女は今、何処で何をしているのだろう?貴女は今もあの時と変わらない優しい少女なのだろうか?それとも十年前とはまた違う雰囲気なのだろうか。
例えどうなっていようとも、また会いたいという心の衝動がある。
そんなことを考えながら胸元にある錠を見やった。
未だ鍵を持つ少女は現れず、錠は未だ開くことはない―――。
☆
まるで地獄のような光景だった。
炎は町と建物を焼き、人の肉と骨を焦がしていく。
それを恐れ、皆息を切らしながら走る。しかし、炎の波はそんな逃亡者に対し、慈悲なく、容赦なく呑みこもうとしている。呑みこんだ炎は最初に肌を、徐々に内部の臓器を焦がしていった。
そこから零れる絶叫。きっと一つ二つではなかっただろう。
皆が只管に背を向ける中、俺は剣を握っていた。しかし、力強く握るその手からは逃亡者同様に動揺が隠せなかったのか、手汗がにじみ出ている。
時折、口から血塊を零し、足は上手く動かず、引きずるように歩く。体は悲鳴を上げ、もう戦うべきでないことを告げていた。
そう、戦うべきではない―――。
ならば何故、こんなにも必死になって戦うことを選ぶのだろうか―――?
まるで一つの体に二つ心があるような気分だった。
だが、背を向けてはいけない理由があった。目の前には自身が倒すべき敵がそこに居た。その敵が巨躯でギラギラとした眼光で憤怒の形相であったならば、敵と疑わなかっただろう。
だが、何とも驚くことに目の前にいるのは華奢な体つきをした一人の少女だった。
そして、その少女を俺は知っている。たったの半年という短い月日ではあったけれど、ずっと一緒に過ごし、笑い、時には泣いた。
そんな少女に向け、俺は刃を向く。
―――何故か―――?
簡単なことだった。この悲劇のような惨状は他でもない彼女が創り出したものだった。彼女がこの町の者達を殺めた。
彼女の手には黄金に輝く聖旗、そして、背中からは天使のような純白の羽が生えていた。そこから伺える彼女の印象は「聖女」と呼ぶに相応しい。
だが、その判断はすぐに誤りと悟ることが出来る。元は白い生地で出来たワンピースが血で濡れていた。
普通の少女ならば自身がそのワンピースを着ていることを気味悪がるだろう。
だが、最早、彼女の今の状態は当然普通という枠からはみ出していることは一目瞭然だ。
少女は長い漆黒の髪を揺らし、妖艶に微笑む。
「一条君―――。」
それに応えるように俺も呼んだ。
「小野寺―――。」
とても優しい少女だった。その少女を見る皆の眼差しは憧憬に溢れ、そこには確かな慕情があった。
だからこそ、この惨状が余計に信じられず、悲しい。
目からは涙が溢れていた。不意に甦る彼女との記憶の日々が彼女を殺してはいけないと告げる。
だが―――。
彼女は殺したのだ。何人もの命を。殺したという結果があるならばそれは『次』もあるということ。
この状況下で生まれる情は決定的な敗北を生む。だから、情を捨て剣を握らねばならない。
肉が裂かれ、骨は折れ―――。
地面は抉られ、建物は崩壊し―――。
そんな凄まじい剣戟戦の末、オレの剣は彼女の胸を突き刺した。
そのときの彼女には殺人鬼のような妖しさは消えていた。俺が知るいつもの少女の表情がそこにはあった。
剣を引き抜き、引き抜かれた少女は脱力してゆっくりと崩れ落ちる。
そんな彼女の体を抱き起して。
「小野寺――――。」
彼女の名を呼んだ。
彼女はそっと俺の頬に手をやり、言った。その手には温もりと呼べるほどの温かさはなかった。
「貴方が私の死を悲しむ必要はない。だけど、これだけは約束して欲しい。私と居た日々を、記憶を永久に刻み続けて欲しい。」
そして、一滴の涙が頬を伝う。
「貴方を愛している。」
その時の彼女の表情は笑みだった。
死と直面するような苦痛が伴っているにも拘らず、その笑みはただ思いを告げることが出来たという充足があった。
彼女はゆっくりと瞼を閉じ―――。
彼女の瞼が開くことがないと悟った瞬間、痛みに堪えきれず、喉が痛いにも関わらず、吐血してるにも拘らず、只々虚空に向かい叫び続けた。
―――貴方を愛している。
その時ふと疑問に思った。
愛とは愛おしい相手と共に居て心が華やぐ様を言うものだと思った。まるで春に咲く色鮮やかな花のように。
しかし、今のこの感情は張り裂けるような想いしかない。これを愛と呼べるのだろうか?
―――愛とは何なのだろう――――
後で本文を補足するかもしれません。
次話からちゃんとした内容に移りたいと思います。