ニセコイ 愛を永遠に   作:ウェスト3世

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洗礼詠唱

 それは端的に言うと鞘だった。風を纏った鞘。

 だが、傍から見ればそれは不可視の剣にしか見えないだろう。だが、それは風の鞘の中に収めているからである。

 

 騎士を束ねる王がいた。

 その王持つ剣はその時代のみならず、後世にまで名を残した。そして、城一つを容易く崩壊できるほどの力を有していた。

 故に、その剣には正体を隠蔽する鞘が必要であり、封印が必要だった。

 それが、この鞘だ。

 楽はその剣を見て瞠目する。これが枷の掛かった状態なのは理解できるが、その枷の掛かった状態で自分の持つ日本刀、『鬼切』と同ランクくらいだろう。

 ならば、解放したときは一体どれだけの威力を持つのか、恐怖すら感じられた。

 

『風王結界』(インビジブル・エア)

 

 千棘はその不可視の剣を携えて地面を蹴りあげる。

 唯も同時に動き『解体聖母』(マリア・ザ・リッパー)の刀身を千棘の首筋へと狙う。

 

「………っ!?」

 

 だが、その斬撃は不可視の剣により弾かれる。

 唯は今の斬撃で殺せる自信があった。この魔具の条件である「霧」、「夜」、「女」。全てを満たしていたためだ。

 だが、唯に誤算があったとすれば、千棘をその辺に居る非力な少女と勘違いしたことだろう。

 

「唯ちゃん。この戦い退く気はない?」

 

 千棘はまだ彼女を敵として見ていなかった。

 楽は思った。桐崎千棘と出会い、過ごしてまだ一か月も経ってはいないけれど、分かったことがある。それは自分が味方と認識した者にはとことん優しいということ。

 それは人間として誇るべきものだ。善悪で言うならばきっと善なのだろう。けれども、戦場においてそれは致命的なまでの弱さだった。

 

「千棘、そんな私情は捨てろ。」

 

 すると、千棘は楽を睨みつけて言う。

 

「捨てる?何で!?それはあの子を見捨てるってことと同義なのよ!」

 

 無論そんなことは分かっている。

 

「だから、そう言ってんだよ。」

 

 楽は感情を殺して、冷静を装った。

 

「少しは冷静になってみたらどうなんだ?彼女は罪なき人間を手に掛けている。国側が罰するのも当然のことだと思うが?」

「分かってるわよ!そんなの…」

 

 分かっているのだろう。けれど、彼女の心は唯を殺すなと訴えていた。

 

「どのみち此処で唯が退いたとしても、彼女に逃げ場なんてものはない。いずれ殺されるのは時間の問題だとは思うけどな。」

 

 そこで完全に堪忍袋の尾が切れたのか千棘は憤怒の表情で、

 

「アンタはあの子を見捨てるの!?」

 

 そう聞いてきた。まったく愚問である。そんなの決まっているだろう。

 

「見捨てたい訳ねーだろ………」

 

 きっと自分の声は震えていただろう。

 見捨てられないからこの戦場に赴いた。見捨てられないから戦うと決めた。

 だが、結局全てを救うことなんて出来やしないのだ。

 

「でも、俺達はどっちかを選ぶしかない。この町の住民を救うのか、唯を助けるのか。全部助けるなんてことは出来ない。」

「………そんなこと……ッ!」

 

 そんなことない、と言いたかったけれど、確かに全てを救うなんて出来るはずがない。

 物語の英雄ならば、きっと全てを救えたのだろう。

 だが、悔しいことに、自分たちは非力ゆえに、救うものを選択しなければいけなかった。その選択は一を取るのか十を取るのかというものだった。

 

 苦難の選択だった。

 僅かではあるが唯という少女と過ごした為に、この選択は容易に出来るものではなかった。

 

 けれど、一条楽と桐崎千棘は住民を救うことを選んだ。

 

 

「『鬼切』……!」

 

 楽の持つ日本刀が鮮紅色に輝く。

 この刀は源満仲が鬼を斬ったことで由来される刀であり、その刀には鬼の妖力も込められている。

 

 敵の姿を視認することは難しい。だが、音ならば聞き取れることが出来る。といって音だけを頼りにもできないが、それでも今在る感知能力を最大限に高める。

 高めたその時、聞こえるのは鋭利な刃物を振るう音だった。その音を認識して、その音に向かって動き出す。

 

「な………!?」

 

 楽がこちらに向かって動くとは予想していなかった唯は目を見開く。

 そのせいで、斬撃は鈍り、楽はそれを見逃さず、勢いよく刀を振るった。

 

「ぐ……ぁっ」

 

 肉が斬られ、骨が切断され、後には喪失感があった。

 唯の右腕は切り落とされていた。

 

「ぐ……ぁあああああああああああああああああああああああ!!」

 

 痛みに耐えられず、絶叫する。

 その光景は斬った本人である楽自身も痛ましく思った。

 だが、楽は不思議にも思った。今まで魔力を失った自分に此処まで戦闘にキレはなかった筈である。今のも本来は見抜くことなど出来なかった筈である。

 学院長から渡された小瓶で回復する魔力は二割程度。完全に封印が解かれるのは半年後。

 けれど、二割以上の力を発揮している気がした。相手は警務隊、憲兵隊を凌駕するほどの殺人鬼だ。二割程度の力でどうにかなる相手ではない。

 

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」

 

 呪詛のように呟いた。彼女は傷を負ってるにも拘らず、加速していく。

 

「くそッ!」

 

 そこで楽は再び動き出す。

 だが、その動きもまた見抜き、今度は加速の源である足を切断する。

 

「あ………ぐぇ」

 

 そこで彼女は転倒する。

 

 ―――終わったのか?

 

 片手片足失った彼女には対抗手段は無い筈だった。

 それにしても呆気ない気がしてならない。封印を解いていきなり殺人鬼を倒すなんて無理がある。

 一体何が―――。

 

「アンタ、その瞳……。」

 

 すると、千棘が怪訝そうな表情でこちらを見る。

 瞳?何か変わっていることでもあるのだろうか?

 

 割れた窓ガラスを鏡にして自分の瞳を見る。すると、刀身と同じくらい紅く輝いていた。

 

「これは……。」

 

 間違いない。これは鬼の力だ。

 一条家は鬼の一族だ。楽は魔力を失うことで鬼の力も失ったのだが、魔力が二割戻ることで、鬼の力も二、三割回復したのかもしれない。

 

 つまりは二割回復というのは誤りで、約五割回復というのが正しい。

 

「唯。お前は終わりだ。」

 

 楽は事実を告げる。

 唯の力は確かに警務隊、憲兵隊を凌ぐ力ではあったけれど、魔力を半分ほど回復させた楽の敵ではなかった。また、千棘は楽よりもさらに強力な魔術師である。

 そのことから考えても、この言葉は最適だっただろう。

 けれど、唯はその言葉に笑う。

 

「確かに実体という枷が出来てしまったせいで、私はこんな姿をさらしている。」

 

 その声は苦痛に耐えているようでもあったが、何処か余力も残しているようだった。

 

「けれど、忘れているでしょう?私は実態に触れることを望んで、魔力で実体を創り上げましたが、私の本質は怨霊。怨嗟し、憎悪することこそが私の力。」

 

 瞬間、少女の体は消失し、代わりに黒く禍々しい瘴気がこの町全体を包んでいた。

 もう少女の姿など何処にもなかった。

 

「唯ちゃん」

「唯……。」

 

 『ソレ』はもう唯ではなくただの怨霊だった。これに対抗するのは魔術でも魔具でも何でもない。

 必要なのは『洗礼詠唱』だった。

 

 

 ☆

 

 

 少女が生きた時代は戦乱の真っただ中だった。

 その時代はただ命が消費される世界だった。そんな世界に光も希望もなかったけれど、少女にとって唯一、希望だったのは両親の存在があったためだろう。

 だから、笑顔を絶やすことなく、無邪気で居られた。先が混沌としたものでも涙を堪えることが出来た。

 

 ―――私はきっと幸せだった。

 

 けれど、そんな幸福な長くは続かなかった。戦乱の時代がそれを許すはずもなかった。

 

 少女は六歳と七か月で命を落とした。

 

 

 そして少女含めた尊い命を犠牲にして、今の日本帝国があった。

 けれど、人々はそんな過去を顧みず、忘却し、過ぎ去って行った。

 

 もう、四百年もの昔話かも知れないけれど、少女はその出来事を鮮明に覚えていて、その怨念は彼女を人に留めることなく、また、ただの霊体に留めることもなく少女は何時しか怨霊となった。

 

 

 ☆

 

 

 漆黒の渦は町全体を包んでいた。

 憎悪、怨嗟、憤怒。それらの情がこうも具現化するとは予想だにしていなかった。

 今、楽と千棘には対抗手段もなかった。どんな強い魔具でも唯には効かない。実体を持たない彼女にはこの世の武具など通用しない。

 魔具のなかでも対抗できるのは浄化作用があるもの、もしくは『浄化詠唱』、『洗礼詠唱』のいずれかだった。

 だが、楽にはその知識はない。というよりも扱えないと言った方が適切だ。千棘は分からないが、この詠唱を扱える者というのは一握りの人間しかいない。

 

「……私が、何とかしてみせる」

 

 楽の思惑を見破ったのか、千棘がそう告げる。

 

「ハ?おい。待て。これに対抗するには……」

「大丈夫よ。洗礼詠唱は修得している。」

 

 楽は思わず目を見張る。

 やはり、彼女はただの魔術師なんかではない。並外れの実力者だということを改めて思い知らされる。

 

「………大丈夫なのか……?」

 

 この詠唱が成功するか否かを言っているのではない。

 洗礼詠唱とは怨霊、悪霊からしてみれば毒でしかない。即ち、これを扱うということは唯を殺すことと同義である。

 千棘は悪を厭い、誰よりも善を好いている。こんな所業にきっと耐えられるはずがない。

 けれど、千棘は

 

「アンタが言ったことでしょ。」

「まあ、そうだけど……。」

「それに、アンタが一番こういう所業に耐えられないでしょう?」

「…………っ!」

 

 まるで、心の底を見透かすように言う。

 馬鹿な……と思ったが、否定する材料がなかった。

 こんな経験をするのは一度や二度の話ではなかった。だから気にしないようにと振る舞った。けれど振る舞っただけで、心は苦痛を訴えていた。

 出会ったばかりの少女に自分の心の底など理解できるはずがないというのに、何故理解されてしまったのだろう―――?

 

 そして、千棘は詠唱を始める。

 

 

 “主の恵みは深く、慈しみは永久(とこしえ)に絶えず”

 

“あなたは人なき荒野に住まい、生きるべき場所に至る道も知らず”

 “餓え、渇き、魂は衰えていく”

 

()の名を口にし、救われよ。生きるべき場所へと導く者の名を”

 

“渇いた魂を満ち足らし、餓えた魂を良き物で満たす”

 

“深い闇の中、苦しみと鉄に縛られし者に救いあれ”

 

“今、枷を壊し、深い闇から救い出される”

 

“罪に汚れた行いを病み、不義を悩む者には救いあれ”

 

“正しき者には喜びの歌を、不義の者には沈黙を”

“―――去りゆく魂に安らぎあれ(パクス・エクセウンティブス)

 

 

 

 

 

 

 




 洗礼詠唱ですが、フェイト・アポクリファに出てきたものを真似ました。

 
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