ニセコイ 愛を永遠に   作:ウェスト3世

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鶫誠士郎

 皆が望む世界とは差別も欺瞞もない正義の世界。

 私もそんな世界を夢見て奮闘したことはあった。

 少しずつ、前進している実感があった。世界が正義という名のもとに向かっているのを自覚できた。

 けれども、それは自分勝手な考えであり、世界は少しも変わっていない。天国か地獄を問えば間違いなく地獄だった。

 世界は永遠に変わらない。差別があり、欺瞞がある混沌とした世界。

 そんな世界に生き延びていくためには何が必要か?

 

 ―――それは純粋に全てを統べるための「力」だった。

 

 

 ☆

 

 

 街を恐怖に包んだ殺人鬼の存在が消え、いつも通りの平穏が戻っている。

 そんな平穏な街から少し外れた山頂に桐崎家は立っていた。

 緑に囲まれたその城は穏やかな雰囲気を感じさせるが、その中は喧噪とし、荒れていた。

 それが桐崎家の習慣でもあるのだが、正直いって騒々しい。街の中に建っていれば、さぞ近所迷惑なことだろう。

 けれども、それを注意する人間はいないだろう。

 何故なら、桐崎家は自分たちに逆らう者を排除する。それが罪なき人間でもだ。

 だから、他者から遠ざけられ、忌まれる存在とされている。それ故に孤高の存在でもある。

 けれど、今の桐崎家を作ったのは最高責任者である現当主でも、次期当主である娘でもない。その重臣、大幹部にあたるクロードという男の行いによるものだった。

 桐崎家でもその行いを快く思っていない者も当然いる。

 その為、桐崎家には二つの派閥が出来ている。武闘派のクロード、穏健派の当主アーデルト。

 今は一つの組織として成り立っているが、いずれその道を違えることになるだろう。

 

 鶫誠士郎はクロードの派閥の中にいた。

 

「誠士郎、この報告書だが……。」

 

 クロードは眉間にしわを寄せて言う。

 

「お前は一条楽と一戦を交えたと言ったな。そしたらヤツの実力は平凡なものだとお前は言った。」

「はい。」

「ならば、何故一条楽は憲兵隊、警務隊を凌ぐほどの力を持つ、殺人鬼を倒すことが出来た?」

 

 すると、鶫は真摯な表情で答える。

 

「そうですね。理由は二つあると思います。」

「ほう?」

 

 クロードは興味深そうに頷いた。

 

「話せ」

「まずは一条楽の援助をしたのがお嬢だったこと。」

「もう一つはなんだ?」

「一条楽の魔力が何らかの方法で上昇した、或いは回復した…というのが私の意見です。」

 

 すると、クロードは訝しむ。

 

「解せんな。短期間で魔力を上昇させる方法などある訳がない。それに、魔力が回復しただと?信憑性に欠けるな。」

「ですが、こうは考えられませんか。一応、一条家の次期当主として育てられたわけです。本来は戦闘に長けていたのですが、何らかの理由で魔力が封印されていた。その封印を解いたことで元あった戦闘力が戻った……。」

 

 すると、クロードは黙考する。

 しかし、あながち間違ってはなさそうだと判断したのか視線を鶫に戻して言う。

 

「ふむ。まあ、その説は可能性がありそうだな。」

 

 クロードは納得したように頷いた。

 

「だが、そう考えると、ヤツを軽視するのは危険だな。実力があるなら、ビーハイブに牙をむくことだってある。何よりお嬢の安全を考慮すると、消した方が懸命か。」

「はい。」

 

 クロードの意見に同意して鶫が頷く。

 

「なら、誠士郎。お前に任務を言い渡す。」

 

 クロードは声のトーンを低くする。

 

「一条楽を抹殺しろ。」

 

 鶫はその命令に逡巡することなく異を唱えることなく「はい」と答えた。

 

 

 ☆

 

 

 殺人鬼の存在が消えて一週間ほど経つ。

 皆、平穏が戻ってきたせいなのか平和ボケしていた。この街が事件に巻き込まれるのは何も今回が初ではない。長い歴史で見れば、この街は戦場だったという話もある。

 その為、再度襲われることだってあるのだ。にも拘らず、あの表情。

 にへらにへらとした表情に少しイラッとくる。特に交際してる男女なんかは爆発して欲しい。こっちが体張って奮闘したというのにリア充とは舐めている。

 端的に言うと、リア充爆発しろというのが一条楽の意見だった。

 楽と千棘は偽物の恋人同士でその辺にいるリア充と異なり、互いをどう陥れるかで頭がいっぱいだ。少しでも気を抜けば、片方が即死してしまうのではないかと思うほど互いを嫌悪していた。

 その為、世間のリア充共を日々、羨望と憎悪の眼差しで見ている毎日である。

 楽がイラついているのは何もそれだけではなかった。

 

「あの殺人鬼って桐崎さんが倒したんでしょ~?」

「すごーい」

「どうやってやったの?」

 

 殺人鬼は一応二人の共闘で倒したはずが、千棘の手柄となっていた。

 

「いや、そんなことないって。」

 

 千棘が困惑したように言う。

 千棘も自分一人で倒したような雰囲気を醸し出していた。

 確かに、鶫との戦闘で雑魚決定されてしまったが、空気扱いされてるのもどうなのか。

 

「………はぁ」

 

 桐崎千棘は完全に英雄扱いされていた。此処にも殺人鬼に抗った英雄がいるというのに、皆それに気付かない。これでは完全に空気ではないか。いや、もう寧ろ気づく素振り一つも見当たらないので諦めよう。

 

 あの闘いで自分は唯という少女の命を奪った。

 言い換えれば、大切な物がまた一つ無くなったと言っても良い。

 きっとまた一つと無くすのかもしれない。だからこそ思うのだ。

 あとどれくらい大切な物がきえたら世界は満足してくれるのだろう?けれど、考えたところでどうしようもないこと。世界とは、その世界を形成する人間は傲慢さ故にどれほどの命を奪っても満ち足りてはくれないのだ。

 世界が綺麗な円球の形をしていると思ったら大間違いである。姿形は見えないけれど、間違いなく亀裂が入っていて歪んでいる。

 一体どれほどの人がそれに気付いているのだろうか。 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 一条楽は男子トイレから出たと同時に女子トイレから何やら人影が現れる。

 別に女子とばったり出くわすことなど、よくあるとまでは言わないが、ないわけでもない。なので気にすることなし。

 そう思ったのだが、そいつは男性の制服を着ていた。

 

「……………え………」

 

 目の前にいるのは鶫誠士郎だった。

 鶫は楽の視線が不愉快だったのか睥睨する。

 

「何見ている?見るな、ゴミ。」

 

 ………ゴミ扱いされてしまった。

 いや、それよりも懸念すべき点がある。

 

「お前は女子トイレに入る趣味でもあるのか?」

「お前は何を言っているんだ?殺されたいのか?」

 

 自分の抱いた疑問を素直に問う。

 この質問を否定、焦燥とした態度を見せてくれれば良かったのだが、むしろ冷たい殺意だけがひしひしと伝わる。

 ということは肯定ととらえ、本当に女子トイレに入って覗きする趣味でもあったのだろうか。というより、堂々と入ってるところから覗きというよりガン見というほうが正確か。

 

「まあ、男子の欲求不満ってのはときに異様な方向に走るらしいからな。まあ、アレだ。色々あったんだよな。悪いな、変なこと聞いて。」

 

 同情のような憐みのような声音で楽は言う。

 実際、親友の舞子集も女の子に対する愛が強すぎて、ときにドン引きするような行動に走るものだ。こういうときどうすればいいか。

 止めるのではない。止めようとすれば相手はその抑止力に抗おうとするのでむしろ逆効果である。だから蔑むような瞳で見守ってやるのだ。そうすれば、向こうも慎みを覚える。

 

 鶫は先程から楽の言うところが理解できず、イライラとしていたが、ようやく楽の言わんとすることを察する。イライラが憤怒の形相に変わる。

 

「どう見れば、私が男に見える!?」

「……………………………………え………?」

 

 楽は思わず鶫を凝視してしまう。

 「馬鹿な……男子の制服着てるじゃん」と思ったのだが、特に胸の辺りを注視する。

 それは確かに女性特有の豊かさ…とでもいおうか。山と谷があった。

 しかし、女性の中でもさらに上位クラスの豊かさにも拘らず気付けなかったのは何故だろう。その理由の大半が男子の制服を着ているのが原因なのだろうが。

 

「そ、その。す、すみませんでした。」

 

 これには謝罪をせねばならない。

 男女の性別を間違えたからではなく、大きな山二つあることに気付かなかったことに対してだ。

 しかし、鶫は返事の代わりにアッパーで返してきた。

 

 ―――まあ、そう簡単に許しては貰えないか。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 鶫は異様なまでに腹が立っていた。

 実は元から男子のようだと言われたことはあった。それをコンプレックスに思ったことがある。

 大抵の人から性別を間違えられるので何もあの少年だけのせいでもないのだが……。

 しかし、あの男は消すべき敵。許容という言葉から一番遠い存在であらねばならない。

 

「あれ?鶫?」

 

 校庭で千棘とばったり出くわす。

 

「お嬢」

 

 しかし、二人の間には気まずい沈黙しかない。

 以前、意見の違いから喧嘩別れのような形をとってしまった。

 

「その……この前のことは悪かったわね。」

「いえ、私も少し言い過ぎました。無礼をお許しください。」

 

 そうして二人の間に合った摩擦は自然消滅した。

 元々千棘と鶫には摩擦が起こるほどの口論はなかった。むしろその姿は姉妹のように仲がよく、互いを助けあう形をとっていた。

 きづけば、二人は以前のような関係に戻っていた。

 たわいもない昔話を喋り、笑った。

 

 ―――こうしてお嬢と話すのはいつ以来だろう。

 

 力に縋った少女だったが、今だけは力ではなく、桐崎千棘という少女に縋っていたかった。

 

 ―――貴女は何時だって私の姉であり友だった。

 

 それが本当に嬉しかった。

 

 ―――だからあなたを護ろうと思った。

 

 それは昔から変わることなく今も続いている。

 

 

    だから、告げねばならない―――。

 

 

「お嬢、お話があります。」

「何よ、改まって。」

 

 急に真摯な表情になったのか、千棘は何がどうという訳でなく、緊張する。

 

「私はクロード様に言い渡された任務があります。」

「任務?」

 

 それは何?と千棘が訊こうとするよりも早く鶫が答える。

 

「一条楽を抹殺することです。」

 

 

 

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