ニセコイ 愛を永遠に   作:ウェスト3世

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 鶫がクロードに言い渡された任務、それは―――。

 

「一条楽を抹殺することです。」

「え…………?」

 

 声音はまるで絶対零度のように冷え切っていて、少しの温もりも感じさせなかった。

 

「……なんで……」

 

 理解できないという風に千棘は首を振った。

 

「単純なことです。我々、桐崎家と一条家は敵対している。敵対しているならば、抹殺する理由として理にかなっている筈だと思いますが?それに、これはお嬢の為でもあります。あの一族と関わるべきではない。」

 

 鶫は厳然と告げる。

 だが、千棘はそれはおかしいと思った。

 元々、当主であるアーデルトも千棘も言うほど一条家に敵対心など持っていない。穏健派であるアーデルトにつく部下たちはその闘争を快く思っていない者だっているのだ。

 そうした身勝手な闘争を作ったのは先祖代々のもの…というのもあるかもしれないが、闘争を激化させたのは武闘派であるクロードではないだろうか。

 

「それは、アンタの意見であって、私の意見じゃない。」

 

 確かに一条楽とは犬猿の仲ではある。

 でも、ただそれだけであって闘争の理由にはならない。だから、鶫の言葉を鵜呑みにはできない。

 

「……解せませんね。敵対しているだけではない。非力で取柄も何もなさそうなあの男を庇護するような言動…。強者の振る舞いとしては下の下ですね。」

「……だから、何?」

 

 ならば、見捨てることが正しいとでもいうのだろうか?

 それは人として非道を歩むことと同義である。そうなるくらいならば、鶫の言う下の下を取った方が良い。

 それに、鶫は一つ誤った解釈をしている。

 一条楽は特に取柄もない非力な男と言った。だが、千棘はそうは思わなかった。

 過ごして一か月も経っていないため、知っていることも少ない。けれど、分かったことがある。

 

 あの少年は他者に対して余りにも優しすぎたのだ。

 

 この前の事件、彼は街を救うべく、殺人鬼である唯を殺そうとした。

 けれども、あの少年はきっと煩悶していたのだろう。殺したくはないけれど殺さなければならない心の葛藤に。

 

 無論、千棘も苦悩した。唯と共に過ごしたからこそ失いたくないという葛藤に。

 しかし、一条楽はそうではなく、唯を殺してしまったら唯は永遠に救われない。そこを何よりも懸念していたのだ。

 同じ殺したくないという苦悩でも、一緒にいたいという思いと救いたいという想いには大差があった。

 恐らく唯が知人でなければ、千棘は躊躇なく殺せたかもしれない。けれど、一条楽にはそれは出来ないだろう。

 殺人鬼をも普通の人間と見なす彼からすればそれは身を引きちぎるほどの苦痛が伴う行為だった。

 

 そんな一条楽という少年の優しさを鶫誠士郎は知らない。知ったところで、彼女はその優しさを弱さだと言い、弾劾するだろう。

 

「そういうところは昔から変わりませんね。力があるにも拘らず、弱者の庇い立てをする。その愚直さにはただただ感心するばかりです。いえ、寧ろ滑稽とも言える。」

 

 鶫は嘲るように言った。

 

「アンタは変わったわね。昔のアンタならそんなことは言わなかったし、寧ろ弱者を守る、まるで勇者様だったわ。」

 

 なのに、どうして変わってしまったの―――?

 

 その言葉は口から出ることなく、代わりに視線で訴えることにした。

 

「何も変わってなどいませんよ。ただ、気付いただけです。」

「気づく?」

 

 鶫は千棘から視線を逸らし、背中を向ける。

 

「お嬢のその考え方が間違っているということです。」

 

 そう言って鶫は去って行く。

 

 ―――間違い?

 

 引っ掛かりのある言葉だった。

 けれど、自分の考えを否定してこなかった少女にはそれが理解できなかった。

 

 

 ***

 

 

 強者が弱者を護る世界を千棘に諭され憧れた時があった。

 何よりもその世界構造を語る千棘の瞳は爛々としていて、何よりも真っ直ぐだった。

 

 ―――この方の言うことこそが世界を善に導く。

 

 直感だが、そう感じた。そして信じようと思った。

 その信念を貫いて貫いて貫き通した。貫けばきっと世界は変わる。

 そう信じて、戦場でも常に弱者を庇護しながら戦った。

 

 けれど、その信念は思いもよらぬところで挫折してしまった。その光景を目にして、「弱者を庇護する」という考え方が何て愚かで浅はかなのかを思い知らされた。

 結局、この世界は「力」こそが全ての原動力なのだと悟ったのだ。

 

 

 ☆

 

 

 私は親に捨てられた子だった。

 特に何をしたわけでもない。ただ、相手の魔力と生命力を吸収するという体質を持つせいか、生まれる際に母体の生命力と魔力を奪い、死に至らしめた。

 意識的に行ったわけではない。ただ、そういう体質だっただけ。

 けれど、結果的に殺したのは間違いない。

 その力に恐怖した父は私を捨てた。

 

 そうして引き取られた先はビーハイブと名乗る組織だった。

 

 そこには私と似たような境遇で拾われた子供たちが多数いた。

 その子供たちと共に血の滲むような訓練をし、その訓練の最中に死ぬ者もいた。

 けれど、誰も顧みなかった。それがビーハイブにおける掟であり、当に力を主体とする組織が考えそうなことだった。誰もそれに逆らわなかった。

 皆の目は死んでいた。生気などなく日々絶望に向かっていく。希望を持つ余裕など少しもなかった。

 

 しかし、ある日、私の心に希望が宿る。

 暗黒に染まった世界に降臨する天使のような輝きを感じさせた。

 

 誠士郎という男の名前しかない自分に鶫という女としての名前を与えてくれた人。

 その方の笑顔はまるで陽光のようで。ただただ眩しかった。

 

 その方の言うことこそが正しいと思い、突き進んでいった。

 彼女の言う世界こそ全人類の理想であり、希望である。その世界ならばきっと私のように子供を捨てる親だっていない、何て素晴らしい世界なのだろう―――。

 

 

 

「おい、ポーラ。貴様、いい加減に私のベットに潜り込んでくるのはやめろ。」

「何よ、別にいいじゃない。アンタが寂しいと思ってこうして潜り込んでやって……」

「そうか。気遣いには感謝するが、私なら問題ない。一人で寝れる。お休み」

 

 私が瞼を瞑ろうとすると、それを遮るようにして「わぁああああああっ!待った、タンマ、ストーーーップ!!」などと喚く。

 眠いので正直静かにして欲しいと思ったが、ポーラを見た時の表情は普段のようなふざけた表情でも何でもなかった。

 

「―――アンタは怖くないの?」

 

 何を?と訊こうとしたが、問うまでもなかった。恐らく、戦場に身を投じることに関してだ。

 

「貴様は怖いのか?」

 

 少し意地悪く言って見せると「なっ、い、イヤ、別に!」とたじろいでいたが、やがて真剣な表情に戻る。

 

「悪いか!」

「いや、別に。」

 

 誰も悪いなどとは言っていない。寧ろ、それは普通の人間だったら当然の気持ちだった。

 

「そうだな。私も怖いよ。」

 

 嘘をつくでもなく正直に告げた。

 

「なら、アンタは何で戦うの?」

 

 そう問われ、私を逡巡することなく、答えて見せた。

 

「確かに戦場は恐ろしいところで何より死ぬかもしれない。でも、それでも強者である私が弱者を救うことで世界が変わると信じている。だから、逃げはしない。」

 

 まるで英雄のような言葉だった。

 その言葉が少しおかしかったのか、しかし、ホッとした表情でポーラは「そっか」と笑って見せた。

 

 ―――だが、それは無責任な言葉だった。

 そこに実証がある訳でもないのに馬鹿みたいに信じて。詭弁であると気付いた時にはその命は消えていた。

 

 

 

 その戦場では劣勢に立たされていた。

 ある組織の強襲をした時だった。その組織は悪辣な人体実験をする組織で戦闘能力はとくに恐れることはないと踏んだのが決定的な打撃をくらった。

 数も力も劣勢でさらには人質を取られていた。そして最悪の選択を強いられていた。

 

「選べ、この人質を殺すか、仲間を殺すか。それでだったらこの件はチャラにしても良い。」

 

 出来るはずがなかった。

 私達は親に捨てられ、ビーハイブで育ち、痛みを共感し合った仲間であり、既に体の一部分と言っても同義だった。

 捨てるなんて選択肢はない。

 

「ふざけるな、選べる筈がないだろう。」

 

 そう答えると、悲鳴が上がる。

 見ると、仲間が一人死んでいた。

 

「お~っと。何、それ。与えられた選択肢にねーじゃん。そんなん俺らが許すとでも?ここでは俺達がルールだ。」

 

 選択肢は与えられているものの、選択権はこちらにはなく。

 どう選んでも誰かが殺されることは決定されていた。

 

 何も答えられなかった。何も言えなかった。震えて口を開くことすら出来ない。

 彼らに答えを待つという慈悲はなく、迷っている内に一人、また一人と消えて。最後には人質しか残らなかった。

 その人質は―――。

 

「ポーーーーーラァッッ!!」

 

 せめて彼女を救おうとして走り出した。そして手を伸ばし、ポーラもまた手を伸ばす。

 

 しかし、互いの手が触れ合うことはなく、銃弾がそれを遮った。

 

「…………ぁ」

 

 銃弾は彼女の心臓を貫いた。

 別離の言葉もなく彼女は崩れ落ちていった。

 ただ、その光景を呆然と眺めることしか出来なかった。そして、自分の非力さを、この時初めて痛感した。

 

 嘗て、桐崎千棘が言った理想の世界を信じ続けた。

 けれど、信じたところで、何か変わるわけでもなく。結局信じていても力がなければ、何も護れない。

 

 力とは弾劾や非難にしかならないと少女は言ったが、それは戯言である。

 たとえ、弾劾しても非難しても殺してでも護らなければならない者がいたのに、護れなかった。

 

 彼女の言う通り、弱者を護るのは必要な行為ではあるが、それにもまず力がいる。全てを統べ、要らぬものは排除するための力だった。でなければ、本当に大事な物は零落してしまう。

 

 ポーラには何て謝ればいいのだろう。

 そんな夢理想の世界を信じたばかりに彼女は命を落とした。

 そんな世界を語った自分が恨めしい。

 

 怒りに任せ、私は吠えた。

 

 

転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)―――ッ!」

 

 

 剣を振るっても尚、己に対する憎悪と憤怒は癒えることはなかった。

 けれど、ようやく気付くことが出来た。

 

 この世界に必要なのは全てを統べる為の「力」であるということ。

 それはつまり自分の害になる物邪魔になる物は善でも悪でも関係なく滅ぼすということである。

 それで世界が保たれるならば、私はそれを厭う理由などない。寧ろ喜んで「力」を振るう。

 

 

 

 

 

 

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