楽は二刀を携え、懐に飛び込んでいく。
「く……そっ!」
鶫はその場を退こうと足を引くが、少し遅かった。
「オオオオオオオオオオォッッ!」
楽の二刀が鶫の急所を突こうとする。
左右交互の攻撃を巧みに扱った連続剣技。鶫はその攻撃を防ごうと必死に捌いていくが一刀の時のような一方的な剣戟でない為に攻撃の方向性も不規則で読み取ることが出来ない。
何とか攻め手に回ろうと躍起になるが、徐々に圧されていく。
そして、楽の猛攻の末、鶫は遂に一太刀浴びてしまう。
「ぐ……ッ……ぅ」
傷口を抑え、思わず苦痛に歪んだ表情を浮かばせる。楽の持つ刀はただの刀ではない。斬った相手を毒で蝕む効用を持つ。
鶫は今まさに毒に侵されている。
やはり彼の実力を甘く見ていた。やはり元々力のある戦士の為か、動きにもキレがある。魔力が完全に戻ったら一体どれほどの戦闘力を有するのか想像に難くない。
「腹立たしいッッ!!」
怒りのあまり怒号する。
それは一条楽に対してか?否、一条楽を軽視した自分に対してだ。
怒りのあまり過剰にアドレナリンが分泌してるのか傷みを忘れる。
「フン。一条楽。貴様を殺すために手を抜いたことには謝罪しよう。貴様にはそれ相応の死をくれてやる!」
瞬間、ボトリと何かが堕ちる音がした。続いてカランと金属の音が響く。
そして、一条楽に喪失感が生まれる。
「………あ?」
先程まで握っていた妖刀がなかった。いや、それ以前に左腕がなかった。
何故―――?
状況を理解するのに数秒の時間を要した。
楽は左腕を斬りおとされたのだ。
「ぐ…あああ………っ!」
切り口からは鮮血が溢れだしていた。
「これでご自慢の二刀流は出来ないだろう。」
鶫は悪魔のような微笑みを浮かべた。
「やはり貴様と闘うためには『聖者の数字』を最も発揮できる昼間にやるべきだった。だが、これで終わりだ。」
今、楽と鶫の距離はほとんど零に等しい。
楽の死は確実に決定された。
振りかざす剣は確実に楽の心臓を止めるに値する一撃だと思った。
しかし、そうはさせまいと阻止するものがいた。
振りかざす剣は不可視の剣に弾かれる。
「な………ッ!?」
楽を庇護しようと現れたのは桐崎千棘だった。
「ち……とげ…か。」
「喋らないで。取りあえずこれで止血だけしとくから。」
そう言い止血呪の祝詞を唱え、血止めをする。
「お嬢。何の真似ですか。」
鶫は千棘を睨みつけた。だが、それ以上の鋭い視線で返される。
「前に言ったかもしれないけど、私の幸福はただ強者として振る舞い、人を屈服させることじゃない。殺すことでもない。たとえアンタやクロードに罵倒されようと私はコイツを死なせたりなんてしない。」
「……お嬢」
その瞳はやはり昔と変わらず真っ直ぐだった。
見ているこっちが目を伏せたくなるほど輝いていて眩しかった。
―――貴女の考えは間違っている。それでは世界は何も変わらない。なのにどうして信じていられるんですか?
そう問おうとした。
けれど、結局同じ答えが返ってくるだろう。
この人は揺るがない。揺らいでも再び正しい道を歩もうとする。
―――一条楽の抹殺は…失敗だ。
千棘が相手では勝てない上に、何よりも鶫が殺したくはない。
嘗て、千棘に諭された信念を信じたいと思ってしまった自分がいた。
☆
鶫は去り、後には楽と千棘だけが残されていた。
「だっ………!いつつつつっ。お前包帯巻くの下手くそだな、おい。魔術は一人前でもそれ以外は半人前かよ!」
「う、うるさいわね!包帯なんてそんな巻く機会がないんだから、しょうがないでしょ!」
「あー。そうだな。だって巻かれる機会の方が多いからな。」
「黙んないともう片方の腕も切断してあげるけど。」
取りあえず千棘の目があまりにも怖かったので黙ることにした。
「―――けど、良かったのか?」
楽の言わんとすることを察して千棘は沈痛そうな表情で頷いた。
「アンタはこの先恋人のふりしなきゃいけないし、特別に教えてあげる。」
そこで千棘が話してくれたのは、ビーハイブの勢力が二極化していること、アーデルト側につく千棘に対し、鶫はクロードについているなど詳細を話してくれた。
ビーハイブは世間では一条家と抗争の堪えない一族と評されているが、身内でも闘争が起きているというのは初耳だった。
そして事象を話し終えた千棘は珍しく「ゴメン」と言ってきた。
「え?何、お前風邪でも引いたの?熱あるんじゃねーか。」と普段の勢いで言いそうにはなったが、彼女の謝罪は決して安易なものではなく、心の底から謝っているのだと悟る。
「別に、お前が気にするようなことじゃないだろ。寧ろ、お前は周りの闘争に巻き込まれてる犠牲者だ。お前は悪くねーだろ。」
「けど、桐崎と名乗るからには加害者でもあるのよ。」
加害者という言葉には否定できなかった。
確かにその通りなのだろう。いくら闘争に関わっていないからとは言え、その輪の中にいることは確かで、そこにいる限りは加害者でもある。
「けど、お前はそのままで良い。」
「どういうこと?」
もしかしたら、二極化した勢力は衝突するかもしれない。ならば、このまま見過ごすのは危ういのではないか?と思ったのだが、楽は「ああ、そうじゃない」とかぶりを振る。
「例え、どんな状況下でもお前はお前でいろってことだ。無理に周りに合わせる必要はない。」
つまり、ありのままでいて欲しいということなのだろうか?
ならば、問題はない。例え全てが変わっても自分は自分で在りつづける。他の何者にもならない。
だから、こう告げる。
「大丈夫よ。」
その答えに楽は「そうか」と言う。
日は落ち、月が輝き始める。夜になろうとしていた。
☆
深夜の路地に二つの影が立っていた。
一人は長身の男性だった。眼鏡を掛けてるせいか理知的に見えるが瞳はギラギラと獣を思わせた。
もう一人は中性的な容姿を持つ少女だった。非常に整ったその顔立ちは男とも女ともいえる。
「鶫、貴様に与えた任務はなんだ?」
「はい、一条楽を抹殺することです。」
クロードの質問に素直に答える。
一見冷静を装っているように見えるクロードだが、視線からは睨み殺すような殺気が込み上げていた。
「そう、そのはずだ。そして貴様はその命令に『はい』と答えた。だが、貴様は奴を殺すどころか、負傷して帰還してきた。」
「はい」
クロードは特に間違ったことを言っているわけでわないので「はい」と頷く。
「だとしたらお前には失望したぞ。征士郎。何故、暗殺、暗躍といった仕事を貴様に一任しているかを知らないお前じゃないだろう。お前のその常人を上回る身体能力に魔術のキレ、そして私に対する忠誠心あるからこそだ。だから私を裏切る、そうでなくとも命令に背いた場合は………。」
クロードは一旦言葉をきった。
続いて紡がれた言葉は全てを凍結させるように冷え切った言葉だった。
「殺すと………。」
思わず肩が震えた。
実際、クロードと戦った場合、鶫に勝ち目はない。何より鶫は彼と忠誠を誓った身だ。手出しなど出来るはずもない。
「フン、貴様には期待していたのだがな。力をもってして敵や反逆者を蹂躙する姿勢には好感を持ったものだ。ここで貴様を殺す羽目になるとは私も上司としては辛いことだ。」
然も鎮痛気な表情を作ってみせる。だが、心の底で思うのは痛ましいとかそんな感情ではない。
速やかに死ね、と瞳が語っていた。
もはや、ビーハイブの駒として生きてきた少女は任務遂行こそ生存理由であり、それがなくなれば生きる理由はない。
ならば彼の言うとおり速やかに散っていくことにも不安はない。抵抗もしない。それが今後のビーハイブの為になるならば喜んで受け入れよう。 そう鶫は決心する。いや、忠誠を誓った時から決まっていたのだ。
ーーー本当にそれでいいの?
何処からかそんな声が聞こえた。
それでいいか?愚問すぎる。今までそうして来たではないか。今さら生きたいなどと宣うことが出来るはずがない。
---けれどそれはあなたの言葉ではない。ただ、そう言うよう強要されてるだけ。
そうかもしれない。
けれどそれ以外の言葉を知らないのだ。
思い返せば組織の言う通りに生きてきた自分に意思なんてなかった。ただ組織の傀儡でしかない。
---意思はあるでしょう?
傀儡ではない、意思を持つもう一人の自分が語りかける。
---あなたにはちゃんと生きるか死ぬかの選択肢がある。さて、この二つを選択肢とした場合、あなたはどちらを選ぶ?
その自問に息を呑んだ。
許されるのならば、選んでもいいのならば---。
答えは決まっていた。
☆
夜の天気は雨だった。
明日の朝には改善されるらしいが、夜が明けるまではこの天気と付き合わなければならない。
今は夜中なので眠っていれば天候など気にする必要はないのだが、どうも眠る気にはなれなかった。
それは去り際の鶫征士郎の横顔を見てしまったからだろう。あの表情にはヒットマンというに似つかない表情だった。
表情は泣き笑いのような憂を帯びていた。それが何を意味しているのか、千棘には分からなかった。
普段ならば布団に入ればすぐに寝息を立てるのだろうが、安眠することはできなかった。
千棘は幼い頃から鶫征士郎を知っている。真摯で頼り甲斐のある、実に男らしい彼女だったが、去り際に浮かべたあの表情には何処にも男らしさはなく、弱々しい少女そのものだった。
何を思ったのかは知らない。知らないけど知りたかった。何が彼女を弱くさせてるのかを。
このまま、布団の中であれこれと考えたところで解決は出来ない。彼女に直接聞いたほうが早い。そう思い、鶫の魔力を探知する。
そこで、おや?と異変に気付く。彼女の魔力があまりにも弱々しかったのだ。彼女の魔力は探索に移ればすぐに読み取ることができるが今日はその反応がどうも鈍い。
何が起きているのか、詳細を突き止めるために、魔力を込める。
そこでようやく彼女の異状に気付く。
鶫征士郎は瀕死に陷っていた。