ニセコイ 愛を永遠に   作:ウェスト3世

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変革

「ここでお前を殺すことは上司としても辛いことだ。」

 

 クロードは然も痛々しそうな表情を作って見せる。しかし、彼から伝わる視線は速やかに死ねと告げていた。

 彼を敵に回すのだから自分に勝ち目など少しもない。それ以前に忠誠を誓った相手に剣を向けるなど無礼にもほどがある。

 今、自分が下された命とは速やかに死ぬこと。それ以外の感情は雑念に過ぎない。

 しかし、生きたいと思う自分がいた。死ななければならない義務感を重々承知しているものの、命を捨てるのが惜しいと思った。

 不必要な感情であっても生きたいと思う感情は間違っているのだろうか?

 千棘ならば何て言うだろう?

 だが、その答えは明白だった。命の尊さを知り、危機に瀕している誰かを救ってしまおうとする、お人好しの千棘ならば生きろと言うだろう。

 嘗ては千棘の信じるものを信じていたが、裏切ってしまった。クロードのいう力こそが敬愛すべき信念だと思ったから。

 でも、生きたいと切に願った時、どちらの言葉が正しいのか。何より自分はどちらを取りたいのか。

 答えは決まっていた。

 

「…………………申し訳ありません、クロード様」

「む?」

 

 鶫はクロードを真っ直ぐ見据える。

 その姿を見てクロードは怪訝そうに眉を細める。

 

「……その命令には従いかねます!」

 

 鶫は素早く剣を召喚し、クロードに斬りかかる。

 その一撃をクロードは躱そうとはしなかった。いや、躱すまでもなかったのだ。

 その一撃を素手で止めたからである。

 

「まさか貴様が命令に背くとはな。常に忠実なお前ならば死でさえも受け入れると思っていたんだが………。どうやら誤算だったみたいだな。」

 

 だが、クロードは特に驚いた様子でもなかった。やはりそう来たかとでも言うような薄い笑み。

 誤算と彼は言ったが、もしかしたら鶫のこの行動も計算の内だったのではないか。

 

「だがお前は勇敢だ。こうして私に刃向う者なんて今まで誰も居なかったんだからな。だが、今さら抗ったところでもう遅いだろう。お前の死は確定されているのだ。」

 

 確かにクロードに勝てる手段なんてものはない。

 銃、剣技、身体能力、洞察力。全てにおいてクロードは鶫を大きく上回る。

 しかし、何もしないまま死ぬよりはまだ良いだろう。抗えば、少しでも生きる確率は上がるのだから。

 

「それに時間帯がステータスが三倍になる昼間であれば少しは勝率は上がったかもしれんな。だが『聖者の数字』を発動できない今のお前など虫を潰すのとそう大差はない。」

 

 鶫は再び動きだし、クロードの急所を狙いにかかる。

 

「……相も変わらず、直線的な動きだな。」

 

 すると、クロードは身を低くして鶫が斬るよりも早く拳を突き立てる。

 

「ぐ………。」

 

 咄嗟に剣を盾にして拳をガードするが、一撃の振動は骨の髄まで伝わってくる。

 そして、呆気にとられてる間に、クロードは既に銃を構えていた。それに気付くのが少し遅れ、剣で銃弾を弾く。

 だが、その間にクロードは距離を詰めて再度、拳を突き立てる。今度は命中しバキバキと骨が折れる鈍い音を立てて数百メートルも吹っ飛ぶ。

 

「あ……がぁ………。」

 

 必死に酸素を吸いこもうとするが、体はそれを拒絶していた。

 そして内臓にもダメージがあったのか咳き込むように吐血する。

 たったの一撃。それもただの素手で此処までの威力を持つなど常人には考えられないことだ。

 クロードは鶫を殺すのは虫を潰すのとそう大差はないと言ったが、それは本当なのだろう。今の自分は潰されかけたハエや蚊と違いはほとんどない。

 鶫がいくら上級騎士(プレイヴァ―)と名乗ったところでクロードには到底及ぶことはない。

 何故なら彼はその上の階級、七天・第六位の能天使にまで至っている。彼からしてみれば、これは戦闘というよりは児戯に等しい行為なのだろう。

 

「まあ、黒い虎(ブラックタイガー)なんて恐れられても所詮この程度。私の拳一つ受け止めることが出来ないお子様という訳だ。」

 

 鶫がクロードに劣るのは何も力に限った話ではない。

 クロードの方が戦闘による経験値が高いのだ。そもそも技能と言うのは鍛錬だけでなく経験を経て向上を促すことが出来るのだ。

 血を拭い、剣を杖にして立ち上がろうとする。だが、それは許さぬとばかりにクロードは蹴りを入れてくる。

 

「ぐ………がっ………!」

 

 そのダメージは骨ばかりでなく内臓にまで行き渡る。

 そして蹴り上げたことで宙に浮いた鶫にさらに攻撃を加えようとする。

 

「貴様には過ぎたギロチンだ。」

 

 クロードの手には剣が握られていた。

 それは絶対に刃こぼれすることのない名剣であり、湖の騎士ランスロットの愛剣―――。

 

無毀なる湖光(アロンダイト)

 

 元は聖剣だったが、親族を殺したことで魔剣の属性を得てしまった非業の剣でもある。

 

「フン。今まで忠実に尽くしてくれた礼だ。この剣の錆となれ。」

 

 事実、クロードはこの剣を解放したことがほとんどなかった。

 彼はほとんどの闘いを銃と素手で勝ち抜いた男だった。

 だから、この剣を召喚するのは鶫が今まで命令に忠実にこなし、素手で仕留めるには口惜しいと思ったからだ。

 けれど、生きたいと願った彼女は錆になることを望んではいなかった。

 だから今こそこの剣を解放する。

 

転輪する(エクスカリバー)………」

 

 輝きが満ち、その剣光は放たれる。

 

「………勝利の剣(ガラディーン)!!」

 

 横薙ぎの一撃。

 アーサー王に最後まで忠実だったと言われるガウェインの名剣。

 流石に剣を解放するとは予測していなかったのかクロードの表情は驚きに満ちていた。

 一帯が光に包まれ消滅していく。

 だが、この一撃で倒れるクロードではないだろう。強靱な肉体も勿論のことだが、彼の持つ剣もまたAランク以上の兵装だ。

 鶫の狙いは彼を倒すことではなかった。

 

 光は消え、後には破壊の痕跡のみが残る。

 そこに取り残されたのは傷一つ負っていないクロードの姿だけだった。

 

「………逃がしたか。」

 

 鶫は元々勝つために闘っていたわけではないのだと悟る。先程の一撃はただの目くらまし。

 クロードに勝てると自惚れているわけでもないようだ。自惚れているから戦いを挑んだと思っていたのだが………。

 

「まさか逃げる為とはな。」

 

 思わず嘆息する。

 まさか、敵に背を向けるなどと言う愚かしい行いをするとは思わなかった。

 そもそも逃げるという選択肢がないクロードからしてみれば意外な行動だった。

 だが、そうするということは命が惜しいからなのだろう。その惜しさ故に逃避に走ってしまうのだ。

 

「力に縋るなら命を捨てる覚悟でと教えたのだがな………。」

 

 その教えは届いていた様に見えたけれど、結局届いていなかったのだと悟る。

 

 

 

 ☆

 

 

 重い足取りで路地を歩く。

 一歩歩くごとに血は滴り、後ろを振り返ってみても点々と続いている。

 出来るだけ遠くに逃げなければ追跡されるのも時間の問題だ。

 だが、逃避の最終手段も一応用意はしてある。今まで一度も使ったことはなかったが、空間転移用のクリスタルだ。

 それがあるならば、早く使うべきなのだろうが、それは出来ない。出来ない理由があった。

 理由としては何処に転移するか分からないという不安要素、そして何よりも最後に千棘に会いたかった。

 もうビーハイブにいることは出来ない。クロードは鶫を見つけた途端に殺しにかかるだろう。だが同時にビーハイブを抜けるということは桐崎千棘との別れを意味していた。

 結局、こんな目を見ているのはクロードについていったからだろうか?

 利己的な考えではあるけど、千棘を信じていれば、こんな惨めな思いをしなくてもよかったのだろうか?

 否、結局ビーハイブに縛り付けられた自分にはそんな選択権などなかった。けれど、やはり最後になって思う。千棘の信念は美しいと。

 弱者を庇護する、力が全てじゃない。その考えも勿論だが、世間がその考えを批判しようと彼女の信念は揺るがない、そんな姿に惹かれていたのだろう。

 今、思えばクロードを信じながらも千棘を振り返ってしまう自分がいた。捨てた感情と思っていたけど、捨てられなかったのだと思う。

 

 ―――どうして貴女の瞳は揺らがないのですか?

 

 何度も心の中で千棘に問いかけた質問。

 しかし、その問いかけはきっと無用だ。

 何故なら彼女は自分が揺らぐことなど少しも考えない。揺らいでもきっとその瞳は輝きを見せる。

 

「………お……じょ……う……」

 

 声は掠れていた。

 歩幅も徐々に短くなっていく。

 そして、虚空に向かって手を伸ばす。そこに誰がいる訳でもないのに。

 ―――そこにだれがいるわけでもない―――。

 だが、冷え切った自分の手には確かに温もりがあった。

 

「………ぁ………」

 

 消えかけた意識が鮮明になる。

 驚きと感動が入り混じったような感情。

 

「鶫、アンタその傷どうしたのよ……!」

 

 だが、鶫が答えるよりも早く鶫の傷口から魔力の残滓を感知する。

 目を細め、怒気の入り混じった声で、「クロードがやったのね。」と言う。

 

「さい…ごに………貴女に………会いたかった……。」

 

 ちゃんと彼女に伝わったかは分からない。

 喋ることに此処まで労力が必要だとは思わなかった。

 

「………早く病院に………!」

 

 だが、今は夜中だ。どの病院も受け入れてくれるとは思えない。

 何より、もうビーハイブにいること自体が不可能なのだ。

 

「お……じょ……う。わた…し……は……これをつか……て逃げ……ます。」

 

 弱々しく転移用のクリスタルを見せる。

 

「けど、それじゃアンタは………!」

 

 千棘の言わんとすることは鶫にも分かっている。今生の別れになると。

 

「私………は、貴女を……裏切った。でも、それでも………貴女が………大好き………です。」

 

 ぎこちない笑顔だったけれど、その笑顔は決して偽りのものではない。彼女の本心を顕わにしたものなのだろう。

 そして転移用のクリスタルが発動する。

 

「鶫!」

 

 千棘の声は遠くなっていく。

 転移のクリスタルの光が増す度に鶫の意識も遠ざかって行った。

 

 

 ☆

 

 

 鶫はクリスタルで転移した。

 だが、あの傷でクリスタルを扱うというのは明らかに無茶な行いだった。

 何処に転移するかは不明、行き先は常にランダム。自分が望んだ場所に行ける可能性など一割にも満たない。

 だが、クリスタルを使わなければいけないほど追い詰められていたのも事実だった。

 そして、鶫を殺めようとしたその人物は既に千棘のちかくにいた。

 

「これは一体どういうことか説明して欲しいんだけど。クロード。」

「それは説明するまでもないでしょう。お嬢、貴女だって覚えてるはずです。ビーハイブの掟において失敗者には死が与えられる。」

 

 ビーハイブの二極化は何も勢力だけでなく、掟までもが改変されてる部分がある。

 その為、失敗者に死を与えるという事実に愕然とする。少なくともアーデルトが築いた掟にはそんなことは一切記されていない。

 

「アンタはパパと真っ向から対立するつもりなの?」

 

 ずっと言わない方が良いと思っていた。けれど、傷つけられた楽と鶫のことを考えたら、もう黙ってなどいられなかった。

 千棘の沸点はとうに超えていた。

 

「おや。お嬢のご慧眼には驚かされますね。お気づきでしたか。」

 

 千棘の台詞にたじろぐ行為を一切見せないところから対立するという事実は本当なのだろう。

 

「けれど、今ではない。やはり当主ともなれば私も慎重にはなる。」

 

 だが、ならばこそクロードは決定的ミスを犯している。

 

「聞いた私が言うのもなんだけど、パパについている私に軽々しく内情を話して良かったの?」

「構いませんよ。貴女にはお父上の方ではなく、私の方について頂きたいのです。」

 

 彼の思惑が全く読めない。彼は自分をどうしたいのか。

 

「いずれ、お父上の権力は消え、逆に私の権力が強大になる。その時でも貴女はお父上につく気ですか?」

「当然よ。」

 

 一瞬の迷いもなく答える。

 それが気に入らなかったのかクロードは「はぁ」とため息をついた。

 

「貴女もお父上同様に甘いですね。力があるくせしてそれを行使しない。それは後々、悔恨の念が残るだけですよ。」

「へぇ。」

 

 どんな選択をしても後悔はしない。後ろを振り返る時間など惜しい。前を向くことだけを考える。

 そんな少女に悔恨を諭すなど無意味なことである。

 

「実はですね。貴女をこちらにつけたい理由は二つほどある。それは単純にビーハイブの次期当主という権力。」

 

 そうだろう。そうでなければ、内情を話す筈などない。

 

「もう一つは純粋に貴女という人が欲しい。」

「は?」

 

 何を言われてるのか理解できなかった。

 

「貴女が欲しいのですよ!その美しい容貌に私は何年も惹かれ続けた!貴女が成人するのをただただ待ち焦がれた!我が妃にするために!」

 

 まるで体中に蛇が巻きついたような感覚だった。

 気持ち悪い。

 それはただ表面的な面だけをみて桐崎千棘という少女を判断している。内面など一切見ていない。

 

 クロードという男には心底失望した。

 

「我が妃になるのならば、その考えは改めておくべきです。鶫誠士郎がどうとか言っておられましたが、それは過去の人物、過去にどれほどの栄光があってもその栄光がなければ藻屑と何ら変わらない。」

 

 「ハハハハハハハハッ」と声高らかに笑い、クロードは去って行く。

 彼の行いとはただ全てを切り捨てていくだけ。

 そんな彼にビーハイブが呑まれようとしている事実に、足場のない不安を感じた。

 

 

 ☆

 

 

 向こう側には亡き仲間たちがいた。

 その仲間たちに久々に出会えたことに歓喜したが、仲間たちは複雑そうな表情だった。

 どうしてそんな顔をするのかと尋ねてみる。

 すると―――。

 

「貴女はまだ来ちゃダメ」

 

 厳然とした口調で告げられる。

 彼女たちの姿は徐々に掠れ、代わりに現実の光景が甦る。

 

 

 ***

 

「此処は―――。」

 

 それは紛れもない現実の光景。

 もう戻ってはこれないと思っていたが、心臓は力強く鼓動し、体中の傷が完治されていた。

 ゆっくり起き上がると自分が居座っているのは白いベッドの上だった。ショートだったはずの髪は肩にまで届いている。

 怪我をしていたから自分がいるのは病院と思ったが、そこは別に病院というわけでもなかった。点滴がある訳でもナースや医師たちがいるわけでもない。

 では此処は何処なのだろう。

 

 疑問はそれだけに留まらない。

 あれからどれくらいの時間が過ぎたのか。

 その疑問は近くにカレンダーと時計が設置してあったのですぐに知ることが出来た。

 自分がビーハイブを抜け出したのは四月の中旬。そこから―――。

 

「三ヵ月―――?」

 

 今は七月二十一日。三ヶ月以上ベッドの上で過ごしたことになる。

 いや、そもそもそれだけの時間を使っても感知するかは不明だった。手術だけでは不可能となると治癒魔術か何かをつかったのだろうが、尋常じゃない程の治りの早さである。

 

「ようやく、気付いた?」

 

 奥から一人の少女が現れる。

 腰まで届く滑らかな黒髪に白いワンピースを纏った少女。優しく包み込むような雰囲気の為か温厚な性格なのだと察することが出来る。

 外見からして、年齢は恐らく自分と同じくらいだろう。

 

「鶫さん―――だよね?」

「わ、私の名前―――!」

 

 自己紹介はしていない筈なのに彼女は言い当ててしまう。

 

「あ、貴女は―――?」

「私?私の名前は―――。」

 

 一間おいて、名前を告げる。

 

「私は小野寺小咲。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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