ニセコイ 愛を永遠に   作:ウェスト3世

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許嫁

 ある日を境にして皆は彼を忘れてしまった。

 彼から受けた恩は山のようにある筈なのに皆が彼を忘れていく。

 大魔術の副作用故に記憶がデリートされるのも致し方ないことではある。

 けれど私は忘れない。この世界の誰もがあなたの存在を忘れてたとしても私はずっと覚えている。

 

 

 ☆

 

 

 閑散とした『帝国院』には人の気配など微塵もない。

 教師の一人か二人くらいはいるのではないかと思ったりもするが、生憎、この広大な校内をぐるぐる回ろうという気にはならない。

 しかし、今日は日曜なので、来ていないのも道理である。

 今、校内にいるのは楽と学院長くらいのものである。

 

「どうじゃ、腕の調子は?」

「凄い。本当に元の腕と変わらない。」

 

 右腕は意のままに動く。鶫に切り落とされる以前と何ら変わるところはない。

 

「それにしても、学院長に錬金術の心得があるとは知りませんでした。」

「まあ、長生きするといろんな知恵を得る。これくらいは容易い。」

 

 楽が休日に学校に赴いたのは鶫に斬られた腕を学院長に診てもらうためだった。

 学院長はあらゆる分野の術式を知る人物なので、もしかしたら腕も治るのではないかと思ったのだ。そして見事、錬金術により腕は生成され、失った右腕を取り戻すことが出来た。

 

「しかし、錬金術で生成された体は欠陥品だ。以前、人造人間(ホムンクルス)を作った際も酷く短命でな。その事実を知って以来、錬金術はあまり使ってこなかったのだが。」

 

 作り物の存在とは言え、寿命の短さを人と同列に見て嘆いているらしい。

 しかし、それには楽も思わず同情する。作られた紛い物であろうと、命を吹き込まれたならば、それは立派な生命体である。

 だとすれば、一人の人間として身を案じ、悲しみ、尊び、嘆く。

 

 あまり聞いて良いことではないかもしれないが、楽は恐る恐る尋ねる。

 

「―――良かったら、今まで作ってきた人造人間(ホムンクルス)、見せて頂けませんか?」

 

 人造人間(ホムンクルス)は実際、そう珍しいものではない。

 ある国では人口の半分が人造人間という社会もあるほどだ。

 しかし、楽からすれば、それは伝聞でしかない。実際のホムンクルスを見た経験がないのだ。

 学院長はふむ、と逡巡していたようだが、「まあ、いいか」と言って別の部屋を案内する。

 案内された部屋は部屋というよりは倉庫と研究室を足し合わせたような場所だった。広大な部屋には数千はあるだろう模型、数百はある合成獣(キメラ)、そして人造人間(ホムンクルス)数十体が並列に並んでいた。

 

「凄い。ほとんど、普通の人間と変わりない。」

「ハハハハハ。そうかそうか。」

 

 学院長は満足したように笑う。

 その容貌と体躯はまさに人間そのもので、叩いたら今すぐにでも動き出すのではないかと思うほどだ。

 しかし、ふとした疑問が浮かび上がる。

 

「凄いんですけど、何故みんな女の子?」

 

 人造人間は全て女体だった。

 

「何故ってそれは簡単なことじゃ。男を作るより女の方が華があるだろう?」

「……まぁ……。」

 

 否定はしない。確かに男のむさ苦しさなど求めていないし、女の方が華はある。

 しかし、これは学院長が女好きであることを証明づけている気がする。

 

「学院長はアレですか。女好きなんですね。」

「うむ。若いピッチピチの女の子は特に愛でる。」

「いや別に訊いてませんけど。」

「そうそう。ワシのお気に入りはこれじゃ!」

「訊いてないんですけど。」

 

 学院長が指す方向に視線を向けていく。

 腰まである漆黒の髪に透き通るように白い肌の少女。確かに美しいかもしれない。

 けど、高齢の男性がうら若き乙女に興奮するのもどうかと思う。

 

「いいから、鼻血拭いてください。」

 

 見ると、鼻からボタボタと鮮血が滴る。

 明らかに疾しい気持ちを持っていると推測できる。

 

「やはり乙女はいいな。乙女は。ぐふふ。」

 

 女性になると性格がガラリと豹変している。

 その豹変ぷりには正直引いてしまう。というかドン引きだ。

 

「取りあえず、君に見せるべきものは見せた。他に何か見たいもの、訊きたいことはあるかな。」

 

 鼻血を服の袖で乱暴に拭いながら言う。

 黙考してみるが、特に訊いてみたいということはない。見たいものも人造人間を見れば十分だった。

 

「いえ、ないです。今日はありがとうございました。」

「ふむ。そうか。また、暇なときに学院長室に立ち寄ると良い。乙女について語り合おうではないか。」

 

 何か女好きの属性を勝手に付与されていた。

 何故、学院長の女好きに巻き込まれなければならないのだろう。

 妙なことを吹き込まされそうだったので早々に立ち去った。

 

 

 ☆

 

 校門を出ると見知った顔があった。

 

「学院長との話は済んだの?」

「ああ、済んだ。………何で此処に居るんだ?」

 

 校門前にいたのは桐崎千棘だった。

 普段、彼女と行動を共にすることが多いので特に驚くこともないのだが、此処に居ることを口にした覚えはない。

 

「今日は日曜。定期デートの日でしょ。おかげで毎週日曜はアンタとの時間で潰されるわ。」

「ああ。そういや、そうか。てか、潰されるのはオレもだよ。」

 

 定期デート。

 毎週日曜にするデートであり、これをする理由はあくまで一条家と桐崎家に「お二人はラブラブなんですね~」と思わせる恋人演技だ。

 でなければ、定期的に会うなんてことはしない。

 

「………その、右腕治ったのね。」

「ああ、これな。治った。」

「けど、錬金術で生成された人体は脆いから、くれぐれも気を付けてね。まあ、学院長の魔力なら人並みの頑丈さはあるんだろうけど。」

「ふむ。そんなもんか。おれは錬金術に関しての知識は疎いから、そういうのは良くわかんね。」

「錬金術に限った話じゃないでしょ。アンタは魔術に関する知識は無いに等しいんだから。」

「……ぐ……っ」

 

 一応、扱える魔術もあるにはあるが、ほとんど魔具や身体の強化ぐらいにしか使わないので、魔術の知識が乏しいというのは肯定するしかない。

 

「ほら、さっさと行くわよ。」

「おう。」

 

 お互いに「はぁ、ダルイ」などと言いながらデートを始める。

 これが現代におけるデートの正しい在り方なのかと問われれば、勿論そんな筈がない。これは互いを嫌い合うことでこそ成せる業である。

 ある意味では称賛されるべきデートなのかもしれない。何故ならこんな怠惰で嫌悪しかないデートをこなす現代人はいない。

 イチャイチャという効果音を使うのが本来のデートであるならば、楽と千棘のデートはダラダラと表すのが最もだろう。

 映画を見た後にファミレスでそのまま時間を潰す。それが彼らのデートだった。

 

「そろそろ、解散して良い頃じゃねーか?」

 

 時間は午後六時を過ぎている。間もなく日は落ち、夜を迎えるだろう。

 

「そうねー。あー。暇だった。」

「そだな。」

 

 彼らの日曜は無為に過ぎていく。

 

「肩凝る。」

「何で俺のせいみたいになってんだよ。」

 

 千棘は楽に恨みの視線を向けてくる。

 

「だって私だって予定あるのにアンタのせいで潰されるのよ。どうしてくれんのよ。」

「どうしてくれんのよって言われても俺はどうも出来ない。てか、オレも日曜潰されてんだ。誰でもない、お前にな。」

 

 「む~」と睨みあう二人。そこからどれほどの沈黙があったか。

 意外にも先に表情を戻したのは千棘だった。

 

「はぁ、しょうがないわね。」

 

 どれだけ愚痴を零したところで状況が一変するわけでもない。恨みを向けるだけ徒労に終わるのだ。

 

「そうだ、一つ聞きたいことがあるんだけど。」

「あ?何だ、聞きたいこと?」

 

 すると千棘は話題を切り替え、楽の胸元のペンダントを凝視する。

 

「な、なんだ!?これはやれないぞ!売れって言われても売らんからな!」

「なんで売る話になってんのよ。別に欲しくないし。」

 

 呆れたように千棘は言う。

 

「違うわよ。私が聞きたかったのは、アンタはその女の子が好きなの?」

「え?」

 

 「その女の子」というのは楽が十年前約束した女の子のことだろう。

 約束した女の子―――。確かに十年前は好意を持っていたかもしれない。けれど、今はどうなのか?

 無論、会いたいと思う。顔も名前も覚えていないけど、会いたい気持ちは決して変わらない。

 だが二年前、全てが狂わされた。ある少女と出会った。不純ではあるかもしれないが、きっと十年前の女の子と似た感情を抱いたのだろう。十年前を忘れられないけど、二年前を捨てることも出来ない。

 そんな葛藤故に、こう答えるしかなかった。

 

「分からない。」

 

 どちらかを選んでどちらかを捨てるなんて、そんな非道染みたことは出来なかった。

 

「そう。」

 

 その表情は憂いのようなものを帯びていた。掌には何かを握っているようにも思えた。

 

「けど、どうしてお前がそんなことを気にするんだ?」

「別に、超どーでもいいんだけど、何となく聞いてやったのよ。馬鹿モヤシ。」

「いちいち聞くなよな。」

 

 さっきの態度とは打って変わって高圧な態度をとる。

 本当にさっきの態度は何だったのだろう?

 けれど、高圧的な態度こそ桐崎千棘の本質だ。今のは気のせいなのかもしれない。

 

 道中、無言のまま歩く。

 そんな閑散とした空気をとある男にぶち壊される。

 

「やーやー。お二人さん。今日もデートですかい。」

 

 その陽気な声は聞き覚えのある声だった。いや、その表現は正しくない。聞き覚えあるどころか、身内のものなのだから。

 

「オヤジか………。」

「なんだよ。二人の親密な空気ぶち壊されて怒ってんのか?怒ってんのか?お?」

「てめぇ」

 

 揶揄するような態度に殴ってやろうかと思った。どう見ればこれが恋人なのか。息子を馬鹿にするスキルだけは異様に高いように思える。

 

「まあ、やっぱ、定期的にデートするまでのレベルだ。やっぱマズイよな~、うん。」

「あ?何の話だ?」

 

 上手く状況を飲みこめない。

 

「いや、それがだな。急なんだが、お前の許嫁が来るらしくてよ。」

「は?許嫁?」

 

 それは確かに急な話である。

 まだ年齢は十七なので、結婚を決めるにはあと一年足りない。向こうは十六から出来るから良いが、もう少しこちらの立場というのを考慮して欲しい。

 

「………………………。」

 

 待て。

 話がおかしい。

 彼は今何て言ったか。許嫁?

 

「はァァアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?」

 

 ようやく状況を読み取り、思わず叫んでしまう。

 

「ちょっ、待てコラ!何だ、許嫁って!聞いてねーぞ!」

「そりゃ、教えてねーんだ。知ってる方がおかしい。」

「クソ親父!」

 

 何故、そんな大事なことを早く言わないのか。そもそも、何故本人の了承を得ずに、決めてしまうのか。政略結婚でも狙っているのか。

 

「あー。もうクソで良いから此処はよろしく頼む。こっちも酔った勢いでついOK出しちまったんだよ。ほら、あるだろ、調子乗るときって。」

「あるけど、そんな大事なことを考えなしに決めねーだろ、普通。」

 

 恋人のふりは我慢しよう。

 これは両者の闘争の危機を防ぐにはやむを得ないことだった。

 だが、今回は明らかにこの男が悪い。

 

「てめー、ちゃんと相手側に断れよ。」

「無理」

 

 即答される。責任感皆無ではないか。

 

「いや、ダメなんだって。向こうもビーハイブとかと同じ組織で動いてんだよ。それにアイツ顔怖いし。」

 

 ブルリと振るえる父親。

 本当に一発殴っても罪にはならないのではないか。此処は息子として正す必要がある。

 

 そしてふと疑問を抱く。

 

「あれ、千棘。お前、何か黙ってるけど大丈夫か?」

「別に。」

 

 明らかに不機嫌そうな声音だった。

 

 

 ☆

 

 

 皆が彼を忘れても、私は覚えている。

 彼と共に居た時間は少なく、彼はもしかしたら私を忘れているかもしれない。

 

 それでも一日千秋の思いで待ち続けてきた。

 

「楽様―――。」

 

 少女の掌には鍵が握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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