ニセコイ 愛を永遠に   作:ウェスト3世

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一条家と桐崎家

ある極東の島国が日本帝国という一つの国として成立したのは約四百年程前のことである。それ以前は約五十以上もの小国に分裂しており、それぞれの国が闘争を繰り広げる戦乱の時代だった。

 そのきっかけとなった出来事が西欧諸国の干渉だった。

 当時の日本には魔術や銃器などといった物は存在せず、刀や弓、槍を使うという戦法が常道だった。

 互いの刃と刃がぶつかり合う。そんな戦い方が一般的な為に、日本人は銃という武器の仕組みに唯々感心し、魔術という非科学的な術理には簡単を通り越して、呆然とその科学では起こせないその現象を眺めていた。

 日本にも呪術、陰陽術といった術式が存在してなかった訳ではなかったが、それを扱える人間というのは稀で、特に巫女、高僧、陰陽師という強い魂を持つ、即ち霊力に富んだ人物に限られていた。

 しかし、やって来た西欧の宣教師は告げる。間の理に必要なのは魂の濃度など大した問題ではなく、重要なのは、魔の領域に立ち入るだけの覚悟があるかどうか。ただそれだけのことだと言う。

 人々の大半は魔の道に足を踏み入れた。理由は様々だったが二者に別れた。前者は魔術がもたらす力に唯々興味があるというのに対し、後者は圧政者に対する反抗の為だった。この時代は権力が物を言うという時代だったので後者の方が圧倒的に多かった。

 魔の領域に足を踏み入れたことで民達は権力者を排除するようになる。所謂、下克上の風潮が広がり、権力交代が次々に起こり、そんな混沌が戦乱期を招くこととなる。

 やがて戦乱は終わりを迎え、一つの国としての統一を果たす。しかし、その時には何もかもが変わっていた。

 武士と呼ばれていた者は騎士と呼ばれるようになり、刀を主とした武器も剣へと変わる。服装も髪型も建物も何もかもが西洋を取り入れたものに変わっていた。

 西洋人は日本人の異様な速度の文化や社会の変容に驚愕を顕わにした。まさか西洋の文化を此処まで取り入れるという想像に至らなかったせいだろう。だが、そこまでならば、まだ驚愕という言葉に留めておけるのだ。

 日本人は西洋人が到達しえなかった技術に触れた。それは魔術と武具の併用―――。

 西洋人は単純に魔術だけの扱いならば優れているが、武具と魔力を併用という器用な扱い方は出来なかった、というより思い至らなかった。日本に魔術が伝わり、広まってまだ百年にも満たないというのに、独自でそれを発展させてしまったのだ。

 ただの島国とみられていた国は今や一つの帝国として成り立っている。

 

 ☆

 

 日本帝国に仕える戦士は剣士を問わず弓兵、槍兵、ガンナーといった者たちにも「騎士」としての称号が与えられていた。つまり、国に仕える戦士は皆騎士ということだ。

 騎士たちはそれぞれ実力相応の階級が与えられている。

 下から『エレメント』、次に『ジェネラル』、そして上級の『プレイヴァー』、そして最上級の『七天』と全部で四つの階級で成り立っている。

 『七天』は数こそ少ないものの、単独で雑兵百人を戦闘不能にするほどの実力を持っており、そこまでに至るまでに並大抵の努力では足らない、血の滲むような努力が必要だった。否、それも誤りだ。どんな有力な戦士でもそこに上ることが出来るのは五本指にも満たない。

 しかし、そんな過酷な試練を潜り抜け、その階級に居るのが当然のように居座る人物がいた。それもまだ二十に満たない少女だった。

 彼女が『七天』に昇格した当初は誰もが不安を抱いた。彼女に国の大業を成すほどの器はある筈がない、と。

 無理もなかった。見目麗しいだけのお嬢様。それが最適の印象だったから。

 しかし、実際に彼女の実力は民衆たちの不満をかき消すほどのものだった。彼女に命を救われた人物も多々居た。そこから彼女に向く視線は変わりつつあった。

 彼女の名は―――。

 

 ☆

 

 窓に差し込んでくる光で少女は目を覚ます。昨夜眠った時間が二時を回っていたせいか、些か眠気が残っていた。

 もう少し眠っていても問題はなさそうなのだが、二度寝をして再び起きる自信もなかった。

 仕方なくベッドの温もりを恋しく思いつつも、ベッドから降りる。そしてそのまま寝巻で部屋から出る。

 部屋から出た瞬間だった。

 

「お嬢、お早うございますッ!」

 

数百人にも及ぶ筋肉質且つ野蛮さが目立つ男たちから喝采にも近い挨拶を貰う。彼らは少女の家の家臣たちであり、何もこのような挨拶が初めてというわけではない。この挨拶はほぼ毎日のように貰う。

 唯でさえ眠気でテンションが低いというのに更にテンションが下がってしまう。無論、彼らに悪気がないというのも分かっていることなのだが。

 ハァ、と小さく溜め息をつくと、後ろから「お嬢」と声を掛けられる。

 振り向くと、そこには長身の眼鏡をかけた男性が立っていた。眼鏡のせいなのか、実際そうなのかもしれないが、知的な雰囲気がある。

 

「何、クロード?」

 

 少女は投遣りな口調で訊く。

 

「お父上が呼んでおりましたよ。」

 

 少女の投遣りな口調にもクロードという男性はにこやかに微笑む。

 正直、少女はこの青年が嫌いだった。自分のことを誰よりも考えてくれるのは分かる。だが、それが時折過度になることがあり、息詰まるときがよくある。

 彼に一度、この事は何度も注意したのだが、クロードという男性は自分がこう、と決めた物には一方通行なので正しい理解はしていないみたいだ。

 

「分かったわ」

 

 彼に対する愚痴を浮かべながらも取りあえず頷いとき、父のいる部屋へと足を運んでゆく。

 

 部屋に向かうと、父がソファに座り新聞の記事を捲っていた。

 彼がこの桐崎家の当主なのだが、武闘的な部下に比べて、実に穏健という言葉が似合う人物だった。

 

「やあ、千棘。お早う。朝早く呼び出して済まないね。取りあえず掛けたまえ。」

「うん。」

 

 千棘と呼ばれた少女は頷きを返し、向かい側に座る。

 

「さて、君を呼び出したのは他でもない、一条家のことだ。」

 

 一条家。桐崎家とは因縁ある一族である。先祖代々争い続けてきた間柄だ。お互い顔を合わせただけで剣を引き抜くほどの険悪さだ。下手すれば片方が死ぬまで争いは続く。

 しかし、不思議ではあるが、現当主同士は友好関係にあり、定期的に会っては共に食事をしたり世間話をする仲らしい。つまりは部下たちがその因縁をずるずると引き摺っているだけなのである。

 

「このまま争い事が続くのはやはり当主としては見過ごせない。何より闘争が起こるごとに町人達は被害を被るわけだからね」

 

 成程、と頷ける話だ。

 両当主の関係が良好なら闘争がない方が当然良いだろう。先祖が創りだした因縁を引き摺る必要もない。

 だが、そこで具体的にどうやって?という疑問が出てくる。

 

「そこで、この闘争をやめさせるには千棘。君の力が必要になる訳なんだよ。それが君を呼び出した理由だ。」

「私にしか?」

 

 千棘は小首を傾げる動作をする。

 彼女にしか出来ないこと。それこそが後の彼女の運命を動かすことになるのだが、この時はまだそんなことを知る由もない。

 

 

 ☆

 

 

 日本帝国は他国に比べ然程、身分差はない。身分に差はあるが、差別という段階にまでは至らない。

 単純に大きく区分すれば、騎士と町民。当然、国に仕えるという意味で騎士の方が上になる。だが、その他にも貴族であったり、騎士の中でも軍事貴族といった身分も存在する。

 しかし、その身分差で貧困があるという訳でもないので、他国に比べて比較的平和と言えるだろう。

 とはいえ、やはり争いはあった。戦乱の時代を経て二百年を過ぎようとしているが、一族と一族の間にある因縁を断ち切ることが出来ず、互いに争うことは多々あった。

 確かに平和になり、豊かになった。だが、それは同時に一族の因縁に決着づけることが出来ず、因縁を強く残していることを意味している。

 その一族間の争いで最も有名な一族は一条家と桐崎家である。両家は戦乱初期から現在に至るまで五百年近くの闘争歴がある。

 両家が所有する特徴として挙げられるのは一条家は基本的に魔術を扱わない家柄で古来から鬼の血を引く一族として、また剣豪一族としても有名だった。

 対して桐崎家はルーツは英国から来たということもあり魔術に優れた家系であり、同時に日本であまり使い慣れていない銃を主要武器として使うことで知られている。

 約三百年もの対立関係を持つ両家だが、現当主たちは奇しくも互いに仲が良い。だからといって両家の闘争がないと言えば、それは全く違う。

 両家の家臣たち同士で勝手に争いを展開させるという事態となっており、町民たちからの苦情も絶えない。

 そのことに頭を抱える両家の当主たちだが今回、両当主は講和の良考案を思案した。

 その考案は―――。

 

 朝五時くらいだっただろうか。一条楽は未だ重たい瞼をゆっくりと開け起床する。

 既定の起床時間まで一時間ほど余裕があるのだが、太鼓をたたく音が理由で目が覚めてしまった。

 

「おい、野郎共ォッ!起きやがれぇッ!」

 

 屋敷中に響き渡るような野太い声が聞こえる。恐らくは今の声で殆どの者達がムクリと起き上がり、騒がしくなるだろう。

 まだ寝ていたいという気持ちを振り払い、襖を開ける。

 そして―――。

 

「坊ちゃん、お早うございますッ!!」

 

 数百人はいるであろう野郎共に喝采に近い朝の挨拶を貰う。今日が始まって間もないが早くも疲労が募ったような眩暈感に襲われる。

 

「てめーら、朝くらいはもうちっと静かにだな…。」

「おい、てめーら!坊ちゃんが調理場に行かれるぞ!道を開けろ、ボケ」

 

 話を少しも耳に傾けてはいない。いつも家臣たちの態度は一方的で人の話など理解するどころか聞いてすらいない。

 盛大なため息をつき心の中で思う。

 ―――ああ、こんな家から抜け出せたらなぁ

 生まれて今日まで毎日のように思ってきたことだ。別に彼らが嫌いというわけでもないのだが、毎日相手をしていると体力が根こそぎ奪われるような疲労感に襲われる。

 家を抜け出したい。そんな自分の気持ちにふと思う。たった一度だけではあるが、この家を抜け出したことがある。抜け出したとはいっても仕事で行った様なものだったが。

 約半年という期間ではあったがこの家を出てとある町で生活をしていたことがある。

 それは穏やかな日々で自分の人生で最も幸福な期間だっただろう。流れるように送る一日一日が新鮮でとても心地よかった。少なくとも『終わりの日』までは。

 だが、『終わりの日』、あの日を境にして何もかも瓦解した。

 その記憶が蘇る度に必ず『あの少女』が脳裏に浮かぶ。浮かぶ度に涙が滲み、心が折れてしまいそうだった。

 

 

「坊ちゃん、親父が呼んでます!」

 

 

 若頭である竜の声で正気に戻る。

 

「親父が?何で」

「なんか真剣な話があるみたいです。」

「真剣な話?」

 

 楽は首を傾げる。大事な話というが、それらしい心当たりはない。

 疑問を持ちつつも取りあえず父親の元に行くことにした。

 

 部屋に入ると一条家の現当主である楽の父は朝から豪快に酒を飲んでいた。

 

「ああ、ようやく来たか。遅いから酒飲んで時間潰してた。ヒック」

「ヒックじゃねえ。せめて朝は飲まないようにしろ」

 

 これが一条家当主かと思うと頭を抱えたくなってしまう。若い頃はそれなりの戦績があるらしいのだが。

 

「んで、何の用だよ。クソ親父」

「親父にクソつけるな、クソ息子」

「………。」

「………。」

 

 互いに罵倒し合い一瞬沈黙が訪れる。

 その沈黙を最初に破ったのは父親のほうだった。

 

「まあ、テメーを呼んだのは他でもねぇ、桐崎家のことだよ。」

 

 そこで楽は彼の言わんとすることを理解する。

 ここ最近になって一条家と桐崎家の争いは激化しているらしい。らしいというのは普段自分はそういった争い事には深くかかわってはおらず、家臣たちの話を聞いただけで確証はもてなかったのだが、今の言葉で確信する。

 

「まあ、そうだな下手すれば全面戦争と言ったところか」

「ぜっ…はぁッ!?」

 

 全面戦争。それでは今まで以上に町民を巻き込んでしまう。

 

「って、どうにかなんねーのかよ!」

 

 予想以上に悪化している戦況に思わず声を荒げてしまう。

 

「どうもこうも状況がこれだからな。どうしようもねーんだよ」

「何だよ、それは…。」

 

 父親の他人事のような言いっぷりに苛立ちが募る。だが、同時に責めることが出来ないことも理解している。

 というのも、この戦争は両家の家臣たちが一方的に展開させていったものだからだ。現当主同士は奇しくも関係が良好である為に争う理由もないのだ。

 とはいえ、一条家の主である以上は責任というものは当然ある。回避する義務はある筈なのだ。

 その言葉は次期当主と持て囃されている自分にも掛かってくるものなのだが。

 

「まあ、良案が一つだけある。いや、一つしかない、と言っておくべきか。」

「良案?」

「ああ。実はよ、向こうにはお前と同じくらいの娘さんがいるらしいんだよ。」

「娘?」

 何故、急に娘の話になるのかよく分からないが取りあえず聞いておく。

「で、それが何なんだよ?」

 

 父は話を続けた。

 

「お前、その子と付き合ってくんねーか?」

「………。」

 

 何を言われたのか一瞬理解できなかった。

 

「えーと…。その良案てのは…。」

「だからお前が娘さんと付き合うんだよ。」

 

 何かを聞き違えてのかと思い、聞き返してみたが、同じ答えが返って来る。

 

「ハアアアアアアアアァッ!? 何馬鹿なこと言ってんだ、クソ親父!そんなの勝手に決められても……!」

 

 勝手に決められても困るという言葉を遮って、対する父親は、

 

「いや~。でもよ、ぶっちゃけて此れくらいしか良い案はねーだろ?実際俺も大変だったんだよ。」

 

 確かに大変だったのかもしれないが、そこには息子に対する考慮が一切成されてない。

 

「けど…っ」

 

 反論しようとするが、亦も遮られて、

 

「悪いが、意地でもやってもらうぜ。これ以上戦争続けば犠牲者も出るんだ。」

「ぐ……ッ!」

 

反論出来なかった。

 怒鳴りたい気持ちもあったが、話の線は通っている。父親の日々の苦労が分からない訳でもない。

 だが、もう少し上手く立ち回れなかったのかという気持ちが渦巻いていた。

 

 

 

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