日曜日―――。
それは平日の五日間を労働した褒美に貰える休息日である。
一日中寝過ごして駄目人間になる。一日中ゲームして駄目人間になる。隠蔽しているエロ本を押し入れの中で眺めて駄目人間になる。と、挙げたもの全てが駄目人間に該当するのだが、休日の在るべき姿とはこういう感じだろう。
間違っても恋人と手を繋いだり、恋人と出かけたり、極めつけは恋人と接吻―――即ち恋人と休日を過ごすというのは誤りである。というよりも見ていると腹立たしい気分になる。
詰まる所、一日中ゴロゴロと怠惰な時間を過ごすのが最適である。少なくとも一条楽はそう思っている。
「あー暇。暇すぎる。」
だが、暇こそ至高な時間である。
暇とは誰に干渉されることなく安寧に過ごすことができる。暇をマイナスイメージで捉えるものは何とも愚かである。
確かに何もすることがないことを苦痛に感じることもあるだろう。だが、肝心なのは慣れ。何事においても慣れは重要であるというが、暇な時間をいかに過ごすかという際にも重要である。
「暇。」
しかし、暇ということは干渉がない。つまりは平和であるということだ。
「坊ちゃーーーーーーん!」
しかし、そんな平和な時間は簡単にぶち壊される。
「竜、何だよ。何か用か。オレは今超忙しい。」
忙しくない。むしろ暇だが何もする気が起きない。
そんなときの断り方が「超忙しい。」だ。
「す、すみません。ただ、プッチンプリン切らしてまして。」
「お前らが買えば良いだろ。大体プッチンプリンて何だよ。お前らが食うのかよ。」
「はい。三時のおやつに。」
三時のおやつ。
その理念を成人後も大切にしている人間は初めて聞く。
「坊ちゃん、あっしらが買いたいのも山々なんスけど、今日はこの後パチンコに行かなきゃいけねーんですよ。だから頼める相手が坊ちゃんしかいなくて。」
「……………。」
理由が余りにも私的すぎる。
それに正確には「行かなきゃいけない」ではなく「行きたい」である。
面倒事を押し付けてくれたものだ。
「ちっ。しょーがないな。行くか。」
しかし、頼みごとを断ることが少ない楽は了承してしまう。
ここで断れたらと常に思うのと同時に断ってしまえば相手に申し訳ないと思ってしまうのだ。
「じゃあ、よろしく頼みやした!うっしゃ!」
「……………。」
―――「うっしゃ!」って何だよ。
明らかに感謝の一欠けらもない。むしろ面倒事が亡くなって良かったという意味合いが込められている気がした。
しかし、引き受けた以上はやらないわけにはいかない。
ノロノロと体を起こし、買い物の準備をする。
☆
スーパーで数人分のプッチンプリンを買った。
店員が「こんなに買うんですか?」と怪訝そうな表情を浮かべていたが、一条家の総数は二百をこえる。多目に買っておいて損はない。
損はないが、むさ苦しい強面の男たちがプッチンプリンを食べるというのはイメージががた崩れである。
彼らのこういうケースは何もプリンに限らない。子供用のアニメ、それも魔法少女系のものを見たとき、何処に感動を覚えたのか知らないが号泣していた憶えがある。
楽はそれを引きつった表情で見ていたが、どうも彼らは普段子供向けの物に縁がない為か、一度手を付けるとそこにはまってしまうことが多々ある。
少し意味合いはずれるかもしれないが、立派な成人でも童心に帰りたい時がある。それと同様のことだと思えば、少しは許容できるかもしれない。
「それにしても、この量………。」
レジ袋がギシギシと音を立てながら今にも破れそうだった。
しかし、楽が休みの時間を削って重労働をしている間、家臣たちはパチンコで楽しんでいる。その事実が正直許せなかった。
「アイツらめ………。」
夏が近づいて来てるのか手汗が滲み出ている。その手汗は次第に水滴となり地面にぽたぽたと滴る。
「うわ、何かヌメヌメしてきたな。」
ヌメヌメとは無論手汗のことだ。
地面に滴るだけではなく中身のプッチンプリンにも手汗が浸る。
非常に申し訳ないことなのだが、どうせ奴等はパチンコで遊び呆けているのだ。少しくらいのヌメヌメは我慢して欲しい。
「ん?」
楽は不意に怪訝そうな表情を浮かべる。
何か見てはいけないものを見たような気がした。
「う、嘘だろ」
楽の視線の先に居たのは友人・舞子集と担任・キョーコ先生だった。
いや二人が一緒にいるのは大した問題ではないのだ。問題は二人が手を繋いでることだった。
手を繋ぐとは親近感がなければ成せないわざである。同性の場合は友人、異性の場合は恋人だ。この場合、手を繋ぐ理由があるとすれば―――。
「こ、恋人だと………!?」
そう。異性でそれなりに近しい相手と言えば恋人。恋人しかいない。
「ま、マジか。アイツがり、リア充なんて………」
教師と生徒。禁断の予感が漂う。
思えばキョーコ先生をあまり異性として意識はしたことがない。というのも、普段快活で、大雑把な正確なためか男友達に近しいイメージがあった。
だが、女性として魅力的でないかと問われればそういうわけではない。間違いなく美人だし、初対面でも気軽に話せる長所がある。
彼女に言い寄る男性が少ないはずがない。
「お……ぅ」
集に恋人ができてるとは思わなかった。
いつまでも友人であると思っていた楽からすればショックの方が大きかった。
それに自分よりも先に友人が先に恋人ができるという事実にもショックを受けた。千棘と恋人を演じているが、それも偽りのものでしかない。万里花とは許嫁という関係に居るらしいが、親同士で勝手に決められたに過ぎない。
つまり、二人とも正式な恋人ではないのだ。
「うわあああああ。マジかぁ。」
そんな情けない声を出していたら、背後から「うわ、きも」と辛辣な言葉が響く。
背後を振り向くとそこには見知った人物がいた。
「往来のど真ん中で変な声出さないでくれる?気持ち悪いから。」
「千棘、お前ももう少し言葉を選べ。二回もキモいとか言われると流石に傷つくぞ………。」
楽に「キモい」を連呼できる人物は限られていた。というより一人しかいない。
初対面でゴリラだのもやしだのと言い争うほどに彼らの仲は悪い。とはいえ、お互い助け合うこともあるのだが。
「んで、お前は何やってんの?暇人か?」
「うるさいわね。アンタこそ何してんの?」
「いや、見ない方が良い。見ちゃ駄目だ。あそこは大人の世界だから。ほら、俺らまだ子供だろ?」
「アンタ何言ってんの?何言ってるか全然理解できないんだけど。」
まあ、確かに回りくどい言い方ではあった。
どう言おうか逡巡するが、下手に取り繕うと突っかかって来るに違いない。
「しょーがねーな。ほら、アレ見ろ。」
「アレ?」
楽が指差す方向に千棘が視線を向ける。
すると表情は驚愕へと変わる。
「え、嘘!?」
「その眼で見たんなら嘘じゃねーだろ。本物だ。」
何度目を擦ったところで現実は変わらない。そこにあるのは手を繋ぐ集とキョーコ先生の光景だ。
「う、嘘でしょ!?」
「ホントだっつの。話聞いてました?」
千棘が信じられないとでも言いたげに首を振った。まあ、容易には信じられないだろう。教師と生徒が恋仲なんて事実を「はい、そうですか」と受け入れられるはずがない。
「い、いつから?」
「知らねーよ。オレもさっき気が付いたんだ。アイツめ、オレを置いてリア充に走りやがった。」
「何?羨ましいの?」
「ま、少しな。」
「明らかに羨しそうな表情してるんだけど。」
千棘から見れば今の楽の表情は今にも恋人欲しいと言いたげな表情だった。しかし、当の本人はかぶりを振ってこう答える。
「―――オレの恋愛はもう終わったよ。もう二度と訪れはしない。」
「………え?」
その声だけ普段よりも低い声だった。
視線がまるで遠いところを見てるようだった。
「それってどういう………」
そう問いかけようとしたところで集とキョーコ先生は移動を始める。
「あ、動いた!どっか行く気!?」
「なんで俺に訊くんだよ。いや、まあどっか行くんだろうな。」
それくらい自分で見て判断しろよ、と喉まで出かかったが不用意な発言をすると殴られる恐れがあるので控えることにした。
「よし!行くわよ!」
「え、何で?」
「アンタも気になるんでしょ。良いから行くわよ。」
「はあ、まあ良いけどよ。」
しかし、手持ちの荷物が重たい為にすぐに追跡はできなかった。そこで千棘の感知能力が役立った。
辿り着いたのは喫茶店だった。気づかれないように奥の席から二人の行動を監視していた。
「何だろ、何してんの、ねえ何してんの?」
「それは俺に訊いてるのか?それともあいつ等のことを言ってるのか?」
「アンタに訊くわけないでしょ。」
「何って、会話だろ。会話。」
「何の会話?」
「知らん。自分で調べろ。」
「役立たず。」
どうも先程から千棘は興奮してるようだった。そのせいなのか、楽が頼りないと所々毒舌を吐いてくる。
「もう何とかできないの!?全然見えない!」
「いいから、落ち着け。さっきから他の人の視線が痛いんだけど。」
千棘の落ち着きのない行動のせいか、周りがざわついていた。視線の先が楽と千棘に集まっていた。
とは言え、楽自身も気にならない訳ではない。むしろあの二人の関係は非常に気になるところだが、できることなら上手く立ち回りたいというのはある。
「楽~。何してるのかな~?」
背後から囁くように話しかけられる。
「あ? 何でもねーよ」
特に耳も傾けることなく注文したコーヒーを啜る。
「ん?」
違和感を感じた。
今、自分は誰に話しかけられたのだろう?
間違いなく背後から話しかけられたが、千棘は目の前で不審な行動をとっている。であるならば、千棘は話しかけることなどできないだろう。
となると必然的にこの店の誰かが話しかけたことになるのだが、一見したところ知人は見当たらない。
「楽~。」
否。
知人はいる。
しかし、それは自分が尾行した筈の相手であり、逆に嗅ぎつけられてはならないのだ。にも拘らず、その相手は自分の背後でニヤニヤしながら立っていた。
「し、集。」