ニセコイ 愛を永遠に   作:ウェスト3世

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忠誠

そこは地獄のような光景だった。

 そこからは数千数万を超える悲鳴があり、助けを乞う声があった。

 けれど、救うことは出来ず、結局捨てる他なかった。

 

 

 ☆

 

 脳裏に過去の光景が甦る。

 過去に自分が経験したものとはいえ、あまりにも息苦しく、苦しさ故に涙が出た。

 そこから必死に逃れようともがいていたら、景色は一転する。

 

「あれ?ここは…。」

 

 気づくとそこは純白のベットの上だった。

 医療用具が置いてあることから医務室だと理解できる。

 

「確かさっきまで……」

 

 先程まで鶫と呼ばれる男子生徒と一戦交えていた筈だ。

 どうしてここにいるのだろう、という疑問を抱くが、体中にある傷や痣があることから、自分が敗北したことを悟る。

 当然の結果ではあった。元々、二流魔術師であり、此処に居る学生に勝てるほどの戦力など持っていなかった。

 だが、これから冷徹な視線を浴びることは明白だ。此処に集まる生徒の皆が力を求め、力の無い者は非難の対象となる。

 

「ったく、面倒くせーな。」

「何が面倒なんだ?」

 

 すると、ずっと前からいたのか、人影が楽に歩み寄ってくる。

 

「えと、確かキョーコ先生か?」

 

 キョーコ先生と呼ばれた眼鏡をかけた女性は首肯する。

 本名は不明で周りからは「キョーコちゃん」などと呼ばれる。楽も説明会などで顔を合わせているので、これが初の面識という訳ではない。

 眼鏡のせいで一見、理知的にも見えるが、表情から明るい性格の人物であることも垣間見える。

 

「なんか大変な目にあったみたいだな。」

「いえ、こうなることを覚悟で此処に来たんで。」

 

 すると、キョーコ先生はニッと笑う。

 

「上手くやり過ごしたな。鶫の実力は上級騎士《プレイヴァ―》の中じゃ優秀ではあるけれど、お前が本気を出せば、あれくらいどうってこともないだろ?」

 

 楽はその言葉にかぶりを振った。

 

「それは買被りすぎですよ。嘗てどれほどの実力を持っても、今のオレはその辺に居る平凡な魔術師と何ら変わりない。オレは初撃すら反応できなかった。」

「フン。そんな謙遜、私の前では必要ないぞ。」

 

 謙遜でも何でもなかった。

 あの鶫という少年は間違いなくビーハイブの組織内でも随一の実力を持ち、更には魔術の才に限らず身体能力もずば抜けて高い。

 しかし、会話の中から懸念すべき点があった。

 

「一つ気になることがあるんですが、教員たち全員、俺のことは知っているんですか?」

 

 話しぶりからして、一条楽という存在を初めから知っているような話しぶりに妙な不安が過った。

 

「いいや、知らないよ。全て知ってるのは学院長のみ。学院長だけが全てを知り、それを担任になる私だけに一部分だけ教えてくれたんだよ。」

「……そうですか」

 

 つまりは目の前にいる教員と、この学院のトップにあたる学院長のみが事実を知っているらしい。

 

「ああ、そうだ。学院長がアンタを呼んでたよ。」

「オレを?」

「ああ。早く行きな。」

 

 学院長自ら自分を指名してくるとは予想外だった。一体何について話すのだろうか?

 だが、同時に好機でもあった。楽としても学院長に聞きたいことがあった。

 

 

 ☆

 

 

 学院長室は長い螺旋階段を上り、さらに数十メートル歩いたところにある。

 そこは教員ですら滅多に入ることはないらしく、高貴さと神秘さに包まれたような不思議な空間だった。

 だが、特に殺気立ててるわけでもなく、威圧感がある訳でもない。そんな場に居座る学院長とはどんな存在なのか。

 楽は学院長という響きに恐れるよりもまず、高揚とした気分が高まった。

 

「えー……と、し、失礼します?」

 

 高揚とした気分が一転して、緊張に変わる。

 やはり、この学院の責任者であるということを理解した途端、心臓の鼓動が強く鳴った。

 

「おお、入りなさい。よく来たね。」

 

 そこには白髪の老人がソファに居座っていた。

 外見は明らかに仙人のようだったが、責任者というには余りに穏やかそうな老人だった。

 

「ほれほれ。そこに掛けなさい。」

「あ、どうも。」

 

 楽は言葉通りに学院長の向かい側に座る。

 

「さて、飲み物でも用意しようか。紅茶とコーヒーどっちが良い?」

「あ、で、では紅茶で。」

 

 差し出された紅茶を「いただきます」と言って口に持ってく。

 

「えーと、どういったご用件でしょうか?」

「ふむ。まぁ、色々とあるのだが。君には個人的に興味がある、というのが最もな答えだろうな。君こそ私に訊きたいことがあるのだろう。」

 

 自分の思考が見透かされていた、という事実に目を見開く。

 

「ええ、その、すみません。」

 

 だが、学院長は「いいや」と首を振り、

 

「君の疑問は正しい。寧ろ他の誰がなっても、今の君の状況は疑問に思うことだろう。」

 

 一間おいて告げる。

 

「何故、二流の魔術師がこんな一流の学校に入学できたか。」

「…………はい。」

 

 無論、楽自身もこの学院を志望したうえで、この学院の試験に挑んだ。

 けれど、合格最低点のラインにも達していない筈だった。

 

「だが、私からすれば、過去の君を見たならば、この学院の入学は寧ろ必然とも言える。あれだけの実力をもってして、この学院の不合格というのは私としては納得いかないことだ。」

「学院長のご厚情には感謝します。しかし、やはり…オレには…。」

 

 そもそも学院長は現在の楽ではなく、過去の楽に対して評価している。

 どれほどの一流でも結果的に堕落してしまえば、それは二流である。

 

「なら、言うがね。過去に一流を名乗った君がいるからこそ、今の君はいるのではないか?過去の君が築き上げた栄光が忘却され、技術的な面で少し劣ってしまったとしても不安がることは何もあるまい。」

 

 学院長の話ぶりからして、楽をこの学院に入れようとしたのは他でもなく学院長らしい。

 楽の過去を知り、能力を知るのは学院長とキョーコ先生のみ。楽の過去を知る者ならこの学院を入れようとするだろう。他の教師たちの反対を無理に押し切ったに違いない。

 

「まあ、それに、入学は果たしてしまったんだ。今更後ろめたい気持ちが過っても仕方なかろう。切り替えて、勉学に励みなさい。」

 

 もっともらしいことを言われ、楽は辟易する。言われれば、確かにその通りである。

 

「ああ、けど、我が校の志望理由だけは聞いておこう。試験時に提出した志望理由は嘘だろう?」

 

 どうやら何もかも見透かされているらしい。

 隠すのも億劫になって来たので素直に事実を告げることにする。

 

「優秀な魔術師が集まるこの学院なら、俺の失った魔力も取り戻せるんじゃないかと思いまして。」

 

 それを聞いて、学院長は「ふむ」と言ってしばし黙考する。徐々にしかめっ面になる

 

「まあ、ないこともない。」

「……その曖昧な表現は何ですか?」

「いや、一応だな、今君に付与されてる魔力を封する術式は見て取れるんだが、複雑すぎる。複雑な理由は二つあるが、まず、術式に扱う文字が私の知らない言語で書かれているということだ。ベーシックは英語、そうでなくとも大抵は欧米の言語を扱うことが多いのだが、これはそのいずれの内にも入らない。神代に扱われた文字なのか、とにかく未知のものだ。」

「では、二つ目は何でしょう。」

「術式の構造だな。種類の違う封印術が五、六種類ある上に五重に編み込まれている。一応解除法はこちらで見つけておくが、それでも全ての封印が解除できるとは思わないで欲しい。」

 

 封印術が施されているという感覚はあったが、多種の封印をされている上に神代の言語を扱っているということは楽自身、気付かなかった。

 つまりはこのまま平凡な魔術師で生きていく覚悟も必要ということである。

 しかし、望み薄であることは気付いてもいたので覚悟はとうに出来ていた。

 

「しかし、悲観しなくても良い。神代の文字についての研究は数十年も前から続けている。それらを参考にすれば、可能性は出てくる。その時にまた君を呼ぶ。」

 

 そこで話は終わり、学院長室を出る。

 望み薄ではあるが、可能性はある。ならば、その可能性に賭ける他なさそうだ。

 

 

 ☆

 

 

「未だに信じられません。」

 

 本名未明、通称キョーコ先生と呼ばれる女性は眉間に皺を寄せていた。

 

「何だ、一条楽くんのことかい?」

 

 学院長はコーヒーを啜りながら言う。

 

「まあ、無理もないことだ。二年前の惨劇以来、彼と『彼女』の存在を大半の者が忘却している。覚えている者は彼らよりも強大な魔力を持つ者のみだ。故に私は彼の存在を未だに記憶に留めているが、そう思い出せるものでもない。欠落してるものの方が多いだろう。」

「……過去の実力を知っているために、入学を許可したということですか?」

「まあ、そんなとこじゃ。けれど、この話は本来誰もが知り得ぬこと。君に話したのも、君が彼の担任になるからだ。君には面倒を掛けるが、大目に見てはくれないか。」

 

 こう頼まれては断る余地がない。元より断る権限、選択肢はない。

 

「いえ、それは構いませんが……。」

 

 しかし、嘗てどれほどの実力を持っていようと堕落してしまった彼は、此処は生きにくい世界となる。

 あくまで予想だが、何人もの生徒に咎められるだろうし、蔑まされるだろう。

 まさに窮地に立たされている、という状態だった。無論、担任としてそれは出来るだけ阻止するが、全ては阻止出来ないだろう。

 

「済まない。だが、何卒よろしく頼む。」

「………はい」

 

 これから、大変になりそうだ。

 何か物語が始まり、その登場人物に立たされたような気分だった。けれど、主人公は恐らくあの少年であり、自分たちはその影に過ぎない。

 

 

 ☆

 

 

 天候は晴れており、校庭では桜が散っていた。校庭には二つの人影があった。

 

「お嬢、あの時、何故止めに入ったのですか?」

「何のこと?」

 

 鶫は目を鋭くして問い詰めた。

 

「私は許せません。あのような力もない者がお嬢に近づき、この学院に通う。それが出来るのは力ある者のみです。」

「………あんた……。」

 

 千棘も徐々に視線を鋭くさせる。

 

「会うのは確か五年ぶりくらいだったわね。この五年間何かあった?」

「何かとは何のことでしょうか?」

「恍けないで。昔のアンタはそこまで冷徹じゃなかったって言ってるのよ。弱い相手を叩き潰すまで殴ることもないでしょう?」

 

 外は穏やかだが、二人を取り巻く雰囲気は険悪なものだった。

 

「……冷徹…ですか。お嬢にそう言われるとは心外ですね。私はビーハイブの命を忠実に遂行したまでです。」

 

 忠実……。

 彼女は確かに組織と忠誠を誓った身だ。だが、それは当主であるアーデルトに忠誠を誓ったというよりは、その幹部、重臣であるクロードとの忠誠を誓ったと言っても良い。

 今在るビーハイブとは彼が形作っている。千棘は誰よりもビーハイブの人間であるのだが、その在り方を正直、好ましいとは思わなかった。寧ろ嫌悪が滲み出ている。

 常に力が中心となっており、反逆する者は弾圧し、三流にも劣る者達に対しては人ではなく、獣畜生などと同列に見ている。

 そうすることでビーハイブは日本で最も力ある一族となっている。

 

「あのような下等な魔術師、実力もないので消してしまっても問題はないでしょう。お嬢。何を恐れるのですか?力ある者はそれを行使する権限がある。」

「何が問題ない、よ!それは暴君の行いよ!」

「然り。しかし、温厚な王が戦乱の中、平和へと導くことは出来ますか?いつだって力を持つ暴君がそれらを鎮静し、平和へと導く。我々の行いもそれと大して変わりありません。」

「そんなの……」

 

 間違っている、と言おうとした。

 しかし、何故か息が詰まったように言うことが出来なかった。彼女の発言はどこか確信に満ちていた。

 この五年間、彼女が何を見て、何を知り、悟ったのかは知らないが、その答えに至るまでの過程が今の彼女を形作ったのだろう。

 

「お嬢。貴女は誰よりもビーハイブの中心に居ながら、ビーハイブの行いを非難するのは解せませんが、いずれ気付くハズです。この行いこそが本当に正しいと。力こそが正義だと。あのような下等な人種と関わるべきではありません。少々、口が過ぎたかもしれませんが、お許しを。では。」

 

 そう言って彼女は踵を返す。

 力こそが絶対。その考えを理解できない訳ではないが、千棘はそれを正しいものだとは認めたくなかった。

 けれど、それを否定する言葉を彼女は知らなかった。

 

 

 ☆

 

 

 鶫は校舎の裏側にあるベンチで座っていた。

 

「痛……………っ。」

 

 肩口を抑えて、苦痛そうに顔を歪める。何かと思い袖を捲ってみる。

 

「まさか、一太刀浴びてるとはな。」

 

 肩からは軽傷ではあったが、血が出ていた。

 傷は切り傷であることから刀傷であることが分かる。

 

「だが、いつ、私に傷を付けたのだ?」

 

 一条楽は鶫の攻撃に圧倒され、攻撃の余地などなかった筈である。その状況下で一矢を報いるのは予想外だった。

 更に言えば、その攻撃は鶫には見えていない。

 

「だが、認めんぞ。一条楽、次は殺す。」

 

 呪詛のように呪うようにして言う。

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