ニセコイ 愛を永遠に   作:ウェスト3世

9 / 26
殺人鬼

 自分が正しかったのか、それとも間違っていたのかよく分からない。

 少なくとも正しいことを言ったつもりだった。言ったが、あまりにも確信に満ちた言葉で返され、何も言い返せなかった。

 結局、自分は正しかったのだろうか―――?

 

「―――分からないな。」

「何がだ?」

「ふぇっ!?」

 

 すると背後から一人の少年が立っていた。

 一条楽。親の関係上、無理やり恋人を演じることになった相手である。

 

「脅かさないでよ、てか、物音なく私の背後に立つな!」

「チッ。悪かったよ。」

 

 言うまでもないが楽は鶫との戦闘で体中に包帯を巻いていた。

 戦闘というよりは一方的な暴力だった。鶫があそこまで殴りつけたという事実に正直辟易し、楽に対しては申し訳ないという気持ちがあった。

 

「その、悪かったわね。こんなことになって」

「別に、お前は悪いことしてないだろ。」

 

 楽は特に気にしてなさそうだった。

 

「けど、鶫はビーハイブの人間よ。ビーハイブ次期当主である私には責任がある。」

 

 そう、相手が気にせずともやはり罪悪感があった。払拭することなど出来ない。

 

「…それはお前の本心じゃないだろ。ただ、一族という鎖に縛られたヤツが言う詭弁だ。」

 

 詭弁という言葉が強く耳に響き、思わず声を荒くする。

 

「じゃあ、どうしろってのよ!」

「何で怒んだよ。責任持たなくていいってことだよ。」

「へ?」

 

 予想外の言葉に思わず間の抜けた声を出す。

 

「まあ、オレも次期当主なんてことになってるから、責任って言葉には敏感だけど、少なくとも誰かが悪を成したならそいつらに責任は持たせるし、けど、善を成したならオレはそれを共に笑う。それで良いだろ。」

 

 千棘は不思議な気持になった。

 この少年の境遇はこの上なく自分と似ているが、彼は一族というものに枷がないようだった。

 自分が自分であるために―――。

 

「ったく、ゴリラ女のくせに、わりと繊細なとこあんだな。」

「誰がゴリラ女!?繊細で悪い!?」

「いや。別に。」

 

 この少年は本当に言わなくても良いことを言い、千棘を度々怒らせている。にも拘らず、気の置けない安心感があった。

 だから、自分の悩みのもう一つを告げることにする。

 

「力があるのは正しいことなのか正しくないか……か?」

「うん。」

 

 鶫は力こそがこの世に必要な物だと言った。千棘はそれとは正反対の意見だった。

 では、この少年はどうなのだろう?

 しばし黙考してこう答える。

 

「確かに一つの村は、国は、世界は、力を使うことで僅かながら、平和を保つことは出来たかもしれない。」

 

 楽は「しかし」と言って続ける。

 

「けど、結局それは指で突いたら簡単に崩壊してしまうような脆いものでしかない。だからと言って太平な世を作るのも容易いことじゃない。暴虐を尽くせば簡単に統制できる。今までの歴史上、国や組織が形成するには何かを犠牲とした。今まで犠牲なしに形成されたものは史実上一つもない。」

 

 それを聞いた千棘の表情は陰鬱なものだった。

 彼女自身、善こそ絶対と信じたからだろう。けれど世界を前にした時、善とは余りにも脆く儚いものだった。

 

「じゃあ、結局、力がなきゃいけないの?」

 

 その問いに楽はかぶりを振る。

 

「まさか。もし、そんな法則しかないならオレはそれを壊したい。こんな方法でも世界は変わると言いたい。」

 

 力で統制されてきた世界だけれども、力が全てではないと少年は言う。

 

 少年の瞳は輝いていた。

 けれど、その瞳は何処か悲しそうで。

 その瞳に千棘は少し、僅かながらではあるが、惹かれてしまった。

 

 

 ☆

 

 

 教室に戻るとクラスメイト達は楽に非難の視線を向ける。

 

「おい、アイツ魔術も扱えないのにこの学院に入学したらしいぜ。」

「え?マジで?この学院て一流でもなかなか入れないようなとこだぞ?どうやって入ったんだよ?」

「アレじゃない?一条家って知名度、戦力に続いて財力もあるから、お金でこの学院に入って来たんじゃない?」

「うわっ。何だよそれ。俺らどんだけ此処に来るのに苦労したと思ってんだよ。マジで退学してくんねーかな。てか、いる意味ねーだろ。」

「ホントホント。実力もねー奴がこんなとこに居る意味ないわ。正直いい迷惑だし。」

 

 恐らく鶫との戦闘を盗撮した者がいたのだろう。

 その戦闘は拮抗したでも何でもない。ただただ圧倒され敗北に終わった。

 

「ちょっと!アンタ達!」

「やめろ。」

 

 千棘が反論しようとするが、楽はそれを手で制した。

 

「ちょ、アンタ悔しくないの!?」

「いや、何を言われても文句は言えない。オレは確かに此処に居るべき人間じゃない。」

「ふざけ……!」

 

 ふざけないで、と千棘が言おうとした時―――。

 勢いよく教室の扉を開けた者がいた。

 

「オ-ス。皆集まってるかー。集まってるな。緊急事態発生だ。」

 

 入ってきたのは担任のキョーコ先生だった。

 

「唐突だが、お前らしばらくここに居ろ。学校を出るな。」

 

 その表情には普段の快活さは消え、険しい表情を浮かべていた。

 

「どういうことですか?」

「言葉の通りだ。お前ら、最近起きてる殺人事件は知ってるな。その事件の犯人と思しき人間が町で大量虐殺を行っている。警務隊、王族特務の憲兵隊も動いているが、それでも安全は保障できない。とにかく今は危険だ。此処に居ろ。でないと―――。」

 

 そのとき、誰かが勢いよく教室を飛び出した。

 

「あ、コラ!一条!お前、何処に行くんだ!?」

「トイレっす!」

「嘘つけぇ!」

 

 だが、何かを言おうとしたその時には少年の姿は見えなくなっていた。

 

 

 ☆

 

 

 先生の言う通り、部屋にこもり安全を確保する。

 それが最適な方法であることは理解していたが、それは出来なかった。

 ただ、それを見過ごして、何かが消えるという経験を嘗てしたが、それは間違いなく地獄だった。

 そうなるくらいだったら、自分が戦地に赴いて他者が苦しまない、そう言う選択をする。それで極楽が訪れるかと問われれば否と答える。けれど、見捨てることなど出来なかった。

 何より、妙な胸騒ぎがする。

 

「少年、忘れ物だ。」

 

 背後から楽に声を掛ける人物がいる。

 

「が、学院長!」

「受け取りなさい。」

 

 投げ渡されたのは青白い光を帯びた液体小瓶だった。

 

「先ほど、君には封印を解く手がかりを見つけると言ったが、結局それは出来なかった。が、それは短時間で解く場合の話だ。長時間かけてなら、解く方法があった。それがその小瓶だ。」

「は?これが?」

「それを飲んで、嘗ての君の魔力になるまでは最低でも半年はかかる。けれど、今、呑んでおけば、二割ほどは回復するはずだ。」

 

 楽は小瓶を口にする。

 瞬間、今まで失われていたものがほんの僅かではあったが甦る。

 どうやら、本当に封印を解くには数か月必要とするが、それでも構わない。

 すこしでも敵に対抗する力があるなら、それで良い。

 

「行くのかい?」

「はい。」

 

 普通ならば、此処で大抵の者は止める筈だったが、学院長は穏やかな笑みを浮かべて、

 

「行ってらっしゃい」

 

 そう告げた。

 

 楽は振り替えず、そのまま疾駆する。校門を出て待ちの中を突入しようとしたそのときだった。背後から問答無用とばかりに手刀を食らわされる。

 

「痛って!誰だくそ」

 

 背後を振り返りいたのは千棘だった。

 

「アンタは馬鹿なの?」

 

 彼女の謂わんとすることが何なのかを悟り、「あ、いや」とたじろぐ。

 

「ろくに魔術も扱えないくせに戦地に赴くなんてホント馬鹿ね。」

「………む。そう言われると…。でも馬鹿はないだろ。馬鹿は。」

 

 けれど、愚鈍な行いなのは自身でも理解できる。

 きっと救えないかもしれない。自分が死ぬかもしれない。けれど、傍観するより、待つよりは有意義である。

 

「お前の言うとおりなんだろう。あのまま教室に残ってた方が生存率は上がってたかもしれない。だけど、そんなことできるわけないだろ。」

 

 千棘は怪訝そうな表情で「何で?」と聞く。

 そう聞かれた楽はそれに答えるための最適な答えを持ち合わせていなかった。

 死の危機に陥る人間を救いたいから。死の光景を目にしたくないから。おそらく、それもあるのだろう。死を見ずにいられるのが一番幸福だろう。

 でも、本当はそうじゃなかった。

 瞼を閉じると二年前に出会った少女の顔を思い出す。その少女が常に笑っていられる微笑んでくれるようなことを率先して行おうとしているだけ。多分、これが答えなのだろう。

 けれど、そんな答えは気持ちは彼女にはきっと届かない、理解できない。

 

 どれだけの沈黙の時間があっただろうか。その沈黙を最初に破ったのは千棘だった。

 

「そう。なら行くわよ。」

「へ?行くって、お前もか。」

「当たり前でしょ、あんた一人じゃ死ぬ可能性もあるから。」

 

 尤もなことを言われ辟易する。

 それよりもまず、「馬鹿じゃないの」と怒鳴られるものだと思ったのだが。

 

「ほら。」

 

 千棘が手を差し出してくる。

 迷いはしたものの、その手を素直に握り返す。

 その手のぬくもりは春の陽光のように温かく、その微笑みは春に咲く花のようだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 商店街の大通りだった。

 西洋のものを多く取り入れてるせいか、建物もヨーロッパにある物を想像させる。

 普段にぎやかな大通りだが、今は悲鳴と血が飛散した悲惨な光景を見せている。

 その中心地に立つのは一人の少女だった。

 

「動くな、動くと……」

 

 言葉は紡がれることなく、憲兵隊の首は捥がれる。

 警務隊は二隊、憲兵隊は一隊が全滅。総隊を考えれば、大したものではないのだが、犠牲となる数は相当なものだ。

 

「さーて、次はだぁれ?」

 

 そう言いながら彼女は刃物を振り回す。

 刃物―――それは刀でも剣でもない、形はナイフのようなものだった。だが、そこに帯びた魔力は尋常ではない。

 常人ではおそらく扱えないであろう魔具

 

 その名を―――。

 

解体聖母(マリア・ザ・リッパー)

 

 ジャック・ザ・リッパーという殺人鬼が百年以上前の英国に存在した。

 一八八八年八月三一日から一一月九日の約二ヶ月間、ロンドンで少なくとも娼婦五人を殺害し、その切り口と内臓を取り出すことなどから解剖学に長けてるなどとされてる。

 死体はさまざまで、頭部がない死体に、両腕両足を切断された死体に、卵巣が取り出された死体などと言い始めればきりがないが、百年前の英国の人々を震撼させたのは間違いなかった。

 この『解体聖母(マリア・ザ・リッパー)』は正体不明の殺人鬼、ジャックザリッパーの逸話を顕現させたものである。

 

 ---霧の夜に娼婦を惨殺した。

 

 「夜であること」、「霧が出ている」、「対象が女性である」。これらの条件が見たされればこの魔具は相手を一撃必殺させるほどの力を発揮する。

 生憎、今現在はこの条件をひとつも満たしていないのだが徐々に日は沈み始めてきている。対象である警務隊と憲兵隊は男がほとんどのために「対象が女である」という条件には合わないが、「霧が出ている」に関してはもうひとつの魔具を扱えば、条件はほぼ満たされる。

 

「オオオオオオオオオオオッ」

 

 憲兵隊、警務隊が一斉になって剣や刀を振りかざしてくる。

 唯の力に圧倒されたのか、彼らも思考できるほどの余力はもうないらしい。

 策も何もない、やるだけ意味のない特攻である。

 

「ころしてあげる」

 

 とても子供とは思えない残酷さを滲ませた表情で笑う。

 ジャックザリッパーが殺人鬼と謳われたように自身も殺人鬼でかまわない。

 それでこの国が壊れてくれるものならば喜んで殺して殺して殺しつくそう

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。